第322話◆足して二で割る
オミツキ様の祠から戻った後、朝食を済ませ、ワンダーラプターに乗って村の教会へと向かった。
当然のようにアベルも付いて来た。
気持ちよく晴れ、爽やかな午前中の空の下、のんびりとした歩調でワンダーラプターを進めている。
何もない村でやる事がないのだろうが、付いて来ても何もないので申し訳ない。
「へー、守護神の祠とは別に、教会もあるのかー」
「地元の神様は地元の神様、世界の神様は世界の神様だしな。教会と言っても、村の相談役みたいな所? 後、子供に文字とか算術を教えてくれる」
俺の中では前世にあった地元の寺みたいなイメージかなぁ。
節目の行事や冠婚葬祭を仕切ってくれて、時々人を集めて説法をしたり、子供に勉強を教えたり。
後は神父さんとシスターさんが回復魔法を使えるので、酷い怪我は教会に行って治してもらう。
親は日々の仕事に追われている事が多いので、家の手伝いができるほど成長がしていない小さな子供は、日中は教会に預けられている事が多い。
そこで他の子供と交友関係を築き、文字や算術を学ぶ。
俺も子供の頃は、教会にはとてもお世話になった。
ユーラティア王国のある大陸で最も勢力のある宗教では、創造神と言われる一番偉い神様を頂点にその下に色々な神様がいる事になっている。
一般的な教会や神殿には創造神が祭られており、その地域の特性や職種によっては、創造神と一緒に他の神様も祭られている。
騎士団なら戦と武の神、商業ギルドなら商売や算術の神、農村地帯なら豊穣の神、海沿いなら海の神など、その地に合った神様が奉られている。
ユーラティアでは敬虔な信者でなければ、わりと緩い感じの為、気軽に教会や神殿に参拝するし、その時に合わせた神様を拝む。
「グランー、俺もその格好いいトカゲに乗らせてくれよー」
後ろからクソ弟事、すぐ下の弟ルノが猪の魔物に跨がり、その前と後ろに赤毛の子供を一人ずつ乗せている。
俺が実家を離れている間に増えていた弟と一番上の兄貴のとこの息子だ。
「あたしもそれ乗ってみたいー」
ルノと併走するように、少し小型の猪の魔物に跨がっているのは妹のチコリ。そのチコリの腰に後ろから張り付くように、小さな赤毛の女の子が一緒に猪に乗っている。こちらも兄貴のとこの子供。
弟と妹は、うちのちっこい子供達を教会に預けに向かっている。
俺達も教会に行く予定なので、一緒に向かっているわけだ。
「ダメだな、ワンダーラプターはすごく気性が荒いんだ。自分より弱い奴は背中に乗せないぞ」
うちのワンダーラプターは女の子にはあまいから、妹は乗せるかもしれない。弟は……多分ダメだな。
「……グフッ」
一号が鼻で笑うように弟を一瞥した。これはダメなやつだな。
「うえー、なんかバカにされた気がするぞ!! お前、後で勝負だ!!」
「ググエッ!!」
「やめとけやめとけ、こいつらは結構強いぞ? その辺の小振りな熊くらいなら普通に倒しちまうからな、まともにケンカすると負けるぞ」
ワンダーラプターは細身だが、素早さは非常に高く、鋭い牙と強靱な顎を持っており、うっかりカプッといかれると洒落にならない。
更に後ろ足の筋肉は非常に発達しており、足の爪も鋭い。その後ろ足で蹴飛ばされるだけでも、鍛え方が足りない人間は重傷を負ってしまう。
その上、俺達と行動しているうちに強くなって魔法も使うからな。
非常に頼もしいが、危険な面も持ち合わせている騎獣なのだ。
「そういえば、ガロも乗っていたけど、君達が乗ってるでっかい猪は、この村の主流の騎獣なの?」
「ああ、こいつ? うん、アーマーボアって言って、頭も良くて温厚で言う事もよく聞くし、体力も根性もあるから狩りにも農作業にも使えるんだ」
