第340話◆Departure

 えぇと……風邪引いて熱が出て、一晩寝たら少し良くなって、それでゴソゴソと付与をして、その後辛くなって寝てからすっぽりと記憶がない!!

 や、辛くなってベッドに横になった後、くっそ熱が出てヒィヒィ言っている時に、すっかり回復したアベルが何か言っていたような気がするけれど、やべぇ、記憶が曖昧だ。

 その日の夜だと思うけれど、お袋が持って来た薬が、ものすごく苦かったのはなんとなく覚えている。




 で、目が覚めたらソルトライチョウの繁殖地に行っていた兄貴達が帰って来ていた。

 あれ? じゃあ帰還の宴は? 

 あ、終わった。んあ? 昨日じゃなくて一昨日!?

 まじか……、そんなに寝ていたのか。


 え? 俺が寝ていたからアベルを兄貴達が宴に連れてった?

 それ、大丈夫だったのか? アベルは人見知りが激しいから村人の輪に入れなくて、戸惑っていなかったか?

 どうせ兄貴達の事だから、連れて行くだけ連れて行って、現地でアベルを放置して酒を飲んでたんじゃ?

 それに村の奴らが遠慮なしに話しかけて、アベルが魔法で黙らせたりしなかったか?

 あ、ガロ達とすっかり仲良くなった? 一緒に二日酔いなるくらい飲んだ?

 飲み過ぎてリリスさんに家まで送って貰った? 何やってんだ、羨ましいな。

 そういえば村の人の集まる場所に行っただなんて、アベルの顔面に誑かされた女子はいないか?


 いてっ!!

 アベルにクルミをぶつけられた。

 え? あのでかい赤い熊に貰った? どういうこと?

 は? ハチミツをあげたらくれた?

 日頃、俺が魔物を餌付けしているというくせに、お前もたいがいじゃないか!!

 しかも、あのやばい熊!!

 いいなー、俺もあの熊と和解したい。


 へー、ガロと一緒に山の中回っていたのか。

 ん? ゲジゲジ様がムカデをくれたから帰ったら渡す?

 うん、ムカデは解毒剤にもなるからな。さすがゲジゲジ様、ありがたいな。


 ん? ご神木も行ったって?

 あー、あそこな。

 そうそう、今思えばアレってダンジョンだよな。

 ああ、中は小さな虫や小動物くらいしかいないよ。中は泉があって森みたいになっていて、薬草とか鉱石があるだけかな。

 子供の頃はそこでよく薬草や鉱石を集めていたんだ。

 村の溜め池とか近くの川で収納してスキル上げをしたら怒られるから、あのダンジョンを見つけてからはそこの泉でやっていたのだ。

 おかげで収納スキルはがっつりと上がったよ。

 うん、水が鑑定できなかった?

 ああ、あそこにある物は鑑定できない物が多くてさー、何かさっぱりわからなくてほとんどリリスさんに教えて貰ったから、鑑定スキルがさっぱり上がらなかったんだよな。

 ホント、鑑定スキルのスキル上げは面倒くさい。


 ああ、あそこのリスね。かわいいよな。

 餌付け? ……はしていないかな。オミツキ様に怒られた時に降ってくる木の実を、たまにあげていたくらい?

 そしたら、木の実や果物をくれるんだ。物々交換? わらしべ長者?

 え? わらしべ長者って何かって? えぇと……どっかの地方の民話だったかなぁ。どこの図書館で読んだのかなぁ?

 内容は、物々交換していくうちにどんどん良い物になっていく話だよ。

 うむ、かといって欲をかくとダメだと思うからな。欲はかかず自然に成り行くままにだな。


 あぁ、そうだなぁ……名残惜しいけれど、そろそろ帰らないといけないな。

 家のベッドが恋しくなってきたし。

 うん? また来たい?

 ああ、もちろん、俺もアベルの転移魔法に乗っけてもらえると助かるし、家族や幼馴染みにはまた会いたい。


 冒険者になってずっと戻って来ていなかったけれど、やっぱ戻ってくると実家っていいよな……。

 自分で勝手に思い込んでいた……いや、こんな場所遠い場所だし、飛び出すように出てきたから、戻らない理由を自分で勝手に作っていたのだ。

 兄弟が多いから俺一人家に戻らなくても、すぐ忘れられるだろうって。

 幼馴染みとも少しすれ違っていたから、あんま親しくない奴が一人村から出て行ったなーくらいの感覚かなって。

 あ、いてっ! なんでクルミを投げるんだよ!!


