第338話◆閑話:都会育ち魔導士の魔境探索・肆
兄弟達との仲は悪くないけれど、友達ではない。
子供の頃からお世話になっている、元侍女の女性は付き合いが長いけれど、友達という関係ではないし、その息子とも親しくしているけれど友達とは少し違う。
俺の身分を知っているせいで、どうしても一線を引かれてしまう。
冒険者になってからはドリーとの付き合いが一番長いし、ドリーは俺の身分を知っていても遠慮なく殴ってくる。
ドリーの性格もあるけれど、兄上の許可もありそうだ。でもそこは、身分差を考えてもう少し丁寧に扱ってもいいところだと思う。
それでもやっぱり友達ではない。どちらかというと、護衛というか見張り役というか保護者みたい。
カリュオンやリヴィダスはドリーの次くらいに付き合いが長い。
二人とも俺の身分は知らないし、ドリーみたいに石頭ではないので、軽い気持ちで話せる関係だが、それでも少し馴染みきれなくて、友達というか仲間である。
それからシルエット。
ドリーのパーティーメンバーの魔女!!
彼女とも付き合いは長いしドリーのパーティーでよく一緒になるけれど、アレはダメだ。
相性が悪いとはまさにこの事だ。無理、絶対わかり合えない!!
グランは友達。
俺はグランに隠し事をたくさんしているし、グランもきっと俺に隠し事をしている。
グランの場合、話すのを忘れているだけかもしれないけれど。
でも、俺だって知られたくない事はたくさんあるからそれでいい。
お互い話せない事はあっても、居心地が悪いとか疲れると思った事はない。
訂正、グランの非常識に振り回されると違う意味で疲れる。
友達というのはグランのような存在なのだと思う。
貴族も冒険者もめんどくさい人が多いし、適当で大雑把なグランとの距離感くらいが居心地いいんだよね。
「コイツ、アベルな、グランの友達!!」
「おう、グランの友達なら俺達とも友達でいいな!!」
「ガロに聞いたけど、山の主と取り引きしたってマジか!?」
「マジかよ! アイツと取り引きできたなんて初めて聞いたぜ」
「それもすげーけど、魔法もすげーんだって?」
「しかもグランと冒険者ってやつなんだろ? で、冒険者って何だ?」
酒の席でガロに紹介され、グランと同じくらいの男達に囲まれて、思わず引いてしまった。
狩人の多い村だから仕方ないのだろうけれど、すごく暑苦しい。
君達、距離が近くないかい?
ガロと一緒に山を散策して村に帰ってくると、ソルトライチョウの繁殖地に行っていた人達が戻って来たとかで、その日の夜はその帰還を祝う宴が村の中央を流れる川の付近にある広場で開かれていた。
ソルトライチョウを守る為に一ヶ月とか繁殖地に滞在するって言っていなかった?
疲れて帰って来てるんじゃないの? 休まずにすぐ宴なんてやるんだ。
え? 毎年そういうもの? 無事に帰ってきた事を山の神様に感謝する事も兼ねてる? なるほど?
村の若い男性はほぼ参加するらしく、俺もグランの兄弟に誘われてやって来た。
グランはまだ寝込んでいて欠席。
ガロと集めた風邪に効きそうな素材をグランのお母さんに渡しておいたから、それで薬湯を作ってもらって大人しく寝ているといいよ。
俺がそんな事言うまでもなく、グランは完全にダウンしてぐっすり寝ているみたいだから、グランの分まで宴を見てきてあげるよ。
って、宴に来てみたけれどまた熊肉が出てきた!? 昼間も熊肉を食べたのに!? 若い熊の肉だから癖もなくて柔らかい?
う、うん、そうだね……って、熊肉が好きすぎな村だね!?