「へー、確かに背中の辺りに固そうな皮膚?鱗?があるのが、鎧みたいだね。王都やダンジョンでは見かけない種類の猪だねぇ」
「ブヒッ!」
ルノに褒められたのがわかったのか、ルノの乗っている猪が機嫌良さそうに鼻を鳴らした。
アーマーボアはこの辺りの山の中でよく見かける猪の魔物で、頭から背中にかけて体毛が変化したと思われる、固い鱗のようなもので覆われている。
その姿がまるで鎧を着ているようなので、アーマーボアと呼ばれている。
雄のアーマーボアは大きい個体だと五メートルを超え、大きな牙を持ち首から背中には真っ赤なたてがみが生えており、強そうで格好いい。
雌の方はやや小振りで、大きくても三メートル程度にしかならない。
非常に賢く、普段は温厚な性格なのだが、家族の絆が強く、家族を傷つける存在に対しては容赦なく襲いかかる。
鎧を纏っているような見た目に違わず、鎧状の部分は非常に固く攻撃を通しにくい。
その巨体の体重を乗せ固い部分で体当たりされると、大ダメージを食らう事になる。
大きな体で表面も固い為、山の中の移動に相性が良く、村の狩人達はアーマーボアに好んで乗る者が多い。
また、温厚な性格の為、小型の雌は女性でも扱い易く、力も強いので農業でも大活躍の優秀な猪である。
アーマーボアはワンダーラプターほど足が速くなく、今は小さな子供も乗せているので、アーマーボアの速度に合わせてゆっくりと教会へと向かっていた。
村は川を挟むように広がっており、その川から少し離れた小高い場所に石造りの教会がある。
雨の多い時期は水害や土砂災害の危険がある為、そういう時の避難場所も兼ねて、教会は基礎の高いしっかりとした造りになっている。
「お、もしかしてグランか? 戻って来てるって本当だったのか」
教会に向かっていると、前方からドカドカと足音をさせて猪に乗った男、三人組がこちらに寄ってきた。
なんか見覚えのある顔だけれど、名前が思い出せない。年齢的に子供の頃一緒に遊んだ誰かだ。
「冒険者になるって、村を出たんだったよな? 魔法が使えなくても冒険者ってやつにはなれたのか?」
「おう、相変わらず魔法は使えないけど何とかなってるよ」
小さな村でガキの頃ずっと一緒に遊んで、村の暮らしを憶えた仲だ、周りの子供がどんどん魔法を憶える中、俺だけずっと魔法を使えるようにならなかったのは、同世代の連中なら憶えていてもおかしくない。
「冒険者って魔物を倒すのが仕事だっけ? 魔法が使えなくてもやっていけるものなのか」
強い魔物や獣の多いこの地域の狩りは、武器と魔法を併用した戦い方が主流だ。
そんな中、子供の頃ずっと魔法が使えるようにならなかった俺は、村を出る頃には同世代の狩人を目指す者から少し後れを取っていた。
「まぁ、魔法は使えなくても、他の戦い方があるからな」
魔法が使えないのは相変わらずコンプレックスではあるが、なかったらなかったで他の戦い方もあるし、俺には別のスキルや道具で魔法が使えない部分をカバーしている。
魔法を使ってみたいという願望はあるが、使えない事については、すでに吹っ切れているし、子供の頃の記憶の延長線の世間話で、相手に悪気がないのはわかっている。
ここでいちいち怒る程の事でもないし、数日の里帰りで村の者といざこざも起こしたくないから、適当に愛想笑いをして流しておく。
……が、俺が魔法を使えない事を気にしているのを知っているアベルが、ピリピリとした空気を醸し出している。
「魔法が使えなくても冒険者をやっていけるなら、俺も村を出て冒険者ってやつになってみたかっ……」
ピシャアアアアアアアアアアッ!!
