第347話◆とれたて夏野菜
キノコ君に貰った不思議な巻物の中から戻って来て倉庫の外に出ると、陽は頭の真上辺りにあった。
よかった、この時間なら元々今日予定していたポーション作りもできる。
野菜を収穫して、コガネムシと戦って、小腹も減ってきているので、スライムに餌をやったらポーションを作る前に昼飯かな。
地図の中に長居する事になった時の為に弁当を用意していたのだが、思ったより早く帰って来られたので中で弁当を食べそびれてしまった。
一人、倉庫で食べる弁当は少し寂しかった。
これが私欲の為に、適当な口実を付け手土産や弁当を渡して、アベルやラト達を送り出した代償か。
セコイ事してすまんかった。
ポーションを作りながら、作業の待ち時間ができた時にベニショウガも作ってしまおう。
ちょうどたこ焼き機を作ろうと思っていたので、このタイミングでショウガがたくさん手に入ったのは嬉しいな。
去年漬けたリュネ干しの入った壺の中には、リュネ干しから出た水分――リュネ酢も溜まっている。
皮を剝いで薄くスライスして、塩をしっかり馴染ませた後、ザルの上に広げて暫く日陰で干しておく。
これを夕方くらいに回収し千切りにして、瓶に詰めリュネ酢に漬けておけばベニショウガになる。
これでたこ焼き機が完成すれば、たこ焼き食べ放題だな!!
ツァイで薬草を色々と買って来たので、それも試してみたいところだが、売り物なので品質がコロコロ変わるのはあまりよくないかな?
この辺りで採れない薬草を使ったポーションも安定供給ができないからダメだな。
うむ、やはりいつものでいいか。
気温が上がってきて、毒を持った生き物の活動が活発になる季節だから、毒消しポーションを多めにしておいた方がよさそうだな。
後は暑さで体力を持って行かれるので体力回復用のポーション。
陽が長くなると、夜出歩く人も増えるから二日酔い覚ましのポーションも作っておくか。
あ、そうだ、気温が上がってきたから塩飴も作っておこうかなぁ。ポーション用の瓶に詰めて売れば見栄えもいいし日持ちもする。
少しだけ体力回復用のポーションを入れて、飴の中に食べられる花を入れておこう。
先日、風邪をひいた時に食べていた喉に優しい飴の、夏バテ対策バージョンだ。
水だけで育てたスライムのゼリーを乾燥させて粉にしたものと、ハチミツ、体力回復用のポーション、それに塩とレモンの果汁を加えて、調合用の鍋でトロトロと煮込んだ後は、大きな四角いバットに流し込んで、固まる前に手早くその中に小さな花や可愛い色の花弁を等間隔に沈めていく。
後は冷蔵箱で冷まして完全に固まる前に、食べやすい大きさになるように縦横に包丁で切れ目を入れていく。
この時、それぞれに花や花弁が入るようにカットすれば完璧。
後は、くっつかないように広げて乾燥させたらできあがりだ。
うむ、どさくさで新商品を作ってしまった。
味見を兼ねて効果を確認して問題なければ瓶詰めをして、パッセロさんに売り込んでみよう。
これからどんどん暑くなるから、夏向けの商品も考えないとなぁ。
せっかく間借りをしているので、定番商品以外にも、季節物も置いておきたい。
暫く出かける予定もないし、生産に専念できるかなぁ。
そういえば、ドリーとアベルが食材ダンジョンがどうのって言っていたな。
誘われれば行くつもりだけれど、それまではのんびり生産者生活を満喫するのだ。
夕方が近くなると、三姉妹、ラト、アベルという順で家に帰って来た。
その頃には俺も作業を終え、母屋で夕飯の準備をしていた。
今日の夕飯は、キノコ君がくれた地図の中で採れた野菜をたっぷりと使ったメニューだ。
昨日の夕食にもピーマンが入っていたので、今日もピーマンだとアベルが渋い顔をしそうなので、今日はアベルでもピーマンを食べてくれそうなメニューにしよう。
肉と一緒ならきっと食べてくれるはず!!
