第328話◆雨の朝
「ちゃんとご飯は食べてるのかい?」
「うん、どちらかというと作ってる方」
「危ない事はしてないかい?」
「冒険者だから時々危ない場所には行くけど、自分の実力の足らない仕事は、冒険者の規則でできない事になってるから」
「友達はできたみたいで安心したよ。結婚はまだしてないのかい?」
「う……、彼女すらいません」
「そう。こんな場所だから、無理にとは言わないけど、奥さんと子供ができて落ち着いたら、顔くらい見せにおいで」
「う、うん」
お袋が起きて来たので、朝食の手伝いをしながら台所や調理器具に便利な付与でもしようかと、台所に行くとクリティカルな攻撃が俺の心に刺さった。
すみません、彼女ができる気配もありません。
今までそれっぽい話がなかったわけではないけれど、なかなかこう発展しないまま自然消滅に。
女性の冒険者は多いし、性格も良くて話し易くて、可愛い子がたくさんいるけれど、仲良くなっても何故かいい人止まりなのだよね。
俺のどこがダメなのだ!!
顔も平均点はもらえるくらいだと思うし、料理もできるし、冒険者としての収入も悪くないし、なんなら不労収入もあるし、庭付き戸建てだってある。
変なコブも付いていないし、女性には優しく接しているつもりだし、どうしてこう彼女ができないのだ。
前世の記憶があるせいで、俺と同じくらいの年齢や少し下は、なんというかこう子供に手を出している気がして、積極的になれないというかなんというかゴニョゴニョ……。
かと言って、年上には相手にされないというか、ボウヤ扱いされる事の方が多いし。
俺の周りの女性って冒険者が多いから、みんな自立していて、おかん……いや、ねーちゃんみたいな雰囲気なんだよな。
なんか、背中がゾクゾクしたな、ねーちゃんではなくてお姉様かな。ごめんなさい。
「グラ兄は優柔不断だから、変な女にだまされないようにしないと!! 彼女ができたら結婚前に連れて来てよね!!」
うわ、妹が小姑になりそうだ。
「お、おう。できたらな?」
彼女ができたらではない、彼女を連れて来る事ができたらである。
「グラ兄って昔から器用だったけど、料理もできたんだ」
子供の頃はあまり料理はしていなかったので、家族は俺が料理が好きな事を知らない。
台所はお袋の縄張りだから、子供は勝手に使わせてもらえなかったので、時々食事の支度を手伝っていた他には、せいぜい川で釣った魚をその場で焼くくらいだった。
前世の知識を引っ張り出して、色々と料理をするようになったのは村を出てからだ。
だって自分で作らないと作る人がいないんだもん。家を出た直後は、毎日食事を用意してくれたお袋のありがたさを思い知らされたな。
そして、野営用の調理器具を手に入れてからは、楽しくてついのめり込んで、気付けばドリーのパーティーの飯担当になっていた。
「冒険者は野営中に自分で料理をしないといけないからな。それに、少し前に家を買ったから自分で料理する機会も増えたしな」
増えたどころかほぼ毎日だな。
トントンとリズミカルに野菜を切る俺の手を、妹が物珍しそうに見ている。
「え? グラ兄、家を買ったの? やっぱ彼女がいるんじゃ? あれ? 料理をしているのはグラ兄? 彼女は料理をしない人?」
「だから、彼女はいないつーの。アベルが勝手に住み着いてて、他にも友人が勝手に住み着いてる」
彼女はいない。いるのは幼女様だ。
「グラ兄の家って溜まり場? 村にもいるよね、お嫁さんいなくて一人暮らしの男の家に、みんなで集まって飲んで騒いでる人達」
うぐっ!?
「いや、ほら、俺もアベルも冒険者であちこち行くからな。ちょっと出会いに恵まれなかっただけだからな。これからだよ、これから。よし、野菜は切り終わったから、次は何をやろうかなー、皿でも用意しておくかー? それとも茶の準備でもしておくか?」
この話はもうおしまい! 終了!! おしまい!!!
