第345話◆初夏の農園

「それじゃ、行ってくるね。わざわざ、手土産におやつを作ってくれたんだね、ありがとう」

「おう、俺の里帰りに付き合ってもらった上に、予定より長くなっちまったからな。家族とお茶する時にでも食べてくれ」

 朝食後、王都の実家に行ってくるというアベルに、焼きたてのパウンドケーキを手渡した。

 庶民の手作りパウンドケーキを、貴族であるアベルの手土産に持たせても、その家族に食べてもらえるかわからないけれど。

 まぁ、アベルの家族が食べないと言ったら、アベルが一人で全部食べそうな気もする。


「私達の分まで作ってもらって悪いな」

「やったー! お弁当ですぅ」

「人間はお弁当というのを持って、景色の良いところにピクニックに行くのよね。なんだか、楽しそうだわ」

「お昼ご飯が楽しみですわ」

「やー、留守番してもらってたからな。ほんの気持ちさ。今日はワンダーラプター達と遊びに行くんだろ? 彼らの昼ご飯の肉も渡しとくな? 遅くならない程度にゆっくり遊んで来るといい。ラトも森の見回り、毎日ご苦労だな、気を付けて行ってきてくれ」

 ラトや三姉妹には、サンドイッチや唐揚げの入った弁当とおやつのパウンドケーキ、そして三姉妹と一緒に遊びに行く予定のワンダーラプター達の餌を手渡した。

 森でゆっくりして来るといい。


 今日は実家に行ってくると言うアベルと、いつものように森へ行くラトと三姉妹を玄関先で見送る。

 朝食を作りながら、大急ぎで作った弁当やパウンドケーキを渡しながら。

 うむ、みんなゆっくりしてくるといい。今日の留守番は俺に任せてくれ!!


「うん、あんまり遅くなるつもりはないけど、暫く戻ってなかったから、引き留められて夕方くらいになるかも。じゃあ、行ってくるね」

「おう、いってらっしゃい」

 そう言って、アベルの姿がヒュンッと消える。

「では、私達も行くとしようか。夕方までには帰って来る」

「お弁当ありがとうございますぅ」

「お礼にお土産を持って帰って来るわ!」

「それでは行って参ります」

「気を付けていってらっしゃい」

 玄関から出て行くラトと三姉妹を見送りながら手を振る。


 俺以外の全員が出かけて行き、広い屋敷に俺だけが残った。

 いつもなら賑やかで、屋敷の広さを感じる事はないが、久しぶりにこの家に一人っきりになってみると、自分が思っていた以上に広く感じた。

 ……なんてセンチメンタルな気分になるとでも思ったか!?


「よおおおおおし!! 全員出かけた!! 昼間にうっかり帰って来ないように弁当とおやつを渡した!! はっは!! それではやるか!!」

 小躍りしそうな気分で、キノコ君から貰った小さな巻物を収納から取り出した。

 鑑定では初夏の農園と見える不思議な巻物。

 その鑑定の結果からして、おそらく以前トンボ羽君が持って来た妖精の地図と同じ性質の物だと思われる。

 しかし、鑑定さんによれば一人用っぽい結果が見えた。

 すまない、みんな。この地図は俺一人で……いや、まだどんな物かわからないから俺が試しに、そして、もし何かあった時に誰にも被害が及ばない為に、家には俺一人の時に使う事にしたのだ。

 すまない、決して俺がとりあえず楽しんでみようと言うわけではなく、皆の安全を考えてはじめの一回は俺が人身御供になるつもりなのだ。

 そうこれは、俺が一人でこっそり遊ぶ為ではなく、皆の為なのだ!!


 とりあえず、一人での探索になるので準備はしっかりしておかないとな。

 ラト達の弁当と一緒に自分のもちゃんと作った! 武器よし! 防具よし! ポーションよし!! 丸太も角材もニトロラゴラもホホエミノダケもストックよし! 土石流も実家に戻った時に補充したので在庫は十分だ!!

 あとは、農園と言うからには農具を持って行っておいた方がよさそうだな。

 スキップしたくなる気持ちを抑えながら、倉庫で農具を回収!!

 やばい、フローラちゃんがいた。

 うん、ごめんね、農作業じゃないんだ。ん? そうそう、ちょっと農具の手入れ?

 ついでにスライムの世話もかな!?