つまり肉詰めピーマン!!
ピーマンは上と下を切り落とした後、そのまま輪切りにして小麦粉をまぶす。少し大きめのピーマンなので三等分かな。
肉詰めピーマンは縦に切るか横に切るかで悩むところだが、縦だとピーマン感が強いし皿に盛った時の安定が悪いので、横向きに輪切りだ。
その中に捏ねた挽き肉――今回はピーマンの苦みに負けないように、牛肉を更に濃厚にしたような味のサラマンダーの挽き肉だ。
輪切りにしたピーマンの中に、塩と胡椒で味をした挽き肉をギュウギュウに詰めて、フライパンでジューッと。
サラマンダーの肉はジューシーで脂が多く焼いているうちに脂が出てくるので、フライパンには油は少し引くだけでいい。
焼き上がった肉詰めピーマンを皿に並べ、作っておいたトマトソースを肉の上に載せるようにかけた後、ピーマンのサイズに合わせて花や星の形に切ったスライスチーズをソースの上に載せたら完成。
うむ、わりと可愛い。これならアベルも見た目に気が行って、いつもほどピーマンを嫌がらないはずだ。
そして、もう一つ。初夏の野菜とベーコンの触手パスタ。
細いローパーの触手を少し長めに切りロングパスタ代わりにして、今日収穫した野菜を一緒に調理した。
香りの良い植物油――エリヤ油たっぷりと引いて、スライスしたニンニクと唐辛子をジワジワと熱して、油に風味をしっかりと付ける。
そこに輪切りにしたメラッサとサッパジを加え、火が通ってきたらベーコン、そして最後にローパーの触手を入れて、油に絡ませるように炒める。
最後に塩と胡椒で味を調え、皿に盛って刻みパセリを振り掛ければ完成。
スープはパタイモの冷たいポタージュ。触手パスタはパスタだけれど触手なので肉みたいなものだから、炭水化物にパンも用意しておいた。
夏野菜は色が鮮やかなので、見た目が明るくていいなぁ。
「それでね、それでね、森の湖でお弁当を食べていたら、灰色っぽい馬が近付いて来たけど、ワンダーラプター達と毛玉ちゃんが現れて追い払ってくれたの」
「鼻息を荒くしてこちらに走って来たので怖かったですわ」
「逃げ足が速くて、ワンダーラプターさん達のお昼ご飯にはなりませんでしたぁ」
「む、それは危なかったな。あのフクロウの子と亜竜達には礼をしなければならないな」
「へー、馬は気性が荒い奴もいるからね。つっこんでこなくてよかったねぇ」
「でもお弁当もおやつも美味しかったわ」
「ですねぇ。またお弁当を持ってお出かけしたいですぅ」
「今度はグランとアベルも一緒がいいですわ。あ、ラトも」
ラトがおまけみたいな扱いになっているぞ!!
夕食を食べ始めると、三姉妹達が楽しそうに今日の森での出来事を話し始めた。
少し下心ありで作った弁当を、三姉妹達が思いの外、喜んでくれて心が痛い。
うむ、今度は下心なしでちゃんと作ろう。そして一緒にピクニックへ行こう。
「ピーマン? ピーマン。くぅ……肉の味とソースとチーズでピーマンの苦みも青臭さもほとんどわからないけど、俺はだまされないぞ。これはピーマンだ!」
「だます気なんかないから、もうめちゃくちゃピーマンだから。てか、苦みも青臭さもわからないなら、もうそれ普通にピーマンを食べられるじゃん、おめでとう」
肉詰めピーマンをおっかなびっくり食べて、不思議そうに首を捻っているアベル。
もうそれ、肉詰めピーマンならピーマンが食べられるって事じゃないか。
「普通じゃないから! 肉が中に詰まっているからだよ!! くやし! これならピーマンが普通に食べられる。こっちのメラッサも他の具の色が鮮やかだから、紫色のテカテカが綺麗に見えるから平気だ」
そこは悔しいって言うところなのか!?