貰った熊肉の串を囓りながら、広場の中央で焚かれている大きな焚き火から少し離れた場所に設置されている丸太の椅子に腰を下ろし、遠巻きに宴を見物していると、ガロとその友人達がやって来て囲まれてしまってひたすら話しかけられて、とても暑苦しい状況になっている。
全員筋肉まみれでごついし、声もでかくて、そんなのが何人も集まって来ると、そこだけ気温が高くなっている気がして非常に暑苦しい。
「おい、あんまり詰め寄るとアベルがドン引きしてるぞ。とりあえず、飲みながらゆっくり話そうぜ」
むさ苦しい奴らに囲まれてその勢いに押されていたら、ガロが酒の入った器を差し出した。
「うん、ありがと」
俺がその器を受け取ると、ガロが俺の横に腰を下ろした。
グランの家で飲んだトウキビの酒とはまた違う穀物の酒で、少し独特の甘い香りがする。
口を付けてみると、思ったより酒精が強い。
俺に話しかけて来たうるさい男達は、すでに酒を飲んで酔っているようだ。
「冒険者っていうのは、アベルやグランみたいなのがいっぱいいるのか?」
「んー? そうだねぇ、俺やグランより強い奴はたくさんいるよ。俺は普通の人よりちょっとたくさん魔法が使えるくらいかなぁ。グランはー……冒険者の中でもかなり変わってるかな? 王都のギルドにいた頃もすごく浮いてたし」
グランはぱっと見、少しレアなスキルを持っている普通っぽい冒険者だが、その性能も使い方もおかしい。そしてその発想が出てくる本人が一番おかしい。
何がおかしいって、自分がおかしい事に気付いていないというか、自分が常識人だと思っているのがおかしい。
「相変わらずだなぁ、グランは子供の頃から変わり者だったからなぁ」
いやいやいやいや、この村自体、かなり変わっていると思うから、グランだけを変わり者扱いするのは違うと思うな!
俺から見たら君らも十分変わり者だよ!!
俺の知っている弓は、矢が当たっても敵は吹っ飛ばないし、人が住んでいる村の周りにAランク級の魔物が闊歩しているなんて常識では考えられないし、村の中にSランクを超えていそうな守り神がいたり、村からそう遠くない山の中にもSランクの魔物がいるとか普通はないからね?
むしろSランクの魔物なんて災害級扱いで人の住む場所の近くにはいないものだからね!?
そんな山の中で普通に狩りをしていたり、魔物と交流があったり、冷静に考えて普通ではありえないからね!?
……帰ったらこの地方の事をちゃんと調べてみよ。
「でも冒険者として上手くやってるみたいで安心したよ、出て行ったきり連絡をよこさねーし」
村の場所の事を考えると連絡するのも大変そうだと思うけれど、グランが王都から突然消えた時の事を考えると、半分以上はグランのものぐさが原因の気がする。
「うん。行く先々でトラブルを起こしてるけど、ランクもAになったし? あ、Aランクって冒険者の上から二番目だけど、その上のSはほとんどいないから実質一番上みたいなものかな」
「そうか、やっぱそういうとこグランだよなぁ。昔から器用な奴だし、それでちょっと周りから距離を置いたりする事もあったけど、久しぶりに見たらいい顔をしているし、アイツは冒険者ってやつになってよかったみたいだなぁ」
「楽しそうに冒険者をしてるよ、でもそのくせ田舎でのんびり暮らしたいって、誰にも言わずに王都からいきなり消えてさ。ホント自由人!! 心配する方の身にもなって欲しいよね」
今思い出してもアレは酷い。
ドリーは自分が何かやったのじゃないかとしばらく気に病んでいたし、カリュオンとシルエットも王都でグランが最後にパーティーを組んだ時のメンバーだったから気にしていたし、誰も行き先を知らないから変な事件に巻き込まれたのじゃないかって、みんな心配したのだからね。
俺が作った居場所が特定できるマジックバッグがなかったら、もっと大騒ぎしていたかもしれない。
事件でもなんでもなかったし、グランも王都にいた頃より楽しそうだから、結果的にはよかったけれど、やっぱ一言くらい言ってくれないと寂しいじゃないか。
