第六章
第341話◆帰って早々
行きはあちこち寄り道したので時間がかかったが、帰りはアベルの転移魔法で超ラクチン。
いいなぁー、それ、俺も使えるようにならないかなぁ。
あ、無理。はい。
本来は十日もかからず帰って来る予定だったのだが、風邪を引いてしまい実家に滞在する時間が延びたので、結局半月近くラト達に留守を任せてしまった事になる。
「ただいまー!」
ワンダーラプター達を獣舎に入れ玄関から家に入ると、三姉妹達がリビングからヒョコッと顔を出した。
「帰ってきたーー!!」
「お帰りなさいませ」
「風邪は大丈夫ですかぁ?」
三姉妹達は相変わらず元気そうだ。
自分がひどい風邪を引いてしまった後なので、親しい人の元気な姿を見るとなんだか安心する。
「戻りが遅れてすまなかった。あっちでちょっと風邪を引いちまってなぁ」
「ちょっとってレベルじゃなかったでしょ」
即座にアベルのツッコミが来た。
ちょっとと言うには、辛すぎる風邪だった。
「戻って来たか。一日や二日くらい我らにとっては全く気にならない事だ」
まぁ、人間に比べて長生だろうしそりゃそうだよなぁ。
って、ラトの髪の毛に寝癖が付いている、こいつ直前まで寝ていたな?
「グラングランー、お土産はー?」
「遠くのお話もたくさん聞きたいですぅ」
「留守にしていた間の報告もありますわ」
三姉妹がキラキラと目を輝かせて、次々と話しかけてくれるが、ごめん!! 俺、少しやりたい事がある!!
「ごめん、帰ってきてすぐなんだけど、忘れる前にどうしてもやっておきたい事があるんだ。夕食の時にゆっくり話そう」
まだ昼過ぎだし、夕飯の支度を始めるまでにはまだ時間はある。
アベルもいるし、話し相手とおやつタイムはアベルに任せてしまおう。
「もしかして、風邪引いてた時に色々考えてたやつ?」
さすがアベル、勘がいいな。
「そうそう、忘れる前に少し仕込んでおきたいんだ。お土産や遠い町の食材は買って来てるから、ちょっと今だけごめん」
主にスライム。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。アベル、後よろしく」
「え? もー、せっかちなんだからー」
アベルの呆れた声を背中で受け止めながら、玄関を入ってラト達に顔を見せただけで、倉庫の作業場へと駆け込んだ。
思いついた事は先延ばしにすると、結局やらないんだおおおお!!
そして忘れる!! 頭からアイデアが零れる!! メモをしていても何故かメモの意味がわからない時もある!!
しかも、風邪を引いている時に書いたメモなんて断片的で適当すぎて、もはやダイイングメッセージみたいになっている。
自分で書いたメモの意味が後で見ると全くわからない、非常によくある事である。
それでも一番やりたかった事はちゃんと覚えている。
帰宅後何より先にやりたかったのは、新しいスライムの育成。
水の魔石から出した水だけで育てているスライムの水槽から、スライムを一匹取り出して使っていない水槽に移動する。
不純物の少ない水だけで育てたスライムは、透明なゼリーのようで毒もなければ、変わった特性もない。
しかし、そのスライムゼリーは乾燥させて粉にして保存でき、それを水で戻すと透明で無害、そして味もないゼリーになるので、料理に便利で一般家庭でも飼育されている類のスライムだ。
この無害で透明なスライムに色々与える事により、スライムは成長し変化していく。
今回作りたいのはひんやりとしたスライム。
発熱時に額に貼り付けておく布や、額や胸元に塗る軟膏を作る為、冷たいスライムゼリーが欲しいのだ。
ただ氷を食わせても、氷は水でできているので水で育てたスライムと同じ結果になりそうだな。
氷の魔石を食わせると、シャーベット状のゼリーを持つ氷属性のスライムになる。
これを乾燥させると氷のように冷たいガラス状になり、小さく砕いてもその効果は持続し、常温でも長時間効果が続く為、冷却剤の材料にもなる。
ただし、原料が氷の魔石なのでコストが高い。
商品として売り出すなら氷の魔石を使ってしまうと、庶民が使うには高くなってしまうし、肌に使うには少々冷たすぎる。
そこで、俺が考えていたのはリオート草という植物。
氷の上に生える透き通った水色の綺麗な植物で、その葉は氷のように冷たい。ちなみに食べるとほんのりとした塩味がする。
熱に弱いので、常温だとすぐに枯れてドロドロに溶けてしまう。
しかも冷たいだけで、その効果もあまり高くなく、常温だと溶けてしまい取り扱いが面倒な為あまり需要のない植物だ。
収納スキルやマジックバッグや保冷箱の中で保存すればいいのだが、そこまでして欲しがる人もいない。
このリオート草は、王都のBランクダンジョン――先日アベルやジュストと行ったダンジョン、そこの俺達が行ったエリアの更に先の雪原エリアがあり、そこにアホみたいにたくさん生えているんだよな。
そこ以外にもダンジョンの雪原系エリアや、冬は氷に閉ざされる地方でも手に入る。
氷のある場所にしか生えないので、ダンジョン内の雪原エリアのような常に氷に閉ざされている場所の方が、安定して見つけやすい。
ちなみに、ダンジョンの外で自生しているリオート草は、氷がない季節は種の状態で土の中に埋まっており、地表が氷に覆われると一気に発芽をする。
寒い場所ならどこでも生えていて、そこに行けば簡単に手に入る植物だ。
そしてそのリオート草は、以前ドリーのパーティーで雪原エリアに行った時に、これでもかってくらい採って来たものが収納の中にたんまりとある。
アベルとドリーには使い道のない植物をそんなに集めて何に使うんだって呆れられたが、見た目が綺麗だったから、思わずたくさん集めちゃったんだよ!!
