第343話◆油断も隙もない
キノコ君の結婚報告に思わずびっくりしたやら、悔しかったやらあったが、キノコ君を構ってばかりはいられない。
おうちに帰って来たからには、自分で飯を作らなければならない。
道中は料理屋で食べる事がほとんどだったし、実家にいる間にはお袋の飯が出てきていて楽していたから、すごく久しぶりにまともな料理をする気がする。
そういえば、リリーさんの紹介で訪れた宿の料理は美味かったな。あの宿屋はぜひまた行きたいな。
今日の夕飯は色々迷って、お手軽に出来て食べごたえがあって、そして野菜も一緒に採れるものにした。
フォールカルテで買って来た小振りな魚を、頭を落とし内臓を抜いて片栗粉をまぶしてジュワッと揚げる。
野菜はタマネギとピーマンとニンジンかなー? アベルが悶絶しそうだが、知ったこっちゃない。ついでにサービスでアベルの皿だけピーマンとニンジンを増量しておいてやるか。
しかし野菜は千切りにして、ビネガーと醤油と砂糖を混ぜたタレの中に暫く漬けるので、甘酸っぱさの方が強くなって、アベルの嫌いな苦みや青臭さは緩和されるはずだ。
少しだけアクセントに赤いトウガラシを入れておくかな。少しだけなので、辛みより臭味取りの目的だ。
その甘酸っぱくて、醤油の味がするタレの中にカラッと揚げた魚と千切りの野菜を漬けて三十分程度置いたら完成。
前世では南蛮漬けと呼ばれていたやつだ。魚は小振りな青魚で前世では見た事のない魚だが、アジとかイワシとかそれに近い種の魚だ。
今の時期が旬らしく、その為、小振りなものは非常に安かったので、ついたくさん買っちゃったんだよね。
少し蒸し暑さを感じるこの季節、さっぱりとした気分になれる料理が今日のメインディッシュだ。
やっぱ海の魚はいいよなぁ、フォールカルテは図書館もあるし、この間はバタバタしてあまり本を読めなかったから、買い物ついでにアベルに連れていってもらおうかな。
さっくりとして甘酸っぱい青魚の甘酢漬けに、スープとサラダ、ちょっと摘まむ用の生ハム、あとはデザートに桃のコンポートでも添えておけばいいだろう。
今日はニンジンとピーマンが入っているからな、仕方ない、アベルのコンポートだけめちゃくちゃ甘くしておくか。
アベルは見ている方が心配なくらい糖分を取りすぎだから、糖分控えめの甘い調味料を開発するべきか!?
これもやはりスライム頼りになりそうだな。しかし、どうやっていいか思いつかないから、リリーさんに相談してみようかな。
薬草やスライム弄りの事なら、ドリーのパーティーの魔女シルエットに聞いてもいいな。アベルに頼めば連絡は取れるかな?
一年近く会っていないけれど元気にしているかな。元気だろうなぁ。アベルと一緒で肉大好きの、魔法ゴリラ。気まぐれで人付き合いが苦手で、好き嫌いが激しいけれど、なんだかんだで面倒見のいいところなんか、何となくアベルに似ている。
同じ後方火力の魔法職だし、行動パターンが似てくるのだろうな。
料理が完成したら、食堂でテーブルを囲んで夕食の時間だ。
人数の多い食卓だが、それでも実家に比べたら人数も少なく、わちゃわちゃとした騒がしさもない。
なんとなーく、静かで落ち着いた食事に思えてしまった。
「里帰りは楽しめたようだな」
今日の夕飯時の話題は旅先での話だ。
色々あって半月近く家を空ける事になった為、この面子での食事は随分久しぶりな気がしてしまう。
野菜と魚を一緒にシャクシャクと食べるラトの表情は悪くない。
ラトも三姉妹もこの辺りで捕れない魚料理は珍しさもあるのか、もりもりと食べてくれるので作りがいがある。
アベルは骨の多い魚はあまり好きではないようだが、今日の魚は骨がポロリと外れるやつだから食べやすいはずだ。
載っているピーマンとニンジンを警戒しているのか、アベルはスープとサラダから手を付けている。
「うん、楽しかったよ。今度からはもうちょっとこまめに戻ろうかな」
時々、家を空ける事になるので、その度にラト達に留守番を頼むのは申し訳ないので、増やしまくっているスライムの飼育環境も少し考えないとな。
生き物を飼っていると家が空け辛くなるんだよなぁ。
「うむ、すっかり飯と宿の世話になっているからな、留守番なら任せておけ」
森の番人様ありがたい。
そう言われると、その好意に甘えてしまいたくなる。
よし、お礼に酒とつまみを増量しておこう。
「もうね、グランの故郷は自然いっぱいで綺麗でいい所だったけど、自然に溢れすぎてホント魔境だったよ」
魔境ではなくてただの秘境だよ!!
