第348話◆綺麗な事は良い事だ
「やー、実家帰った時にちょっと風邪を引いちまってな。それでこっちに戻って来るのが遅くなったんだ。とりあえず、今週分のポーションを持って来たよ。それとこっちが新商品。ネイルアートのコーナーは今週は間に合わなかったから来週から再開かなぁ」
不思議な農園に行った翌日は、里帰り旅行のお土産とポーションを届けに、開店前のパッセロ商店に来ていた。
風邪で予定がずれ込んだせいで、今週の店先を間借りする予定だった日が過ぎちゃったんだよね。
「あら、風邪ですか。大変でしたね、もう大丈夫なのですか?」
今日はパッセロさんがキルシェと一緒に他の町まで仕入れに行っている為、珍しくアリシアが店番をしている。
「ああ、もう大丈夫だよ、ほら」
商品の入っている箱をヒョイっと持ち上げ、陳列する棚の前に移動させた。
美人に心配されるのは嬉しいけれど、風邪はもうすっかりよくなって、とても元気だ。
お土産と持ち込んだ商品を渡した後は、今日は男手がいなくて開店準備が大変そうなので、重い物を優先して俺が運んでおく事にした。
色々持ち込んでしまったから、アリシアが精算作業に手を取られてしまっているので、ただボーっと待っておくより開店作業を手伝っている方が俺としても暇潰しになる。
ポーションを売りに来る度に開店作業を手伝っているので、すっかり慣れてしまった。
しかも今日は店番が美人なアリシアだから、特に頑張っちゃう。
ついでに店の前の掃除もしておくよ。
店の前ではないが、あっちの方にもゴミが落ちているな。風で飛んで来そうだしついでにあっちも綺麗にしておくか。
あん? 開店前の店の前をウロウロしている男どもがいるな? 客かな?
何か用か? んん? 目が合ったらどっか行った、アリシア目的の客かな?
客だったら営業妨害したかもしれないな、すまんかった。
あ、お向かいのお店のお婆ちゃんだ。
おはようございまっす!!
うん、いい天気だね。暑くなってきたら体には気をつけてな。
これ、新しく作った飴ね。たくさん汗を掻いて水を飲む時に一緒に舐めてみて。
うん、パッセロさんのとこで売っているよ。
え? お婆ちゃんが焼いたパン? うん、貰う貰う、今日のお昼ご飯にするよ、ありがとう。
お隣の奥さん、おはようございます。
うん、ちょっと里帰りしていて、来られなかったんだ。
そうそう、この飴、試食してみて。え? 家で育てたブルーベリー? くれるの? ありがとう、ジャムにして食べようかな。
斜向かいのお姉さんと二つお隣のお嬢さんもお久しぶり。
うん、これ新商品のサンプルね。パッセロさんとこで今日から売っているからよろしくね。
え? クッキー? スモモ? ありがたく貰うよ、ありがとう!!
あ、ゴメン、アリシアが呼んでる。なんかたくさん貰っちゃって悪いね、ありがとう!! それじゃまた!!
掃除ついでに思わずご近所さんに新商品の宣伝をしてしまった。
これから気温も上がってくるし、健康を考えると勧めておいたのは間違いはないはずだ。
ほぼ毎週パッセロさんのお店に来て、ちょこっとお店を手伝うので近所の人達ともすっかり仲良しだ。
開店作業中につい話し込んで色々貰ってしまう日もある。
今日も新作の飴のサンプルを渡しただけなのに、色々貰ってしまい、すっかりわらしべ長者状態である。
「お話中だったかしら? こちらが今回分の代金です。明細がこちらで領収書にサインお願いします。開店作業やってもらった分、買い取り価格に上乗せしておきました」
「ああ、なんか朝の忙しい時に来たから手伝っただけなのに悪いな、ありがとう。近所の人は挨拶して、今日持って来た飴のお試し品を渡してただけだよ。飴を渡しただけなのにお礼に色々と貰いすぎてしまった」
「うふふ、グランさんいつも開店作業を手伝ってくださる時、表の道をうちだけじゃなくて、ご近所さんのところまでやってるでしょ? 道も綺麗になって、朝から強そうな冒険者の人の姿が見えるから、ガラの悪い人がウロウロする事も少なくなって、皆さん感謝されてるんですよ。お陰様でうちの評判も上がって、ありがとうございます」
なるほど、そういう事だったのか。
男性が外に働きに出ている家庭だと、朝のこのくらいの時間は、家に残っている女性は家事に追われていて、忙しい時間だもんなぁ。ちょっとした隙に、空き巣にも狙われやすい時間である。
店の前の掃除は、近所まで距離はないし、自分とこだけ綺麗にしても、すぐ近くが散らかっていたらこっちも散らかってくるしな。
散らかっている場所にゴミを捨てるのは何とも思わなくても、綺麗な場所だとゴミが捨て辛いって聞いた事があるし?
