第363話◆雨が上がれば

 二日続いた雨の後は、嘘のように晴れ上がった眩しい朝がやってきた。

 昨日の深酒による気だるさはすっかり抜けて朝の空気が美味しい。

 鬱陶しい雨の日の後の快晴は、まるで雨が空の汚れを洗い流していったような、見事なまでの晴れ空。

 朝食の後、庭に出て少し強い陽の光を浴びながら、大きく背伸びをして深呼吸をする。

 まだ少し湿気り気を感じるその空気は爽やかな森の香りがした。


 周囲に溢れまくる緑の中、雨の後の陽の光を浴びて俺と同じように気持ちよさそうに伸びている奴がいる。

 俺の周囲に溢れている緑のやつら、お前だよ! そう、そこのお前!! 頼んでもないのに生えている雑草、お前だよ!!

 はーーーーーー、ホント、雨後の雑草やめてくれないかな!?

 どうせなら雨後の筍にしてくれないかな!? 筍はユーラティアではあまり見かけないけれど。

 いや、自分ちの庭に竹が生えているのはちょっと怖いな、やっぱ筍も生えてこないで!



 しとしとと降る初夏の雨と、少しうるさいカエルの鳴き声は前世に住んでいた国の梅雨という季節を思い出して、なんだか懐かしい気分になった。

 雨が降ったなら、家でのんびりしていればいい。

 晴耕雨読――これぞスローライフの在り方。

 あー、時間がゆっくり流れているようで、心が穏やかになるなー。


 雨の日も悪くないな。


 そう思いつつのんびりと本を読んだり、新商品の開発をしたり……ちょーーーーとやらかしたりもしたけれど、概ねのんびりとした穏やかな雨の日を漫喫して、物理的にも精神的にも気持ちのいい雨上がりのはずなのにどうして?

 雨上がりの朝、いつものように庭に出てみると、先日むしったはずの雑草が再び生えてきていた。

 しかも、庭から畑周辺の広範囲にわたって。

 どういうことなの……。

 恐るべし、雑草の生命力! 雨と太陽のミラクルコラボレーション! 全く嬉しくない自然の恵み!

 まぁ、森の目の前だから色々と種が飛んできて勝手に生えてくるのは仕方がないよな。



 朝一で庭の惨状を目にして白目を剥いた後、とりあえず朝食を済ませ庭に戻って来ると、何という奇跡! 自然の神秘!

 短い時間で雑草ちゃんが俺の太ももあたりまでボボボボボンッと伸びていた。

 そして現在に至る。

 雑草だけではない、成長の早い薬草の類もものすごく大きくなっている。

 ニュン草とかラヴァンのコーナーなんか雑草と入り交じって、緑が大爆発している。

 まさに生命力のミラクル!!!


 そして初夏になれば虫の音も聞こえ始め、最初は細く寂しかったその声は日々数を増やし、周囲の森や茂りまくった草の中、すっかり大合唱である。

 草が伸びたせいか今日は一段と賑やかだ。


 カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ。


 キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ。


 風流だなぁ……。


 ギョギョギョギョギョギョ……ギョッギョギョギョギョギョギョッ!!


 変な鳴き声の奴もいるが、人間に個性があるように虫にも個性があるのだろう。


「うるさい! うるさい! うるさい! 雑草ごと全部焼き払っていい!?」

 庭に生え散らかしている草に白目を剥きそうになっている俺の横で、虫達の鳴き声にキレ散らかしているのはアベル。

「やめろ、焼き払うのは火事が怖いからやめろ。それに雑草と一緒に薬草も生えてるから範囲刈りはダメだ」

 雑草が雑草だけ纏まって生えてくれているならいいのだが、薬草を植えている場所にも生えてしまっているので纏めて刈ることができない。

 つまり手作業でチマチマとむしっている。

 雑草っつっても使い方によっては薬草になるものはあるけれど、こんだけボウボウと生えられると植えたもの以外は邪魔なので抜いてしまう方がいい。

 森が目の前なので種が飛んで来たり、鳥が運んできたりで勝手にどんどん生えてくるんだよな。

 それだけ雑草が生えれば虫も寄ってくるわけで、雑草の中で虫達が大合唱している。


「くそぉ、退屈しのぎに庭の草むしりを手伝うつもりだったけど、このうるさい虫の抹殺が先だね」

「草がなくなったら虫も自然といなくなるから、わざわざ無駄な殺生はしなくていいんじゃないかな?」

 草がなくなれば、虫も庭から撤退するはずだ。

「それにしても、あちこち草がボウボウでむしるのは大変そうだね。どうせ、その雑草は捨てるんでしょ? そのまま分解して土に還しちゃえば?」

「え?」

「だからスキルで分解したらすぐ終わるよね? 魔物じゃなかったら植物は分解できたよね?」

「できるけど、雑草に見えて薬草になるものも混ざってるから選別して残してるよ。使えないものは土に還してるけど?」

 何を言っているのだ、雑草に見えて薬草もあるのだ。わざわざ、自分で植えて育てないけれど、混ざれば雑草、分ければ薬草だ。

 これだから脳筋は困る。

「もしかして、むしった草を残してるの?」

「当たり前だろ。これは赤オーク草、葉を入浴剤にするとアセモに効くんだ。これからの季節にあった方がいいだろ? 実は虫避けになるし成長した茎の皮は胃薬にもなるんだ。鳥が種を運んできてあちこちに生えるし、森にもたくさん生えてるから成長前に抜いちゃうけど葉っぱだけ回収しておこうかなって? こっちはミルクアザミとヤーロ草とナズ草、こいつらはその辺にも生えてるけどヒーリングポーションの材料になるんだ。あ、こいつは爺草。これはダメだ、食べると腹を壊すし汁が付くとかぶれる」

 爺草は土に還ってもらって他は回収だな。

「わかった、この辺はとりあえずポーションの材料になるんだね。でもこれ、普通に道端に生えてるよね? わざわざ庭に生えたのを選り分けて残しておかなくていいよね? うん、土に還しちゃお。必要な時は森で採ってこようね」

「アッ!」

 止める間もなく、薬草にもなる雑草がしおしおと枯れて土になってしまった。

 アベルめ、時間魔法を使ったな!?

