第323話◆ミステリアスな人
教会には礼拝堂の他に、神父さん一家とシスターさんが住んでいる家と、敷地の中にあまり広くない畑がある。
教会の神父は代々神父をやっている家系だが、シスターさんは俺が生まれたしばらく後に、この村にふらりとやって来た人らしい。
隔離された村にふらりとやって来たよそ者に最初は抵抗があったようだが、温厚な神父さん一家が保護して、その後シスターさんも村の生活に歩み寄ろうとした事で、時が経つうちに村に馴染んだそうだ。
俺が物心付いた頃には、すでに教会で子供相手に文字や算術を教えていた。
すごく美人でおっとりしたお姉さんだったけれど、実は魔法がすごく得意な人で、俺の幼馴染み達はそろって彼女に魔法を教えてもらっていた。
俺は魔法が使えなかったけれど、魔法以外の事や、いつか魔法が使える日が来た時の為に、理論を少し教えてもらった。
結局使える日は来なかったが、教えてもらった知識は冒険者になってから役に立つ事もあった。
知識は場所を取らないと、魔法が使えない俺に色々な基礎知識を詰め込んでくれたのも彼女だ。
おかげで村を出て冒険者になる時には、薬草や魔物の知識が非常に役に立ったし、その時は使わなくても、いずれ使うかもしれない知識に貪欲になれた。
その事は目立たなくても、俺の冒険者生活のプラスになっていると思っている。
教会の入り口でワンダーラプターから降りて、礼拝堂を覗いたが誰もいなかったので、弟達と一緒に騎獣を引き連れて礼拝堂裏の畑へ。
教会に集まった子供達は、だいたい礼拝堂の裏にある、畑周辺の空いた場所で遊んでいる。
遊びながら土に文字を書いて憶えたり、畑で土を弄りなら植物の名前や農作業を憶えたりする。
礼拝堂の裏に行くと、畑の世話をしている神父さん一家とシスターさん、そして数人の子供達の姿が目に入った。
連れてきた小さな弟達が、他の子供の方へ走って行くのを見送って、畑で作業をしている神父さんに声をかけた。
「おはようございます? お久しぶりです? ただいま?」
「ん? おお、おお、もしかしてグラン君か!? ずいぶん、大きくなったの、村を出ても元気にやっとるか?」
憶えられてた!
少し間があったものの、すぐに俺だと思い出してくれた。
俺が村を出た時はまだ少なかった白髪が、今ではほぼ頭を覆い、記憶に残る面影を残す顔に刻まれた皺も増えていた。
「はい、何とかかんとかやってますよ」
色々忙しかったり、何かと面倒事に巻き込まれたりもしたけれど、気付けば友人も増えて充実した日々を送っている。
「ほほ、そうかそうか。ずいぶん逞しくなって、いい顔になったのぉ。グラン君は、村を出て正解だったようじゃの」
「正解だったかどうかはわかりませんが、いい友人にも恵まれて楽しくやってますよ。あ、リリスさんこんにちは、お久しぶりです」
神父さんの後ろからこちらに向かって歩いてくる、ラベンダー色の長い髪のシスターの姿が見え、ペコリと軽く頭を下げた。
子供の頃ずっとお世話になっていたシスターさんだ。
七年も村を離れていたはずなのに、彼女だけは記憶の中の姿とほとんど変わっていない。
高い魔力を持つ者は、老化の速度が緩やかな者もいると聞いた事があるが、その為だろうか?
「お帰りなさい、グラン君。お友達も一緒なのね」
昔と変わらぬ姿と声で応えてくれる彼女は、七年間ずっと時が止まっていたのではないかと錯覚してしまう。
子供の頃にたくさんの事を教えてもらい、やらかして親や大人に怒られてしまった時は慰めてもらい、後片付けを手伝ってもらった事もあった。
あれだけお世話になったのだから、彼女にだけは忘れられていないだろうという自信はあったが、こうしてちゃんと憶えていてくれた事を実感するとやはり嬉しい。
「ただいま、リリスさん。えっと、こっちはアベル、よく一緒にいる冒険者仲間? 友人?」
「なんで、そこ疑問形なの? グランの友達のアベルだよ」
社交用のキラキラ笑顔でアベルが挨拶をした。
「アベル君ね、ここまで一緒に来るくらい仲良しなのね」
アベルに応えるリリスさんの笑顔も、アベルに負けないくらいキラキラしている。
なんだ、この二人? キラキラする魔法でもかかっているのか? そこだけ顔面偏差値が全く別世界になっているぞ!!
