第357話◆晴耕雨読

「これは結構降りそうだな、昨日草毟りしておいてよかった」

「夏前の雨の季節がきちゃったねー、ジメジメしててホント嫌い。昨日は王都も雨が降ってたよ」

 朝食の後、リビングのソファーでのんびりしながら窓の外を見た。

 勢いよくとまではいかないが、シトシトと雨が降っている。

 本格的な夏前――暖かい空気と冷たい空気がいりまじり天候が不安定になる時期。

 雨の日が増えジメジメした空気に釣られ、気持ちも湿っぽくなりそうなのだが、この家に越してきて一年以上が過ぎすっかりスローライフを満喫するようになった俺は違う。


「やー、このくらいの雨なら畑の水遣りをサボれてちょうどいいよ」

 まさにこれ。雨が降ると畑仕事をサボることができる。

 サボりたいわけではないのだが、暑くなってくると朝と夕方二回ほど畑に水を撒きに行かなければいけないので時間を取られるので面倒に思う日もある。

 フローラちゃんが手伝ってくれるけれど、畑の所有者は俺だから任せっきりは悪いからな。

 こうして雨が降ればその日の水遣りはお休み! 俺もフローラちゃんものんびり!

 雨の中、用事もなしに無理に外に出かけることなんてしない。今日はソファーの上でのんびりと本を広げていた。

 晴耕雨読――これぞ理想のスローライフ。


 つい先日、短い期間だけれど夜遅い時間の仕事を連続でやって生活リズムが少し狂ってしまったので、家でのんびりする日を挟んだら生活リズムを元に戻すのにちょうどいい。

 あの時のワンニャンも住み処の倉でのんびりしているのかな?

 火属性の妖精っぽかったから雨は苦手かもしれないな。

 お爺さんの膝の上で寛ぎながら一緒に雨を眺めていそうだなんて勝手に想像してしまう。

 いいな、俺も年を取って冒険者を引退したら、日の当たりのいいテラスで猫や犬を膝の上に乗せて撫でながら、ひなたぼっこしているような余生を過ごすんだ。


「たまには何もせずのんびりしたいなーって思っても、いざ何も用事がなくて一日家でやることないと退屈な気がしてくるから不思議だよね」

 アベルはずっと翻訳の仕事で本に埋もれていて、その後も俺の里帰りにも付き合ってくれて、帰ってきたらのんびりすると言いつつ何だかんだで用事があるようで王都へとよく行っている。

 のんびりしたいのにやることがないと退屈って、それはもうワーカホリックというやつでは?

 気持ちはわかるが、働き過ぎは体にも心にも良くないぞ。

 そういう俺もそろそろ本を読むのに飽きてきて、何か他のことがしたくなってきた。


 そうだ、アベル達と食材ダンジョンに行くというならまたしばらく家を空けることになりそうだから、パッセロさんのところに納品するポーションをまとめて作っておかないとな。

 装備も調えておかないといけないな。

 見つかったばかりでまだまだ調査が行き届いていないダンジョン、しかもランクも高い。

 ドリーやアベルと一緒と言っても油断はできない。憂いがないように備えておかなければ。

 それにダンジョンに行っている間、またラト達に留守番を頼むことになるから、その間の食事も作り置きをしておかないといけないな。

 そういえば、育てていたひんやりスライムもゼリー付きがよくなって、性質の変化も終わっていそうだし回収時期だな。

 なんだやることはたくさんあるじゃないか。

 読書も飽きてきたし、雨も止む気配がないから今のうちにできるところまでやってしまうか。











「うわ、いつの間にかさらにスライムが増えてる」

 作業をしようと倉庫に移動したら、何故かアベルもついてきた。

 ポーション作りもするつもりだったが、それより先にひんやりスライムを色々試してみたくなって、ひんやりスライムのいる冷蔵倉庫にやって来ている。


「可愛いだろう? こっちの水色のやつがリオート草で育てたひんやりスライムちゃん。冷たいだけで大人しいし特に害はないから触ってみ?」

「可愛いはちょっとよくわからないけど、ひんやりしたスライムか。リオート草って、氷の上に生えてる氷みたいで綺麗な植物だよね? 常温くらいだと溶けて枯れちゃうやつ。ホントだ氷ほど冷たいってわけじゃないけど、冷たい水みたいで気持ちいいね。あー、スライムの手触りのせいでなんか無駄につつき回したくなる……うわ、冷たっ!!」

