第335話◆閑話:都会育ち魔導士の魔境探索・壱
軽い気持ちでグランの里帰りに付いて来た。
付いて来たはいいけれど、道中で散々トラブルに巻き込まれるし、グランの故郷に着いたら着いたで、大雨からの崖崩れ、ついでに本気でやばそうな熊はいるし、風邪引いて熱まで出て辛い思いをする事になった。
グラン、何か変な呪いでもかかっているんじゃないの!?
で、そのグランは更に風邪を悪化させて、寝込んでいる。
薬が効いて熱が下がったからって、ゴソゴソと付与なんかしているからだよ。
おでこに乗せる冷たい布はすごく気持ちよかったけれど、風邪を引いている時に付与なんて、風邪が悪化して当然だよ。
俺が起きた時には、なんかグランの枕に冷却効果の付いたカバーがかけてあるし? それも作ったの!?
そりゃ、熱冷ましの薬が切れたら、当たり前のように熱が上がるよ。
崖崩れの処理に行った日の夜から出た熱は、翌日の夜には下がって、それから一晩明けてすっかり元通りの体調に戻っていた。俺だけね。
グランは昨日ゴソゴソと付与をしていたせいか、更に悪化して今日は完全にベッドから起き上がる事すらできなくなっている。
朝食のスープを食べた後は、薬を飲んでそのままベッドでヒィヒィ言っている。
声もすっかりかすれて、何か喋ってもハスハスと空気を吐くだけで、何を言っているか聞き取れない。
まぁ、口の動きでなんとなくわかるけど。
「え? 家が心配? 自分の体の方を心配しなよ。いい? 今日はちゃんと寝ておくこと! ワンダーラプター達の世話は俺がやっておくから。そうそう、家の事なら多分三姉妹だと思うけど、グランの装備に遠見系の付与がされてるから、きっともう風邪で寝込んでるのは知ってると思うよ」
俺が言うと、グランが心底驚いた顔で口をパクパクさせた。
この様子だと全く気付いていなかったようだね。
グランも気付かないくらい綺麗に隠蔽されていたけれど、俺の究理眼は誤魔化せないよ。
グランのショルダーガードにこっそりと付与された遠見の効果。おそらくそれで、三姉妹とラトがこちらの様子を時々覗き見しているはずだ。
シランドルに行った時には、すでに付与されていたんだよね。
まぁ、グランがうっかり行方不明になった時の手がかりになりそうだし、そのままにしておいた方がグランの為にもなるよね。
最近、連続で究理眼を弾かれていたが、それは俺の究理眼の性能が落ちたわけではなく、たまたまおかしな強さの奴に連続して遭遇しただけなんだよ!!
ベテルギウスだっけ? あのギルド長は普通にやばかったけれど、フォールカルテの図書館で会った謎のゴーストの正体を見抜けなかったのは不覚だ。
アレ、ホントなんだったんだろう。悪い存在ではないのはわかるけれど、これだからゴーストは苦手なんだよ。
それから、グランの故郷のオミツキ様とかリリスさんとか……あのヤバイ熊とか。
熊はホントにヤバイと思ったから鑑定しなかったけれど、やっぱりグランの故郷って魔境じゃないか!!
グランもおかしいけれど、これを普通だと思っているこの村の住人も、十分おかしいよ!!
グランの非常識の源を見た気がする。
「じゃあ俺は、ワンダーラプター達を散歩に連れて行ってくるから、グランは大人しく寝てるんだよ」
まぁ、この様子だと何かするにも無理そうだけどね。今日一日大人しくしておくといいよ。
グランがハスハスと何か言っているけれどよくわからないや。
グランが寝込んでいるのはつまらないけれど、ワンダーラプター達を散歩させるついでに、村を回って村の話やグランの昔の話でも聞いてみようかな。
グランがいたら邪魔されそうな話も聞けるかもしれないし、そうしよそうしよ。
「お? アベルはもう出歩いても大丈夫なのか? 病み上がりだから無理をすると、ぶり返してグランみたいになっちまうぞ」
庭に出て獣舎に向かっていると、グランの一番上の兄というロッゲンが獣舎の方から戻って来た。
ロッゲンはグランを筋肉質にした感じ。
グランの家族は、似たような赤毛を差し引いても、みんなどっかしらグランに似ている。
お父さんは年を取ったグランって感じ、ヒョロっとしたお兄さんは痩せたグラン、弟はグランと出会ってしばらくした頃のグランにそっくりだ。妹はグランを女の子にした感じ? 小さい弟は、グランの子供の頃はあんなのだったのかな?
グランの甥や姪にあたるロッゲンの子供達も、なんとなくグランと似たような雰囲気がある。
血の繋がりって意外とわかりやすいものなんだね。
「うん、無理はしないでおくよ。でもワンダーラプターの世話もしないといけないからね。昨日は俺もグランも動けなくて世話ができなかったし、でも餌はやってくれたんだよね? ありがとう」
「おう、今日も餌をやって体も洗って、俺と親父で散歩もさせておいたぞ。足も速くて賢くていい騎獣だな」
え? ワンダーラプターは相手を格下だと見なしたら、言う事をちゃんと聞かないはずなのに。
「グランの家族相手に暴れたりはしないと思うけど、悪戯とかしなかった?」
「ん? 言葉も良く理解するみたいで、ちゃんと言う事を聞いて大人しく散歩されてくれたぞ」
あんのトカゲども、俺には藁や水をかけるくせに!!
