第333話◆甘すぎるコンポート

「ぶえ……っくっしょんんんんんっ!!」

「うぇぇ、グラン汚い! こっち向いてくしゃみしないで……ふぇくしゅんっ!!」

「気取って上品なくしゃみしてんじゃねーぞ、ぶえっくしょんっ!!」

「だから、こっち向いてくしゃみしないで! 風邪がうつるでしょ!? くしゅんっ!」

「うつるもクソも、もう風邪引いてんじゃねーか、ぶしゅっ!!」

「はいはい、グラ兄もアベルさんも、ほどほどにしてご飯を食べて、薬を飲んでね。それから、ちょっと良くなったからって油断してると、夜になってまた熱がぶり返しちゃうからね、今日一日は大人しくしておくこと!」

 くっそ、妹の表情がデキの悪い弟の世話をする時のそれだ。

 ちくしょう、どうしてこうなった。




 崖崩れの処理を手伝ったその後、雨の中での作業でびしょ濡れの泥まみれ、体もすっかりと冷えて帰宅。

 そして自分達も寒いが、ワンダーラプター達もすっかり冷えているし、足場の悪い場所を走ったり登ったりしてくれたので疲れているはずだ。

 自分達よりワンダーラプターの世話を優先して、彼らを温かい湯で洗ってやった後、漸く自分達の番だ。

 もちろん、風呂もシャワーもないわけで、本来ならぬるま湯で体を洗うのだが、疲れているし寒いしで、アベルに汚れは浄化魔法で綺麗にしてもらい、濡れた髪や装備も魔法で乾かしてもらった。

 それでも体の芯まで冷えてしまったものはどうにもならなく、背中がゾクゾクとした感じがした。

 その時点で少し嫌な予感がしていたんだよなぁ。


 夕方くらいに少し気怠いし目がショボショボすると思っていたら、夕食の後くらいから眠気と一緒に頭痛が……ついでに、鼻が詰まっているような気がする。

 明日には帰る予定だし、早めに休んでおこうと子供部屋に行こうとしたら、お袋に今日はアベルと一緒に、お袋と親父の部屋を使うように言われた。

 さすが子育てベテランの肝っ玉かーちゃん。

 俺達に風邪の前兆があるのを見抜いていたようだ。

 そしてその夜、二人揃って熱を出してしまった。


 熱を出すような風邪なんて何年ぶりだろうか。

 冒険者になってからは、体調管理には気を付けていたしなぁ。

 実家に帰って油断しちまったか?

 雨の中、土砂の撤去作業をしたが、その前日はトカゲ君の滝壺で冷たくて気持ちのいい水を満喫したな。

 そういや、フォールカルテでも大雨に遭遇して濡れたし……その前にもルチャルトラでルチャドーラの放水攻撃をモロに食らった。

 アベルは二号と一緒に水路にも突っ込んでいたなぁ。

 今回の旅はやたら水に濡れているな!?

 これだけ水を被っていれば、そろそろ風邪を引いてもおかしくなかった。

 うむ、水遊びにはまだ少し早い季節だったようだ。

 いや、水遊びもしたけれど、全てが水遊びだったわけではっ!!


 アベルと揃って風邪を引いてしまい、一晩明けても熱は下がるどころか、鼻水はズビズビするし、くしゃみは止まんねーし、悪化をしてしまっていた。

 今日は家に帰る予定だったが、家に帰ったところでこの調子だとまともに家事はできないし、実家にいる方がお袋や妹が看病してくれるので、風邪が落ち着くまで実家に滞在する事にした。

 三姉妹やラト達なら看病をしてくれそうだが、なんとなく嫌な予感がするし、アベルも風邪を引いてしまっているので、無理に転移魔法を使うと悪化してしまう。

 体調の悪い時は魔力への抵抗力も下がるので、魔力の影響を受けやすく、ちょっとした魔力に触れる事で、魔力酔いを引き起こし辛さが増してしまうのだ。

 もちろん触れるだけより魔力そのものを操作した方が受ける影響は大きい為、体調が悪い時にはあまり大きな魔力操作をしない方がいいのだ。

 アベルは日頃ホイホイと使っているが、転移魔法は魔力消費が非常に大きい魔法なので、風邪を引いている時に使うと、魔力お化けで魔力への抵抗の高いアベルでもぶっ倒れてしまいそうだ。


 怪我や毒は回復系の魔法で治せるが、病の類は回復魔法では治せない。

 ポーションも効かないどころか、ポーションを使い過ぎると魔力に当てられて逆に悪化してしまう事すらある。

 その為、魔力をあまり含まない薬草から作られる薬を飲みながら、回復を待つしかない。

 それでもどうしても体力が持たない時は、魔力を抑えた体力回復用のポーションを少しずつ飲む程度だ。



 そんなわけで、崖崩れの復旧を手伝った翌日、俺とアベルはすっかりベッドの妖精と化していた。

 子供部屋は床に雑魚寝だが、お袋と親父の部屋には木製のベッドが二つ並べておいてある。

 村の近くで採れる植物の繊維で作られたマットレスの上に、麻のシーツがかけられており寝心地はそこまで悪くない。


 夜中に熱が上がり、お袋が持って来たくっそにっがい薬湯を飲んで寝て、朝になっても下がる事もなく体の節々が痛い。

 昼前にはそれにも慣れ、少々退屈で隣のベッドで寝ているアベルとくだらない言い合いをしていたら、妹が昼飯のスープと薬湯を持ってやって来てこれである。

 やめろ、小さな子供を見るような目で見るな。俺はお兄ちゃんなんだぞ!!


 いつの間にか部屋に持ってこられていたローテーブルが置かれており、妹のチコリがそこにスープの入った器と薬湯の入ったカップを並べている。

 スープと言っても、トウキビを挽いた粉や村で育てられている穀物や豆を、ヤギの乳で煮込んだ粥のようなものである。

 ショウガがたっぷりと入っており、ドロドロになるまで煮込まれた具材と合わせて、風邪でイガイガしている喉に丁度いい。

 子供の頃、風邪を引くといつもお袋が作ってくれていたスープの味は、何年も経った今でも変わっていなかった。

 垂れてくる鼻水をズビズビとすする。熱のせいか目もシパシパとしてきた。


「ほら、スープを食べ終わったら、リリスさんがお見舞い持って来てくれたモモのデザートがあるわよ」

「え? リリスさんのお見舞い? 手作りデザート? 食う食う」

 テーブルの上に並べられたスープと薬湯の他に、チコリが持っている盆の上に、食べやすいサイズにカットされたモモの入った器が見えた。

 美人のお手製デザートがもらえるなんて、風邪を引くのも悪くないな。

「もう、デザートなんだから、スープをちゃんと食べ終わってからよ」

 うるせぇ!! 俺は大人だ、そんな子供みたいな扱いするんじゃねぇ!!

「へー、モモのコンポートかー。俺、モモのコンポート好きなんだよね。子供の頃、風邪を引いた時によく出てきてたんだよね」

 チコリが盆に載せて持っている器の中身に気付いたアベルが、熱で少し充血した目をパチパチと瞬かせて、スープを急いで掻き込み始めた。

 そんなに、モモのコンポートが食べたいのか。



 甘い。すごく甘い。

 リリスさんって、もしかしてものすごく甘党だったのか?

 スープを食べ終わって、モモのコンポートに手を付けると、一口食べただけで口の中が甘いの一言で埋め尽くされた。

 村で採れるモモはあまり甘味は強くなかった記憶があるのだが、このコンポートはとても甘い。


 畑とは別に家の庭に果物の木を植えている家も多く、うちの庭もモモやカキやイチジクの木が植えてあるし、教会にも手入れが楽な果物の木が何種類か植えてある。

 このモモもきっと教会の木に生ったモモだと思う。


 それにしても甘い。

 少ししょっぱくて、ショウガの味が強いスープの後なので、尚更甘く感じたのかもしれない。

 俺には少しどころか、かなり甘過ぎるコンポートを、非常にいい表情で食べているのはアベル。

「あー、これサイコー。モモのコンポートは、このくらい甘くないとね。子供の頃食べたコンポートも、このくらい甘かったんだよね」

 甘党のアベルにはこれくらいが丁度いいのか。

 コンポートは日持ちもする為、庶民向けの料理屋のデザートでも見かけるが、ここまで甘いコンポートは滅多にない。


 砂糖が手に入りづらいこの村だが、子供の頃、風邪を引けば甘いデザートが出てくる事があった。

 俺は、前世の記憶が戻ったからそんな事はしなかったが、弟や妹はちょいちょい仮病を使って、甘いデザートを食べようとしていたな。

 すっかり大人になったつもりでいたが、子供の頃からお世話になっているリリスさんにとっては、俺はまだまだ子供扱いなのかもしれない。

 アベルなんか二十を超えているから子供って年でもないのに。

 口に運んだモモの味は、その甘さの分だけ、甘やかされている気分になる味だった。


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