第320話◆オミツキ様
「グラン、守り神の祠は近いって言ってたよね?」
「わりと近いと思うけど?」
「距離的には近いかもしれないけど、何この階段!? 空まで届くんじゃないの!?」
「おう、朝の筋トレ代わりにちょうどいいな!」
「俺は朝からそんな事やってないよ!!」
目の前には終点が見えない程のながーーーーーーい石階段。
この階段を登りきった先にオミツキ様の祠がある。
まだ暗いうちに家を出て、徒歩で祠に向かい階段を登り始め、階段を半分くらい登った辺りで空が薄らと明るくなってきた。
しきたりにより、この階段は自分の足で登らないといけない為、ワンダーラプター達はお留守番だ。
不思議な魔法がかかっていて、自分の足で登らないと頂上に辿り着けなくなっている。もちろん身体強化系も無効にされてしまう不思議空間だ。
アベルがズルをして魔法でピューッと飛んだら、先に登ったはずなのに、何故か後ろから戻って来た。
魔法で楽をするのもダメ!!
「く、魔法も自力には違いないのにっ!」
「ズルばっかりしてると、罰が当たるぞ。それにこの階段を登る事によって、加護が貰えて体の調子がよくなるんだ」
「それって、階段を登って鍛えられているだけじゃ……、あぁ、この階段浄化効果があるね。でもきっつ……っ」
確かにこの階段を頻繁に上り下りしていたら、体はめちゃくちゃ鍛えられるな。
筋肉マニアのドリーに教えたら延々やっていそうだ。
「ははっ! なんだ、グランの相棒ってわりに、ヒョロヒョロして体力がないな!」
「俺はか弱い魔道士なの! グランみたいに脳ミソまで筋肉でできてないの!!」
ヒィヒィと言っているアベルの横を、ガロが足取り軽く階段を登っている。
自称か弱い、実際は運動不足のアベルのペースに合わせて階段を登っていると、後ろからガロがやって来て、それから俺達と一緒に階段を登っているのだ。
って、誰が脳ミソまで筋肉だ!
「そんなヒョロヒョロしててグランの相棒なんかできるのかー?」
「グランが脳筋、俺は頭脳派!! それでバランスが取れてるの!!」
「え? 俺どちらかと言うと頭脳派だけど……」
火力低め手数勝負の頭脳派脳筋だと思っているけれど?
「グランが頭脳派はないな」
「だよねー、困ったらすぐ爆発物や物量攻撃するし。ごり押し! 脳筋!!」
「なんだ、相変わらずだな?」
「ええ、昔からなの……」
なんだよ、言い合いをしていると思ったら、何だかんだで馴染んでやがる。
ガキの頃は収納の容量は少なかったし、ニトロラゴラも知らなかったから、変な爆発物はあまり使っていなかったぞ!?
ちょっと、陶器の容器に油と火の付いた布を入れて、ムカデの魔物に向かって投げたくらいだ。そして、山火事になりかけて、めちゃくちゃ怒られた。
うむ、木の多いところで不用意に炎攻撃をしてはいけない。
やっぱ、土石流や丸太が安全で、万能だな!!
長い長い階段を登り、祠の入り口の門が見えてくる頃には、陽が昇り明るい朝になっていた。
ガロも俺達ののんびりとしたペースで一緒に階段を登り、その間ずっとアベルとくだらない張り合いをしていた。
なんだお前ら、会ったばっかりなのにすごく気が合うな!?
