第319話◆昔と変わらない村の生活

 皮はパリパリ、中はジューシーなロック鳥の肉。その上にじっくり炒めて甘味のある刻みタマネギが載って、更にバターと白ワインの風味のソース。

 横に添えてある、少し苦みのあるハーブと一緒に食べれば、肉から溢れる肉汁の脂っこさは気にならない。

 おい、アベル、ハーブを避けてんじゃねえ!! それが美味いんだよ!!

 そのハーブをこっちに転移させんじゃねーぞ!! うちじゃないんだから、行儀悪い事するんじゃねーぞ!!


「おい、グラン。その、鶏肉を焼いている料理のレシピを、後でうちのかみさんに教えておいてくれないか?」

 家族に気付かれないように、視線だけでアベルと無言の攻防をしていると、長男に声をかけられた。

「おう、この辺りで手に入る食材で作れる料理のレシピと合わせて、紙に書いて渡しとくよ……くっっっっ!!」

 兄貴に気を取られた隙に、俺の皿にハーブが増えていた。くそが!!

 ハーブは消毒効果や消化促進効果があるから、肉や魚と一緒に食べる方が体に優しいのだぞ。


 俺とアベルが飯を食っているすぐ近くで、お袋は畑で使う鳥避けの網をチクチクと繕っている。親父と長男は酒を飲みながら、狩猟用の罠で使うロープを作っている。

 ヒョロ兄と妹は木の籠を編んでいる。

 おそらく居間に出てきていない、他の年齢の高い家族もそれぞれの部屋で何か内職をしているのだろう。

 七年前と何ら変わっていない光景に不思議な安心感を憶えた。


 近くに大きな町もなく、他の村との行き来も少ないこの村では、月一くらいで他の町や村と取り引きがある程度で、あとはほぼ自力で賄っている。

 体力のある男性が中心になって狩りや村の防衛を、村に残る女性が中心になって農業を、子供は内職や年下の子供の面倒を見る。

 そして村にある教会や学がある者が中心となって、子供達に読み書きを教える。

 以前は学問はあまり重視されていなかったのだが、買い出しの時や、行商が来た時にぼったくられないようにと、文字と簡単な計算を学ぶようになった。

 また、うちのヒョロ兄のように体が弱い者は、狩りには出ず村の中で仕事をしている。

 農業と狩りを主としている家が多いが、それ以外にも食品加工や酒造りを専門にしている家もある。

 村の産物を他の町に売り現金を得ている為、どの家も現金は持っているが、村での取り引きは現金より生活に必要な物での物々交換が主流だ。

 こんな辺鄙な村なので、村から出なければ現金は不要なのだ。

 孤立した村だが、それぞれが役割を分担し村の生活が成り立っているのだ。

 明日は教会に顔を出して、子供の頃にお世話になった神父さんと、シスターのお姉さんに挨拶に行こう。




 飯を食い終わったら、先ほど作って冷やしておいた、タコワサ……じゃない、セファラポッドのアオドキ和えを出して来て、それをつまみながら酒を飲む。

 ほっかほかのご飯が欲しくなるが、今日は我慢だ。

 この村でよく飲まれているのは、イモやトウキビから作られた酒。

 村にいた頃はまだ子供で酒なんか飲んでいなかったので、当時は親父や兄貴達が飲むのを見ているだけだった。

 台所からつまみを持ってくると、兄貴達がトウキビの酒を勧めてきた。


 少しドロリとした黄土色の酒。この村の家庭で手作りをされている酒で、酒精は強くなく、日持ちもあまりしない。

 自家製なので舌触りも色もあまり良くなく、表面が少しブクブクしているのだが、甘味と酸味が強くフルーティーでジュースのような味で、見た目のわりに非常に飲みやすい。

 少し甘味が強くて、セファラポッドのアオドキ和えには合わなかったかな? チーズやナッツ系の方が相性良さそうだ。

 辛いのが苦手なアベルなら、甘味の強い酒と一緒くらいでちょうどいいのかな?

 まぁ、酒とつまみの関係なんて、好きな酒を飲んで、好きなつまみを食べればいいのだ。


「そういえば他の兄貴達は、狩りに出てるって言ってたっけ?」

 口の中に放り込んだ生セファラポッドの歯ごたえと、ツンとしたアオドキの辛さがたまらない。

「ああ、そろそろ戻って来ると思うが、ソルトライチョウの季節だからな。ん? 何だこれは? 辛いのは薬草の味か? 何の肉だ?」

「あー、ソルトライチョウの季節か。あ、これはセファラポッドと言って海にいる足が八本ある魔物の肉。淡泊な味だけど歯ごたえがあって美味いんだよな」

「海? 水しかないって場所か? そんな場所の魔物はどうやって狩るんだ?」

 海と言ってもいまいちピンと来ていない一番上の兄が、不思議そうに首を捻っている。

 こんな山奥で暮らしていると、水しかない場所なんて想像ができないのは無理はないな。


 兄貴との会話に出てきたソルトライチョウとは、この村から更に山奥、標高の高い山の頂上辺りに棲息している、ずんぐりとした鳥でこの時期が繁殖期である。

 繁殖期になるとこのソルトライチョウの体毛は、真っ白い塩の結晶になる。

 それだけでも不思議なのに、ソルトライチョウの産み落とす卵の殻も塩の結晶なのである。

 不思議すぎるだろ! ファンタジー生態系!!

 もともと飛ぶのは苦手な鳥なのだが、羽が塩になる時期は完全に飛べなくなる上に、動きも鈍くなる。

 その為、非常に天敵から狙われやすく、人間の手でも容易に捕らえる事ができる時期だ


 そして、山奥の孤立した村では塩を手に入れるのは非常に困難である。

 一番近い町も海から遠く、塩は高い。

 自給自足で現金を稼ぐのは難しい村の為、村の需要分の塩を買い付けるのは厳しい。

 しかし、この時期に塩まみれの繁殖期を迎えるソルトライチョウがいる為、毎年この時期に村の男数名でこのソルトライチョウから塩を貰いに行くのだ。

 このソルトライチョウのおかげで、海から遠く離れた俺の故郷は塩に困らずに生活ができている。



 ソルトライチョウの生態についてアベルに簡単に説明をすると、王都やダンジョンでは見かけない珍しい鳥に興味を示した。

「へー、不思議な鳥がいるんだね。それを狩って塩を手に入れるの?」

「いんや、そんな生態だから繁殖期のソルトライチョウを狙う天敵が多くて、繁殖に失敗して数が減りやすいんだ。だから、ソルトライチョウの毛が塩に変わって、卵が孵るまでの間、天敵からソルトライチョウを守ってやるんだ。一ヶ月くらいかな? 卵が孵れば殻は手に入るし、塩羽は抜けて元の羽に戻るんだ。その卵の殻と塩の羽を集めると、村の一年分の塩が賄えるくらいになるんだ」

 ソルトライチョウの繁殖地に行くのは大人だけなので、実は俺も行った事はない。

 少し興味はあるが、このソルトライチョウを天敵から守る作業は、一ヶ月と期間が長く、ソルトライチョウを狙う魔物や獣と戦う事になる為、非常に辛く危険である。

 毎年、村の成人男性達が十名以上でソルトライチョウの繁殖地に向かうが、戻って来る時は皆、傷だらけで死人が出る年もある。


「俺は去年行ったから今年は免除」

「俺は体が弱いから、免除。ガロも、今年は子供が生まれたばかりだから免除されたって言っていたな。親父はもう年だから免除」

 十五歳を超えると順番に行く事になるのだが、家庭の事情や本人の体力によっては免除される。

 体力がない者や体が出来上がっていない年少者は無理矢理連れて行っても、足を引っ張って全員が危険に晒されるだけだから。

 しかし参加した者の家には塩が多く貰えるので、ほとんどの家から体力と狩りの腕に自信のある者が一人は参加する。


「そこってここから遠いの?」

「さぁ? 俺は行った事ないからな、猪で二日くらいだっけ? ワンダーラプターだったら一日で行けそうだけど、防衛の邪魔したらいけないから行かないぞ? 代わりに明日、この村の守り神様のいる祠に連れてってやるよ。親父、明日のオミツキ様のお参り俺が行くよ」

「わかった、では明日の朝は任せる」

 相変わらず無口な親父が、作業の手を止める事なく応えた。

 アベルがソルトライチョウの繁殖地に興味がありそうな顔をしているが、村にとって大切な塩を集めている場所だ。村からの道のりは険しいし、ピクニック気分で遊びに行く場所ではない。

 代わりに村の守り神様の所に連れて行ってやろう。運が良ければオミツキ様にも会える。めちゃくちゃ可愛い守り神様なんだよな。

「守り神? やっぱりそういう存在がいるんだ。グランが行くなら一緒に行くよ」

「じゃあ、場所は近いけど朝早くに行くから、寝坊すんなよ」

 お、良い感じにアベルが釣れた。


 オミツキ様は山の中から村を見渡せる場所に住む、鳥の姿をした守り神様で、その正体はおそらく神格を持った妖精か魔物だ。

 この村に住む者は、毎朝、一家の誰かが代表でお供えを持ってお参りに行っている。

 俺もよく子供の頃、お参りに行っていたのだよね。

 オミツキ様の機嫌がいいと、その姿を見せてくれて、ついでに一緒に遊んでくれたりもしていた。

 懐かしいなぁ。

 信仰とは不思議なもので、元は小さな存在として生まれた者が、何かの切っ掛けで周囲から敬われ信仰を集め、神のような力――神格を持つ事がある。

 そうして得た神格は信仰する者が増える程、その者の力を強くする。その者もまた力を得る為もしくは維持する為、己を信じる者に恩恵を与える。

 こうして、信仰が芽生えた地に棲み着いた神格を持った存在が、その地で守り神として崇められる事は珍しくない。

 特に、自然の多い地域には守り神のような存在がいる事が多い。

 前世の国でも似たような信仰があったよな? 八百万の神だっけ? 至るところに神社があって、土着の神様が祀られていた。

 オミツキ様もきっとそういう存在なのだと思う。




 その後、しばらく兄貴達と一緒に酒を飲んでお開き。

 寝る所がないなら居間で寝ればいいかと思ったら、お袋に追い払われて子供部屋に押し込まれた。

 居間が、おかんのテリトリーなのは前世でも今世でも似たようなものなのかもしれない。

 すでに眠っている子供達を起こさないように、薄い毛布にくるまって横になる。

 スゥスゥと子供達の寝息が聞こえる中、少し離れているのに子供達の体温を感じる。


「グランのとこは家族が多くても両親も兄弟も仲がいいんだね」

 明かりのない真っ暗な部屋の中、アベルが小声で話しかけてきた。

「ああ、人数が多いからあっさりしてるし、ケンカも多いけど、仲は悪くないな」

 これだけ兄弟が多いと、一人一人にかける手間が少なくなるのもわかる。

 今世は前世ほど親が子供時代に世話を焼いてくれなかった為、前世と比較してすごく淡泊な子育てだなどと思っていた。

 それだけに、ちゃんと憶えられていた事も、寝床を用意してくれた事も嬉しかった。


 心の中で、変に構えて随分長い間、実家に寄りつかなかった事を心の中で謝った。

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