第361話◆夜の森の王者

 しまった、里帰りした時に土砂崩れを収納したから収納の限界が近い。

 咲いているリュンヌの花を摘んでは収納に投げ込んでいたが、そろそろ限界が近いような感覚がしてきた。

 花なのでサイズが小さくわかり辛いが、投げ込む度にピクピクと魔力が削られていく感じがする。

 花は随分摘んだけれど、どうせならあの泉の酒も貰って帰りたいし、要らない土砂をその辺に捨ててきていいかな?

 さすがに詰め込みすぎである。

 近いうちに食材ダンジョンに行く予定もあるし、俺はちゃんと整理のできる男なので、要らない土砂は捨ててこよう。

 ダンジョンの中なのでものを捨てるにはちょうどいい。しかも人に管理されたダンジョンではないので、大量に土砂を捨てても怒られない。

 森の中の適当な場所に土砂を投げ捨ててこよう。


 泉の方を振り返ると、ラトが座り込んで泉の酒を飲んでいるのが見えた。

 どんだけ飲んでいるんだ……、なんか見覚えのある皿が見えるな? うちの皿だよな?

 上に載っているのは生ハムとチーズか? 倉庫の中に保存していたやつか!? 実家に行く前に作り置きしておいた料理も見えるな?

 なんだ、その、どこでもおつまみセットみたいなのは!?

 というか、くつろぎすぎ。一応ダンジョンなのだけれど大丈夫か!? 水辺でくつろぐ羚羊とかサバンナなら死亡フラグじゃないか!!

 まぁ、ラトなら大丈夫か。

 楽しく飲んでいるみたいだし、俺は森にゴミ捨てに行ってこよう。

 泉の近くで捨てて、泉を汚したらいけないからな。


 イヤーカフスの光を付けて森の中に入り、土砂を捨てても大丈夫そうな場所を探す。

 が、すぐに虫達に大歓迎されて、奥まで行くのは断念。虫相手にモテ期到来なんて全く嬉しくない。

 さっさと捨てて泉に戻ろう。どうせ一回きりのダンジョンだし、その辺に適当に捨てても問題ないよな?

 森の植物には申し訳ないが、俺はこの辺りで捨てるぜ!

「そおおおおおおおおれっ!! 合法投棄アターック!!」

 まぁ、攻撃する相手なんかいないから、ただ捨てているだけだけれど。


 水は捨てると洪水になるとやばいので土砂とボロボロの材木だけにしておこう。

 少し木をなぎ倒すことになったけれど、ダンジョンの中だから、まいっかー!!

 はっはっはっ、木にくっついていた虫がびっくりしてバラバラと出てきたな。住み処を荒らしてしまったかな? いやー、すまんすまん。

 住み処を荒らした詫びだ。作業が終わるまでなら、俺の服や頭に張り付いていても構わないよ。

 おっと、そこのカミキリムシ君、髪の毛ギチギチするのやめてくれないかな!?

 え? カミキリムシだけに髪切虫? やめろっつってんだろ!! 髪の毛とはロングなフレンドでいたいの!!

 その毒を含んでいそうな鱗粉をまき散らしている蛾もちょっと勘弁かな? ん? よく考えると毒なら素材になりそうだな、捕まえておくかー、って逃げられた!


 思ったより量が多いな。緊急事態の時のために放出したのは半分だけなのだが、想像以上に量が多くてこんもりと積み上がってしまった。

 そのせいで周囲のブッシュは押しつぶされて、木々も倒れてしまっている。

 おかげで空が見えるようになり、森の中に満月の明るい光が差し込んで、土砂に埋もれた森の惨状が明るく照らされた。

 森林破壊したのはすまんかった。

 地図がダンジョンだというのなら、持ち込んだものはダンジョンにより分解されるだろう。

 量は多いが、魔力を含んでいないただの土砂や材木だしすぐに分解されてしまうはずだ。

 そしてダンジョンは時間経過と共に元の姿に戻るという特性もある。つまり潰してしまった木々も土砂が消えれば元に戻る!!

 かりそめのダンジョンの中のかりそめの命かもしれないが、しばらくしたら森は元の姿に戻るはずだ。許してくれ!!