のんびりと階段を登り俺達の横を、他の村の者が次々と抜かして行く。
そのほとんどが見覚えのある顔で、彼らも俺を憶えていてくれたようで、追い抜かされる度に少し驚きつつ声を掛けられた。
何年も戻っていなくて、すっかり忘れられていそうだと思っていたのに、意外と憶えていてくれる人がいたのは嬉しいな。
俺達を抜かして先に祠に到着し、お参りを終えて帰って行く人とすれ違いながら、階段の終わりへと到着し門をくぐって祠の前へ行く。
祠の傍らには岩で囲まれた小さな池があり、透明な水が静かに揺れている。
俺達が到着した時は皆お参りを終え、祠の前には俺達三人だけだった。
七年前と何も変わらず、村人の手により綺麗に整えられた祠。その前には、たくさんのお供え物が置いてある。
日頃、村を外敵や災厄から守ってくれている、守り神へのお礼の気持ちだ。
オミツキ様は俺の事を憶えていてくれるかな。
「お供え物をして、そこに置いてあるベルを鳴らすんだ。アベルもお参りをしておけば、村にいる間くらい御利益があるかもしれないぞ」
「そうだね、神格持ちの存在の領域まで来たのだから、手土産は置いて帰らないとね」
俺もアベルも信仰心はあまりない方だが、やはりこういう神格持ちの存在を身近に感じる場所では、最低限の礼は尽くす。
教会や神殿の神様は、仰々しすぎて存在にあまり実感がないが、こういう土着の守護神はその存在をハッキリと感じる。
礼を尽くしても恩恵があるとは限らないが、非礼を行えば呪われる事もある。
まぁ、ありがたい存在なので、ちょっと拝んでおこうって感覚だ。
オミツキ様は子供の頃から馴染みのある守り神様なので、久しぶりに戻って来た報告と、村と家族の安泰のお礼と祈願をちゃんとする。
親父から預かってきた、お袋が作ったお菓子。俺はしばらく来ていなかったので遠方のお土産も兼ねて、昨夜作ったセファラポッドのアオドキ和えと、リュネ酒をグラスに一杯。
毎日の参拝なので、そんな大層な物でなくてもいいのだ。日々の感謝を伝える程度の物を、毎日お供えに来るのだ。
ガロは野菜と肉の料理、アベルは王都のお菓子だろうか。
お供え物を置いたら、祭壇の脇においてあるベルを鳴らし、手を組んでお祈りをすると、頭の上にボトンと何かが落ちて来て乗っかった感覚がした。
「うわっ!? ヒヨコ!?」
俺の頭の上に落ちてきた物に気付き、アベルが声を上げた。
「やーっぱグランと祠に来ると、オミツキ様に会えるんだよなぁ。むかっしからグランの頭の上がお気に入りだったもんだ」
「ピョッ!!」
「え? このちっこいのが守護神!?」
よかった、オミツキ様は俺の事を憶えてくれていたようだ。
頭の上に乗っかっている、少し重い感覚の主を手で包むように掴んで、顔の前に持ってくる。
「オミツキ様、久しぶり」
「ピョッ!」
黄色くてもこもこの少し太ましいヒヨコに挨拶をすると、それに応えるようにヒヨコがドヤ顔で片方の羽を上げた。
羽の関節に獣のような鋭い爪が生えているが、それがあってもくっそ可愛い。
「いたっ!」
俺の横に立っていたアベルの頭の上に小さな木の実が落ちてきた。
あ、コイツ癖でのぞき見したな。先日、ベテルギウスに釘を刺されたばっかりなのに。
「アベル、オミツキ様はちっこいけどありがたい守り神様だからな、勝手に覗くとそりゃ怒られるぞ」
「悪かったよ、お詫びに兄上のお墨付きの美味しいワインを追加しておくよ」
それ、クソ高いワインではなかろうか……。
アベルの手の上にヒュッと高そうなワインが出てきて、祭壇の上に置かれた。
それを見たオミツキ様が満足そうにうんうんと頷いたので、祭壇の上にそっと降ろした。
オミツキ様は酒好きで、何だかんだで少し現金なところがあるので、悪意のない不敬はお供え物を増やせばだいたい許してくれる。
「いてっ!」
俺の上にも木の実が降ってきた。思っていた事を見透かされたか……クッキーでも置いておこう。
俺が置いたクッキーの袋の封を小さな嘴で器用に外して、その中に頭を突っ込みガサガサと音をさせながらクッキーを食べるずんぐりヒヨコ可愛い。
七年前に見た時より丸くなっている気がするが、気のせいか!?
「いてっ!」
また木の実が落ちてきた。
くそ、さすが神格持ち。不敬な事を考えるとバレてしまう。
追加でスッとミミックの干物を出して祭壇に置いた。
「ただいま、オミツキ様。短い間だけど村にいるから、その間よろしくな。俺の事、憶えていてくれてありがとう」
「ビヨッ!!」
クッキーの袋から顔を出し、粉だらけになった顔でうんうんと返事をしてくれる。
子供の頃と変わらない光景に何故か目の奥が熱くなった。
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