アベルとリリスさんは親子くらい年が離れているはずなのに……なんだろう、この並べてワンセットにしても違和感のないキラキラは!!
キラキラすぎて眩しっ!!
「グラン君はリリス君によく懐いていたね。せっかく会いに来てくれたのだから、お茶でもしながらゆっくりお話をしておいで、子供達は僕が見ておくからね」
神父さんよく憶えているな!?
「あら、じゃあお言葉に甘えて、中でお茶でもしましょうか」
キラキラ笑顔のリリスさんに促され、俺とアベルは教会内の一室へ。
小さな弟達を教会に預けた弟と妹は、自分の仕事がある為、家へと帰っていった。
教会の礼拝堂の奥にある小さな応接室というか相談室のような部屋。
こっそりとした相談事や、個人的なトラブルの話し合いの時などに使われる部屋だ。
子供の頃、ちょっとやらかしたりした時は、ここで両親に怒られながら、迷惑をかけた人に謝るという事が何度かあった。
いや、ホント、あの頃はごめんなさい。
なんて少し苦い思い出もある部屋だが、久しぶりに通されるとやはり懐かしい
質素なテーブルとソファーが置かれた部屋に、村の陶器職人が作ったと思われる花瓶と、それに挿された派手さはないが小振りで可愛い花。
俺が世話になっていた頃とあまり変わらない雰囲気がとても懐かしかった。
「はい、どうぞ。紅茶なんて久しぶりに淹れたから、上手く淹れられたかわからないわ。お口に合えばいいのだけど」
リリスさんが淹れてくれた紅茶の香りは、俺にも馴染みのある香りだった。
アベルがよく淹れる紅茶の香りにとても似ている。
という事は、王都で手に入る高級紅茶かな? なんでそんなものがこんな村に。
「この紅茶……どうして?」
アベルもその香りに気付いたようで、口を付けた後の表情からすると、やはり普段アベルが飲んでいるものと同じものなのだろう。
「うふふ、すごく古い紅茶なのだけど、今でもまだあるのかしら? 昔王都にいた頃にお友達に頂いたものなのよ」
「そんな古いものが残っているなんて、高性能のマジックバッグか収納スキルかな?」
アベルの目に少し警戒の色が見える。
リリスさんはミステリアスな雰囲気の女性だったが、王都の人だった上に、古い物を保存しておける手段も持っていたのか。
「うふふ、女性の秘密を勝手に覗いちゃダメよ。そうね、グラン君の収納スキルに似たものかしら? 昔の思い出に大事に残していたけど、こういう機会がないと出す事もないでしょうからね」
アベルの表情がめちゃくちゃ渋くなった。
アベルめ、また覗き見をしようとしたな。そしてこの反応、覗き見を失敗したな?
アベルの鑑定を弾いてしまうって、リリスさんは何者なんだ!?
「はーーーー、グランの故郷に、こんなすごい魔道士がいるなんて予想外だよ。おかげでグランの常識がちょっとおかしいのもわかった気がするよ」
アベルが諦めたのか、大きくため息をついて肩をすくめた。そして、微妙に俺に失礼な事をサラリと言っている。
「この紅茶もこの紅茶の淹れ方も、王都にいた頃の友人が教えてくれたのよ。お口にあったかしら?」
「そう。俺の知り合いの女性にもこの紅茶を淹れるのがすごく上手い人がいるんだ。彼女程じゃないけど、リリスさんの紅茶も美味しいよ」
おい、アベル、そこは社交辞令でも、リリスさんの紅茶の方が美味いというところだろ!?
「そう、ありがとう。その知り合いの女性の方はお元気かしら?」
アベルが微妙に失礼な事を言ったのに、リリスさんは楽しそうにニコニコと笑っている。
アベルとの会話から推測すると、この村に来る前は王都にいた事もあるようだし、高そうな紅茶を持っているという事は、元貴族だったりするのだろうか?
この顔とこの雰囲気なら、元貴族と言われても信じてしまうな。
「うん、元気だよ。今でも美味しい紅茶を淹れてくれるよ」
もしかしたら、このアベルの知り合いっていうのは、リリスさんの友人なのかな?
そんな事を考えながら口に含んだ紅茶は、アベルが淹れる紅茶と同じ味がした。
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