うむ、肉を詰めればピーマンが食べられるとわかってよかったな。
てか、メラッサをよく避けていた理由は色かよ!!
そういえば少し高いけれど、白いメラッサもあったな。市場で見かけたら買ってこよう。種が手に入るなら種でもいいな。
「アベルは実家に帰ってたのですかぁ?」
「うん、そうだよ。実家からクッキーを持って帰って来たから、後で食べようね」
「やった! アベルの持って来るお菓子はグランのお菓子とは違った意味で美味しいのよね」
「ご兄弟に会いに行くと言ってましたよね?」
三姉妹がアベルに話を振ったので、話題がアベルの実家に変わった。
「うん、一番上の兄から預かってた仕事を渡しに行ったついでに、弟と妹とお茶して来たよ。クッキーはその時に出てきたのが美味しかったから分けてもらったんだ」
「前にここに来た金髪の人ですかぁ?」
「あれは二番目の兄かな? お茶してたら仕事を抜け出してやって来たよ。ホントすぐに仕事をさぼる悪い大人だよねー、あんな大人になったらダメだよ」
「アベルは兄弟が多いのですの?」
「んー、グランほどじゃないけど、上に二人と下に二人、多いと言ったら多い方かもね」
うちは田舎だから多過ぎるんだよなぁ。
アベルは五人兄弟かー、アベルの家も賑やかそうだなぁ……、いや、アベルそっくりなのが五人だったらすごく眩しそうだ。
「たくさん兄弟がいて楽しそうね」
「うん、兄弟とは仲は悪くないかな? ちょっと鬱陶しい時もあるけど……や、鬱陶しいのはだいたい兄二人だな。ほーんと、今日も一番上の兄上が超面倒くさかったし? 一応仕事の期日は守ったのに、暫く連絡しなかったから根掘り葉掘り聞かれるし? そうそう、フォールカルテの図書館でゴタゴタに巻き込まれたせいか、あっちの方行ってたのバレてたし? さすがにグランの家まではバレてなかったけど、ホント兄上の情報網、面倒くさい」
あー、アベルが愚痴モードに入ってしまった。
実家になかなか連絡できたなかったのは、俺が里帰りに巻き込んだせいだから申し訳ないな。
アベルはいいとこのお坊ちゃんっぽいし、そりゃ冒険者なんかやっていたらお兄さんも心配だろうなぁ。
お兄さん! アベル君は冒険者として危険な仕事はしていますが、ご飯はうちでモリモリ食べています!! そこだけは安心して下さい!!
今日はピーマンを食べました!! 褒めてあげて下さい!!
「あ、そうそう。ようやくダンジョン禁止令が解除されたから、ダンジョンに行けるようになったよ」
お兄様の愚痴を一通り吐き出したアベルから重要情報が!
「お、じゃあ暫くのんびりしたらダンジョンにも行ってみるか」
ようやく家に帰って来たところなので、少しのんびりしたい。
というかやらないといけない事が積み上がり始めている。
ひんやりスライム、たこ焼き機、それから今年のリュネの実も漬けないといけないし、フローラちゃんが植えてくれた薬草が茂りまくっているのもどうにかしないといけない。
これから雨が多くなる季節に入る前に、さっくりと庭と畑を整えて夏に向けて新しい作物を植えておきたいのだ。
あの茂りまくっている繁殖力の強い系植物は、雨の季節前に一度手入れをしておかないと、雨が降った後に晴れるとぶわあああああああって爆発的に成長する未来しか見えない。
「そうだねぇ、俺もちょっとのんびりしたいから、一週間か二週間くらいのんびりしたら、ドリーんとこの領で見つかった食材だらけのダンジョンに行ってみようか」
「お、例のあれか! Aランクしか入れない場所もあるんだっけか? せっかくだから行ってみたいな」
アベルがダンジョン解禁になったって事は、高ランクのダンジョンにも一緒に行けるし、ついにAランクの依頼デビューもできそうだな。
のんびりしたいけれど、やりたい事も次々降ってくる。
やっぱりスローライフは忙しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます