第362話◆酒は飲んでも飲まれるな
三本角のカブトムシ君をラトが撃退した後、泉の辺で月見酒と決め込んだ。
泉の酒がものすごく強くて、途中からあまり記憶がない。
なんか祠に主様が住んでいるような気がして、話しかけながら飲んでいたのは覚えている。
リュンヌの実は美味いという話もしたら、何故か近くに咲いていたリュンヌの花が散り始め実を付けた。
それがなんだか妙に楽しくて、色々おつまみを出すついでにリュンヌのおひたしを即席で作った気がするけれど……ダメだ、よく覚えてない。
強い酒怖い。酒は飲んでも飲まれるな。
「グラン……グランッ! 大丈夫? ねぇ? グラン!!」
俺の名を呼ぶ聞き慣れた声で意識が浮上した。
しかし、まだ頭に靄がかかっているというか、ものすごく頭が痛い。そしてすごく喉が渇いている。
えっと……、ラトと泉の辺で酒を飲んでいたはずだけど、何故か聞こえてくる聞き慣れたアベルの声。
ここはどこだ?
「グラン? 大丈夫? 何があったの? すごく酒臭っ!!」
酒臭い? ん? アベルの声?
そうそう、アベルや三姉妹に内緒でラトを誘って二人用の妖精の地図を使ったんだよ。
あれ? それでどうしたっけ? なんでアベルの声がするんだ?
「んあ……ああ、戻って来たのか、少し飲み過ぎたようだな」
すぐ近くでラトの声が聞こえた。
そうそう、ラトとめちゃくちゃ飲んだ。ただ酒美味かった。
「あら、ラトは起きたみたいよ」
「昼間っからお酒を飲んでダメな大人ですぅ」
「酒は飲んでも飲まれるなですわ」
あれ? 三姉妹? リビングで寝てたんじゃないの?
「ホホォ?」
毛玉ちゃんまでいる。
「私達に内緒で何をやってたのかしら?」
「毛玉ちゃんの証言がありますわよ」
「ラトとグランは、毛玉ちゃんに留守番を任せて私達に内緒でどっかに出かけたって言ってますぅ」
あ、毛玉ちゃん、そこは気を利かせて誤魔化しておいてほしかったな!?
「きっと、グランが何かやらかしたんだよ。倉庫は泥だらけだし、二人してめちゃくちゃ酒臭いし」
え? 倉庫が泥だらけ?
酒臭いのは少し酒を飲み過ぎたからだな。
ん? ちょっと待て、なんでアベルと三姉妹が倉庫にいるんだ!?
だんだんと意識ははっきりとしてきたところで、すごく重要な事に気がついてガバリと体を起こした。
「いてててて……頭痛い……み、水」
まるで二日酔いのような頭痛に、喉の渇き、そして気だるさ。
とりあえず水が欲しい。酔い覚ましのポーションも欲しい。
「はい、水」
「お、おう……助かる」
差し出されたグラスを反射的に受け取って、中の水をゴクゴクと飲み干した。
酒でカラカラになった喉に冷たい水が気持ちいい。
「酔い覚ましのポーションいる? グランの作ったやつだから効果は間違いないよ」
「うん、欲しい」
アベルが妙に優しいなぁ。
あー、酔い覚ましのポーションの少しすっぱい甘さが気持ちいい。
ん? アベル? あれ? 今日は出かけていたのでは?
酔い覚ましのポーションを飲み干したところで、思考がだんだんとクリアになり、そして我に返った。
「な、なんじゃこりゃあああああ!?」
我に返ってまず目の前の光景に絶叫した。
そして、倉庫の中には一緒に地図を使ったラト以外にアベルと三姉妹、毛玉ちゃんまでいることに気付いた。
「それはこっちのセリフなんだよねぇ。今回は一体何をやったのかなぁ?」
思考がはっきりとして、まず視界に飛び込んできたのは土砂に覆われた倉庫の床と超笑顔のアベルだった。
窓から外を見ると雨は小降りになり、俺達が地図を使った時より随分と明るくなっていた。
その日の差し込み方からして午後のおやつくらいの時間だろうか?