「はは、いかにもグランらしいな。村を出た時もそうだったよな」
「ガロは直前に言われたんだっけ? 俺達なんか冒険者ってやつになりたいって話は何度か聞かされてたけど、村を出て行ったのは後になって聞いて知ったし?」
「グランとこの家族も村を出る直前に言われて、一人で全部準備してさっさと出て行って、呆気に取られたってあそこの兄貴が言っていたよな」
「そうそう、すぐ下の弟と妹はいきなりグランいなくなって、ずっと泣いてるし、ゼアさんは無口でわかりにくいけど、あの年で村を出るって言ったら内心は反対してただろうな。かーちゃんとかしばらく顔色が悪かったのを覚えてるな」
ガロに続いて他の男達も当時の事を口々に話し始めた。
グランの話だとすごくあっさり送り出されたって言っていたけれど、それはグランの勝手な思い込みだったみたいだ。
グランの家族はグランが思っているより、ずっとグランの事を気にかけているのは、俺から見てもよくわかる。
やっぱ、家族ってそんなものなのかな。
ふと、王都にいる兄弟達を思い出した。
俺も兄弟達には内緒で家出しちゃったからね。その辺はグランの事をとやかく言える立場ではない。
あー、ダメダメ、ダンジョン禁止にして山のように仕事を持って来た、兄上だけはしばらく許さないんだからね!!
しばらく兄上には近寄らないんだから!!
でも、次に帰る時は何かお土産を持って行こうかな。
「でもまぁグランは相変わらず元気そうだったし、こんな遠い場所まで付き合ってくれる友達もできたみたいだしな。ホント、よく来てくれた、ありがとう」
ガロが右手を差し出したので、それを握り返した。
「うん、またグランと遊びに来るよ」
俺には転移魔法があるからね。
「こんな遠い場所だけど、また来てくれよ。なんだ、その……グランだけじゃなくて、アベルとももう友達でいいよな?」
「友達……」
友達。
友達ってなんだろう。
この村に来てからの短い間で、ガロとはすっかり気安く話せるようになった。
出会って数日だし、ガロの事は全然知らないけれど、嫌な感じはしないし、友達と言えば友達なのかな?
グランとはまた違う感じの友達。
「都会では友達の友達はみんな友達って言うんだろ?」
そんな事を言いながら、別の奴がポンと俺とガロの手の上に手を置いた。
そんなの初めて聞いたよ!!
「そうそう、グランが冒険者になったら友達百人できるかなーとか言ってたし」
百人どころかグランは友達が少ないよ!!
って、なんで君も手を置いているの!?
「崖崩れの時も世話になったし、山の主と取り引きしちまう奴だから、もう名誉村人でいいよな!」
名誉村人。
この非常識村の村人になるって名誉な事なの!?
って、手が増えた!! 重たい!! そしてじっとりしていて生温い!!
「よーし! じゃあ、友達同士腹を割って飲みながら話すか!! グラン被害者の会ってか!?」
あ、それならわかる。
ガロが手を上に上げたおかげで、暑苦しい手の塊から開放された。
「うん、グランの昔話を聞きたい」
「お、奴のやらかし話ならたくさんあるよな?」
「俺は冒険者の話が聞きたい」
「じゃあ、俺達とアベルの話を交互にしようぜ」
え? それは俺が話す回数が多くならない?
「お? じゃあ一つ話をする事に、一杯ずつ飲もうぜ! 樽を持って来るからちょっと待ってろ!」
待って? 樽? どれだけ飲む気なの? このお酒結構強いよね?
あー、ガロが行っちゃった。
この後ガロがでっかい樽を持ってきて、本当に話一つにつき一杯ずつ飲みながら話す事になった。
ただ取り留めもなくダラダラと話している無駄な時間も悪くないと思ったのは、グランの話題が主だったからだろうか。
彼らが友達と言えるかはわからない。
だけど、ドリー達やグランとは違った気安さで話せる話し相手ができたかもしれない。
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