まぁ実際、ポーションにしようと思っても、煮込むと効果は消えるし、煮込まなくても加工中に室温で溶けて効果が消えてしまう。
さっむい思いをして冷凍室で加工してみても、振り掛けた箇所の表面が少し凍る程度のポーションしかできなくて、諦めて収納の肥やしになっていた。
葉っぱを飲み物に入れると氷代わりになるくらい?
しかもほんのり塩味なので、使いどころも選ぶので、それって氷でよくね? っていうレベルで使い道がなかった。
そういう性質の薬草なので、取り扱うなら室温の低い部屋で作業をしなければならない。
おそらくリオート草を与えてできるスライムは、低温を好む性質になりそうな予感がする。
低温を好むスライムはすでに何匹か飼育している為、冷蔵室にスライム飼育区画が作ってある。
そこなら、このリオート草を与えたスライムを育てる事ができるかな? ダメなら冷凍室に入れてみよう。
いきなり冷凍室に行くと、普通のスライムだと凍ってしまうので、持っていくとしたらスライムが氷属性よりになったらだな。
スライムだって、ただのスライムだが繊細な生き物なのだ。
取り分けたスライムの入った水槽を抱えて冷蔵室へ。
そこで収納からリオート草を取り出してスライムに与えてみる。
この温度ならすぐには溶けないので、スライムが食べる時間は十分にある。
リオート草は体温でも溶けてしまうので、熱に弱い素材を扱う用の、表面が冷たい手袋を着けて収納から取り出す。
リオート草をスライムの上に落とすと、透明な体が水色のリオート草を包み込み、スライムの体の中で溶けていくのが見える。
透明なスライムが水色のリオート草を消化して、その水色がスライムの体に広がっていく様子は、水の中に絵の具を垂らしたようで面白い。
やっぱ、スライムは面白くて可愛いんだよなぁ。
一枚目の葉っぱがなくなったのを確認して、二枚目の葉っぱをスライムの前に出すと、ニュッとスライムの体が伸びて葉っぱを取っていった。
よし、スライムはリオート草が気に入ってくれたようだ。
スライムにも好き嫌いがあるからなぁ。
スライムが嫌いなものを与える時は、無理矢理体の中にねじ込まなければならないので、少し可哀想な気分になる。それでもねじ込むけど。
リオート草の葉っぱを一枚与える毎にスライムの体は、どんどんはっきりとした水色になっていく。
リオート草の色も透き通った水色なので、それが透明なスライムの体に広がると、スライムも綺麗な透き通った水色になる。
非常に涼しげでとても綺麗な色である。
何枚か与えて、スライムがもう要らないと、プイッとそっぽを向いたので食事は終わり。
手袋を外して表面を突いてみると、少しひんやりとしている。
よしよし、このままリオート草を与え続ければ、少し冷たいスライムができるかな。
俺が作りたいのは、凍るほど冷たくなくていい、ほんの少しひんやりとした感覚を得られるスライムだ。
スライムに混ぜれば、常温でも溶ける事はないだろう。
後は、ひんやりとしたゼリーがどのくらい持つかを実験して、上手くいったら布か紙に染みこませてみるかな。
リオート草なら氷の魔石より手に入りやすいので、コストを押さえて量産もできそうだ。
買い取りさえあれば、簡単に手に入るし、場所をあまり取らない葉っぱ系だし、マジックバッグ持ちが持ち帰ってくれそうだしな。
まぁ、スライムがこの後どう変化するかにもよるから、とりあえずしばらくスライムにリオート草を与えてみて結果待ちだな。
よし、スライム君! 君はしばらくこの冷蔵室住みだ!!
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