第350話◆タルバの工房
「ふあああああああああああ……」
思わず大きな欠伸が漏れてしまった。
「眠いも? 今日はやめとくも? 眠い時は寝るのが一番も」
「ん、ちょっと眠いけど大丈夫も、がんばるも」
しょぼしょぼとする目を手の甲で擦りながら返事をすると、つい語尾がモールになってしまった。
「グラン、昨日帰って来るの遅かったもんね。眠さで口調がモールになってるよ」
昨日帰るのが予定より遅くなったせいで少し眠いが、そうじゃなくてもモールの口調はいつの間にかうつるんだよ。
臨時で夜の仕事をした翌日は、朝食後、倉庫の地下室から地下道を通ってタルバの工房へとやって来ていた。何故かついて来たアベルと一緒に。
安請け合いしてしまった夜の仕事は今日と明日もあるので、あまり遅くならないうちに戻って夕食後すぐに仮眠が取れるようにしておきたいな。
すっかり昼型生活なので夜の仕事は思ったよりキツかった。
「それじゃ、始めるも! 今日はこの魔道具を使うも!」
タルバが指差したのは、工房の片隅に置いてある機織り機のような魔道具。
「え? 魔道具でやるのか? 手作業で穴を作っていくのかと思ってた」
魔力を通せば粘土のようにグネグネと加工ができる魔法金属を使うので、丁度よい大きさの球体を作って、それで大きさを測りながら手作業で変形させていくのかと思っていた。
「何個も同じサイズに加工するのは、手作業だと面倒くさいも。モールは賢いので魔道具を使って楽するも!」
く……、そんな便利な魔道具があるなんて知らなかったから、手作業でやるつもりだったんだよ。タルバに相談してよかった。
「へー、そんな魔道具があるんだ。確かに同じ形を何個も作るなら、それ用の魔道具があるよね。これもそういう魔道具なのかい?」
「もっ! これは魔法金属の塊から、同じ形をたくさんくり抜く魔道具も。金属の塊から半球型の穴を作るようにくり抜くように設定すればいいも。裏側は、先に魔粘土で型を作ってからそれに合わせて加工するも。その型もこの魔道具でできるもね」
魔粘土とは一定以上の魔力を通すと固まる性質の粘土を指し、魔力を通すとグネグネと変形する魔法金属とは対になる性質である。
一度固まってしまうと魔力に対する耐性が上がり魔力で変形しなくなる為、魔法金属の型取りや陶芸品によく使われる。
「じゃあ先に裏側の形を作ってから、表をくり抜く感じか」
「ももっ! それで最後に表面を整えたら完成も」
あれ? これ、俺の細工スキル全く関係なくないか?
まぁいいや、知らない魔道具の存在を知れたのでよしとしよう。
あの便利そうな魔道具が欲しくなるけれど、きっとクソ高いのだろうな。
「もっもっもっもっ」
タルバが楽しそうに鼻歌を歌いながら魔道具を操作している。
ここまで俺がやった事と言えば、タコ焼き機の正確な形と寸法を、タルバに渡された謎の板に書き込む事だった。
鑑定しようとしたら弾かれた。なるほど企業秘密。
専用のペンで形を描きながら寸法を指定していくと、その寸法合わせて俺が描いた図面が修正されていく。
なにこれすごい。
この図面に指定した通りに、機織り機のような魔道具が金属を切り抜いてくれる。これなら等間隔で同じ形を何個も作る事ができる。
「なるほど、この板で金属からくり抜く形を設定してるんだね。これなら何個も同じ形を作るのが楽だね」
「もっ! これはエルフから買った魔道具で、金属や粘土から同じ型を何個もくり抜く為の魔道具も。くり抜くのはできるもだけど、削る作業はできないもだから、裏面は型を作ってからそれに合わせて金属を変形させるも」
エルフは森の奥でひっそりと暮らしている種族のイメージが強いが、魔道具の技術はめちゃくちゃ高い。
なるほど、元はくり抜く為の魔道具だから、タコ焼き用の天板の裏側みたいな、ぼこぼこと半球が並ぶ面を削り出すのは難しいのか。
型の方なら粘土から半球型をくり抜いていくだけだからな。
