第354話◆痕跡を探して

 そういえばアリスさんが、近くの倉に泥棒が入ったみたいな話をしていたな。

 先日のワンニャンの飼い主さんの家だっけか?

「うむ、冒険者ギルドからも夜間の警備をいつもより多く出していて、それで夜の人員が不足気味だったのだが、別の依頼に入ったグランが引き当てるとはなぁ」

 バルダーナがボリボリと頭を掻いている。

 ただの御者兼護衛の仕事のはずが、いきなり人が燃やされる現場に遭遇して、俺もビックリだよ!!

「グランってホント、トラブルを引き当てる天才だよね」

 それ、俺全く悪くないよな?


「それで昨夜の彼らを診療所に搬送したが、町の者ではないようで身元を確かめるため、宿屋を回って確認してみたら宿泊先が見つかったわけだ。それで身元を調べるために宿の部屋に入ったら、盗品らしき物がゴロゴロ出てきてな。そっちは出されてる盗難届と照合中だが、すでに一致している物もいくつかあるから、空き巣である事はほぼ間違いない」

 エドワさんが男達のその後について説明してくれた。

 ピエモンの診療所は一つあるだけなので、住人は皆その診療所にかかる。故に運び込まれた者が町の住人ではない事がすぐにわかったのだろう。

 ピエモンは王都と東の辺境を結ぶ街道沿いなので、宿泊客はそれなりに多く宿屋は複数あり、町の住人以外が町の中をウロウロしていてもあまり気にする人はいない。


 しかし、空き巣だったとは……じゃあ、あの炎の主は泥棒に入られた家の者?

 いや、あの時人の気配はなかった。いくら気配を消していても人が魔法を使えば気付くはずだ。

 路地から炎が放たれた時、直前まで魔力が動く気配を感じなかった。

 アベルの指パッチン魔法のように、事前に全く魔力操作なしで放たれた魔法だと思われる。


 ほとんど予備動作をなしで魔法を使う者はアベル以外にも存在するが、その場合魔法は威力が下がりやすい。

 そしてそういう魔法の使い方ができる者は、高い実力を持つ魔導士だ。

 しかし、それだけの実力を持つ魔導士ならその場に合わせた魔法を選ぶのが普通だ。

 やはり町の狭い路地で火属性の魔法が放たれた事には違和感しかない。


「火魔法を使った犯人がいたと思われる路地も調べたのだがね、地面に残っていたのは男達の足跡だけだったのだよ。しかし、グラン君が言う小さな気配が男達に炎を放った主なら、地面以外に痕跡があるかもしれないな」

「まぁ、調べてみるしかないな」

 バルダーナに促されて路地の中へと足を進めた。

 路地の地面は踏み固められた土で、そこにはいくつも足跡が重なるように残っている。

 これは昨夜の男達の足跡だろうか、大きな道の方へと向かっている足跡のうち、綺麗なものは踏まないように注意して移動をする。


 体格のいい俺達が二人横並びで歩くのは厳しい道幅の路地に、周囲の家の所有物だと思われる物がゴチャゴチャと放置されており、視界もあまり良くなく、その辺の物にうっかりぶつかってしまいそうだ。

 ドリーほどではないが、バルダーナもかなり体格がいい方なので、このゴチャゴチャして細い路地に詰まってしまいそうに見えてしまう。

 大丈夫なのかな? 狭い路地であちこちにぶつかって証拠をぶち壊さないのかな? いや、むしろ関係ない家の物を壊す心配はないか?

 いや、ギルド長だしそんな事はないか。


 ガコッ!

「おっと」

 足元にあった樽にバルダーナの足が当たり、樽がグラッと動いたが倒れる前にバルダーナが足で元の位置に戻した、

 なんだろうこの、ドリーを少し身軽にした感。ドリーだったらきっとひっくり返して踏んで粉砕していた気がするから、ドリーよりは身軽なのだと思う。

「バルダーナさん、証拠見つける前に現場破壊しないでくれよ」

「おう、心配するな、細心の注意を払って行動をしている」

 ガンッ!!

 あ、路地に面した家の窓に取り付けられた格子にぶつかった。

「ギルド長、場所変わろっか? エドワさん先頭、グランと俺がその後ろ、ギルド長は一番後ろ」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 アベルの言葉にバルダーナが悔しそうな顔をするが、現場を真っ先に踏み抜かれたら困るから仕方ない。


「路地の入り口辺りの木箱や樽は焦げ目が残っていたが、この辺りの焦げ目は小さいな」

「そうだねぇ、こことあそこの木箱の間くらいで大きめの炎を放ったって事だよね。足跡は路地の奥から来てるから、この更に奥から逃げて来たって事だね」

「この彼らのものだと思われる足跡は、この路地を抜けた先にある個人宅から続いてる。そしてそこは昨夜、家人が寝ている間に貴金属が盗まれている」

 周囲に残る痕跡を探しながら、アベルと気付いた事を確認していると、エドワさんが頷きながら路地の奥側の出口を指差した。

「つまり彼らはその家に盗みに入って出て来た後に、何者かに襲われた可能性が高いという事だな」

「でも、この路地を駆け抜けたような足跡は彼らのだけみたいだね」

 男達が何かに追われて路地を駆け抜けたようで、足跡はかなりグチャグチャとしているが、その分特徴的でわかりやすい。

 しかし、何かに追われていたにしては、それを追っているような足跡は見当たらない。

 やはり、俺が感じた小動物の気配があやしい。


「うむ、俺の出番のようだな」

 コンッ!

