第352話◆話を聞くプロ
「今日もありがとねぇ」
「いえいえ、これも仕事ですから」
モールの集落でタコパ……じゃなくてセファパをした日の夜、再び飲み屋のお姉様方の護衛兼アッシーの仕事の為ピエモンに来ていた。
昨日と同じ順番で女性達を送って、今は最後のアリスさんのアパート前で彼女を馬車から降ろしたところだ。
話したのは昨日と今日、彼女達が仕事を終えて家まで送る間だけ。
それなのに不思議なくらい馴染んで、自然に会話をしていた。いや、引き出されていたといった方が正しいかもしれない。
女性三人の中に男が一人、世代も職業も全く違う、どんな会話をしていいかわからないし、馬車の中で彼女達だけで楽しく話しているのならそれでいいと思っていた。
俺はただの御者兼護衛。
なのだが、馬車の中から御者席側の窓越しに話しかけられて、それに答えると、あれよあれよという間に俺が話をして彼女達が聞き手側になっていた。
さすがお金を貰ってお客さんの話を聞く仕事に就いている女性達だ。酒が入っていたら更に口が軽くなりそうだな。
そしてこちらの話を決して否定することなく、上手く会話を運びながら聞いてくれるので、日頃あまり口にしないような事までついポロっといってしまう。
聞き上手の女性達の恐ろしいことよ。
「明日までグラン君が送ってくれるのだったわね」
「ああ、あと一日休んだら、いつもの冒険者が復帰できそうだって聞いてる」
お店に行く前に、一度冒険者ギルドに寄ってワンダーラプターを預かってもらっているので、その時に聞いた話だ。
「そう、じゃあ明日で会えなくなるわね、残念だわ」
「そうだなぁ、せっかくの縁だし、たまにお店に顔を出すよ」
日が暮れてから営業をしている店なので、本来なら家でのんびりしている時間だが、たまには外で酒を飲むのも悪くない。
他では話難い事や心の中に溜め込んでいる事を、ただ聞いてもらえるだけでも心は軽くなる。
時々愚痴りに行くのもいいかもなぁ。
地元のおっちゃん達が通い詰める理由もよくわかる。
吐き出した事を否定せず聞いてもらえるって、思ったより癖になるという事を知った。
「あら、ありがとう。そうそう、グラン君は強そうだから大丈夫だと思うけど、最近この辺りは、物取りが出るみたいで少し物騒だから気を付けて帰るのよ。ちょっと前もね、あっちの畑のある家の倉に泥棒が入って放火までしたみたいでね。火は小火ですんで大事はなかったけれど、その倉の持ち主のお爺ちゃんが可愛がってたワンちゃんが行方不明になっちゃったの。倉にいつの間にか住み着いてたワンちゃんだったから、火事に驚いて逃げちゃったのかしらね。お爺ちゃんすごく落ち込んじゃってるのよね」
「盗みに入ったうえに放火なんて、とんでもない奴だな。帰りに怪しい奴がいないか注意しておくよ。ついでにその逃げ犬も見かけたら教えるよ、どんな犬なんだい?」
犬はうっかり人に噛みつくこともあるし、できればはやいうちに見つけて飼い主に返してやりたい。
犬だって腹が減ると気が立つし、温厚な性格の犬でも、人間の方が攻撃的なら自分の身を守る為に反撃をする。
犬も人間も不幸にならない為に、はやく見つかるといいな。
「それがね、ちょっと変わった犬でね、見た目は猫みたいな犬なのよね。でも鳴き声は犬だから、お爺ちゃんは犬だって言ってるのよ。鳴き声を聞かなかったら猫ちゃんなのにねぇ」
あーーーーーーーーーっ!!
「その犬、昨日の帰りに見たぞ。足を怪我してるみたいだったから手当してやったんだよな。野良猫だと思ってそのまま行かせたら、別れ際にワンって」
間違いなくワンッてないた。
あんな犬、他にいてたまるか!