「へー、エルフとも取り引きがあるんだ」
「エルフは装飾品が大好きなお得意さんだも。ここにもたまにくるも」
モールは、同じ地の中に住む種族のドワーフと仲がいいイメージだったが、エルフとも交流があるのか。
エルフとドワーフは仲が悪いから、うっかりここで鉢合わせしたら大変な事になりそうだな。
「え? マジで? 偶然鉢合わせしたら面倒くさそう。モールってドワーフとも仲がいいんでしょ? エルフが住み処に来て大丈夫なの?」
「エルフの感覚のたまにだから数年おきくらいもね。滅多に鉢合わせはしないも。もし鉢合わせしてココで喧嘩したら追い出すだけも」
エルフもドワーフも気が強い種族だが、モールも強気だな。
まぁ、モールの細工の細工品はエルフやドワーフでも欲しがるんだろうなぁ。
エルフは綺麗な物が好きだし、ドワーフは自分の装備品に美しい細工を入れたがる、そんな彼らだからモールの機嫌を損ねる事は避けたいのだろう。
それにしてもこの魔道具、性能を考えるとめちゃくちゃ高そうだな。タルバってもしかしてめちゃくちゃ金持ちなのでは。
そうだよなぁ、モールの細工はめちゃくちゃ高値で取り引きされているもんなぁ。
腕に付いた技術が、金になって返ってくるってなんか格好いいな。
なんてことを考えながら雑談をしているうちに、鉄板の裏側の型が出来上がったので、それに魔法鉄を嵌め型に合わせて変形させる。
裏側の形ができたら今度は表側を、裏側の形に合わせて魔道具でくり抜いて、表面を整え金属の形を固定して完成。
すごくズレそうで怖かったけれど、すごいな、これも先ほど図形を描いた板で管理できる。
あまりにあっさりできてしまったので、同じ物をもう二個と銅製の物を二つ作っておいた。
一個はジュスト、もう一つはリリーさんにあげよう。
タコ焼きはジュストにとっても懐かしいと思うし、リリーさんには旅先で色々と世話になったからな。
銅製のやつは、鉄製の物と使い比べてみようかなって。
「ももっ! 今日作った物の図面はこの板に記録してあるも。底の型と一緒に持って来ればまたすぐ作れるも。魔道具の使用料は一回につき大銀貨一枚でいいも」
おお、図面を記録しておけるのか!! エルフの魔道具すげーな!!
俺が描いた図面を記録してあるという小さな板と、底の型をタルバから受け取って収納中にしまっておいた。
しかも大銀貨一枚で便利な魔道具を使わせてもらえるなら、わりとありだな。
ちなみに大銀貨一枚は、比較的安全な仕事ばかりを選んだ時の、Dランク冒険者の平均的な一日の稼ぎと同じくらいである。
そして鉄板が出来上がったら、先に作って来ておいた加熱機部分に取り付けて完成!!
長方形の金属板に四個の穴が六列並んだ一度に二十四個焼く事ができるタコ焼き機だ!!
タコ焼きだけではない、丸いケーキも焼けるぞ!!
「これが調理器具だも? これでどんな料理ができるも?」
「グランがセファラポッドを焼く道具を作るって言うから付いて来たんだよね。こんな小さな穴が空いてる鉄板で、あのでっかいのをどうやって焼くの?」
「セファラポッド? 触手がいっぱいある海の魔物も? 話は聞いた事があるけど実物は見た事ないも」
タルバは地中で暮らしているモールだから、やはり海の生き物であるセファラポッドを見た事がないようだ。
「おう、試運転も兼ねて早速焼いてみよう。工房で料理するのはまずいだろうから、どっか広いとこでやるか。材料は用意してきてるからすぐに作れるぞ」
工房はモール以外の種族が来る事を想定しているようで天井の高い造りだが、居住区はモール達のサイズに合わせて小さいので、俺やアベルは入る事ができない。
やるとしたらモールの集落の広場かな。他のモール達も集まって来そうだけれど、まぁいいか。
さぁて、タコ焼き機の試運転も兼ねて、地の中のタコ焼きパーティーを始めようか。
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