「もう、十分手伝ってもらったから、ご飯までゆっくりしておいで」
野菜を切っただけなのに、もう俺の仕事はないらしい。
そっか、あまり広くない台所だし、俺みたいなでかい奴がいたら作業の邪魔だからな。
調理器具を弄くり回したかったけれど、今は忙しそうだからまた後にしよう。
朝の戦場の邪魔をしてはならない。
使った包丁とまな板を洗って、そそくさと台所から撤退。
飯までまだ時間があるし、ワンダーラプター達に朝飯をやってこようかな。
ワンダーラプター達は、家の裏にある獣舎にお泊まりをしている。
アーマーボア用の獣舎なのだが、体の大きい彼らの為に大きめに作ってあるので、ワンダーラプターが二匹くらいお邪魔するスペースはあった。
丁度、兄貴達がソルトライチョウの繁殖地に行っている為、獣舎がスカスカなのも幸いした。
「グエエエエ」
「ギョヘエ」
「ブイッ!」
「ブモ?」
俺が獣舎に入るとワンダーラプター達とアーマーボア達が、会話でもしているかのように鳴いていた。
普通に考えて、全く種族が違うので会話なんて成り立ちそうにないのだが、奴らなりに雰囲気で話しているのかもしれない。
「ゲッゲッゲッ!」
「あ、コイツ、また藁を飛ばしやがったな!!」
どうやらルノがアーマーボアの世話に来ているようだが、ワンダーラプター達に煽られているようだ。
ジュストもワンダーラプターとわかり合うまで時間がかかったしな、格下認定されるとそんなもんだろう。
「ギョギョギョ」
「っちょ!? なんで俺にまで藁を飛ばすのさ!?」
お? アベルが珍しく早起きをしてワンダーラプターの世話をしている。
最近、二号に舐められていたからな。ちゃんと自分で世話をして友好を回復しておけ。
「おはよう、アベルも来てたのか。今日は雨が降ってるからな、小降りになるようだったら後で、川の見回りも兼ねて散歩に行こうか」
あれだけ雨が降れば、やはり川が気になる。
「グエエ!」
「ギョッ!」
俺が声をかけると、アベルとルノに藁を飛ばしていたワンダーラプター達がこちらを振り返って、小さな前足をパタパタさせた。
嬉しい時によくやる行動だ。
「もう! 今日はご飯をあげたのは俺なのに、グランが来るとどうしてそんなに嬉しそうなの!?」
そりゃ、普段世話をしているのは俺だからな。
生き物というのは餌をくれる人に懐くのだよ。
「なんだよ、もう朝飯は貰っただろ? 仕方ないなー、ここのとこ走り通しだったし、ちょっとだけだからな?」
「ギャッ!」
「ンエッ!」
少しだけ、ロック鳥のササミを出してワンダーラプターの方へと投げてやる。
アベルからもう朝飯を貰っているはずなので、少しだけだ。
「ブイ……」
背後からアーマーボアの鼻息のような鳴き声がした。
「なんだよ、お前らも何か欲しいのか? じゃあこれかな」
アーマーボアは草食で、野菜や草の他にも木の根や皮も好むので、収納に入れっぱなしにしているエンシェントトレントの根を取り出して、アーマードボア達に投げてやる。
俺が投げたエンシェントトレントの根を、上手く口で受け取ってブモブモ言いながら噛んでいるデカ猪はなかなか可愛い。
「グランは魔物に好かれるよなぁ。何で?」
「なんでもかんでも可愛いって、すぐに餌付けするからでしょ? グランにかかれば大きなダンゴムシですら可愛いって餌付けするからね」
うるせぇ、可愛いは正義なんだよ。今は亡きダンゴムシ君は可愛かっただろ!?
「おう、世話が終わってるなら、戻って俺達も朝飯だ。また後で遊びに来るからな」
獣舎に来たが、アベルがすでにワンダーラプターの世話をしてくれていたので、俺はやる事がなかった。
ポンポンとワンダーラプターの鼻先を撫でて獣舎を後にした。
獣舎を出ると、相変わらず細い雨が降り続いており、昨夜より弱くなっているが止む気配はない。
空は相変わらず分厚い雲に覆われ、夜は明けているのに薄暗い。山にも雲がかかり、遠くの山は隠れてしまっている。
これは今日は雨が続きそうだな。
ビシャッ!!
獣舎の裏辺りで何かが水を踏む音が聞こえた。
その音からして、かなりの大きさだと思われるが、近くに大きな生き物の気配はない。
雨が降っており周囲の気配がわかり辛いが、近い場所に活発な生き物の気配は獣舎の中の騎獣達しかない。
「グラン」
「ああ、何かいる。俺が行く、ルノとアベルは下がってろ」
普段着けている装備は家に置いて来たが、収納の中には武器はいくらでもある。
収納からミスリルのロングソードを出して腰にかける、鞘から剣を抜く。
ビシャッ!! ビシャッ!!