綺麗な町は犯罪が少ないって言うし、綺麗な事は良い事だ。
表の掃除をすると、店の付近は綺麗になって、ご近所さんの関係も良くなって店の評判も上がるうえに、周辺の治安も良くなる。そして俺は何だかよくわからないが、色々貰える。
良い事しかないな!!
領収書にサインをして、明細表と商品の代金を受け取ったら今日は撤退。
ぶらぶらと商店街や市場を覗いて買い物をしたら冒険者ギルドへ。
「ちーっす、お久しぶりです」
「グランさんお久しぶりです」
「お、グラン、戻って来たか。いいとこに来た」
朝のピーク時間も終わり、人の少ないロビーにのんびりとした空気が流れるピエモンの冒険者ギルド。
小さな町のギルドなのでさほど人の多いギルドではないが、それでも朝と夕方は混雑をする。
小規模なギルドなので職員が少ない為、ピーク時は下手な中規模ギルドより忙しそうだ。
その忙しそうな時間は避けて、人が減った頃を見計らって来たのだが、ギルド長のバルダーナまで受付カウンターに出て来ているぞ?
何かあったのかな? いいところに来たとか、嫌な予感のする言葉も聞こえて来た気がする。
お土産を渡して、適当な依頼を受けたらさっさと撤退した方がよさそうだな?
「えぇと、とりあえず遠くまで行って来たからお土産? ギルドの皆さんで食べてください。じゃ、そういう事で、ちょっと依頼を見てきます!!」
「おう、まぁ、そう急がないで奥でちょっと茶でも飲んでいかないか?」
フォールカルテで買って来たお土産のお菓子を置いて、依頼が貼り出されている掲示板に行こうとしたら、バルダーナに呼び止められた。
その笑顔が胡散臭い。そして手招きまでしている。
奥にご招待って事は依頼の話か? それともいつもの元気になるポーションの話か?
変な仕事はしないからな? とりあえず話を聞くだけだぞ!?
「まぁ、その辺に座って茶でも飲め」
その辺って、その物置と化しているソファーの事か?
茶はお茶っ葉をそのまま渡してくるのかよ!? って結構いいお茶じゃないか、さすがギルド長、いいものを飲んでいるな。
バルダーナに手招きされて、当然のようにギルド長室に案内されてしまった。
最初の頃は応接室だったが、最近ではすっかりギルド長室である。
そしてこのギルド長室、広いはずの部屋なのに物がありすぎて、人のいるスペースが非常に少ない。
机の上には乱雑に積み上げられた書類の山、部屋の至るところには、コレクションなのか押収品か何かなのか、謎の武器がいっぱい。
棚やソファーの上にも、謎の薬品や魔道具が置いてある。その薬品、爆発物じゃないよな!?
要するに散らかっている。俺の部屋もたいがいだが、ここまで酷くない。しかし、自分の部屋より散らかっている汚部屋を見ると何だか安心する。
ちょいちょいギルド長室に呼ばれている為、カップの場所もお湯を沸かす魔道具の場所も知っているので、勝手に棚を開けてカップを取り出し、適当にお茶っ葉を入れてお湯を注いでソファーの空いた場所に腰を下ろした。
「それで何だって、わざわざ奥まで呼んだんだ? いつもの薬か?」
「ああいや、アレはまだ大丈夫だ。まぁ、用事っつってもたいした用事でもないんだが、グランは夜は暇か?」
夜? 夜の仕事の依頼かな?
