第349話◆夜のお仕事

 一番人気のアリスちゃんは癒やし系巨乳。

 二番人気のダリアちゃんは少し気の強い、スレンダーな姐さん系

 三番人気のマリアちゃんは包容力のある優しいお母さん系。

 全員俺より年上。

 俺、年上のお姉さん大好きだよ!!


 大好きだけど、お姉さんじゃなくてお母さんだよね!!

 あ、ごめんなさい。すみません、お姉さんですね。申し訳ありませんでした!!


 約束の時間――店の営業が終わる少し前に、指定されたお店に行ってみたら、護衛対象の女性は全員お袋くらいの年の女性だったよ!!

 ラブでコメなんて始まらなかった。

 始まらなかったけれど、三人ともさすが歴戦の飲み屋の従業員、優しくて話し易い人ばかりだし、お客さんとも護衛の俺とも適切な距離感を保ってくれる、接待プロの女性の方々だったよ。

 そういえばバルダーナは女性としか言ってなかったな!!

 グッバイ! 俺の勝手な下心!!


 そういえば、田舎の夜の飲み屋ってこんな感じだよな。

 お客さんも常連のおっちゃんばかりだしな!!

 おっちゃん、いい年こいて飲み屋の従業員に付き纏うな!! 出待ちもダメ!! はいはいはいはい、また明日来てね!!


 お店が終わると俺の仕事が始まる、お店が貸してくれた馬車で女性達を家まで送る時間だ。

 御者は俺で、店から家が近い順に、マリアさん、ダリアさんと送って、最後はアリスさんだ。


 アリスさんの家はピエモンの商店街から離れた住宅地の外れ、民家より畑が目につき始める地区との境界辺り。

 町の中心部から離れ、静かというよりも寂しいという言葉の方が合う場所まで来ると、少し古いがよく手入れされたアパートが見えた。

「遠くてごめんねぇ。あそこの見えるアパートよ」

「いえいえ、仕事ですし、お気になさらず」

 御者台の後ろの小窓から顔を覗かせて、アリスさんが言った。

 確かにこの距離は、この時間に女性一人で帰らせるのは危ないな。


 アパートの前に馬車を停め、馬車の出口に足踏み台を置いて馬車のドアを開けた。

 必要ないかもしれないと思いつつ、馬車から降りようとするアリスさんに手を差し伸べる。

 冒険者はランクが上がると、こういった護衛の仕事も増える為、女性が馬車の乗り降りをする時の補助の方法もギルドの講習で教えられている。

 俺の場合、その講習を王都のギルドで受けたので、護衛対象が貴族や超金持ちの商人を想定したもので、めちゃくちゃ細かく礼儀作法を叩き込まれたのを覚えている。

 まぁ、護衛なんか滅多にしないから、ほとんど忘れてしまったけど。

 何となくでやっているけれど、今回の相手は俺と同じ平民だし、いきなり怒られたりはしないだろう。

 こういうのは俺よりアベルの方が得意だったんだよな。さすがお貴族様。


「あらあら、丁寧にありがとう。冒険者の人は皆優しいのね。いつもの人もこうやって補助してくれるのよ」

 冒険者が全て優しいわけではないが、護衛関係の仕事は依頼人とのトラブルを避ける為、強さと同時に性格も考慮されるので、だいたい人当たりのいい者が派遣される。

 しかも、毎日の送迎となると取引先としても太い相手だ。いつも入っている冒険者は性格も良くて優秀な人なのだろうなぁ。

「いえいえ、馬車の上り下りは長いスカートだと危険ですからね」

 仕事での一環ではあるが、高さのある馬車の昇降は危険なので、手を貸すのは当たり前だ。

「うちの息子も冒険者になるって町を出て、暫く戻って来てないのよね。貴方みたいな立派に冒険者として働いてるのかしら。時々手紙は来るけどやっぱり心配だわ」

 そう言って頬に手を当て首を傾げるアリスさんを見ると、何となくお袋を思い出して、ついこないだ会ったばかりなのに、心にチクリと刺さるものがあった。


 俺なんか、出て行ったきり手紙すら出さなかったからな。まぁ出しても届くまでめちゃくちゃ時間がかかる場所だが、麓の町の冒険者ギルドか商業ギルド留めで出しておけば、買い出しに来た村の者が家族まで届けてくれるんだけどな。


 冒険者の仕事は安全優先で、ランクに見合った依頼しか受けられないようになっているが、それでも不測の事態はあるし、知らずに強い魔物がいる場所に踏み込む事もある。

 アリスさんの表情からは、待つ者の不安が感じ取れた。

 冒険者がどういう仕事かはよく知っているし、自分も何度も危険な目に遭っているので、安易な気休めの言葉が出て来ない。


「あら、ごめんなさい。遅いのについ余計な話をしちゃったわ。今日はありがとね、気をつけて帰ってね」

 気の利いた言葉が思いつかず、会話に間ができてしまい、俺の戸惑いを察したのかアリスさんが先に別れの挨拶を口にした。

 ダメだなぁ、もっとこうスラスラと気の利いた事が言えればいいのに。

「冒険者は絶対と言い切れない仕事だけど、それでも故郷で自分を待ってくれている人がいるのは嬉しい事だから。帰る場所があるのは嬉しい事だから」

 アリスさんの息子さんがどんな人かは知らないけれど、命の危険がある仕事だから、いつか実家に帰った時、自分を心配しながら待っている人がいると気付いた時は、嬉しいと思うんだ。