再び、何かが水を踏む音が連続して聞こえ、獣舎の裏から地面に黒い影が見えた。
薄暗い光に照らされて地面に落ちる獣舎の影に何か別の影がその上に落ち、その部分だけ更に濃い影となっている。
大きい。
気配はないが、何か大きな生き物がいる。
「グラン、アレッ!!」
「え?」
ルノが声を上げて指差した先――獣舎の屋根の上から赤い獣の毛がチラリと見えた。
でかい。
一瞬にして背中が粟立った。
あれだけでかいのに全く気配が感じない生き物。
赤い獣の毛。
「ルノ、お前は家に戻って皆で逃げろ。アベル、行くぞ……いや、アベルは家族全員連れて教会に転移してくれ」
アイツと確定したわけではない。
山の奥を縄張りにしているアイツが、村に来た事は一度もなかった。
ルノとアベルを逃がそうと思った直後、獣舎の後ろからのそりと赤い巨体が出てきた。
赤毛の巨大熊。
予想していた奴が出て来て、バクバクと心臓が鳴るのがわかった。
いや、落ち着け。落ち着くんだ。
焦ると、勝てるものも勝てなくなる。
落ち着け。
落ち着いたらわかる。
目の前にいる巨大熊からは、大型の生き物の気配も、気配による威圧感もない。
あるのは見た目の威圧感だけだ。
「はーーーーーーーーーーー、もうびびらせんなつーの!!!」
足元の小石を巨大熊の方へ向かって蹴飛ばした。
「キーーーーッ!!」
「へ?」
「うっわ!! アメンボウ!!」
俺が蹴飛ばした小石が泥水と一緒に赤毛の巨大熊に当たり、巨大熊が高い悲鳴を上げてバラバラと崩れ落ちた。
その様子を見た、アベルがすっとぼけた声を出し、ルノが熊の正体を口にした。
「アメンボウめ、悪戯がすぎるぞ」
熊の姿が崩れ、手のひらくらいのナメクジ型のスライムが、水の溜まる地面をワラワラと這っている。
「うっわ、何これ? アメンボウ? 気持ち悪っ! うわ! 水を飛ばして来た!!」
アベルに気持ち悪いと言われたアメンボウが、ピューッとアベルに水をかけた。
「はーー、びっくりしたアメンボウでよかった」
ルノも緊張が解けて、座り込みそうになるのに耐えながら獣舎の壁に寄りかかった。
「はーー、水の魔石をやるから帰れ帰れ! あんま変な魔物に化けて悪戯をしていると、ジュッて蒸発させられるぞ!」
「キー……」
少し大きめの水の魔石を投げてやると、アメンボウ達はそれにたかって一つの大きなアメンボウになった。
「うわ、きもっ! ぎゃっ!」
きもっとか言うから、アベルがまたアメンボウに水をかけられた。
アメンボウ達は、キモイと言われるのを気にしているのかもしれない。
気にしているから、別の生き物に化けて人に近付いて来るのかなぁ。
雨の日しか川から出て来られないし、案外寂しがりなのかもしれないな。
「でかいままだとまた驚かれるから、ジュッてされないようにしろよー」
魔石を取り込んで一つの大きなアメンボウになって、ズリズリと水路のある方へ帰っていくアメンボウを見送りながら手を振った。
アメンボウの弱点は乾燥である。
小さく切り刻んだくらいでは死なないアメンボウだが、水がないと生きていけない。その為、周囲の水を火魔法や光魔法で蒸発させてしまうと、アメンボウも蒸発してしまう。
水がないと生きていけない為、雨が上がって川から離れた場所に取り残されると、そのまま水と一緒に消えてしまうのだ。
悪戯好きで、実はちょっぴり寂しがりかもしれないアメンボウは、案外儚い存在なのだ。
「はー、びっくりした。あんなでかいアメンボウ久しぶりに見た、グランに会いに来たのかな?」
「そんなわけねーだろ」
「グランの事だから子供の頃に餌付けしたんじゃない? それにしても、やっぱりグランの故郷は魔境すぎだよ」
「失礼だな、ちょっと自然が溢れているだけだ」
ルノもアベルも俺をなんだと思っているのだ。
アメンボウは目に入ったものを見て化ける。
アメンボウは見本があるものにしか化けない。
それは以前の記憶なのか、近い時間に見たものなのかまでは俺にはわからない。
しかし、アメンボウはあの赤毛の巨大熊を、どこかで見たという事だ。
それは、繋がっている川の上流なのか、村の付近なのか。
夜は魔物の領域が広がる時間。天候の悪い日は人間と魔物の領域は曖昧になる。
天候の悪い夜は村の近くまで、山奥の魔物が来る事もある。
この村はオミツキ様の縄張りなので、村まで踏み込んで来る事はないだろうが、あんなのが村の近くをうろうろとしていたらと思うと不安がある。
雨が止み、晴れれば、人と魔物の境界がいつも通りに戻っている事を願うしかない。
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