「ヒヨコさんはすごく強そうなのに可愛かったですねぇ」
ん?
「私はあの熊に会ってみたいわ」
んん?
「グランの故郷の木も大変立派な木ですわ」
んんん?
「コホンッ」
ラトのわざとらしい咳払い。
「「「あっ!」」」
三姉妹の声がハモった。
「えぇと、俺の故郷の事を知ってるみたいだけど何で?」
三姉妹達はまるで俺の故郷を見ていたような事を言っている。
どういう事だ?
「あれ? グラン、覚えてない? まぁ、熱が酷かったからね、仕方ないか」
んんん? そういえば熱で意識が朦朧としている時にアベルが何か言っていたような。
えぇと、思い出せない。何か大事な事を忘れているような……。
「アベル、シーですわ」
「そうそう、シィィィッ!!」
「内緒ですよぉ」
三姉妹達がアベルに向かって人差し指を立てる仕草をしていて非常に可愛いが、これは何だか嫌な予感がするというか……あっ!!
思い出したぞ!!
俺が寝込んでいる時にアベルが遠見の付与がどうのって言っていたような……。
ハッキリとは思い出せないけれど、装備に付与されているような事をアベルが言っていたのを思い出した。
くそ、転生開花は前世の事は細かく思い出せるけれど、今世の事には効果がないから詳細までは思い出せないぞ。
「ぬ? バレてしまったのなら仕方ない」
おい、ラト、そのセリフはすごく悪役っぽいぞ!!
「ちょっとお外の世界が見てみたかったんですぅ」
「森の外は知らない事ばかりだから」
「勝手に覗いて申し訳ありません」
眉を下げて上目遣いで謝られると、怒るに怒れないし、森から出る事のない三姉妹が外の世界が気になる気持ちもわかるからなぁ。少し覗き見するくらいならいいか。
装備だから風呂を覗かれる事もないし、トイレは……気を付けよう……。
「まぁ、音は聞こえないみたいだし、グランの迷子防止にもいいんじゃないかな? ちょっと弄くって、グランがどうしても見られたくない時だけは、見えなくするようにすれば?」
お前もストーカー機能付きマジックバッグを、しれっと渡していた前科があるからな!!
って、迷子防止ってなんだよ。俺がいつ迷子に……あったわ……。
「そうだなぁ、森の外が見たい気持ちもわかるけど、俺も見られると恥ずかしい事はあるからな。じゃあ、時間がある時に少し改造して、見えなくなる機能も付けていいか?」
俺の意思で見られていいものとダメなものを選べるなら何の問題もない。
「もちろんですぅ、ありがとうございますぅ。勝手に遠見を付与してごめんなさぁい」
「じゃあこれからも見れるのね、ありがとう! それと勝手に覗いてごめんなさい」
「今度からちゃんと許可を取ってからにしますわ。ごめんなさい」
素直な幼女は可愛いから仕方ないなぁ、もう。食後のデザートを追加しようかな。
「そうだな、一言言ってくれれば、問題ない付与なら俺も一緒にやりたいしな。もう勝手に覗き見なんて付けるなよ」
うむ、俺のプライバシーは重要。
「はぁい、じゃあ今度一緒にグランの装備を弄りたいですぅ」
俺もクルには付与について色々教わりたいし、それは大歓迎だ。
「どうせならモールの子も巻き込みましょ?」
タルバを巻き込むととんでもない事になりそうというか、色々請求されそうだな?
「森の妖精さんにお願いして、面白そうな素材を貰って来ましょうか?」
おい、それは少し興味があるけれど恐ろしい事になりそうだから、やめた方がいいと思うぞ!!
そうこうしているうちに、三姉妹達が俺を置いてけぼりでキャアキャアと装備について話し始めた。
まずい嫌な予感がする。どこかで止めた方がいいけれど、女の子三人の勢いは割り込み辛い。
女三人寄れば姦しいと前世のことわざにもあったしな。
「うむ、好きなようにやらせてやれ」
ラト、同情したような目でこちらを見るな。
「あっ! 桃のコンポート、甘い!」
アベルはもうデザートか、俺が三姉妹と話しているうちにおかずは食べ終わったのか、早いな?
あっ!! 俺の皿のニンジンとピーマンが少し増えている気がする!!
三姉妹に気を取られているうちにやられた!!
バレないように少しだけ移動させたようだが、皿に盛る時にアベルのだけ多く盛ったから、元の量は把握しているからな!?
しれっとした顔を桃のコンポートを食べているアベルに歯ぎしりをしながらも、久しぶりの自宅の夕食は楽しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます