第344話◆少し寂しい朝

 自宅に帰って来て、いつもの朝が戻って来た。

 そういえば、ジュストはドリーの所に行ったんだよな。

 随分長い間、ジュストと一緒に早朝の鍛錬をしていたので、久しぶりの一人の鍛錬を寂しく感じた。


 ジュストは元気にしているだろうか。

 ちゃんとご飯は食べているかな? 友達はできたかな? 虐められていないだろうか?

 どこでもポップコーン君と綿菓子製造機は役に立っただろうか。

 手紙を書くのは苦手だが、手紙を書いてみようかな? アベルに聞けばどこに送ればいいかわかるかな?


 むぅ、旅先では鍛錬をサボっていたので、帰って来たからにはちゃんとやらなければならないのだが、一人で鍛錬は寂しいぞ。

 ……少し時間は早いが、ジュストと手合わせをしていた分はワンダーラプター達と遊ぶか。



 そんなわけで、ワンダーラプター達をいつもより早く起こして、少し面倒くさい顔をされながらも、訓練を兼ねてしっかりと遊び倒してやった。

 三号は留守番をしていた間、三姉妹達に遊んでもらっていたようだが、甘やかされていたのか少しぽっちゃりした気がするから、他の二匹よりたくさん遊んでやらないとな。

 ほら、そんな嫌そうな顔をするな。ドリーに会った時にぽっちゃりしているとしごかれるぞ? お? やる気が出たか!

 うむ、ぽっちゃり爬虫類も可愛いが、ワンダーラプターはスレンダーで格好いいのがトレードマークだからな!!

 今日から毎朝たっぷり遊んでやるぞ!!

 はっは、朝から体を動かすと朝飯も美味いだろう!!

 広場も開けておいてやるから、広場で仲良く遊んでいるといい。


 ワンダーラプター達を弄り倒した後、畑に行くとフローラちゃんがすでに畑の世話をしてくれていた。

 そういえば昨日は帰ってすぐスライムを弄りに行ったから、フローラちゃんにちゃんと挨拶していなかったな。

「おはようフローラちゃん、いつもありがとう。実家に帰った時に果物を色々貰って来たから、フローラちゃんにもお裾分けだ」

 フローラちゃんに果物を渡しておけば、美味しく召し上がった後は種を植えてくれるかもしれない。

 ……果物も食べるのかな? あれ? 植物同士共食い?

 フローラちゃんはクネクネして喜んでいるみたいだし、深く考えるのはやめよう。


「ホッ!」

 フローラちゃんと畑仕事をしていると、毛玉ちゃんが森の方からバサバサと飛んで来て俺の肩にとまった。

 昨日は帰ってきた後バタバタしていたから、毛玉ちゃんにも会っていなかったな。

「ただいま、毛玉ちゃん。これお土産ね」

 毛玉ちゃんには、ガロに分けてもらった熊肉。

 熊肉は俺の故郷では定番食材で、食べると元気になる気がするのだ。

 まぁ、味は少しワイルドだけれど。


「ホホォ?」

 俺が渡した熊肉を平らげた毛玉ちゃんが、何か気になる事があるらしく、首を傾げながら俺の髪の毛や肩の周りに頭を近付けて、においを嗅ぐような仕草をした。

 え? 何? 俺、臭い?

 実家にいた時は風呂がなかった事に加え、風邪を引いて寝込んでいた間は体も洗えなかったからな。

 体調が戻った時にアベルに浄化してもらったし、昨日はゆっくり風呂にも入ったから臭くはないと思うけど……。

「もしかして、臭い?」

「ホー……」

 え? 毛玉ちゃんが目を細めてこちらを見ている。

 何だろう、俺を疑っている時のアベルの表情に似ているぞ!!

「え? マジ? 臭い? 畑を弄り終わったら、シャワーを浴びておくよ」

「ホッ!!」

「え? うわ!? 何!?」

 毛玉ちゃんが短く鳴いたかと思うと、俺の肩にグリグリ頭を擦りつけ始めて、暫くそれを続けたと思ったらそのまま飛び去ってしまった。

 ええ……、何かお気に召さなかったのだろうか。

 やっぱ、臭かったのだろうか。

 ああ……道中臭い場面が多かったからな。人間にはわからない臭いが残っていたのかもしれない。


「なぁ、フローラちゃん、俺って臭い?」

 なんとなくショックでフローラちゃんに尋ねてみると、フローラちゃんは蔓をヒョコッと持ち上げて、人間が肩をすくめるような仕草をした。

 え? 何その反応!? やっぱ臭い!?

