第359話◆我慢できない大人

 昨日に引き続き今日も窓の外は雨。

 あまり強くはないが、外に出る気にはならないシトシトした雨。

 昨日は家でのんびりとしていたアベルは、今日は王都へピュンッと飛んで行った。

 難しそうな本の山から解放されたようだが、相変わらず忙しいようだ。

 アベルがいない日は地獄のチリパーハ語のレッスンがないから気は楽である。

 時々間違えたりわからない表現があったりするが、俺的にはもうペラペラだしそろそろ現地に行っても大丈夫なんじゃないかな!?

 と自分では思っているのだが、アベルからはまだ合格がもらえない。

 はやく合格をもらって、冬になる前にチリパーハに行ってきたい。


 アベルは出かけてしまったが、ラトと三姉妹はリビングでくつろいでいる。

 ラトは昨日は雨の中を森へと出かけて行ったが、さすがに今日は面倒くさかったのか、朝食前にいつもの見回りをした後は家でダラダラとしている。

 チラチラこちらを見ているが、朝食の直後から酒は出さないぞ!!

 そのラトを囲むように三姉妹がソファーでうとうととしている。

 日の光が少ない天気の悪い日は夜と同様、三姉妹達は眠くなってしまうようだ。


 俺はというと、リビングの床に装備を広げて手入れをしながら、少し落ち着かずそわそわしている。

 何故かっていうと、今朝またキノコ君が地図をくれたのだ。

 そしてこの地図二人用である。

 アベルと一緒に行こうと思っていたのだけれどなぁ……出かけてしまったものは仕方ないか。


【妖精の地図】

レアリティ:S

場所:夜の森

難易度:B

属性:闇

状態:良好

使用回数:1/1

参加人数:2人


 今回キノコ君がくれた地図はこんな感じだった。

 前回と違って難易度が高い。

 そして場所が夜の森、属性が闇。

 なんとなく嫌な予感がするワードが混ざっている。

 一人で行くのは少し怖いし、せっかく二人で行けるみたいなので誰かと一緒に行きたいんだよなぁ。

 だけどアベルは出かけてしまったしどうしようかなぁ。

 アベルが暇そうな日まで残して行く方がいいよなぁ。しかしすごく気になる。


 アベルがいないなら他の誰かでもいいのだけれど……。

 チラリとラトの方を見ると目が合った。

「どうした、妙に落ち着かないようだが?」

 うぐ!? そわそわしているのを見抜かれたか?

「そういうラトこそ何か言いたいことでもあるのか? 酒か? つまみか? まだ午前中だから酒はなしだぞ」

「ぐ……、雨が降っていると森に出るのも億劫なのだ。かといって何もしないのは退屈でな」

 雨が降っていると外に出るのが面倒くさくなるのはわかる。


「…………」

「…………」


 ラトと二人っきりで話すことがあまりないので微妙に会話に困る。

 シャモアの姿だった頃は返事を期待せず適当に話しかけていたけれど、こうして普通に会話できる状況となると案外困る。

 そして沈黙が辛い。


「ラト、今日は何か予定はあるのか?」

 沈黙が気まずいので適当に話を切り出した。

「森へ行かぬし三姉妹達も今日一日こんな感じだろうから、今日はやることがないな。箱庭でも弄るとするか、アレは時間つぶしに丁度いい」

 なるほど、そういう感覚で留守番をしている時、暇潰しに箱庭を弄くり回していたのか。

「三姉妹は今日はずっと寝てる感じかー」

「そうだな、日の光が少ないから起こさなければ寝ているな」

 うーん、少しだけならラトを連れ出してもいいかなぁ。

 こないだの地図もすぐ終わったし、この地図もすぐ終わるかもしれない。

 というかラトなら妖精の地図について詳しい事を知っていそうだな。

 ……よっし、とりあえずラトを誘ってみるか。

 幼女達を置いて行くのがまずいなら今日は諦めよう。


「これさ、キノコ君に貰ったんだけど暇なら使ってみないか?」

「む、妖精の地図か。まぁ。小さく見えても妖精だ、地図くらい作れてもおかしくないな」

「うん? 地図ってもしかしてキノコ君が作ってるの?」

 以前ハックに聞いた話から予想すると、あの地図は小型のダンジョンを作り出す魔道具でほぼ間違いない。おそらく複雑で高度な空間魔法が付与されている。

「うむ、妖精の中には小規模なダンジョンを生成する能力やそれを魔道具にする能力を持っている者がいる。この家にもたまに遊びに来ている靴を修理する妖精は妖精の地図を作るのが得意な者が多いな」