 バルダーナが胸を張って言ったが、靴の先が路地に置いてあるプランターに当たったぞ。

「せっかく来て貰った事だし、バルダーナさんにお願いしよう」

「まぁ、犯人の痕跡が残ってないっつーから、俺が出向いたんだけどな」

 バルダーナが腰に付けているマジックバッグから、黒い粉の入った瓶を取り出した。

 何その粉!? 何か面白い粉!?

「炎雷魔鉱?」

 アベルがすぐに鑑定したようで、その粉の正体を口にした。

「あー、魔力の属性に反応して色が変わる鉱石の粉かー」

 なるほど、それなら魔力が残っていたら痕跡を可視化できる。


 雷魔鉱系の鉱石は特定の属性の魔力によって色が変わる鉱石で、炎雷魔鉱は火属性に反応して黒から赤に変色する。

 ちなみに、水に反応する雷魔鉱は水雷魔鉱、風なら風雷魔鉱という風に、それぞれ反応する属性名を冠している。

 雷魔鉱石は雷属性の鉱石で特定の魔力に反応して色が変わり、含まれる魔力が尽きると効果が切れてただの石になるため、祭りなどでの演出や計測用の魔道具や防犯用の魔道具などにもよく使われる他、今回のように捜査や探索に使われる事もある。


「そういうこった。何者かが火魔法を使ったのは木箱とここまでの間って事なら、ここら辺にこの粉を撒けば魔法を使った後の足取りが見えるはずだ。おう、お前ら火属性の装備とか付けてるなら、粉が付着すると赤くなるから外しといた方がいいぞ」

「やべ、胴と肩防具とグローブが火属性だ」

「うええええ……俺の装備にドラゴンスケイル製が多いから火属性だらけだ。俺は離れておくから、こっちに粉を飛ばさないようにしてよね」

 俺は着脱が楽な部位だけだが、どうやらアベルは靴もズボンも火属性だったようで、外すのは諦めたのか一人で路地の先に進んでバルダーナと距離を取った。

 バルダーナが瓶の蓋を開け、炎雷魔鉱の粉を周囲の地面にばら撒いていくと、地面が所々うっすらと赤に染まった。

 それは昨夜、盗難の被害があったという家から大通りの方へと続いている。


「お、まだ痕跡は消えてなかったみたいだな。染まってる場所が火魔法を使った場所か……。そこにも小さな跡があるな」

 複数回炎を放った後に大きな炎を放ったようで、盗難の被害になったという家がある方向から点々と赤い跡が続いた最後に大きめの跡が残っていた。

 この大きな跡が、俺が見た炎を放った場所かな?

「これはグラン君の言ってた小動物の足跡かな? あまり大きくない犬か猫っぽいサイズだなぁ」

 一番大きな痕跡の前でしゃがみ込んでいたエドワさんが、地面を指差した。

 よく見ると薄ら赤く染まった地面に、獣の足のような形をした少しだけ濃い赤色が残っている。

「最後にここで炎を放ったようだが、その後からの痕跡がないな」

 エドワさんが指差した地面には足跡が残っているがその先がない。

「うーん、犬か猫なら身軽だから積み上げてある物から屋根の上に、逃げたのかもしれないな。ここから上に跳んだのならあそこの箱、次がそこの二階のベランダ、そのベランダの手すりから向かいの家の庇、そこから更に反対の家の屋根といった感じか? バルダーナさんちょっとその辺に粉……あ、いやこれだけ物が積んであったら汚れてるから足跡が残ってそうだ。あったあった、ここに小さいけど箱の角に新しいひっかき跡が残ってる」

 エドワさんの観察眼すごっ!?

 ブツブツと言いながら周囲を見て回って、あっさりと小さな動物の痕跡を見つけてしまった。

 さすが町の治安を守る兵士だな。


「とすると逃走経路は屋根の上か。民家の屋根の上を追跡するとなると、住民の許可も取らないとならないし粉をばら撒くのは嫌がられそうだし面倒だな」

「んー、ちょっとくらいなら怒られないかな」

 難しい顔で屋根の上を見上げているバルダーナの横から、身体強化でヒョイッとジャンプしてエドワさんが指差していたベランダの柵に飛びついた。

「おいこらグラン、何やってんだ!」

 人の家のベランダに無許可で張り付くのはよろしくない事なのだが、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。

 今ならバルダーナとエドワさんがいるから泥棒と疑われる事はないし、きっと住民に怒られそうになったら誤魔化してくれるか、一緒に怒られてくれるはずだ。

 いやー、こういう時は上手く上司を巻き込んで自分の責任を回避するっていうのが、大人ってものだよ。

 それにバルダーナがすでに色々ぶつかっているから、これくらいセーフだセーフ。

「お、あったあった」

 もしかしたらと思ったが、予想通り金属製のベランダの柵にソレは付いていた。


 エドワさんが指差したベランダには落下防止の柵が取り付けられており、その隙間は犬や猫がすり抜けるにても体を擦ってしまいそうな幅しかなかった。

 もしあそこのベランダから次の庇に飛び移ったのなら、ベランダの手すりに登る際に柵をすり抜けてベランダの内側に回っている可能性がある。

 そんな所をすり抜ければ、抜けやすい動物の毛一本くらい落ちていないだろうか?

 一本でも残っていたらそれを鑑定すれば、男達に炎を浴びせた犯人の正体はわかるはずだ。

 そして予想通りベランダの柵に引っかかるように残っていた少量の黒い動物の毛の塊を見つけ、それを回収した。


【オヴィンニクの毛】

レアリティ:B

品質:上

属性:闇/火

効果:なし

用途不明


「オヴィンニク? なんだそれ? 聞いた事のない生き物だな?」

 ベランダがら降り、その鑑定結果に思わず首を捻った。



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