 ひんやりスライムの感触が気に入ったのが、スライムをツンツンとつつき回し始めたアベルの顔に向かってスライムちゃんが霧状の水を吹き出した。いいぞ、もっとやれ。

「つつきすぎるからだよ」

 スライムちゃんだってデリケートなのだ、少し触るくらいなら平気だが無意味につつくと、大人しい個体でもイヤイヤして反撃をしてくることもある。

「おのれ、ちょっと色が綺麗で手触りが気持ちいいからって調子に乗りやがって……ぺっぺっ、口の中にスライムの吐いた水が入ったじゃないか。あれ? なんか少ししょっぱい?」

 ハンカチで濡れた顔を拭いていたアベルが、ひんやりスライムのもう一つの特性に気付いたようだ。

 もしかしたらそうなるんじゃないかなーと、やや予想していた特性。むしろ他の使いにくい方向性の特性が付かなくてよかった。

 そうなんだよなー、リオート草が地面や氷に含まれる僅かな塩分を集める特徴があってほんのり塩味だから、それがどう影響するか不安だったが、スライムゼリーが塩味になっただけで済んだようだ。

 塩分が強くなりすぎたり、危険な毒ガスや溶解液とか作り出したりしなくてよかった。

 ひんやりスライムのゼリーは食べることもできるので、いい意味で予想を裏切ったスライムが出来上がってしまったようだ。


 スライムからのゼリーの採取作業は、お玉で掬ってボウルの中にポイ。

 原始的な手作業だが、相手が生き物で動き回る上に、魔石を傷つけてしまえばスライムは死んでしまうので、手作業でそっとゼリーを回収するのが無難なのだ。

 このスライムは変な毒もなく性格も穏やかなので、そのままお玉で掬えるので楽だ。

 攻撃性の高いスライムや毒ガスを出すスライム、ゼリーに毒性があるスライムや触ると危険なスライム、そういった取り扱いに注意の必要なスライムからゼリーを採取する時は装備をガチガチに固めて、お玉とボウルも特殊なものを使うことになるので手間がかかる。

 安全な範囲で弄くり回すなら便利で面白いスライムだが、ちょっと冒険をすると何ができるかわからない怖さもあるのがスライムである。


【リオートスライムゼリー】

レアリティ:D

品質:上

属性:水/氷

効果:低温D

調合、料理、付与等に用いる

冷たいスライムゼリー、熱に弱い

少量の塩分を含んでいる、食用可



 これを布か紙に染みこませて額に貼ったり、軟膏にして体に塗ったりすれば気持ちいいかなぁって思っていたけれど、他にも使い道がありそうだな。

 とりあえず肌に塗ってみるとひんやりとして気持ちいい。

 ゼリーのままだと汚れが混ざっているので、一度乾燥させて粉状にして効果に大きな変化がなければ、軟膏用の樹脂と香料と混ぜてヒヤッとする軟膏にしてみよう。


 粉末にしたら塩味が強くなりそうだから、冷たい調味料として使えないかなぁ。

 少しだけ塩分を含ませた冷たい飲み物と相性が良さそうだ。

 お? これからの季節にちょうどいいじゃないか!!

 これは粉にしたらすぐ試せるな。


 粉末なら場所を取らない、水は水の魔石から出せばいい、少量のハチミツか砂糖を足せばいいので携帯もしやすいな。

 んんん? ハチミツもスライムを使ってパウダーにして混ぜておいて、最初から水を加えればいいだけの状態にしておけばいいのか。

 なんだか金の匂いがしてきたぞ。

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