 トンボ羽君の持って来た地図は片靴屋に貰ったとか言っていたよな……、なるほど靴の修理が得意な妖精。

 あのやばい難易度の地図は靴の修理妖精が作ったものだったっぽいな。


「前にも地図を貰ったけど、その時は一人用だったしただの畑っぽかったから一人で使ってみたんだ」

「ふむぅ……なるほど二人用か」

 ラトが悪そう表情で口の端を上げ、目を細めた。

「ちょっとくらい家を空けても大丈夫なら行ってみたいなーって?」

「ふむ、三姉妹達も雨の降っているうちは起こさなければ寝ているだろう」

「寝ているのに置いて行って大丈夫かな? まぁ泥棒とかは入らないと思うけど」

「彼女達も弱くはないから大丈夫だろう。気になるなら侵入者除けを強化して、フクロウの子を呼んでおこう」

 これ以上侵入者避けを強くしたら、ドラゴンが突っ込んでも大丈夫になってしまうのではなかろうか……それはそれでありがたいけれど。

 それでもやはり三姉妹を残して行くのは不安なので、毛玉ちゃんを留守番に呼んでおいてくれるなら更に安心だな。


「それじゃ、行くか。あ、アベルには内緒な?」

 バレたら面倒くさそうだし。

「うむ、三姉妹にも内緒にしておこう」

 番人様が悪い顔をしている。

 三姉妹に内緒で出かけるのは少し後ろめたいしな。

 こっそり行ってこっそり帰ってこよう。

 ラトが三姉妹達を起こさないようにそっと立ち上がり、彼女達に毛布を掛けた。

 俺も床に広げていた装備を回収して身に着けて手早く出発の準備を済ませ、部屋の室温調整の魔道具を弄って快適な温度に設定しておいた。

 準備が終わった頃を見計らってか、リビング前のテラスに毛玉ちゃんが飛んで来たのが見えた。

 さすが番人様、いつの間にか毛玉ちゃんを呼んでくれたみたいだ。


「毛玉ちゃん雨の中ありがとう。おやつを置いて行くからお腹が空いたら食べてくれ」

「ホッ!」

 リビングの掃き出し窓を開けるとフワリと俺の肩にとまったので、タオルを出して濡れた羽毛を拭いてやると元気な返事が返って来た。

 実家から帰ってきた直後はなんだか機嫌が悪かった毛玉ちゃんだが今はすっかり元通り。

 相変わらず、会うとグリグリと頭を押しつけてくるのが可愛い。

 うんうん、しばらく家を空けていたから寂しかったんだよな。可愛いやつめ。

 

 毛玉ちゃんを家に招き入れるのと入れ替わりで俺とラトは掃き出し窓から外に出て、そこから屋根のあるところ通って倉庫へ。

 何かあったらいけないかなら、地図は倉庫でこっそり使うのだ。

 倉庫に入って入り口のドアを閉め、ラトと顔を見合わせて頷く。

 よぉし、地図を使うぞおおおお!!


 前回と同じような巻物。しかし、今回の方が少しサイズが大きい。

 今回は難易度がBで、前回のFに比べて随分高い。

 冒険者ギルドが定めたダンジョンのランクと同じくらいと想定するなら、もしかすると強い敵が出てくるかもしれない。

 しかし、こちらには森の番人様がいる。

 きっと番人様がなんとかしてくれる。俺はその後ろでこそこそと素材を集めるのだ。


「それじゃあ、行くぞおおおおおお!!」

 巻物を綴じている紐に指を掛けそれを勢いよく引っ張るとパラリと巻物が開いた。

 チラリと見えた巻物の内側には、森の中にある泉のようなものが見えた気がする。

 直後、目の前に木が絡まったような縁取りの扉が目の前に現れパカリと開いた。

 三回目ともなると、その開いた扉に吸い込まれる感覚にも随分慣れた。


 さぁ、今回の地図はどこに出されるかなぁ!?


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