 時間魔法はめちゃくちゃ珍しく扱いも難しいうえに、俺の分解と違って魔力消費が多いので、こんなくだらないことに使うような魔法じゃないのに。

「俺ちゃんと覚えてるからね? 故郷に帰った時にものすごくたくさん土砂とか倒れた木とか収納に突っ込んでたよね? 昨日、妖精の地図とかいうダンジョンで捨てて来たみたなことを言ってたけど、グランのことだからまだ半分以上残してるよね? 近いうちに食材ダンジョンに行くんでしょ? 収納はちゃんと整理しようね?」

 うぐ!? よく覚えているうえにするどいな!?

 そして、妖精の地図に一緒に行けなかったことを地味に根に持たれていそうだ。次があればちゃんとアベルを誘おう。

「そ、そうだな。食材ダンジョンで本気出すためにも今回は雑草には土に還ってもらおうかな」

 アベルの言うことは一理あるな。油断していると前みたいにダンジョンで収納が溢れてしまうかもしれない。

 残っている土砂は……食材ダンジョン行った時に早めに捨てるか。





「ふうううううううう……、綺麗になったぞ!! 分解したらクソはやかったな!!」

 分解しすぎて少し土がモコモコしているけれど、抜くより圧倒的に早くボウボウだった雑草を殲滅できた。

 もったいないけれど、雨が降る度に雑草が生えてくるようなら分解しちまうか。

 こっそりニュン草も少し減らしたい衝動に駆られたが、せっかくフローラちゃんが植えてくれたものだし、ニュン草は少しでも地下茎が残っていたらまた生えて来そうだしな。諦めて片っ端からポーションにしてしまおう。


 ボウボウだった雑草をやっつけてスッキリとした庭を前に、汗を拭いながら清々しい気持ちで天を仰いだ。

「うわあああああああ……、虫!! 虫!! こっちにも虫!! 虫多すぎいいいいいい!! 雑草がなくなったら、地面の中の虫が出てきたよ!! キモッ!! ねぇ、燃やしていい? いいよね?」

 そんな俺の横でたかが虫にアベルがテンションを上げまくっている。何だかんだで楽しそうだな!?

 森が近いから虫が多いのは仕方がない。かれこれここに住み着いて一年になるのだからそろそろ慣れろ。

「はっはっは、虫がたくさんいるのは良い土の証拠だな。土の中の虫には益虫もいるからな、燃やすなら害虫だけ燃やしてくれ。ほらこいつはコガネムシの幼虫、こっちは夜盗虫の幼虫」

「っちょ! なんでこっちに投げるの!!」

 さすがアベル、目に付いた害虫を投げてみたがぶつかる前に空中でボッと燃えてしまった。

 さらば害虫君達!! 川まで捨てに行く手間が省けたぜ。

「お、ここにもいるぞ!! ほら、こいつはネキリムシこいつは植物の根っこを食べる悪い奴だ。土の中の虫は土を食べる奴と植物の根を食べる奴がいて、土を食べる奴は土をふかふかにしてくれるいい奴だが、根を食べる奴はアウトだ、慈悲はいらない。しっかり覚えて、害虫だけを燃やしてくれ」

「覚えなくても鑑定すればわかるからいいよ、って、こっちに投げんな!!」

 おのれ、便利鑑定羨ましい。

 それにしてもアベルに害虫を投げつけると駆除が楽チンだな!!

 このまま、目に付いた害虫はアベルに投げつけて燃やしてもらおう。




「ホント、グラン最低。虫と一緒に泥まで飛んでくるし」

 草むしりのついでに楽しく楽して害虫の駆除もできてしまったが、アベルの機嫌がめちゃくちゃ悪くなってしまった。

 土の中でコロコロしているキモイイモムシ駆除が楽しくてついやりすぎてしまった。

「悪かった、悪かったって。おかげで草むしりのついでに害虫の駆除もできたし、お昼前のおやつタイムにしようか。ほらフローラちゃんも近くにいるから、一緒におやつを食べながら休憩しようか」

「もー、害虫駆除めちゃくちゃがんばったんだから、冷たい飲み物と甘いものを所望する」

「はいはい、じゃあテラスでゆっくりしようか。フローラちゃんもちょっと休憩しよう、いつも手伝ってくれてありがとうな」

 畑で草むしりをしていたフローラちゃんに声をかけると、蔓で汗を拭うような仕草をして俺達の方にひょこひょこと近付いて来た。

 フローラちゃんは仕草がどんどん人間に似てくるな。俺達の近くで暮らしているから、観察して覚えているのかなぁ。

 まぁ深くは考えまい。世の中には俺が知らないことなんてたくさんあるのだ。

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