 ははは、倉庫の作業場に籠もって来るよ!!


 うむ、屋内で使って何かあったらまずいし、外で使うつもりだったが、地図を使って俺が突然消えてフローラちゃんがびっくりしたらいけないから、倉庫の作業場で使おう。

 やましい事は全くないのだが、純粋で可愛いフローラちゃんを驚かせたらいけないからな。


 今日はパッセロさんのとこに持って行くポーションを作る予定だったが、地図が気になって心が乱れてしまいそうなので、先に気になる事は済ませてしまおうかなって?

 心が乱れると魔力も乱れるからな。

 気になる事は先にしませてしまおう。


 よっし! それでは行くぞっ!!

 倉庫の作業場に入り、入り口の鍵をしっかりとかけて、キノコ君に貰った巻物を取り出して、それを綴じている紐を引っ張った。

 パラリと巻物が開き、その中身がチラリと見えた。

 見えたのは黒いインクで描かれた畑の絵。

 たくさんの野菜が描かれた畑の絵、その中に何か別のものも描かれているように見えたが、それをゆっくり確認する前に目の前に木製の小さな扉が現れ、それが開きその中へと吸い込まれた。

 この感覚、以前トンボ羽君が持ち出して来た宝の地図とやらに、引き込まれた時と同じ感覚だ。


 あの時はすごく大きくて豪華なクリスタル素材のような扉だった。

 しかし今回は、小さくて質素な木製の扉だ。

 これは地図から生成されるダンジョンの内容に関係があるのだろうか。

 地図の中が前回と同じようにダンジョンならば、その難易度やレアリティが関係している可能性もあるな。

 詳しい事は中を確認してみないとわからないし、地図の中に引き込まれるのはまだ二回目だし、実際に体験してみないと何とも言えないな。


 強い空気の流れに吸い込まれるように、扉に吸い込まれた先は、鑑定で見た文字の通りの、少し暑い日差しが降り注ぐ初夏を思わせる畑。

 木の柵に囲まれたその畑には、初夏が旬の野菜が綺麗な列で植えられ、まさに収穫をされるのを待っているという雰囲気だった。

 うちの畑より少し小さいくらいかな、ピーマンにメラッサ、今朝キノコ君にお裾分けしたサッパジもあるな。

 お、あちらは根菜か? ニンニクとショウガかな?

 すごく収穫時!! という感じだけれど、これ勝手に収穫していいのかな?

 ダンジョンっぽいから勝手に収穫してもいいような気がするけれど、もし畑の持ち主がいるとしたら野菜泥棒だしなぁ。

 周囲の様子を見てみるか。

 こうも綺麗に手入れされた畑だと、勝手に収穫するのはまずい気がして、少し周囲の様子を見て持ち主を探してみる事にした。


 柵に沿って畑の外周を歩いていると、柵が途切れ小さな木の扉が付いている場所があった。

 地図を開いた時に出てきた扉に、少し似ている。

 その横に小さなポストが置いてあり、ポストに引っかけてある木の板に文字が書いてある。


『ご自由に収穫して下さい。対価はご随意に』


 お、好きに収穫してもいいのか。

 対価も好きに支払えばいいって事だよなぁ。

 ダンジョンの中だが、手入れされた畑からタダで貰うのは何か気が引けるし、もしかしたらこの畑を手入れしているのは、地図をくれたキノコ君かもしれない。

 うむ、対価はちゃんと置いて行こう。

 なるほど、このポストがマジックバッグみたいになっているのか。

 この時期に撒く野菜やハーブの種でいいかなぁ。ああ、それといつも俺が使っている、スライム産の肥料も置いて行こう。

 そうだなぁ、土の魔石を畑に埋めておくと作物の育ちがいいのだよな。土の魔石は高い物ではないし、これも置いて行こう。

 これだけ対価を払ったらいいかなぁ。

 ご自由にお取り下さいと言われても、タダはなんか怖いからな。


 よし、対価も入れたし、野菜を頂こうかなぁ。

 ニンニクとショウガはよく使うわりに、うちではあまり植えていないのでありがたいなぁ。

 暑くなってくるとメラッサが美味しくなるし、ピーマンやサッパジは夏っぽい料理でよく使うしな。

 ポストに対価を入れた後、畑の入り口の扉を開けて中に踏み込んだ。


「それじゃ、おじゃましまーす。そして、いっただきまーす」


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