第327話◆雨が降ると気になる
夕方に降り始めた雨は夜になってその勢いを増した。
夕方に俺達が村に到着した時、山に狩りに出ていたうちの長男やガロ達が、大きな熊の魔物を村に持ち帰って来ていたのが見えた。
村に来る途中で俺達が倒した熊より、更に一回りくらいは大きかっただろうか。
聞けば、俺達がいた滝壺に近い辺りで仕留めたらしい。
本来は山の奥にいるはずの熊だったのかもしれない。
あの気配の主が滝壺の近くまで来ていたのは、そのせいだろうか?
考えたところで、理由などわかるわけがない。
村の者が大きな熊を仕留めると、天候が荒れるという伝承がこの村にはあるのだが、夜になるにつれ雨はどんどん強さを増した。
もとより夕方から雨が降りそうな気配があったので、伝承とは関係ないのはわかるが、昼間に感じたあの強力な魔物気配を思い出して、ザーザーという雨音に不気味さを感じた。
夕食の後、居間でチビチビと酒を飲んでいると、その雨の音に混ざりカンカンという鐘を叩く音が聞こえて来る。
「この鐘の音は?」
アベルが鐘の音に気付き首を傾げている。
「村の真ん中を流れてる少し大きな川があるだろ? あの川の水位が上がると、低い場所に住んでいる人に避難を促す為の鐘を鳴らすんだ。うちは少し高い場所だから、まだ大丈夫かな」
川が氾濫してから避難しては間に合わないので、避難を促す鐘は警戒する水位にまで水が増えると鳴らされる。
この鐘を目安に子供や老人は、高い場所にある親戚や知人の家、もしくは教会に避難をする。
「この時期の雨はいっきに降る時があるからな。うちの畑も昼のうちに冠水対策はしておいたけど、あんまり降ると心配だなぁ」
ヒョロ兄ことオリュザが酒をずるずると啜りながら、険しい表情になっている。
氾濫するのは村の中央を通っている大きな川だけではない。
大きな川に流れ込む小川や、畑の間に張り巡らされている水路も、大雨で溢れやすい。むしろ、細い川の方がすぐに土砂が詰まり、水が溢れてしまう。
川が溢れ畑が浸かると作物はダメになるし、土砂が流れ込めば復旧にも時間がかかる。
「ちょっと川と畑を見てこようかな」
この村に住んでいるわけではないが、やはり畑が気になる。
「グラ兄は雨の日に川を見に行きたがるの、危ないからやめなよ。水路が溢れても大丈夫なように、昼に砂袋を積んでおいたから大丈夫だよ」
今日はチコリも俺達に付き合って、酌をしてくれながらチクチクと繕い物をしている。
そう言われてもやっぱ気になるじゃん?
水路に土砂や、流れて来た木の切れ端なんかが詰まると、細い水路や小川はすぐに溢れてしまう。
詰まっているものがあれば、俺の収納スキルでバーンと回収して、川の流れもすっきり安全だし、俺の土砂コレクションも補充ができる。
「この程度なら大丈夫だ。お前が村にいた頃に比べて、水路が整えられて流れも良くなっているし、水かさが増えすぎた時には、下の川まで水を逃がす水路も作って、昔に比べて畑が水に浸かる事は少なくなっている」
川と畑が気になって少しそわそわしていると、つまみの豆を摘まみながら狩りで使う矢を作っていた、一番上の兄貴ロッケンが落ち着いた声で言った。
しかし、昨日より酒の量が少ないのは、もしもの時を警戒しているのだろう。
俺が村を出た時とあまり変わっていなかったように思っていたが、その間に村は安全に暮らしやすく変わっていっていたようだ。
「もしもの時の為に、今夜は交代で誰か起きておく事になるから、用がない奴はさっさと寝ろ」
今日、兄貴達が持ち帰って来た大きな熊を明日解体する為か、部屋の隅で大きな刃物を研いでいた親父が、いつまでも酒を飲みながらダラダラと起きている俺達に言った。
「せっかくグランが帰って来てるからちょっとくらいいいんじゃん」
俺達と一緒に起きていたルノが口を尖らせている。
「まぁ、明日はまだ村にいるつもりだから、明日またゆっくり話はできるさ」
予定では明後日には帰るつもりだ。
あまり長くラト達に留守番をさせるのも悪いからな。
あと、奴らが箱庭を弄りすぎていないか不安である。いや、不安しかない。
実家でのんびりしたいが、自分の家の事も非常に気になる。
その後、親父に追い立てられて居間から子供部屋に移動して眠りに就き、俺は野営の時の癖で夜明け前に起きてしまった。
雨は昨夜に比べその勢いは弱まっていたが、未だしとしとと降り続いていた。
交代する前にオミツキ様に挨拶してちょっと川を……と思ったら、俺の前に起きていた長男に襟首を掴まれて居間に戻された。
なんだよぉ、川を見て来るくらい、いいじゃないか!!
え? オミツキ様は兄貴が行くって? 俺が雨の日に外を歩き回ると、アメンボウを連れて帰ってくるからダメだ?
あれはわざと連れて帰って来ているのではなくて、勝手に付いて来ていただけから、俺は悪くないのでは?