 俺の収納はスッキリする、森も時間経過で元に戻る。みんなハッピーエンド!!

 結構な量を捨ててしまったが現在進行形で下の方から分解されて地面に取り込まれていっているので、後は時間の経過と共に全て消えてしまうだろう。

 さて、俺も戻って泉の酒を飲みながらのんびりしようかな?



 ……なんて思っていたのだが。



「どわっ!? ごめん! ごめんて!! 君、森の主さんかな!? もしかして土砂を捨てたの怒ってる? たくさん木が折れちゃったもんね!! あ、もしかしてお食事の邪魔した? まっことに申し訳ありませんでしたあああああああ!!!」


 土砂を捨てて泉の方へ戻り始めてしばらくした頃、背後からものすごい殺気というか怒気を感じで振り返ると、鋭い角が三本あるテカテカと黒光りするバカでかいカブトムシのような虫が俺を追いかけて来た。

 その大きさは角の先端から尻まで入れると五メートルはありそうだ。その半分くらいはすごく立派で鋭い角である。

 この風格、森の主か!? いや、ダンジョンボスかもしれない。

 その角めちゃくちゃ鋭くて強そうでかっこいいね!? 王者の風格? や、こっちに向けないで!! そんなんで突進して来られると普通に死ねるから!!

 うおおおおおおおお!! 無理!! 暗くて視界も狭く、足場もそんなに良くなくて、木々が茂って動きにくい森の中でこんなのの相手なんて無理!!

 鋭い角を前に出してこちらに突進するように突っ込んでくる巨大カブトムシ君の攻撃を躱しながら、広い場所――泉を目指して森の中を全力で走る。

 助けて番人様!!!!


 三本角の巨大カブトムシは時々加速して突進してくるが、それは連続ではできないようで、俺よりやや遅いスピードで追いかけて来ている。

 いや、でかすぎて森の木に引っかかってはそれをなぎ倒しながら追ってきているので、木がなければもっと足が速そうだ。

 広い所に出ると飛びそうな気がするが泉まで行けばラトがいる。番人様ならきっとなんとかしてくれる。

「いてっ!! いてえええ!! ごめんて! 住み処にゴミを捨てたのは悪かったって!!」

 そして俺との距離が離れると、普通のカブトムシサイズで三本角君そっくりな形をした琥珀色の物体を飛ばしてくる。

 普通サイズと言っても、俺の手のひらよりでかいくらいである。そのサイズで先端が尖っているので当たると普通に痛い。

 でもこれ、琥珀色というか琥珀じゃねーか!!!

 いいぞ、もっとくれ!!

「ありがとう! そのかっこいい琥珀のミニチュア三本角君もっとください!!」

 飛ばしてくるカブトムシ型の琥珀をキャッチして収納に収めながら、次のカブトムシ弾をおねだりしてみた。

 別に煽ったわけではなかったのだが何か気に入らなかったようで、琥珀ではなく三本角君そっくりで大きさもほぼ同じサイズの石像が降ってきた。

 ひえええええええ!! 土魔法かな!? 自分そっくりの石像を作り出すってすごい!! 職人芸!!

 降ってきた石像を躱して泉の方を目指してひた走る。

 無理。これ、無理。俺一人で倒す方法が思い浮かばない!! 助けて番人様!!

 三本角君の猛攻をなんとか躱しつつ走り続けると、前方の木々の隙間から月明かりが差し込んでいるのが目に入り、そこから森の外に飛び出すと視界がいっきに広がった。


「ラトおおおおおおおっ!! お客さん連れてきたぞおおおおおおお!!」

 森から飛び出して泉の方へ走ると、泉の傍らで酔っ払って寝そべりながらトロンとした表情でまだ酒を飲んでいる大きなシャモアが見えた。

 大丈夫かこの番人!?

 いいや、このままなすっちまえ。

「客とはなんだ? む、森の方が騒がしいな? なっ!?」

 森から飛び出した俺に少し遅れて、森の木々をなぎ倒しながら三本角君が森から姿を現した。

 森から三本角君の姿を見たラトが少し間の抜けた声を出した。

 先ほどまで酔いでトロンとした表情をしていたが、すっかり真顔になっている。

 いい酔い覚ましだったな!?