地図を使ったのは朝食の直後だったのですっかり長居をしてしまったというか、三本角君が退場してから酒飲んで思ったより長時間酔い潰れていたようだ。
雨はまだ少し降っているが、日の光の量が増えて幼女達はしっかりと目が覚めているようだ。アベルは俺が予想していたより随分早く帰ってきたみたいだな。
これは誤魔化すのは無理そうだ……。
自分でもわかる酒臭さと、土砂に覆われた作業場の床に言い訳なんて思いつかない。
「帰ってきたらさー、三姉妹だけが寝てて毛玉ちゃんがいるだけだし? 思わず起こしちゃったらただ寝てただけみたいだし、でもグランとラトの行方を知らないって言うし、そしたら毛玉ちゃんが倉庫まで案内してくれてさ。倉庫に行ったら入り口から土砂やら木やらがとびだしてるし? 中に入ったらグランとラトが倒れてるから心臓が止まるかと思ったよ」
アベルがすごく複雑な顔で経緯を説明してくれた。
こっそり遊びに行って帰って来るつもりが、心配をかけてしまったようで心苦しい。
「ごめんなさい」
言い訳のしようがない。
「この土や岩、木もまざってますねぇ――これは、どうしたんですかぁ?」
「建物の中で何をやってたの……」
「しかも二人ともお酒臭いですわ。酔っ払ってハメをはずしていたのですか?」
幼女の呆れ顔三連発は可愛いけれど、土砂!!
そうだよ、この土砂やら木やら、これって俺が森に捨てたものだよなあああああああ!?!?!?
なんで!? どうして!?
「大量に捨てすぎて、我々がダンジョンにいるうちに全ては吸収されなかったようだな。酒を飲んで寝ているうちにダンジョンの魔力が切れて、我々と一緒に外に放り出されてしまったようだな」
あーーーーーーーーーっ!!!!
ダンジョンが消滅する時、ダンジョンを形成している空間魔法の効果が消え、外部から持ち込まれたものは全て外に放り出されるという。
それは命のあるものもないものも全て。
実際その場に立ち会ったことはないが、冒険者ギルドの講習会で習ったな。すっかり頭からすっぽ抜けていた。
ダンジョンの消失なんて滅多に立ち会えるものではないからな……忘れていても仕方ない。
そしてその結果、地図を使った倉庫が土砂で埋まることになった。
うん、今なら三本角君の気持ちがわかるよ。住み処が土砂に埋まったらそりゃびっくりしするし、犯人がいるなら怒るよね。ホントもうあっちこっちすみませんでした!!
幸い土砂の大半はダンジョンで吸収されたようで、俺の膝より下くらいまでの高さで量はさほど多くなく、俺とラトがいる場所から入り口のほうへと広がっており階段周辺は無事なので、階段や他の階には被害はなさそうだった。
捨てたぶん全部放り出されなくてよかった……本当によかった。
このくらいなら回収して、アベルに浄化魔法をかけて貰えばすぐ片付くな。
「ねぇ、ダンジョンって何?」
アッ!
隠し通せるとは思っていなかったけれど、ラトのポロリが思ったより早かった。そしてそれを聞き逃すアベルではなかった。
「へー、ふーん、キノコ君が宝の地図をくれるの? 前にピクシーに拉致されたって言ってたアレと似たようなやつ? 一時的な小規模ダンジョンかー、妖精ってすごいんだね」
「地図の中は夜だったのですかー、そうですかー、そういうことでしたら地図の中では昼間から飲んだくれてたことにはなりませんわね」
「妖精の地図くらいコソコソするようなものじゃないでしょ」
「出かけるなら一言言ってくれたらよかったですぅ、倉庫から土砂が溢れてて心配しましたぁ」
「ホホゥ?」
泥まみれになった倉庫を片付けながら洗いざらい話すことになった。
倉庫から土砂を溢れさせ、ダンジョン内で酔い潰れたまま放り出されてしまったせいで、アベル達には随分心配をかけたようだ。
ラトと並んで気まずさと申し訳なさで目が泳ぎまくっている。
すみません、猛烈に反省しています!!
そして倉庫の片付けを手伝ってくれてありがとう。
おかげで夕方までに片付けが終わりました!! 魔法って便利!! この恩は夕食のメニューで返します!!
夕飯のメニューはリュンヌの実を使った料理がズラリと食卓に並ぶことになった。
酔っ払いながらもリュンヌの実と泉の酒はちゃんと持って帰って来ていたので、そこは褒めてほしい。
俺があっさりと酔い潰れてしまった酒は、蒸留酒のような強さだがほんのりと白く濁っている不思議な酒だった。
甘い香りはリュンヌの花の香りと同じだ。
酒精は強いが辛みはあまり嫌みではなく、リュンヌの花の香りが鼻の中に抜けるので強さのわりに飲みやすい。
そしてこの酒、リュンヌの実の天ぷらとすごくよく合う。
淡泊な味だがほんのりと甘く、少し粘り気のあるシャリシャリとした歯ごたえと、サクサクの衣の組み合わせがたまらない。
ついつい酒と交互にいってしまう。
俺がつい飲み過ぎて意識を飛ばしてしまった原因である。
これはアベルも同じだったようで、晩酌の途中でヤバイと思ったのか早々に部屋へと引き上げていった。
俺は昼間に一度潰れるまで飲んでしまったので、夜はほどほどにしてリュンヌの実の天ぷらをシャクシャクとしていた。
酒は飲んでも飲まれるな。
飲みやすくて強い酒怖い。
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