「んー、夜は飯食って、酒飲んで、たまに装備品や装飾品弄ってるくらいで、だいたい寝てる」
前世と違って電気なんかないし、照明用の魔道具は光の魔石を使うので、夜は用事がない限り夜更かしをする事はあまりない。
「なんか理想的な生活してて羨ましいな!? 俺も郊外に引っ越して農家に転職しようかな……ってそうじゃなくて、家が町から離れているのに申し訳ないのだが、夜に少しだけ仕事ができないだろうか? 夜、一時間程度で、今日から二、三日でいいんだ。終了時間が日付が変わるくらいの時間で少し遅いのだが行けないか?」
なんかバルダーナはお疲れ顔だな。
冒険者ギルドの職員は高給取りだが、仕事の時間が不規則でしんどいという話を聞いた事がある。
俺は時間の自由が利く末端冒険者でよかった。
「ん? 仕事の内容にもよるな。俺じゃないとダメなランクの仕事なのか?」
「いや、町の中の仕事で普段はDランクの奴がやってる仕事なんだが、そいつが急に風邪を引いちまってな。この町の冒険者は兼業や既婚者が多くて代わりの奴が見つからないんだ。いざとなれば俺が行ってもいいけど、うちも嫁さんがいるから午前様になると……な?」
く……、どうせ俺は独身彼女なしで夜は暇な奴だよ!!
「で、仕事の内容は?」
まぁ内容次第だな。町の中だからそんな面倒くさい仕事ではないだろう。
「酒場っていうか、ほら、夜のお店。そこの女性達を家まで送る仕事だよ。こんな小さな町でも、夜中に女性を一人歩きさせるのは危ないからな」
あー、そういう仕事か。
冒険者ギルドの仕事は町の外の仕事だけではない。
こういう町の中での護衛の仕事やお遣いのような仕事もある。
町の中の仕事はランクの低いものが多いのだが、護衛系の仕事は戦闘が発生する可能性もあり、人と共に行動する仕事なので、強さの他に人柄と信用も要求される。
夜遅くまで営業しているお店は従業員の安全を考えて、このように夜遅く帰宅する従業員の護衛を冒険者ギルドに依頼する事は珍しくない。
所謂、女の子が男性を接待するお店である。
そういうお店は、小さな町でもだいたいあるからな、ピエモンでそういう仕事があるのも不思議ではない。
専業の冒険者の少ないこの町だと、この時間の仕事をする人材も少なそうだし、この機会にギルド長に恩を売っておくのも悪くないな。
明日はタルバとの約束があるが、深夜に一時間くらいなら、晩飯の後仮眠を取れば大丈夫かな?
これが毎日だと生活サイクルがおかしくなりそうだが、今日から二、三日だけなら問題ないな。
しかしもしかすると万が一、運命の悪戯で夜のお店で働いている可愛い女の子と、ラブでコメな展開があるかもしれない。
いやいや、女の子を無事に家まで送り届けるの仕事だからな!! 女の子の安全第一!!
Aランク冒険者のグランさんがかっこよく護衛しちゃうぞー!!
「そういう事ならその仕事は引き受けるよ」
「お、それは助かるな。それじゃ店の場所を書いた地図と詳細がこれな」
バルダーナが差し出した書類を受け取り、それに目を通す。
仕事内容の事前確認は重要だからな!!
ふむふむ、送る女の子の数は三人。
護衛対象はアリスちゃんとダリアちゃんとマリアちゃんね。
ふむ、お店で人気で言い寄って来る男や、退勤時間を待ち伏せている男がいるから、そいつらをやんわり追い払って無事に家まで送り届ける仕事か。
なるほど、一応お客さんだから丁重にお引き取り願う感じか。
ストーカー系は厳しくあたってよしか。まぁ、女の子に危険があるのはまずいからな、ストーカー行為はいかんな。
飲み屋で接待してくれる女の子とは適切な距離を保って、紳士的な態度で接しなければいけない。
臨時の要員だが、紳士な俺が、帰宅時間の遅い女の子達を無事にお家まで送ってあげるからな!!
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