それにしても、ワンダーラプターがグランのお父さんとお兄さんの言う事はちゃんと聞いたのか。
まぁ、グランの家族だし、こんな魔境で普通に暮らしている人達だし、別におかしい事ではないよね?
うん、ここの村人は狩人系のスキルを持っている人が多いみたいだし、魔物の扱いには慣れていそうだ。
「そっか、ありがと。お世話になってるし、何か手伝う事があったらやるよ?」
冒険者になったばかりの頃、初心者向けのギルドの依頼で農作業や家事をやった事があるから、俺にも何か手伝える事があれば少し手伝いをして行こうかな。
泊めてもらっているうえに、風邪を引いて更にお世話になったし、恩は返しておかないとね。
「いや、気にしないでくれ。グランが日頃世話になっているみたいだからな。それに病み上がりだゆっくりしておくといい」
「じゃあ、ちょっと散歩でもして来ようかな?」
手伝いながらグランの昔話でも聞こうかなって思ったけれど断られちゃったな。やる事もないし、せっかくだから村や山をふらふらしてみようかな。
山は奥まで行かなかったら大丈夫かな?
「む? 散歩か……山に入るなら村の者と一緒に行く事をすすめるぞ。慣れない者が一人で歩くには危険な山だからな。今日はガロの家で熊鍋をしているはずだから、そこに行ってみるといい。山に入るなら、ガロが案内してくれるはずだ」
ん? やっぱり一人で入るのは危ないのかな?
ううーん、慣れない場所だし、グランと歩いただけでもやばそうだったから、ガロが案内してくれるなら頼んでみようかな。
うん、グランの故郷はホント魔境だし、俺の知らない決まり事とかありそうだし、一人で山に入るのはやめておこう。
「わかった、じゃあガロのところに行ってみるよ。あっちにある家だよね」
「ああ、豆がたくさん植えてある家だ」
そういえば豆のガロとかグランが言っていたね。
「うん、じゃあ行ってくるね」
「おう、気を付けて行ってこい」
家族やグラン達以外から見送られるって、なんだか不思議な気分だな。
なんだろう、家族とは少し違うけれどすごく親しみやすい空気と、ゆっくりと流れているような心地の良い時間。
グランが突然、王都から田舎に引っ越した理由を垣間見た気がした。
ガロの家はグランの実家から見えるが、その間には畑がいくつもあり歩くには少し面倒な距離なので、ワンダーラプターに乗って向かった。
「俺は病み上がりなのだから、今日は川とか飛び込んじゃダメだよ? 良い子にしてたらガロに頼んで熊の肉を分けてもらうからね」
「ギョヘ? ギョッギョッギョッ」
この村に来てから悪戯ばかりをしているワンダーラプターに釘を刺しておく。
俺の言葉を理解して熊肉に釣られたのか、うんうんと頷いて前を向いて真面目に走り始めた。
シランドルでの移動の為購入したワンダーラプター達が、グランが弄り倒したせいか、本来ならDからCランクの魔物だとは思えない賢さと強さになってしまっている。
人間の言葉をよく理解するのは、俺達の会話を聞いているのに加え、グランが日頃からずっと話しかけているからだろう。
しかも鑑定すると変な名前が付いているし?
"二号"って何!? グランのは一号でドリーのが三号だったけれど、もう少しましな名前を付けてあげられなかったの!?
さすがにこれは可哀想な気がする。
「ギョ?」
俺の考えている事を察したのか、二号がこちらを振り返り不思議そうに首を傾げた。
「君の名前は二号で不満はないのかい? もっと格好いい名前に変えるかい?」
「ギョエェ?」
「二号でいいんだ」
俺の質問に首を振って二号が再び前を向いた。
毛玉ちゃんもすっかり毛玉ちゃんになっているし、グランの名前のセンスはどうかと思うよ。
いや、グラン自身は命名したつもりはないのかもしれないけれど、そう呼んでしまっているから、ワンダーラプター達も毛玉ちゃんも自分の名前って認識しているよね。
言葉には力がある。そう、名前にも同じように。
知能の低い生き物は、自分を個として認識していない者がほとんどだ。
自分を個として認識していない者に名を与えると、自分という存在を意識し個性がより強くなり、自分という存在を強く認識していない者より力を持つ傾向がある。
グランもその事をわかっているので、無闇に魔物に名前を付けないようにしているのだろうが、いつもそう呼んでいるし彼らもそれを認識し、気に入ってしまっているのだから、彼らはすでに名を貰っている事になる。
俺よりグランに懐いているのはグランが名を与えてしまったからだろう。
ワンダーラプター達の急速な成長は、グランの名付けの影響が大きいのだと思う。
「そうだね、二はいつまでも一の後ろだけど、後ろっていうのは有利なポジションでもあるんだよ。魔法が得意な君は二という名前とも相性がいいのかもね。そう、一の後ろから冷静に戦況を見極めればいいんだ」
「ギョ?」
「それにね一と一を足してできる二には可能性がたくさんあるんだ。君にもたくさんの可能性があるかもしれないね」
「ギョギョ? ギョッギョッギョッ!!」
ワンダーラプターに話しかけているうちに、豆の棚がたくさん並んでいる畑と、その傍にある立派な民家が近付いて来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます