第331話◆魔物の領域と人の領域
なんとか水の流れを川の位置に戻せた頃には、俺の収納には土砂や泥水のストックがたっぷりと溜まり、雨はすっかり小降りになって、空が明るくなり始めていた。
「川の方はなんとかなったな。道に土砂は残っているが猪なら越えられる。グランとアベルが手伝ってくれて作業はスムーズに進んだよ」
まだ残る土砂の上に立って笑顔で言うガロはすっかり泥まみれである。
俺の収納スキルも頑張ったが、アベルが土魔法で作った石壁のおかげで、作業中に追加でパラパラと崩れてくる土砂に巻き込まれずに済んだ。
それにアベルも何だかんだで木やら岩やら回収していたしな。
それでもこの復旧のほとんどは、村の者達の力だ。
「おう、丁度戻って来てたのも、巡り合わせってやつだ。ひとまず安心できそうでよかった」
「もー、体もいっぱい動かして泥だらけだし、魔法も使いまくってお腹空いたよ」
「いてっ!」
雨も止みそうになり、作業も一段落して気が緩みかけていた時、パラリと上から転がり落ちて来た小石が、斜面で跳ねて近くにいた俺の頬に当たった。
その後もパラパラと小石が降って来て、周囲にいた者達が崖崩れの現場から急いで離れ始めた。
せっかく水の流れを確保したのにまた崩れるのか!?
崖から離れながら上を見上げると、崩れた斜面の一番上の辺りに大きな岩がボコリと出っ張っており、今にも落ちて来そうになっているのが見えた。
「岩だ!」
「グラン、ガロ、退避するよ!」
ガロの声にアベルが転移魔法を発動しようと俺とガロを掴んだ。
まだあんな大きな岩が残っていたのか?
いや、落ちて来そうな大きな岩は俺がほぼ取り除いた。あんな、大きな岩が残っていたら気付いていたはずだ。
それに転がって来たのなら、上の木が倒れているはずなのに木々は綺麗に残っている。
崩れた斜面の上に残る木々の奥に注意を向ける。
何かいる!!
そう思った直後、更に追加で大きな岩が次々と崩れた斜面の上に現れた。
「待った! 土魔法の岩だ!! 止めるぞ!!」
転移しようとしていたアベルの手を払い、身体強化を発動して、更なる土砂崩れを防ぐ為に出されていた石壁の所に走った。
このサイズの岩がいくつも落ちて来ると、下で土砂を堰き止める為に出した土魔法の石壁が壊れてしまいそうだ。
そうなれば石壁で止められている土砂が崩れて、また川が堰き止められてしまう。
崩れた土砂と落ちて来た岩に巻き込まれる人も出るかもしれない。
俺が駆け出すとほぼ同時に、現れた岩の全てが崩れた斜面をゴロゴロと転がって落ちてきた。
収納では間に合いそうにはない。
だが方法はある。
「はーーーー! もう、ホント無茶苦茶するんだから!!」
アベルのお小言が聞こえた後に、既にある石壁を補強するように、俺の背よりも高く、厚さもある石壁が何枚も生えてきた。
「さっすがわかってるな!!」
アベルが出した岩壁に手をついて、周囲の土砂を巻き込んで合成スキルを発動した。
むかーーーし、ダンジョンでアベルと一緒になって、くそ強い徘徊型のボスに手を出してしまい、どうにもならず逃げ回った後行き止まりの通路に誘導して閉じ込めた時に使った方法。
アベルの出した石壁を何枚も重ねて、更に周囲のものとくっつけて、くそ固い壁にしてしまう作戦。
よかった、アベルも覚えていた!!
あの時は、合成したものがダンジョンの壁だったので、魔力抵抗が高くめちゃくちゃしんどかったが、周囲の土砂とアベルの出した石壁だけである。
ダンジョンの時より規模は大きいが、あの頃に比べ俺の魔力も増えているし、なんとかなるはずだ。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
合成スキルは分解スキルの真逆のようなスキルだ。
魔力を使って複数の物を混ぜ合わせたり、構成を組み替えたりするスキル。
普段、装飾品の細工をする時に、金属を魔力でグニャグニャと変形させているのも、ポーションを作る時に素材を混ぜ合わせるのもこのスキルだ。
ただし構成している原料がよくわからない物は、混ぜ合わせるか変形するしかできず、混ぜ合わせた結果、予想外の物ができてしまう事がよくある。
その上、サイズの大きな物や、そのものの性質自体を変えてしまうような合成は、単純に変形させたり混ぜ合わせたりするのに比べ、魔力の消費が桁違いに多く、魔力に対する抵抗が高い物だと更に魔力消費が増える為、合成スキルは細工や調薬以外ではあまり使う事がない。
あまり使う事はないのだけれど、こういう使い方もできるのだよおおおおおお!!!
