第325話◆山の中にいる

 リリスさんとお茶をした後は、教会にいた子供達と少し遊んだ。

 後でアベルに浄化魔法をかけてもらえばいいと思い、教会の脇にある畑で思いっきり泥遊びをした。

 知らない大人二人組に最初は遠慮がちだった子供達も、一度遊び始めてしまえばもう容赦がない。

 ただ遊んでいるのではない、まだ何も植えていない畑の草むしりをしながら、土の中にいる害虫を手で摘まんで排除していたのだ。

 まぁ、途中からその虫や泥の土の投げ合いになって、水分を含んでしっとりとした畑の土で、すっかり泥まみれである。

 田舎の女の子は虫は平気だからな、虫を投げつけられてギャーギャー言っているのはアベルくらいだ。

 子供のやる事なので、顔を引き攣らせながらもアベルが怒る事もないし、どさくさで俺もアベルに虫や泥団子を投げつけた。とても楽しかった。たぶんばれていないから大丈夫。

 子供達だけではなく、大人二人も泥まみれになって、リリスさんや神父さんには苦笑いをされたが、アベルの浄化魔法で無事解決!!

 しばらく子供達と遊んだ後は、教会から撤退して、山の散策へと向かう事にした。




「うひゃー、王都の孤児院に、何度か冒険者の説明会を依頼されて行った事あるけど、ここの子供達は王都の子供よりも激しいね」

 ワンダーラプターを走らせながら、アベルが少し疲れた顔をしている。

 朝からオミツキ様の祠の長い階段を登って、その後教会で子供達と遊んだからな。

 そして、これからワンダーラプターとも遊んでやらなければならない。

「まぁ、ほぼ一日外で遊んでるようなもんだし、村の外から来る人間は珍しいからな」

 アベルなんか、この村にはいないキラキラの銀髪なもんだから、珍しさもあって子供達から大人気だった。

 おかげで子供達にもみくちゃにされて、げっそりとした表情になっている。

 アベルもなんだかんだで子供には甘いからなー、寄って来られるとつい相手してしまうようだ。


「グエエエエッ!」

「ギュゲエエッ!」

「おう、今日は山の中でいっぱい遊ぼうな!」

 俺達が子供達と遊んでいるのを、大人しく見守っていたワンダーラプター達は、次は自分達の番だとわかっているのか、ソワソワした様子で山に向かって駆けている。

「君は昨日、悪い子だったからね? お仕置きをしないといけないかな?」

 昨日の二号の悪乗りをアベルがチクチクと叱っている。

 あんまチクチク言っていると、またイタズラされるぞ?


「昼飯にはまだ少し早いから、山に登ってから食うかなぁ。んー、でも夕方には天気がくずれそうだなぁ」

 北西の山の上空に分厚いモコモコとした雲が見える。

 昼間にあっちの山にモコモコの雲が見える時は、だいたい夕方から雨になる。空気も少し湿っているし、今日はこの後、強い雨が降りそうな気配だ。

「へー、じゃああまり遠くには行けないね」

「だなー、あんま遠くない場所に行くかな」

 山の中を散策するなら、雨が降り始めるまでに戻って来られる場所だな。

 そうだなぁ……川沿いならワンダーラプターで走り易い道があるし、少し行けば景色のいい滝があるからそこへ行こうかな。






 山と山の間に流れる川の幅はそう広くなく、水量も多くない。

 ただし川の中や周囲には大きな岩がゴロゴロとしており、流れも速く、至る所に小規模な滝がある。

 川に沿うように細い道があり、俺達はその道を通って上流の方へと進んでいる。

 サラサラと流れる川の水の音に、その川の流れに乗って上流から吹き下ろしてくるひんやりとした風、山の木々の隙間から漏れる日の光、どれも心地よくて懐かしい。

 子供の頃はこの川でよく魚を獲っていたな。


 川に沿って上流へ向かうと、川の両岸から生えた大木が川の上に伸びて繋がり、天然の木のアーチになっている。

 そのアーチをくぐり少し奥に進むと高い滝があり、滝壺周辺はやや川幅が広がり池のようになっている。

 その滝壺の傍で昼飯だ。

 

「すごい高い滝だね、あの上どうなってるの?」

 滝のある場所まで来て、その河原で昼飯の準備をしている俺の横で、アベルが滝を見上げている。

「更に山だな。山の中を経由して上に行けるけど、上の方は強い魔物ばっかりだから村の人はあまり近寄らない場所だ」

「知ってるって事は行った事あるの?」

「まぁ、子供の好奇心だな。踏み込んで、軽く死にかけるとこだったな。今なら行けると思うけど、やばい魔物もいるし、今日は奥まで行きすぎると雨が降り出しそうだから行かないぞ」

 山の高い所は雨が降り出すのも早い。

 この辺りまで来ると、滝の傍の事もあるが空気はかなり湿っている。

 今はまだ、晴れているがあまり長居をすると、雨が降り始めそうだ。

「そうだねぇ、魔物っぽい気配も多いし、上の方は強い魔物の気配がするのが俺にもわかるよ」

 ここまでの道中、細かい魔物にしか遭わなかったが、ここから奥は完全に魔物達の領域だ。

 今なら踏み込んでも平気だと思うが、用もなく魔物の領域に踏み込む必要はない。

 人と魔物が共存しているこの山では、人と魔物の境界を無闇に越えると、そのしっぺ返しが必ずある。

 今日はここで景色を見ながら飯を食って、滝壺でワンダーラプター達と遊んで帰るかなぁ。


「よーし、連日でたくさん走ったからなー、荒野に山に悪路ばっかりだったし、ご褒美に美味い肉にしようなー」

「グエエエ」

「ギョエエ」

 何の肉がいいかなー、サラマンダーかなー? デザートにドドリンも食うかな?

