第336話◆閑話:都会育ち魔導士の魔境探索・弐
ガロの家を訪れると、いくつも鍋が置かれておりそれを村人達が囲んで、熊肉を煮込んだ料理を食べていた。
この村では、大きな熊を狩った時は、山の神に感謝し村人みんなで食べて、今後の狩りの安全を祈るらしい。
「お、アベルじゃねーか。まぁ熊肉でも食ってけ」
鍋の近くにいたガロに問答無用で、熊肉の入った器を渡されてしまった。
「う、うん。せっかくだから頂くよ。あれ? アーマーベアの肉じゃないんだ」
鑑定すると一昨日戦ったアーマーベアではなく、別の熊の魔物のようだ。
「ああ、アイツは山の主に処されたからな、山の加護を失っている。山の加護を失った獣の素材や肉は使わずに、切り刻んで山に返して、そのまま朽ち果てるか、山の魔物の糧になる。これは、その前の日に俺達が山で仕留めてきたやつだよ」
「へー、そうなんだ」
山に魔物の肉なんてばら撒いたら、魔物が寄って来そうだが、魔物と共存しているこの村なら、それも共存する為の手段から生まれた風習なのかもしれないな。
自然しかない不便な場所で暮らす人々、そこに根付いている風習はこの自然の中で生きる為に効率化された手段のはずだ。
俺の知っている地域では見られない風習を目にするのは、好奇心を刺激される。
ワンダーラプターは入り口付近に待機させてきたが、どうやらワンダーラプターも熊肉を貰えたようで、機嫌良さそうに肉の塊を飲み込んでいるのが見えた。
ワンダーラプターは気難しいはずなのに、熊肉一つで懐柔されている。現金な子だね、食べ物で簡単に懐柔されるなんて、誰に似たのだか。
「アベルだっけ? グランの友達の? ほら、たくさんあるからもっと食えよ!」
「や、俺はもうお腹いっぱいだから、遠慮をしておくよ」
最初に貰った分を食べ終わったところで、別の男が寄って来ておかわりを勧められたが、丁重にお断りをした。
熊肉はちょっと苦手なんだよね。すごく、獣の味だし硬いし。
俺におかわりを勧めてきたのは、グランの幼馴染みの男だな。グランが魔法を使えない事を弄っていた奴。
俺に呪いが使えるなら、禿げる呪いをかけておきたい。
でも、崖崩れの時のやりとりを思い返すと、仲が悪いわけでもなさそうだし、よくわからないな。
俺が子供の頃、そういう嫌みを言ってくる同年代の子供は、嫌な奴ばかりだったし大人になっても嫌な奴だった。
グランが魔法を使えない事を弄っていたので、ただの嫌な奴だと思っていたけれど、なんか思っていたのと少し違う。
グランと一緒の時に少し顔を合わせただけなのに、こうして俺に馴れ馴れしく話しかけてくる。
少し鬱陶しくはあるが、王都の嫌な貴族達みたいな陰湿な悪意は感じないので、そこまで気分は悪くない。
グランの故郷は本当に不思議な村だ。
「えー、グランの友達だろぉ? アイツと付き合うのはめちゃくちゃ体力がいるだろ? 油断するとすぐどっかにフラフラ行って、何かしらやらかして来て、俺らまで一緒に怒られるんだよなぁ。ほら、熊肉は体力が付くぞ!」
「確かにグランは気付いたら何かやらかした後なんだよねぇ。ホント後始末する方の身にもなって欲しいよね……あ、もう要らないって!!」
気付いたら器の中に熊肉が入っていた。野菜よりはいいけれど、熊肉はもうお腹いっぱいだよ!!
「そういえばグランはまだ風邪で寝込んでるのか?」
「うん、昨日、ちょっと調子が良くなったからって、付与とか始めちゃってさ、今日は更に酷くなって家で大人しくしてるよ」
「グランらしいな! ガロに言えば肉を分けてくれるはずだから、グランにも熊肉を持って帰ってやってくれよ。熊肉を食べたら風邪もすぐ治るぞ」
えぇ……風邪引いている時にこの獣味の硬い肉はキツいと思うけれど……グランなら食べちゃいそうだな。
「うん、じゃあグランの分も貰って帰ろうかな」
ここにいるとまた熊肉を器に入れられそうだから、グランにあげる肉だけ貰って撤退しよう。
「ん? 山に行きたい?」
これ以上、器に熊肉を追加される前に撤退しようと、熊肉を煮ている鍋の近くにいるガロを捕まえてグランの分の肉を貰うついでに、山の案内をダメ元で頼んでみた。
「でも、熊肉を食べるのに忙しそうだね」
ガロの家の庭で振る舞われている熊肉は、ガロがとどめを刺した熊のようで、ガロはこの場の主役と言っていいだろう。
山の散策に行ってみたいけれど、主役を連れ出すのはまずそうだなぁ。
かと言って他に知り合いもいないし。一人で行くにはまずそうな場所だしなぁ。
わかる、グランもガロも普通の村って言っているけれど、絶対に普通じゃない。
この村の普通は、世間一般の普通ではない。グランの常識と同じである。
「いいぜ、そろそろ熊肉も飽きてきたし、腹ごなしに山に行こうぜ!」
断られると思って聞いたのにあっさり了承されて、ありがたいけれど主役がそれでいいのかってなる。
「いいの? ガロが主役じゃないの?」
「主役もくそも、デカい熊を仕留めるたびにやってるから、朝から集まって酒飲んで騒ぎたいだけの連中がほとんどだよ。グランが寝込んでて暇なんだろ? もう肉も配り終えたし、いいぜ、山の中を案内してやるよ」
やった!