 わかった、わかったからクルミをぶつけんなって!!

 そうだな、俺もアベルやラトや三姉妹やキルシェ達が突然いなくなったら心配するし、自分が何か悪い事したのかって悩むな。

 うん、ちゃんとそれはちゃんと謝るよ。

 あ、いてっ!! だから、なんでクルミを投げんだ!?

 ああ、ごめん! ホント、王都を出た時はごめん!! 後で連絡しようと思ってたんだよ!!

 後で! そのうち! いつか!! また今度!!

 いたっ! ごめん! ごめんて!!


 そうだな、自分が思っているより周りが自分の事を覚えていてくれて心配もしてくれていたのは、やっぱ嬉しいな。

 本当にごめんなさい!!

 うん、戻って来てよかった。

 ありがとう。
















「まっことに!! 大変!! お世話になりました!!」

「うん、ホント、色々お世話になったね。またグランと一緒に遊びに来るね」

 家族の手厚い介護とめちゃくちゃ苦い薬のおかげですっかり回復し、ついに帰る日がやって来た。

 どうせアベルの転移魔法で帰るのだが、ワンダーラプターを連れて家の門の前に出た。

 家族総出の見送りはなんだか恥ずかしい。


 村を発つ前日にオミツキ様にも挨拶に行った。

 オミツキ様には何故かたくさん木の実を落とされた。多分風邪を拗らせる原因がバレていたのだろう。さすが神格持ち。

 はい、ご心配をお掛けしました。体は大事にします。

 ついでに、ご神木も拝んで来た。その帰り道ゲジゲジ様やお猿さんにも会った。

 川の近くを通りかかった時には、川の中からアメンボウが化けた小熊が寄って来た。

 だから、ちっこくても熊はやめろって!! こら、着いて来るのもダメ!! 晴れているから、水から出て乾くと消えちまうだろ!!

 また来るからな? うん、お前も達者でな!! 乾燥するんじゃないぞ!!

 などと、少し寂しそうなアメンボウにも挨拶をした。


 家族にもちゃんとお礼を言って、せっせと作った物を渡して、台所はお袋と妹の意見を聞きながら改良した。

 みんな喜んでくれたみたいでよかった。うん、冒険者になって色々できる事が増えたのだ。

 付与をしていると、ヒョロ兄がやって来て興味を示したので付与の基本を教えて、俺が冒険者になった頃使っていた付与の基礎知識の本を渡した。

 狩りや力仕事の苦手なヒョロ兄には、付与のような作業は向いているかもしれないな。

 ああ、そういえばチコリの彼ぴっぴが俺の快気祝いにと、虫に寄生して生える珍しいキノコを持ってやって来たな。

 うむ、今回は病み上がりでコンディションも良くないから、勝負はまた今度にしてやろう。あ、キノコありがとう。

 キノコは貰うけれど、まだ俺はお前がチコリの彼ぴっぴだなんて認めたわけではないからな!!


 リリスさんにも会いに行って、風邪を引いていた時に貰った桃のお礼を言ったら、教会の木に実っている桃を分けてくれた。

 ああ、アベルが桃のコンポートが好きなみたいだから、家に帰ったら作ってやるよ。

 ガロや他の幼馴染みにも会って、会っていなかった間の話をたくさんした。

 なんだろうな、帰る前に村の人に挨拶をしているうちに泣きそうになった。

 冒険者になると村を出た時はそんな事なかったのに。


 そんな名残惜しそうにされると、村を離れ辛くなるじゃないか。

 そうだよ、それが怖くて、ガキだった俺は家族や幼馴染み、村に関係する者達はみんな俺には興味がないって言い聞かせたのだ。



「ちゃんとご飯を食べて、風邪を引かないようにね。風邪を引いても無理はしないんだよ」

「うん」

 ええ、風邪を拗らせてお袋にはすごく迷惑を掛けてすみませんでした。

「また、いつでも帰って来い」

「うん」

 親父は相変わらず口数は少ないけれど、離れてもここに俺の居場所があると言ってくれている。


「あんま無茶苦茶して友達を困らせるなよ? それと友達は大事にしろよ」

「また帰って来た時に、付与の事も教えてくれな。それまで基本をしっかり練習しとくから」

「グランー、次帰って来る時は土産を忘れんなよ」

「彼女ができたら、結婚する前に一度は連れて来てよね」

「おじちゃん達またねー」

 だからおじちゃんではない!!!