 ショボーン。



 毛玉ちゃんの行動に少しショックを受けながら、畑から朝食用の野菜を採って家に戻ってすぐにシャワーを浴びた。

 鍛錬やら畑の世話やらで汗をかくので、朝食の準備前にシャワーを浴びるのはいつもの事だが、今日はいつもより念入りにゴシゴシと体を洗った。

 売り物にしようと思っていたラヴァンの香りのする石鹸を使ったので、どっからどうにおってもいい香りのする男になったと思う。


 シャワーを浴びてスッキリしたら、朝食の準備だ。

 これも、ついこの間までジュストが一緒にやっていたので、一人に戻ってなんとなく寂しい。

 最初は一人暮らしだったのにな、すっかり誰かがいる生活が当たり前になってしまった。

 すっかり賑やかな生活に慣れてしまい、今更この広い家で一人で暮らせと言われると、寂しくてフラリと旅に出てしまうかもしれない。

 一人の時間は欲しいが、ずっと一人というのも今となっては耐えられる気がしない。俺ってわがままだなぁ。

 おっと、朝食の準備の前にキノコ君の所に行かないとな、今日は畑で取れたサッバジというキュウリのような色と形をしたウリを渡そうかな。

 この季節が旬の野菜で、あっさりしていて食べやすく、油との相性がよく炒め物に向いている。

 チーズを載せてオーブンで焼くだけでも美味いんだよな。おっと、何でもチーズを載せてしまうのは俺の悪い癖だな。

 縦に半分に切ったサッバジとチーズの間に挽き肉を挟んで、少しトマトソースをかけて、オーブンでこう……腹が減ってきたな。


「お、キノコ君おはよう。朝から畑仕事かい?」

 リビングに置いてある箱庭を覗くと、キノコ君が先ほどの俺と同じように、畑の手入れをしながら野菜を収穫していた。

 キノコ君の家の換気口からは水蒸気のような薄い煙が上がっており、奥さんが朝ご飯を作っていると思われた。

 羨ましいな、おい!?

 こちらまでは届いていないはずの煙に、目がシパシパするような気分になりながら、キノコ君からいつもの箱を受け取って中身を確認した。


「あれ?」


 いつも入っている野菜や、鉱石とはまた別の物が入っている。

「巻物?」

 羊皮紙のような茶色っぽい紙がくるりと筒状に丸められ、トウキビの皮のような植物繊維で作った紐でとめられている。

 大きさは俺のてのひらから左右に少しずつはみ出るくらいで、巻物にしては少し小さい。

 取り合えず鑑定してみると。


【妖精の地図】

レアリティ:S

場所:初夏の農園

難易度:F

属性:土

状態:良好

使用回数:1/1

参加人数:1人


「え? 何これ?」

 鑑定すると明らかに怪しい結果が見えた。

 地図って事は、前にトンボ羽君が持って来たダンジョンの地図と同じようなものか?

 使用回数に参加人数が一なのは、中に入れるのは一人で一回だけしか入れないって事かな?

 後は場所と難易度。

 そのまま素直に信じるなら、場所は書いてある通り初夏の農園で、難易度Fというのは、冒険者ギルドのランクみたいなものなのかなぁ?

 だったら初心者向けの難易度って、あまり厳しくないって事だよな?


 怪しい地図だが、すごく気になる。

 そして、なんだかワクワクする。

 アベルや三姉妹にばれたら面倒な事になりそうだし、一人用だからこっそり行ってみるか。


「おはよー、やっぱうちの枕はよくぐっすり寝られるよねー」

 ドアが開く音がして、アベルがリビングに入って来たので、慌てて地図を収納にしまった。

 そして、うちはすっかりアベルにとって自宅認定らしい。

「おう、やっぱり自分ちがいいよなぁ! すぐ朝飯を作るからちょっと待っててくれ」

 キノコ君の箱にお返しの野菜を詰め込んで返却し、そそくさとキッチンへ。


 よし、怪しげな地図はアベルにはばれていないな。

 けっしてやましいから隠しているわけではない。

 一人用だし、何があるかわからない地図だ。難易度Fと書いてあるが、妖精の基準だ、油断してはいけない。

 とりあえず、俺が試しに使ってみて、安全を確認するまでみんなには内緒だ。


 けっして、初夏の農園にワクワックしていて、他に譲りたくないわけではない。



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