「あら、それは間違いないわね。じゃあ、町の中にいるってことなのね。無事に見つかってお爺ちゃんの元に帰れるといいわねぇ」
「そうだな。見つけたら保護して、冒険者ギルドに届けておくよ」
「ええ、そうしてもらえるとお爺ちゃんも喜ぶと思うわ。奥さんは亡くなられて、子供さん夫婦も他の町で暮らしてるから、そのワンちゃんだけが家族だったのよ」
一人暮らしの爺さんの心の拠り所のワンちゃんか。
無事に見つかるといいなぁ。
アリスさんがアパートに入るのを確認した後、昨日と同じように安全な速度で店へと戻っていた。
ゆっくりと馬車を走らせながら、昨日のワンちゃんがもしいたら保護をしようと周囲の気配には注意していた。
「ん?」
こちらに向かって走って来る複数の人の気配を察知して、馬車の速度を緩めた。
その気配は少し先の路地の辺りからで、このまま行くと馬車の前に人が飛び出して来ることが予測された。
静かな住宅街の中だ、少しでも音がすればよく響く。そして生き物の気配もわかりやすい。
すぐにバタバタという足音と、複数の男の声が聞こえ始めた。
男達は速度を緩めることなく、馬車が走っている大通りに向かって来ているようだ。
この感じでは馬車の前に男達が飛び出して来るだろう。
馬車とぶつからなくても、走っている目の前に人が飛び出してくれば、馬が驚き暴走する危険もある。
馬車の速度を更に緩め、路地から飛び出してくる男達の気配に備えた。
そしてその男達の後ろには更に別の気配がある。
その気配に気を取られかけた直後――。
「うわあああああああああっ!」
「助けてくれえええええ!!」
「熱い!! 熱いいいいいい!!」
三人の男が悲鳴を上げながら、転がるように路地から飛び出してきた。
そうなることを予想して速度を緩めていたので、馬車と男達との距離は十分あり、馬が驚いて暴れることはなかった。
が、飛び出して来た男達の様子が明らかに普通ではない。
三人ともまるで火事の現場から逃げて来たかのように、服や髪の毛に火が付いている。
「おい、何があった!? 走ると余計燃え上がるぞ! 地面に転がって火を消すんだ!」
これ以上進むと男達の声や炎に驚いて馬が暴れそうなので、馬を道の脇に留め、馬車から降りて男達の方へ向かって叫びながら走った。
「止まったら殺される!」
「ヒィッ! 来た!!」
「く、来るなあああああ!!」
男達は何から逃げているのか、背後をしきりに気にしながら、火が付いたまま足を縺れさせながら走り続けようとしていた。
その男達に目がけて路地の奥から、橙色の炎が伸びて来て夜の住宅街を明るく照らした。
炎が男達を包むのは一瞬で、その熱気で男達の方へ向かっていた俺も怯みそうになる。
だが、ここで遅れてしまえば人命に関わる。
炎を浴びて地面に倒れる男達に近付きながら、収納に入っている水を男達にぶっかけた。
すまない、雨の川から回収した水なので少々泥が混ざっているのは許してくれ。
その間も、路地への警戒は緩めない。
だが、男達の後ろに感じていた別の気配はすでになく、次の攻撃が来る様子もなさそうだった。
その気配の主がこの男三人を攻撃したのだろう。
すぐにでも探しに行きたいところだが、人命の方が優先だし、俺はまだ仕事中で馬車もある。
路地の闇へと消えた気配を気にしつつも、追跡は諦めるしかなかった。
幸いにも路地の中に炎のような光は見えないので、周囲の建物には燃え移っていないようだ。
男達は酷い火傷を負い、気を失っているが生きてはいるようなので、急いで手当をすれば命には別状がないだろう。
通りでの騒ぎで周辺の住民達が起きたのか、パチパチと民家の灯りが点き、窓や玄関から顔を出す人の姿が見えた。
俺一人で全て対応するには時間がかかるので、出てきた人に手を貸してもらえるなら貸してもらおう。
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