「森に入ったらついて来た!!」

 ラトの方に向かって走りながらすごく簡潔に説明した。

「む? 何やらかなり怒っているな、さては森で何かやらかしたか? アレはおそらくあの森の頂点にいる存在だろう……ぬおっ!?」

「うわっ!! 飛んだ!!」

 森から出てきた三本角のカブトムシ君がビヨーーーンと空へと舞い上がった。

 広い場所に来たら、やっぱり飛んだ!!

「泉から離れるぞ。泉の近くで暴れられると、酒が汚れる」

 あ、酒。なるほど。大真面目な表情だが酒。

 ラトに言われて泉の傍へ向かう足を止め、宙を舞う三本角君を見上げた。

「ぬあ!? なんか降ってきた!!」

 ボロボロと上から茶色の物体がいくつも落ちて来た。

 色的に樹液の塊か? 当たるとベタベタして動きが封じられそうな気がする。

 反射的にそれらを避けると、地面にぶつかってベシャリと音を立てて潰れ、それが飛び散った地面がジュウジュウと音を立てて焼け焦げたように溶けた。

 なんだその物騒な樹液は!?

 その樹液攻撃を避けて一安心したのも束の間、上空からこちらに向かって三本角君が突進してきた。

 慌てて横に移動してそれを躱すと、俺の横を通り過ぎた三本角君はこちらに向きを変えながら砂埃を上げて地面に降り立った。


 俺は収納からロングソードを取り出して構えそれと向かい合う。

 長い角を三本も持つカブトムシ。リーチも得物の数も負けている。

 ついでに言うと、月明かりを反射して黒光りする三本角のカブトムシめちゃくちゃかっこいい。

 かっこよさでも負けている気がする。 

 やばい、勝てる気がしない。


「ふむぅ、なるほどグランに縄張りを荒らされて機嫌が悪いのか。だが私は月を見ながら酒を飲みたいのだよ。すまないが、巣に帰ってくれないか」

 睨み合う俺を三本角君の間にラトが割って入り、三本角君の注意が俺からラトへと変わった。

 その瞬間。


 パカーーーンッ!!


 気付いた時にはラトが三本角君の顎があった辺りで後ろ足を上げたポーズになっていて、そこに三本角君の姿はなかった。

 全くラトの動きが見えなかったぞ。

 その状況からおそらくラトが後ろ足で三本角君を蹴り飛ばしたのだろう。

 まるで放り投げられたボールのように、三本角君が森の方へと吹き飛んで行ったのが見えた。

 ラトも大きいが、三本角君はその更に倍以上の大きさだった。それを易々と森へと吹き飛ばしてしまった。

 や、ラト、強っ!!

 強いのはなんとなくわかっていたけれど、格が違った。さすが番人様。

 そういえば俺とアベルがヒィヒィ言いながら倒したニーズヘッグを毎年倒してるんだっけ?

 はい、すいません。ただの飲んだくれで中性脂肪が増えて来たシャモアだと思っていました。


「助かったよ。ちょっと森に行ったら付いて来ちゃって」

「ふむ。かりそめの場所ではあるが、ものを捨てる時は場所を考えて捨てることだ」

 うげぇ、バレてる!!

 考えた結果捨てた場所が悪かったようだ。

「お、おう。ダンジョンの中でも物を捨てる時は周りを見て捨てるよ」

 森の中に無理矢理土砂を大量に捨ててはいけない。ダンジョンの中でも場所を選んでゴミを捨てるようにしよう。

 一回限りのダンジョンの中の生き物かもしれないが、三本角君には悪い事をした、すまんかった。


「あの虫のおかげですっかり酔いが覚めてしまったから飲み直すとしよう」

 え? まだ飲むのか?

 まぁ、俺もちょっと泉の酒は気になるしな。

「よっし、つまみを追加して明るい満月の下、月見酒とするか」

 地図の外は昼かもしれないが、ここは夜だ。

 お供え物を追加して、綺麗な満月を見ながらお酒を頂くことにしよう。



 泉から掬って飲んだ少しだけ白く濁った酒は、その甘い香りとは裏腹にめちゃくちゃ酒精が強く一口目で咽せることになった。




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