第358話◆冷たいスライム飲料

 リオートスライムゼリーは熱に弱いみたいなので、作業はそのまま冷蔵室に置いてある小さなテーブルで行うことにした。

 回収したリオートスライムゼリーを専用の漉し器に通して、ゼリーに付着している汚れを取り除いた後、ゼリーの水分だけを抜き取る魔道具を使ってカラカラにする。

 リオートスライムゼリーは熱に弱いので、熱での乾燥ではなく風属性で水分を吸い出す魔道具を使って乾燥させた。

 スライムゼリーは水分がなくなると粉状になり、これがスライムパウダーである。そしてスライムパウダーには、ほとんどの場合ゼリーの時の効果がそのまま残っている。

 そしてこれはまた水でゼリーに戻すこともでき、水の量を増やせばドロドロ感もなくなる。


【リオートスライムパウダー】

レアリティ:D

品質:上

属性:水/氷

効果:低温D

調合、料理、付与等に用いる

少量の塩分を含んでいる冷たいスライムパウダー、食用可

熱に弱く、気温が高い場所では劣化が速い。


 出来上がったのはスライムゼリーと同じ色の水色の粉で触るとヒヤッとしていた。

 効果は予想通りだが保存が難しそうな鑑定結果が見えた。

 劣化防止のためにポーション用の瓶に入れるつもりだったけれど、暑い場所だと効果が消えてしまいそうだな。

 暑い場所で使いたいからそれだと意味がないんだよなぁ。断熱効果を付けた専用のケースに入れるか?

 まぁ、その前に少し味見をしてみよう。



「スライムパウダーを少々、これにハチミツを足して、少しレモンを入れて、水を足してよく混ぜる。よし、氷がなくても冷たい」

 一度パウダーにしたものに、他の材料と水を加えてかき混ぜてみると、カップの外側がひんやりとしてきた。

「へー、溶かすだけで冷たい飲み物になるのは手軽でいいね。一杯貰っていい?」

「もちろん、味見して感想を聞かせて欲しい」

 自分とアベルの分を作り、アベルにカップを手渡す。

 サンプルの感想は自分以外の意見もたくさん聞いておきたい。

 飲んでみて問題なければ、ラトや三姉妹の意見も聞いてみよう。商品として売り出すならキルシェ達の意見も聞きたいな。


「氷を使ってないのに冷たいのは不思議だね。少しレモンの酸味がするけどハチミツ感が強い。塩の味は言われないとわからないや。水をそのまま飲むよりはいいけど、ここが寒いからあまり良さがわからないなぁ」

 アベルの言う通り即席で作って見た飲み物は不味いわけではないが美味しいというほどでもなく、気温の低い冷蔵倉庫の中では飲み物の冷たさもあまりありがたみを感じなかった。

 冷蔵倉庫の中が暑いどころか上着を着ていないと寒いくらいだ。このままでは汗をかいた時のために作った飲み物の良さがわかりにくいな。

 少し体を動かして汗をかくかー。ついでに出来上がった粉が常温でどれくらい劣化するかも確認しないとな。

「よし、ちょっと下の作業場で体を動かすか! アベルも一緒にやるぞ魔法でズル禁止な!!」

「え? は? 体を動かすってどういうこと? え? 俺まで一緒にやるの!?!?」

「汗をかいた後に飲むと美味しく感じると思うんだ」

「もー、しょうがないなー。最近運動不足だしちょっとだけなら付き合うよ」

 アベルは渋々だが付き合ってくれるようだ。

 下の作業場の机を隅に寄せれば筋トレをするスペースくらいはあるので、汗をかいて喉が渇くくらいに少し体を動かそう。








「ちょっと……ひぃ、グラン、全然ちょっとじゃない。ひぃ……雨が降っているから蒸し暑くて息苦しっ! ……ひっ、明日筋肉痛になりそう。と、とりあえず水ちょうだい」

「おう、ちょっと蒸し暑くて気持ち悪いけど、いい汗かいたな!! アベルはのんびりしすぎて体がなまってんじゃねーか? 食料ダンジョン行く前に少し体動かしておく方がいいんじゃないか?」

 Aランク冒険者のくせにだらしねーな。

「確かに運動不足かもしれないけど……ヒィヒィ、なんでこんなとこにぶら下がるための棒があるの!? 椅子を使った筋トレ!? 椅子は筋肉を虐めるものじゃなくて座るものでしょ!?」

 うむ、作業中の暇潰し用に作業場にぶら下がり棒を設置しておいてよかった。

 ほら、椅子も机も上手く使えば筋トレの道具になるのだぞ。

 約三十分、屋内でできる手軽な筋トレをしたのだが、運動不足気味のアベルがヒィヒィ言いながら椅子に腰を下ろし背もたれにもたれかかり虚な目をしている。

 そんなことでは、ドリーに会った時に弛んでいるといって鍛え直されることになるぞ!!