グランにも山の中を案内してもらったが、グランに連れて行かれた場所は、普通の人は近寄らない様な場所の気がするんだよね。
普通に考えて、主クラスの魔物が棲んでいる場所で、その魔物と一緒に遊ぶとか絶対おかしい。
もうちょっとこう、普通の場所も見てみたいなー。
なんて思った俺は、この村の事を全くわかっていなかった。
「えぇと、これは……」
「ギョエ……」
ガロに山の中を案内されて、その先で山の木が途切れ広い場所に出たかと思うと、巨大な木が視界に入り、おもわず言葉を失った。
俺を乗せている二号も、この巨木に何か感じるものがあるのか、不思議そうな表情で首を傾げている。
「御神木だな!」
何となくそんな気はしたよ! だってこの木、俺の究理眼でも正体が見えないもん!!
見た目はただのでっかい木だけれど、なんか妙に綺麗な魔力が木の周囲に満ちているし、木じゃなくて神格を持っている植物系魔物だよね!?!?
王都のダンジョンにいるエルダーエンシェントトレントより大きなその木の周りは、透き通った水を湛える泉に囲まれており、その周囲には控えめで小さな花だが、綺麗な花がたくさん咲いている。
俺は薬草はあまり詳しくないが、おそらく珍しい薬草な気がする。
木の枝の上には小鳥が何匹も止まり、そのさえずりが聞こえてくる。
小鳥以外にもリスが枝の上をチョロチョロとしながら、こちらを見下ろしているのも見える。
いたっ!! リスが木の実を落としてきた!!
くそぉ、仕返しをしてやりたいけれど、この木の正体はわからないし、迂闊な事はしない方がよさそうだ。
ここの山は常識が通じない場所だと思った方がいい。
それにこの実も鑑定できないぞ。なんか珍しい木の実の気がするから持って帰っておこう。
グランにあげたら喜びそうだなぁ、いや、こんな正体不明の木の実なんてグランに渡すと何を作り出すかわからないから、隠しておいた方がいい気がする。
「それにしても綺麗な所だね」
泉から生える巨木、木々の隙間から吹き込む風で揺れる木の葉と泉の水面、泉の周囲に咲く花、そして聞こえてくる小鳥のさえずり。
気付けば、ウサギや小型の鹿の様な生き物が泉の周りに姿を見せ、寛ぎ始めた。
聖域という言葉がふさわしい様な美しく、穏やかな場所である。
「ああ、ここの水は万病に効くって昔から言い伝えがあって、家に病人が出たらここの水を分けてもらいにくるんだ。昨日の朝、グランの兄貴が水筒を持って山から戻って来るのを見たから、ここの水を汲んだ帰りだったのかな」
「へー、うわ、水なのに鑑定できない」
「やめとけやめとけ、世の中には知らない方がいい事だってあるぞ。この木は不思議な木で、運が良ければ木の根元に洞みたいな穴が空いてて、そこから不思議な洞窟に入れて薬草がたくさんあるんだ。今日は入り口が見えないなー、子供の頃さ、グランと一緒にここに来るとだいたい洞窟の入り口があって、よく探検してたんだよなー。オミツキ様もそうだけど、この木もグランがお気に入りなんだよなぁ」
や、不思議な洞窟って何!? それダンジョンじゃない!?
ねぇ、すごく呑気な事を言っているけど、村の近くにダンジョンの入り口があるって事だよね!?
それに、なんで子供がダンジョンの探検してるの!?!?
グランがおかしいのは今更だけど、それをグランだからで納得しているガロもおかしいよ!!
どうせこの木もグランが何かやって餌付けして……いたっ!!
また上からリスに木の実を落とされた!! リスのくせに生意気な!!
え? リスを鑑定しようと思ったらまた鑑定が弾かれたんだけど!?
ホント、グランの故郷って何なの!?
そりゃ、俺の究理眼で鑑定できない物があるのは当然だけどさ、こんなに連続で弾かれたのは初めてだよ!!
なんか、ヘコむ。
「あんまリスと遊んでないで必要な分だけ水を汲んだら次に行くぞ」
別に遊んでいるわけではないのに!!
って、ガロはあのリスがおかしいって気付いていないの!?