「ギョ……」

「ゲェ……」

 ドドリンは嫌なようだ。

「じゃあ、サラマンダーの肉だな!」

 王都でダンジョンに行った時にバケツ無双のおかげで、たくさんあるからな!

「グエッ!」

「ギョエッ!」

 サラマンダーの肉で納得のようで、ワンダーラプター達がせわしなく足踏みをしつつ、小さな前足をパタパタと動かしている。

 顔は怖いのに、その行動はめちゃくちゃ可愛い。

 可愛い奴らめ。


 俺達の飯は、パンに挽き肉のステーキことハンバーグを挟んだもの。

 ん? ワンダーラプター達の方が良い物を食っているような気がするな?

 まぁ、俺達はお茶とデザートもあるからな?

 デザートは手で摘まんで食べる事ができる、一口サイズに丸めたチョコレート菓子だ。

 景色を見ながらのんびりと昼飯、実に平和である。


「近くに魔物の気配はあるけど、ここには近付いて来ないの?」

 もしゃもしゃとパンを囓りながらアベルが周囲を見回す。

 強力な魔物の気配がする滝の上の方が気になるようだ。

「うん、この滝壺の周りはあまり魔物がこないんだ。滝壺の主の縄張りだからかもしれないな」

「ギョッ!?」

「ンギャ!?」

 肉を食べ終わって、水辺で水を飲んでいたワンダーラプター達が、滝壺の主というワードに反応したのかこちらを振り返った。

「大丈夫だよ、ここの滝壺の主は怖くないから」

「この滝壺も何かいそうな雰囲気はしてたけれど、やっぱり主がいるんだ……」

「うん、黒っぽい岩みたいな肌をした、トカゲを平べったく押しつぶしたようなやつ? 出てきたら肉でも渡しとけば、滝壺で遊ばせてくれるよ」

 水の中に棲んでいるつぶらな目が可愛い、トカゲっぽい生き物。


 噂をすれば、滝壺の方から黒くて長い影がこちらに向かって来た。長さは五メートルくらいはあるだろうか、太さもあるのでかなり大きく見える。

 トカゲと言うには頭でっかちで太ましく、手足は短い。長い尻尾の先には魚のようなヒレ状になっている。

「久しぶり? ちょっとお邪魔するよ」

 収納から道中で仕留めた角ウサギを出して、丸ごと水の中に投げ込むとずんぐりトカゲ君がソレをパクリと咥えるのが見えた。

 角ウサギを受け取ったトカゲ君が水面に尻尾だけ出して、その尻尾をピロピロと振って、日当たりが良く水深の浅い場所に移動して行った。

 ひなたぼっこをしながら角ウサギを食べるようだ。

 このトカゲ君、鳥とかウサギとか魚のような、あっさりとした肉が好きみたいなんだよな。

 尻尾で返事をしてくれたので、滝壺で遊んでもいいよという事だ。


「もう、驚く気もしないよ」

「まぁ、主様だと思うから敬って仲良くしておかないとな?」

 あんなのんびりとしているのに、こんな魔物だらけの山の中で普通に暮らしているという事は、間違いなく強い魔物である。

「神格はないけど、水や天候に特化したスキルを持っているね。間違いなくこの滝壺の主だよね」

 まぁた、鑑定してる。




「よぉし! 飯も食ったし遊んでやるぞーーー!!」

「グエッ!?」

「ギョッ!?」

 デザートを食べ終わり、一息ついたのでワンダーラプターと遊ぶ時間だ。

 さぁ、久しぶりに力比べでもするか?

 それとも水の中に沈めてやろうか?

 水の中ならトカゲ君も一緒に遊んでくれるかもしれないぞ!?


重たい装備を外して水の中に飛び込めば、透き通った綺麗な水のひんやりとした感覚が、防水効果のある装備ごしに感じられる。

「アベルー、後で装備を乾かしてくれー」

 防水効果を付与していても、どっぶりと水の中に入れば、濡れるものは濡れる。

 しかし、せっかくなので水遊びもしたいしな。そんな時のお願いアベル様。

「もー、暖かいって言ってもまだ水遊びするには早い季節だから、ほどほどにしときなよ」

 アベルが呆れた顔をしているが、濡れてもなんだかんだでちゃんと乾かしてくれるからな。


 久しぶりに戻って来た故郷、懐かしい場所、そしてのんびりと穏やかな時間。

 面倒くさがって戻って来ていなかったけれど、戻って来て良かったと心から思った。

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