先に出されていた石壁、それを補強するようにアベルが何枚も出した石壁、石壁に堰き止められてたいた土砂。
それを全部纏めて一枚の分厚い横長の壁のように固め、足元の土砂も巻き込んで合成してくっつけてやった。
大きなものを合成してしまったので、いっきに魔力を持っていかれ、膝の力が抜けガクリと地面に片膝をついたが、落ちて来た岩はでき上がった壁に次々とぶつかり、そこで止まった。
しかし、ここで動けなくなるわけにはいかない。
すぐに収納から、魔力回復用のハイポーションを取り出して飲み干しながら、頭上からこちらに向かってくる殺気の塊のような、赤い大きな獣を見上げた。
表層が崩れ落ち、岩肌が剥き出しになっている山の斜面を、こちらに向かって駆け下りて来るのは、赤毛の大きな熊。
頭から背中、そして胸から前足にかけ、アーマーボアと同じように、鎧のように鱗状の固い表皮に覆われているのが見える。
山の奥に棲むアーマーベアという熊の魔物だ。
赤毛で大きな熊の魔物だが、異常な程大きいわけではなく、威圧感もそこまでない。
アイツではない。
それに俺が知っているアイツはアーマーベアではない。見た目はただの赤くて巨大な熊だった記憶がある。
アイツではないが、この辺りで見かける熊の魔物の中では大きい部類だ。
くそ、魔力回復用のハイポーションを飲んだが、それでも合成スキルでいっきに魔力を使いすぎて、まだ膝が笑っている。
合成で強化した石壁の強度なら、あの熊が一回くらい体当たりしても壊れないだろう。
しかし、水を含んだ周囲の地盤は緩くなっており、今は崩れていない他の斜面もまた崩れやすくなっている。
周囲で作業をしていた村人達の中には狩人が含まれているが、土砂を撤去する作業中で武器を手元に持っていない者がほとんどだ。
いや、そこを狙って襲撃して来た可能性が高い。
魔物とてバカではない、勝てないと思えば強引に襲いかかって来る事はない。
人が集まっているが、武器を持ってきていない者や、持って来ていても作業の為、武器を手放している者がほとんどで、足場は非常に不安定な崖崩れ現場。
その、撤去作業に気を取られている時の落石や、強力な魔物の襲撃は、人的被害が出てもおかしくない。
作業が一区切りしたタイミングだったのが幸いだったが、土砂を止めている石壁と土砂が崩れていたら、川が再び埋まるだけではなく、周囲の人も分断されて危険だった。
武器が手元にない状態で分断されて、大型のアーマーベアなんかに襲われていたらと思うとゾッとする。
だが、残念だったな。
落石はなんとか防いだ。
そして、すぐに武器を取り出せる俺と、魔道士のアベル、そしてワンダーラプター達もいる。
アーマーベアの中でも大型の個体で、急所が固い表皮で保護されていて、手早く倒すのは厳しい相手だが、武器を持ってきている村人達が、武器を回収して攻撃に転じるまで粘れば俺達の勝ちだ。
斜面を下り迫って来るアーマーベアから目を離さず、収納からミスリル製のロングソードを取り出して、気合いで踏ん張って立ち上がる。
アーマーベアは一番近くにおり、尚且つ魔力を急激に消耗して足元の覚束ない俺に、狙いを定めたようだ。
魔力回復ポーションを飲んだがまだ膝が少し震えて力が入らない。それだとしても、武器を持たない者達の方へ行くよりは、俺の方に来てくれた方が助かる。
この道は人間の領域だ、そこに無闇に踏み込むとしっぺ返しを食らうと教えてやるよ。
隣接した縄張りで生きる者同士、争いたくなければお互いの縄張りを荒らさない。
人間が魔物の縄張りを無闇に荒らさないのと同じように、知能の高い魔物達も人間の縄張りを理由なく荒らさない。
だが全ての者がそうとは限らない。
魔物の領域に狩りに行く人間もいるし、人間の領域を奪い己の縄張りにしようとする魔物もいる。
その時は自分達の領域を守る為の戦いになるだけだ。
ここは村から離れ、人が通る道があるだけの場所。魔物達の領域に囲まれた人間の道。
周りの山は魔物の縄張りだが、この道は人間の縄張りである。
この辺りを縄張りにしている魔物にしてみれば、縄張りの中を通る人間の道が気に入らないのかもしれない。
だが、そう簡単に人間の縄張りは奪えないと、思い知らせてやるよ。
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