「え? ゆっくりして行かないの?」
リスの事も気になるけれどガロに急かされたので、急いで水筒を取り出して泉の水を汲んでワンダーラプターの所に戻ると、ガロはすでに猪に跨がってすぐに出発できる状態で待っていた。
正体不明のリスには腹が立つけれど、せっかく綺麗な所に来たのだから、もっとゆっくりして行けばいいのに。
「まだ他にも行く所があるからな、のんびりしてたら日が暮れちまう」
えぇ、そんなに行く所があるの?
俺はちょっと山の中を散歩するだけのつもりだったのに。
御神木があった泉からガロの後ろを付いて移動をしていると、グランと村に来た時にも見かけた赤いベストを着たサルが、木の上からヒョコッと姿を見せた。
「お、いいとこにいた。グランが風邪を拗らせてるみたいだからよ、ちょっとバーデの実を探して採って来てくれないか? まだ実には早い時期かなぁ、ま、見つかったらでいいや」
「ウキッ!」
木の上のサルに向かいガロが声をかけて、ポーチからイモを取り出してサルに向かって投げた。
サルはそれを受け取ってベストのポケットにしまうと、山の木々の中へと消えて行った。
魔物に普通に話かけるのはこの村では当たり前の事なのだろうか。
俺の知っている限りだと、魔物にひたすら話しかけるのは、魔物使い以外ではグランくらいしか知らない。
グランだから魔物に話しかけているかと思ったが、この村で育ったからそういう習慣が身についちゃってるのかな?
いや、それがなくてもやっぱりグランは魔物や動物に話しかけていそうな気がする。
「バーデの実って解熱効果のある木の実だっけ?」
「ああ、この辺りだともう少し先の時期が旬だが、サル達なら早熟の実の在り処を知っているかもしれないからな。よし、次に行くぞ」
「え? うん」
ガロがグランの為に風邪に効きそうなものがある場所を回るつもりなのは何となく察した。
魔法では風邪は治せないし、風邪薬が作れるほど俺には薬草と調合の知識も技術もない。
なんだかちょっと悔しい気がしたけれど、何年も会っていなかったはずなのに、風邪を引けば風邪薬の材料を集めてくれる友人がいるグランがちょっと羨ましかった。
でも悔しいから、ガロ任せにしないで俺がこの手で集めてあげるよ!!
……と、意気込んだのも束の間。
「うぎゃ!?」
長い足がものすごくたくさんある大きな虫の魔物が、山の木の陰からふわぁっと風に乗って舞うように飛び出して来た。
そいつの足には中型のムカデがガッチリと捕らえられている。きもおおおおおおおお!!!
コイツ、村に来る途中に見た記憶がある。
人間は襲わないって、グランが言っていた虫。
「お、ゲジゲジ様じゃん! ん? ムカデを持って来てくれたのか? や、グランは風邪だからムカデは使わないかな? うん、ゲジゲジ様も心配してたって伝えとくよ」
そうだゲジゲジ様だ。
え? ちょっと待って? なんで虫と普通に会話しているの!? 虫って基本的に獣より知能が低くて意思疎通は無理なものだと思うけど!?
うわぁ……ゲジゲジ様って名前付きだよコイツ。絶対、子供の頃のグランの仕業でしょ!?
もしかして虫なのにグランが子供の頃から生きている個体? 虫なのに!? 意味がわからないよ!!
ガロにムカデの受け取りを拒否されたゲジゲジ様は、俯いてなんだか少し悲しそうに見える。
虫なのに感情まであるの!?!?
「えっと、グランの子供の頃の友達? 覚えていてくれただけでもグランは喜ぶんじゃないかな? 俺からもちゃんと伝えとくからね? うん、ありがと」
あーーーーーーーーっ!! その場の雰囲気で普通に話しかけちゃったよ!!!
って、ゲジゲジ様が顔を上げて、鋭い牙をガチガチさせている。なんだろう、嬉しいのかな?
「うわっ!!」
ムカデを投げられた。
びっくりして、空間魔法で収納しちゃったよ。
「おう、ムカデは乾燥させれば解毒剤になるからな! グランならきっと喜ぶさ」
え? これグランにあげればいいの?
うん、絶対にグランに渡しておくね。
「そうだね! グランならすごく喜ぶよ!! 絶対渡すね!!」
俺の収納空間にムカデは入れておきたくない。
そう言うと、ゲジゲジ様はまた牙をガチガチ鳴らした後、ピョーンと飛んで山の木々の中に消えて行った。
「なんなの、アレ」
もう、そうとしか言葉がない。
「アレはグランが子供の頃に、山で迷った時にムカデから助けてもらって、そのついでに村まで送ってもらったらしく、何故かそのまま村の周りに住み着いてる。おかげで大ムカデに襲われる事がほとんどないから、ゲジゲジ様々だな!! 村の奴らもゲジゲジ様に感謝してるんだ」
なんかもう色々ツッコミが追いつかないけれど、そうやって感謝しているから、どんどん強くなっているんじゃないかな!?
そのうち神格持ちになって、その名の通りゲジゲジ様になってしまいそう。いや、なるな。
うん、なんかグランの村の周りに、主や守護者クラスの魔物がやたらいる理由がわかった気がするよ!!
グランもおかしいけれど、この村も十分おかしいよ!!!
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