第329話◆自然の驚異
獣舎から戻ると、一番上の兄貴もオミツキ様の祠から戻って来ており、家族全員揃っての朝食。
両親と兄弟に、兄貴の家族と大家族の食卓である。
兄貴んとこはまだ小さい子供が複数いるから、奥さん大変そうだなぁ。
ちょうど家族全員が集まったので、食事が終わる頃を見計らって、先ほどの獣舎での出来事を報告した。
巨大熊なんて子供が恐がるような話だが、危険な生き物と隣り合わせの暮らしである以上、幼い頃から自然の恐ろしさはしっかりと教えておかなければならない。
あの赤毛の巨大熊が村の近くまで来ているかはわからないが、あんなのと遭遇してしまえば戦う術や逃げる術を持っていなければ、生き残るのは絶望的だ。
いや、それらがあったとしても、滝の上にいたアイツに遭遇してしまえば、生き残るのは厳しいだろう。
村までは入って来ないと思っているが、用心に越した事はないし、山に入るなら警戒はしておかなければならない。
「わかった、村の者にはこれから伝えに行こう」
村に連絡を回すのは親父に任せておけばいいな。
「ふむ……赤毛の巨大熊と言ったら、昔から山の上の方を縄張りにしてる主の可能性があるな。しかし奴がわざわざ人間の村を襲うような事は、今までなかったはずだが……しかし自然に絶対はないからな、似たような他の熊の可能性もある、俺は少し森の近くを確認しておこうか」
「それなら俺も一緒に行く」
兄貴が手練れの狩人なのはわかっているが、雨の中で生き物の気配が拾い難い状況の中、山の中を一人で行動をするのは危険だ。
「グランが行くなら俺も行くよ」
アベルが来てくれるなら、もしもの時は転移魔法で緊急退避出来るから助かるな。
「ふむ、ではグランとアベルに付き合ってもらおうか。支度ができ次第、出発する事にしよう」
「ゼアさん、いるかー!?」
カチャカチャと音をさせながら装備を身に着けていると、玄関の方からガロが親父を呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうした、ガロ。こっちも今からそっちに行こうと思ってたんだ」
玄関に向かう親父を追って、俺も急いで装備を着けながら玄関へ向かった。
「む? ゼアさんのとこも何かあったのか? お、グラン、手が空いてたら手伝って欲しいんだ。東の山に行く道が崖崩れで潰れちまったらしい」
東へ行く道と言ったら、ソルトライチョウの繁殖地へ向かう道か。
「ん、それはまずいな、塩を取りに行ってる奴らがそろそろ戻ってくる頃だな」
「ああ、昨日の夕方に鳥が来たらしいから、明日か明後日には戻って来ると思う。早めになんとかしないと、崖のあるとこで足止めを食うとこの雨でまた崩れるかもしれない。岩をどかせば猪は通れるからゼアさんとこからも人を貸して欲しい」
「む、そういう事ならグランが行くのがいいだろう」
親父の言うように土砂の撤去なら、収納スキルのある俺が行くのがいいだろう。
だが、巨大熊の方も気になる。
「熊はどうしようか?」
「熊は、俺がロッゲンと行こう」
「熊?」
俺と親父のやりとりを聞いて、ガロの表情が険しくなった。
「ああ、さっきアメンボウが赤毛のデカイ熊に化けてたんだ。村の近くで熊を見て化けた可能性があるから、兄貴と山を少し見回って来ようかと思ってたんだ」
「赤毛のデカイ熊ってアレか、上の方の主。昨日あの辺りでデカイ熊を仕留めたから様子でも見に来たのか? いや、他の熊の可能性もあるな。じゃあ、そっちはうちの兄貴達も山の見回りに行かせて、ついでに村の奴らに伝言を頼んどくよ。グランは崖崩れの方を頼む」
「わかった、アベルはどうする?」
できればアベルは親父達と一緒の方が、もしもの時の保険になる。
「アベルはグランと一緒に行ってくれ。慣れない場所に慣れないメンバーで行くよりも、慣れた者と一緒に行動する方が、緊急時でも冷静に動ける」
アベルが答えるより先に親父がアベルの行き先を決めた。
「うん、そうするよ。熊も危険だけど崖崩れの現場も同じくらい危険だからね」
山に行く組の事が不安ではあるが、親父の言う事も尤もである。
そして、崖が崩れた場所は、追加で再び大きく崩れるかもしれない。
昨日から降っている雨の量は多い為、地盤の緩んでいる場所はそこかしこにあるだろう。
「わかった、じゃあ俺とアベルで崖崩れの場所に向かおう。東の山へ行く道だな」
「ああ、よろしく頼む。俺も熊の事を兄貴達に伝えてすぐに追いかけるよ。俺以外にも土砂の撤去に向かった奴が現地で作業してると思うから、協力してやってくれ」
「おう、任せろ」
ガロの話を聞いてすぐに、雨具を被りワンダーラプターで崖崩れがあったという場所を目指した。
東の山へと続く、人が通り易い道。ソルトライチョウの生息地へは、この道が一番安全で楽なルートである。
崖崩れでこの道が塞がれてしまえば、ソルトライチョウの生息地から帰って来る者達は、山の中の獣道を迂回する事になる。
長期間、村で必要な塩を得る為ソルトライチョウを守り、疲れ切って帰って来ている人達を魔物の多い危険な山の中を迂回させる事になるのは、できれば避けたいところだ。
それに、もしかすると村の近くを巨大熊がウロウロしている可能性だってある。
ガロの話によれば、明日か明後日にはソルトライチョウの繁殖地に行っていた人達が戻って来る。
それまでに道を通れるようにしたい、そして俺にはそれが可能なスキルがある。
いざとなったらアベルの空間魔法の中にも突っ込めるしな?
案外チョロいのでは!?
よぉし、さっさと土砂崩れを片付けて、山の見回りを手伝いに行こう。
……なんて考えは甘かったという事を、すぐに思い知らされる事になった。
「うわ……、思ったより大規模だね」
「これはさすがに俺の収納でも収めきれないし、土砂を撤去しても道が一緒に崩れているから、すぐには通れないな」
現地の少し手前で、想像していた以上に大規模に崩れた山の斜面が目に入った。
崖崩れの現場は山と山の合間。その片側の側面が道を巻き込んで、更にその先へと崩れ落ちていた。
その崩れ落ちた先には細い川があり、それが堰き止められて、天然のダムのようになっており、溜まった水は堰き止めている土砂の上から溢れ、元は道だった場所を流れ、道より低い場所にある川へと戻って行っている。
そして川を塞いでいるその天然ダムもまた、いつ崩壊するかわからない状態だ。
この川の流れる先は、村の中央を通る川の下流に合流しており、もしこの川を堰き止めている土砂が崩れて押し流れれば、次は村の傍を通る川が堰き止められて、村に川の水が溢れる事になる。
急いで川の流れを妨げている土砂を撤去したいが、纏めてそれを撤去してしまうと、溜まっている大量の水がいっきに流れ、川の許容量を超えて川から水が溢れてしまう。また、土砂を対策なしに下から大量に抜き取れば上の土砂が崩れてくる。
しかも、雨はまだ降り続いており、水を大量に含んで地盤は作業中に再び崩れてもおかしくない。
人の住んでいない場所での崖崩れなのは幸いだったが、このままではいずれ村にも被害が出てしまうだろう。
予想以上に大規模な自然災害を目の前にして、自分の故郷は常に自然の脅威に晒された地なのだという事を実感した。
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