突然、晴れた空に稲光が走った。
明らかに不自然の魔力が、俺達の周囲を漂っている。
「ふふふ、魔法なんてちょっと使えても誤差みたいなもんだからね。冒険者はね、魔法も武器も得意なものを、上手く使いこなせる人が強いんだよ」
超笑顔のアベルの背後に、漆黒のオーラの幻が見えた気がする。
確かに天才魔道士のアベルから見たら、少し魔法が使えるくらいなら誤差みたいなもんだな。
「お、おう、確かにそうだな。狩りも得意な武器を上手く使う奴が成果を出すしな!!」
突然の不穏な稲光に猪に乗った男達の顔が引き攣った。
「そ、そっちは、グランの冒険者仲間か?」
「おう、冒険者になってからずっと世話になっている魔道士のアベルだ。よく連んでる相棒みたいなもんかな?」
「そ、グランの相棒。魔法が使えないグランの分まで俺が魔法が使えて、前線での戦いが苦手な俺の分までグランが前線で戦ってくれるの。冒険者はソロよりパーティーで行動する事が多いからね、お互いの長所生かしてお互いの短所をカバーすれば、平均値以上の結果になるんだよ? 俺とグランみたいに? ね?」
アベルがこちらを振り返りコテンと首を傾げた。
「そうだな、一緒に行動する奴と短所をカバーし合うのは、冒険者も狩人も同じだな」
アベルの言葉にうんうんと頷く。
「お、おう、そうだな!! おっと、そろそろ行かないとまずいな!」
「そうだな! またな!」
「グランも元気でやれよ!」
ドスドスと音を立てて猪三人組が、走り去って行った。
「中途半端な魔法よりも、グランの頭おかしいスキルの使い方が、いろんな状況に対応できて、ずっと便利で有能だもんねーーーー!!」
「頭おかしい使い方ってなんだよ」
猪三人組が去った後、アベルがまだプリプリとしている。
気にしていないけれど、突かれるとモヤる部分だったので、ヘラヘラする事しかできなかった俺の代わりに、言い返してくれた事は正直とてもありがたかった。
魔法の事を言われてカッとなってしまうと、自分が魔法を使えない事の劣等感を思い出してしまうから。
ヘラヘラと流していれば、魔法を使えない事なんて、なんともないって思えるから。
気にしていないふりをしていれば、本当に気にしていないと思い込めるから。
ホントは羨ましいし妬ましい。
しかし、周りに当たり散らしてどうにかなる事でもないし、羨んだり妬んだりしたところで魔法が使えるわけでもない。
そう言い聞かせて、その気持ちはずっと心の奥にしまい込んで、出てきたら茶化して誤魔化している。
一度吐き出してしまうと延々と毒を吐き出しそうだから。
そうなる前に代わりに吐き出してくれる友人がいてよかった。
「アイツら、むかしっからグランに対してけんか腰だったしな。そのわりにグランとケンカして勝ってるとこ見た事なかったけど」
ああ、子供の頃はしょうもない事でよくケンカをしていたな。
ケンカというか、子供の成長過程でお互いのできる事とできない事の差で、くだらない啀み合いだな。
俺は記憶が戻ってからは中身は大人だったからな、売られたケンカを諫める感じで返していただけだ。それがまた癪だったのか、魔法を使えない事をよく弄られていた。
「そうそう、弓の腕も刃物の扱いもグラ兄の方が上だったからね。唯一勝てると思っているのが、ちょっと魔法が使える事だけで、それを自慢したいだけだから、グラ兄はもっと怒っていいよ」
チコリまでアベルと一緒になってプリプリとしている。
チコリは俺が魔法の事で弄られると、俺よりも先に怒って、時には手や足が出ていた。その度に俺が諫める事になるので、結局俺が怒ったり機嫌が悪くなったりする暇がなかった。
チコリを諫め終わる頃にはすっかり俺も毒気を抜かれてしまい、そのおかげで魔法が使えない事を気に病みすぎる事はなかった。
まだちょっと魔法への未練はあるけれど、自分が吐き出せない気持ちを、代わりに吐き出してくれる家族や友人に恵まれて、俺は本当に幸せ者だな。
「なんだよ、グラン。ニヤニヤして気持ち悪い」
クソ弟が怪訝な顔でこちらを見ている。
おっと、思わず嬉しくて顔が緩んだようだ。
「やー、平和だなーって思って?」
ありがとうと言いたいが、なんだか少し気恥ずかしくて、ポリポリと頭を掻いて前を向き、ワンダーラプターを走らせた。
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