「うふふ、ありがとう。息子が元気で帰って来るのを気長に待つ事にするわ」

 そう言って俺に手を振った後、アパートの中へ入って行ったアリスさんを、姿が見えなくなるまで見送って、御者台へと戻り空になった馬車を出発させた。



 普段来る事のない深夜のピエモンの町、そして初めて来た町の耕作地区付近。

 普段は寝ている時間なのでやや眠気を感じつつ、いつもと違うピエモンの景色を楽しみながら、依頼主の店へ向かって馬車を走らせていた。

 ピエモンは小さな町なので街灯もなく、人々は寝静まっているこの時間は民家の窓から漏れる光もない。

 もちろん営業している店もなく、あるのは俺が乗っている馬車の照明だけ。

 冒険者は暗い場所での活動も多い為、夜目は利く方だが、視界が悪い事には変わりはないので、万が一誰かが飛び出して来て轢いてしまわないように、周囲の気配には神経を尖らせながら、ゆっくりと馬車を走らせていた。

 あまり大きな馬車でなくとも、轢かれてしまえば成人男性でも無事では済まない。

 人間でなくても突然飛び出して来た小動物を轢くのも気分がいいものではない。

 こんな深夜に馬車を走らせていると、人間より突然飛び出して来た犬猫を轢く可能性の方が高い。


 住宅街の中を走っていると前方の道の隅っこを、モサモサした長毛の黒い猫のような生き物が、のたのたと歩いているのが馬車の照明に照らされて見えた。

 少し太ったその猫は足を怪我しているようで、後ろ足を引きずっているように見えた。

 野良猫かな? それにしては随分肉付きがいいな。怪我をしているようなのは少し気になるが、夜も遅いし俺は帰って寝たい。

 猫ちゃんすまぬ、強く生きてくれ!!

 猫ちゃんをうっかり馬車で轢いてしまわないように、馬車を道の反対側に寄せつつ、ひょこひょこと歩いている猫の横を通り過ぎた。


 …………。

 やっぱ、気になるんだよなぁ。

 眠いけれど、このまま帰ると気になって寝られなくなるかもしれない。

 そうだ、俺は勇者だ。小さな命を見捨てる事はできない。

 猫ちゃんだから仕方がないな。


 馬車を停めて猫の場所まで走って戻り、その手前で速度を落とし警戒されないよう、ゆっくりと歩いて近付いた。

 逃げられたら深追いせずに諦めようと思っていたのだが、猫ちゃんは若干俺を警戒している様子だが逃げようとはしない。

 やっぱ、足が痛いのかなぁ。

「よーしよしよし、別に虐めたり取って食ったりしないからなー。怪我してるみたいだからちょーっと見せてくれないかな?」

 深夜の住宅街なのであまり大きな声にならないように猫ちゃんに話かけた。

 警戒はしているが、威嚇はされないからいけるかな?

「怪我してるところ、ちょっとだけ手当させてくれないかな? このまま帰ったら気になって眠れない気がするんだ?」

 収納からシュッと出汁を取る用の魚の干物を取り出して、俺の中指くらいのサイズに裂いて猫ちゃんの前に差し出した。

「お? 食うか? 食っていいぞ」

 猫ちゃんは、俺が差し出した魚の干物をくんくんとにおった後、さっと俺の手から奪い取ってハクハクとそれを食べ始めた。

 この辺りでは小さな川魚くらいしか手に入らないからな、海の魚は珍しいだろう? って、猫に味の違いがわかるのかなぁ。


 よっし、猫ちゃんが魚を食べているうちに、怪我をしている後ろ足を見せてもらおう。

 んー? これは火傷かなぁ? あまり酷くはないけれど傷口の周りの毛が焦げて皮膚に張り付いてしまっているな。

 ごめんな、少し触っていいかな? 少し痛いかもしれないけれど、張り付いている毛は切って取ってしまおうな。

 良い子にしていたら、また後でお魚さんをあげるぞぉ?

 よしよし、とりあえず傷口の周りの焦げた毛を切ったら、傷口を洗って消毒して……ごめんな、少し染みるけれど綺麗にしておかないと、化膿したら命にもかかわるからな。 

 野良猫だから包帯は巻かない方がいいな、傷口を覆うように化膿止めの塗り薬を塗っておくからな。

 暫く砂の上をゴロゴロしたり、水に入ったりしたらダメだぞ?


「よし、できた。良い子にしてたから、追加の魚をあげるよ。ほら、ゆっくり食っていいぞ」

 俺が傷の手当をしている間、大人しくされるがままになっていた猫ちゃんに、ご褒美の魚を先ほどと同じくらいあげて、わしゃわしゃと耳の後ろを撫でた。

「じゃあ、俺は帰るからな? もう怪我すんなよ。って野良猫なら無理かー、怪我が治るまでむちゃすんなよ」

 猫ちゃんが魚を俺の手から取ったのを確認して、立ち上がり猫ちゃんに別れを告げて馬車へと向かった。


「ワンッ!!」

「え?」

 馬車に乗り込もうとした俺の耳に入ったのは、犬のような鳴き声。

 鳴き声の方を振り返ると、先ほどの猫ちゃんが立ち上がり、まるで笑っているかのように大きく口を開きこちらを見ていた。

「え? 君もしかして犬?」

「ワンッ!!」

 ええ? 見た目はすごく猫ちゃんなのに、犬だったの?

 ごめん、魚より肉の方がよかったかな?


「ワンッ!!」

 最後にもう一度鳴いて猫ちゃんみたいなワンちゃんは、住宅街の路地の中へと消えて行った。

「不思議な犬もいるもんだなぁ……」

 澄み渡った星空の下、無意識に独り言が漏れた。



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