 屋内なのであまり激しい動きはできなかったが、天井付近に取り付けたぶら下がり棒や椅子や机を使った筋トレで、いい感じに汗をかいて喉も渇いた。

 雨が降っているせいで湿度が高くて、気温のわりに蒸し暑くて息苦しいせいで、短い時間だったが随分動いた気分になれた。


「ほい、さっきのやつもう一回飲んでみて」

 机を元の位置に戻し、先ほどと同じものを作ってその一つをアベルの前に置いた。

「ありがとっ、んー冷たい! あー、いっきに喉の渇きと暑さが緩和されて、生き返った気分。 あれ? これさっきのと同じやつだよね? ハチミツの量を増やした? なんだかちょっと味が違うというか、甘味が強くて酸味がないけどレモンは入ってない? さっきよりなんか美味しく感じる、あれ? 鑑定だとレモンが入ってる」

 先ほどと全く同じ飲み物を口に含みアベルが不思議そうに首を捻っている。

 予想通りの反応を示してくれたアベルの様子を見て、自分もそれを口に含んだ。

 先ほどより甘味が強く感じられ、その強い甘さには嫌みさがなくほどよい冷たさで、喉が渇いていることを差し引いてもゴクゴクといきたくなる。

「これが甘く感じるっていうことは、汗をかいて体の水分と塩分が減ってるってことなんだ。そうなると水だけじゃなく塩と糖分も一緒に補充した方がいいだろ? そういう時に美味しく気持ちよく、水分を補給できるかなぁって?」

 水だけではなく塩分と糖分も補給できるから、脱水症状対策に携帯しておくといいかなって。

 ここはうっかり喋ると藪から蛇が出てきそうなのでぼやかしておこう。

「なるほど、体がびっくりするほど冷たくなくて、ちょうど気持ちいいくらいだね。それを粉で持ち歩けるのは確かに便利だ。でもこのリオート草のスライムパウダーって、温度が低くないと保存が難しそう?」

 鑑定の結果だとそんな感じなんだよなぁ。

 その辺りも材料にしたリオート草の特徴をしっかり引き継いでいる。


 それを試すために、筋トレを始める前に机の上に置いておいたものがある。

「そう、だからもう少し試して見る必要があるな。こっちがリオートスライムパウダーを皿の上に載せただけのもの。こっちは停滞の付与だけがしてあるポーション用の瓶に入れておいたもの。そのまま皿に載せてた方は、パウダーが少し温くなってるな。こっちのポーション瓶の方は今のとこ冷たいままだ。三十分程度じゃわからないから、ポーション用の瓶で何日持つか放置で様子見だな。最終的にハチミツもレモンも粉にして、飲みたい時に水で溶けばすぐ冷たい飲み物が飲めるようにする予定だ」

 ひんやりする粉で、氷魔法なしでどこでも冷たい飲み物を作ることができるが、鑑定の結果を見る限り常温での長期保存が難しそうである。

 これがクリアできれば、水を入れるだけでどこでも冷たい飲料を作れる。ハチミツもスライムを使えばパウダー状にできる、後はレモンだな。

 そうだな、保存期間を確認している間にレモンスライムにもチャレンジしてみよう。果物系はわりと素直にパウダーになってくれるからいけるかぁ?

 全部パウダーにして水を入れるだけにできるなら、携帯用として需要が高そうだ。


「水と容器さえあれば、どこでも冷たくて甘い飲み物が飲めて塩も補充できるのか。粉なら場所を取らないし、暑い場所に持って行きたくなるね。これは売るつもり?」

「ああ、作り方と品質が安定したら売ろうかなって思ってる。需要ありそうならバーソルト商会に持ち込めないかな? 材料がリオート草だから自分で量産するのは少し厳しい」

 身内で使うだけに留めてもいいのだが、時には人の命を救うかもしれないものだ、量産して製品も作り方も値段を抑えめで広めた方がいい気がする。

「そうだねぇ、暑いと効率も落ちるし具合が悪くなることもあるからね。冒険者ギルドに売り込むと食いつきそう。量産するならやっぱバーソルト商会かなぁ。うん、次に王都に行った時に伝えとくよ」

「おう、頼むよ」

 こないだのタコ焼き機とあわせて商業ギルドに登録しておこう。

 もし似たようなものがすでにあるなら、商業ギルドの方で教えてもらえるし一度顔を出してくるかな。


 よし、ドリンクはなんとなく先が見えたな。

 次はこの粉を使ったひんやりするだけの塗り薬と、使い捨てのひんやりするシートかなぁ。

 塗り薬は軟膏で使う樹脂にこのひんやりする粉を混ぜて、ニュン草の精油を少し足しておけばいいかなぁ。

 これは材料があるからすぐできるな。

 使い捨てのひんやりシート……ひんやりスライムのゼリーを使い捨てにしやすい安価な布か紙に染みこまして水分を抜けばいけるかなぁ。

 不織布みたいな布がないかなぁ……リリーさんに相談してみようかな。

 タコ焼き機のこともあるし、一度リリーさんのとこにお邪魔するか。


「あー、冷たい飲み物で少し涼しくなったけど、やっぱすごく蒸し暑くて気持ち悪いね。これは氷菓子を食べないとやってられないや」

 ひんやりスライムの使い道を考え込んでいる間に、いつの間にかアベルが足取り軽く倉庫の階段を上っていくのが見えた。

 目的は一番上の冷蔵倉庫にある氷菓子のようだ。

「どうせならもう少し付き合ってもらおうと思ったのに」

 主に試作品の実験に。

「やーだよー、もう筋トレして腕も太ももも痛いから氷菓子を食べながらのんびりするもーん」

 太ももが痛いというわりにトントンと急な階段を早足で上がっていった。

 思ったより元気そうだな!?


 はー、試作品は自分で試すかー。

 倉庫の外を見れば、まだ止む気配のない初夏の雨がザーザーと音を立てて降っていた。

 

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