「グランー!!」

 兄弟達が口々に色々と見送りの言葉を言い出し、だんだん収拾が付かなくなってきたなと思い始めた時、ドカドカと猪が地面を蹴る音がして、ガロや幼馴染み達がこちらに向かって来るのが見えた。

「おう、見送りに来てくれたのか、わざわざ悪いな」

「前回は突然すぎてちゃんと見送れなかったからな」

 何て言っていいかわからず、そそくさと準備をして逃げるように村から出たあの時。

 ガロには一言言ったが、他の幼馴染み達には何も言わなかった。

「遠いけどまた帰って来いよ!」

「ああ、また帰って来る」

 ガッチリと強くガロと握手を交わした。


「アベルもまた来いよ、それでまた酒を飲みながら色々話そうぜ」

「そうそう、グランを引っ張って来てくれよ」

「熊肉を用意して待ってるからな」

 何だ? 猪三人組と妙に馴染んでいるけれど何があったんだ?

「熊肉はちょっともうお腹いっぱいだけど、グランを連れてまた来るよ」

 あの人見知りの激しいアベルが、普通に話している!?!?

 俺が寝ている間に一体何が!?


「グラン君! アベル君!」

 幼馴染み達との別れを惜しんでいるとリリスさんの声が聞こえ、そちらを振り返ると、猪に横乗りをした美人シスターがこちらに向かって来ているのが見えた。

「猪」

「この村の最も主流な乗り物だからな」

 あまりにミスマッチな組み合わせなのに何故か優雅なその光景に、アベルが困惑している。

 猪に跨がっていても美人は絵になるなぁ。ちょっと猪が羨ましい。


「間に合ってよかったわ。これを二人に渡したかったの」

 差し出されたのは刺繍の入ったハンカチ。俺とアベルに一枚ずつ。

 俺のは獅子に剣、アベルのは竜に杖。

 めちゃめちゃ凝っているし、格好いい。

 うお!? 鑑定が弾かれた!? 何か付与がしてあるのかな?

 アベルも弾かれたのかな、俺の横で目を細めて微妙な表情になっている。


「ありがとう、大事にするよ」

「うん、ちゃんと持ち歩くね。ありがとう」

「グラン君もアベル君も、どうか体には気を付けて、冒険者の仕事だからって無理はしないのよ? 家族も友達も、きっと他にも貴方達の事を想っている人はたくさんいるはずだからね。これからの未来、貴方達にたくさんの幸せと祝福がありますように」

 そう言って微笑んだリリスさんのラベンダー色の髪の毛が、陽の光をキラキラと銀色に反射して妙に眩しかった。

 魔力の光なのかな? 何か祝福でもしてくれたのだろうか?


「うん、ありがと。そうだね、無理はしないようにがんばるよ。また、グランと一緒に遊びに来るね」

 相変わらずリリスさんは綺麗だなーと、キラキラと光る髪の毛に見とれているうちに、俺より先にアベルが答えた。

「俺も! 俺も絶対また帰って来るよ! 今までずっと連絡もしなくてごめん。また、戻って来るから」

 アベルも村が気に入ってくれたようで、次もまた一緒に来る事になりそうな気がするけれど、アベルの転移魔法に頼る事ができなかったとしても、自力で戻って来るつもりだ。


 ピーーーーーーーーーーッ!!


 頭の遙か上から高い鳴き声が聞こえた。

 見上げると長い尾の巨鳥が、村の遙か上空で輪を描いて飛んでいた。


 こんなにたくさんの人に見送られて、本当に俺は幸せ者だな。

 空を見上げているのに、涙が溢れてしまいそうだ。



 大層な志なんかないけれど、また必ず戻って来るよ、俺の故郷。


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