アメンボウは雨の日になると現れる、黒っぽいナメクジに似たスライムのような生き物である。
魔物というか妖精に近いのかなぁ、普段は川底などの水のある場所でじっとしていて、雨が降ると水を伝ってあちこちに移動する。
大きさは爪の先くらいのものから、人間より大きなものまで。月日で成長する生き物だが、アメンボウ同士で合体して大きくなる事もある。
主食は多分水や泥じゃないかな? よくわからないが人間にはほとんど害がなく、雨の日に気付けばそこにいるみたいな生き物だ。
ただコイツ、擬態が得意で、近くに見本があるものに化けてしまう。物の事もあるし、人や魔物に化ける事がある。
いきなり擬態が溶けて黒っぽいナメクジが出てきたらめちゃくちゃびびるし、でっかい魔物なんかに化けて、村の近くを徘徊していると大騒ぎになる。
雨の日に犬や猫を拾ったと思ったらアメンボウだったとか、気付かないうちに服に付いていたとかよくある話だ。
川を見に行くのは兄貴に阻止されたので、起きていた兄貴と交代して、居間で雨の様子を見ながらポチポチと小物を作る事にした。
朝飯の準備までにはまだ時間があるし、雨が降っているので早朝の畑仕事もない。
お土産を買ってくるのを忘れていたので、何か役に立ちそうな物をパパッと作ってしまおう。
ん? あそこに置いてある兄貴の弓はかなり古くなって痛んでいるな。
しかし勝手に修理すると使い心地が変わってしまうとこまりそうだな。俺の予備の弓を、兄貴の体格に合わせて調整してみるか。
兄貴は魔法はあんま得意ではないけれど、力も強くて身体強化は得意だったよな。
なんだ、俺と同じ脳筋タイプじゃないか。
軽すぎると逆に使いにくいから少し重さは残して、パワーがあるなら弦は固くても引けるから威力重視で。
俺が使うには少し重いくらいの調整でいいか。
よしよし、後はまだ何も付与をしていない矢尻に、電撃効果でも付与したのを用意しておくか。矢尻だけ渡しておけば自分で矢にするだろう。
ヒョロ兄は貧弱だから、キルシェ達に渡した身体強化系の指輪みたいなのがいいな。
農具を持つから指輪ではなくブレスレットかなぁ、時間がないしデザインはシンプルな輪っかでいいか。シンプルなデザインはそれはそれで格好いいし? 田舎の生活に派手すぎるものは浮いてしまうしな。
性能に問題なければ、見た目なんて多少素朴でも問題ないんだよおおお!!
ついでに護身用にブレスレットから、麻痺効果のある針を撃ち出せるようにしておくか。
熊みたいな大型のには効かないが、角ウサギくらいなら一発で麻痺するはずだ。
角ウサギは小さいけれど、腹に向かって角を突き刺しに来る時があるから、油断すると危険な魔物だ。
妹には護身用を兼ねた髪飾りかなぁ。
村の中だと言っても、いつどこで魔物に会うかわからないし、危険なのは魔物だけではない。
彼氏がいるみたいだし、俺に似てそこそこ顔もいいし、彼氏以外にも変な虫が付いて来そうだしな。
悪い奴には鉄槌を下せるように、筋力アップ系の付与を山盛りにしておこう。もしもの時は髪留めを外して尖った部分をプスッと相手に刺せば、ビリビリする効果も付けておこう。
うむ、その程度を耐えられない奴は認めない。そう考えるとこの程度ではダメだな、やっぱもう少し強めのビリビリにしておこう。
クソ弟はどうしようかな。
来年あたりソルトライチョウの防衛に駆り出されそうな年だな。
山での狩りも危険はあるし、俺が使っていない革製の防具を弟用に手直ししてみるか。
綺麗に磨いて、胸当ての裏側にフラワードラゴンの鱗もはりつけておこう。
俺の防具は動きやすさと防御重視だからな。
防具に火力系の付与をすると、火力は爆上げになるが、自分より強い敵と戦う場面では防御系の付与がないと、大ダメージを食らう事もある。
弟はまだ体ができていないし、防御重視の方が安全だろう。
当たらなければ大丈夫は、当たった時が危険なのだ。
生き物と戦うという事は、不確定要素が多い。もしもの時を考えて、装備を用意しなくてはならないのだ。
親父とお袋はどうしようかなぁ。
お袋は毎日家事や内職が大変そうだし、肩が凝りにくくなるネックレスか?
お袋が起きて来たら、お袋の要望を聞きながら台所の調理器具を改造してもいいな。
雨が止まなかったら暇そうだし、ちょうどいいや。
親父はなんだろう……そろそろいい年だし、足腰が疲れにくくなる靴の中敷きとかでいいか? これは魔物革に付与をするだけだから、複数用意しておこう。
ソルトライチョウの防衛に行っている兄貴達やミニ赤毛や兄貴の家族の分はどうしよう……って、お袋と妹が起きて来た、もう朝の支度の時間か。
雨のせいで外がくらいままなので、時間の感覚が狂うな。
今日の朝飯の担当はお袋とチコリか。
兄貴の奥さんは、小さい子供が夜泣きをする年頃で大変そうだったから、朝はゆっくり寝ているみたいだな。
残りは後で作る事にして、朝飯の支度を手伝うかー。
ふと外を見ると、昨日よりは弱くなったが、まだ止む気配のない雨がしとしとと降り続いていた。
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