第318話◆今も昔も
「アベル、お前まだ濡れてるから、その辺の部屋で服を着替えて来いよ、そのままだと風邪をひくぞ」
「うん、ちょっと肌寒いし、そうさせてもらうよ。ホント、あのワンダーラプター達すぐふざけるんだから、グランそっくり」
それ、俺は関係なくないか? お前が日頃世話をしないから舐められているだけじゃないかな?
木と石で作られた家の中は、引き戸やカーテンで仕切られている。
この家には俺の両親と兄弟、家を継ぐ予定の長男家族が住んでおり、全部で何人いるのか数えるのも面倒くさい大所帯だ。
部屋を仕切っている引き戸を少しだけ開けて、その隙間から小さな目がこちらを覗いている。
俺の知らない兄弟か? それとも兄貴の子供か?
「お友達のお兄さんはあっちの部屋で着替えておいで、濡れた服は出しておいてくれたら洗っておくから」
いや、多分アベルの装備の値段を聞いたら、腰抜かす事になるからやめておけ。
「アベルの事なら放っておいていいよ、冒険者だから自分の事は自分でできるからな。それより飯は……」
「七年も連絡しないでいきなり帰って来てあるわけないでしょ! こんな時間だし、もうみんなご飯は終わってるよ」
ですよねー。
「じゃあ台所だけ借りるよ。それから、俺達の寝る部屋ある? なかったらガロが泊めてくれるって言ってたから、ガロの家に行くよ」
「子供と一緒でいいなら、寝る所くらいあるよ。ガロ君とこは奥さんが子供を産んだばかりだから、お邪魔したら悪いよ」
うわ、ガロの奴、俺と同い年なのに、結婚して子供までいるのか。ちょっと悔しいな?
ま、まぁ、田舎はみんな結婚するのはやいし?
俺より顔がよくて、俺より年上なのに結婚とは無縁そうな奴もいるし?
「グラン、なんか俺に失礼な事を考えてない?」
お袋に案内されて着替えに行こうとしていた、アベルがこちらを振り返り目を細めた。
勘のいいイケメンめ。
アベルが服を着替えに行っている間に、俺は台所で晩飯の準備。
いきなり帰って来た上に、この辺りでは見慣れないイケメンまで連れて来たから、子供らが興味を示して出て来たついでに、飯をつつかれそうだし多めに作っておくか。
どうせ兄貴達も酒飲み始めてそうだし、つまみも何か作っておくかなぁ。
時間のかかりそうなつまみを先に作ろう。
フォールカルテで買って来たセファラポッドの足を二本。
やや大きめのセファラポッドなので、二本あれば家族でつまんでも大丈夫かな?
セファラポッドの足は塩をたっぷりとかけて、気合いを入れて揉む。
今回は生のまま使う予定なので、念入りに塩揉みをしないとぬめりが気持ち悪い。
しっかり塩で揉んだら水で洗い流して、布で水分を拭き取る。
先端のクルクルした部分は、食べるとお腹を壊しやすいのでポイポイ。
少し面倒くさいが吸盤を一つずつ切り落とし、足は細かく刻んで、大きめの器にポイ。
味付けはイッヒ酒に醤油に乾燥させた海藻を細かく刻んだ物、それに摺り下ろしたアオドキを加えてよく混ぜる。トウガラシ系のスパイスを加えておく。
後は器の上に布をかけて、一時間くらい寝かせたら、セファラポッドのアオドキ和えの出来上がり。
ツンッと辛くて、酒のつまみにちょうどよい。
標高の高い山の中で陽が落ちた後は涼しいけれど、氷の魔石で氷を出して、その上で冷やしておこう。
つまみの仕込みは終わったので、次は晩飯だ。
連日の移動で疲れているし、あまり手の込んだ料理はしたくないな、アベルも腹を空かせていそうだし、時間がかかるとつまみ食いに来そうだ。
それに、この辺りで手に入らない食材や調味料をたくさん使った料理は、大人はともかく好奇心の強い子供達が、村の外に興味を持ちすぎて無茶な行動に出かねない。
メインディッシュはこの辺りで手に入る材料で代用して作れる料理がいいな。
というわけでシンプルで食べごたえのある、ロック鳥の皮付きモモ肉をパリッと焼いたステーキにしよう。
皮と肉の隙間にスライスしたニンニクを、ギュウギュウに詰め込むと美味いんだよなぁ。
パリッと焼き上がったら、表面の油を綺麗な布で拭き取っておくと更にパリパリになって、気持ちよく食べられる。
それに、エリヤ油でじっくりと炒めた刻みタマネギをたっぷりと載せる。
ソースはロック鳥の肉を焼いた後に残った油に、バターと白ワインと少々加え、塩で味を調えたものをかける。
その横にちょこちょこと、彩り用のハーブを添えて完成。
兄貴とか子供がよってきそうだからソーセージも焼いて、生ハムも少し切っておくか。
後は、ドライフルーツとナッツ系でもあればいいかな。
適当に摘まむものがあれば、ガキどもが乱入してきても夕食を荒らされなくて済むだろう。
俺とアベルの晩飯を作って居間に戻ると、大きなローテーブルを囲んで、兄弟やアベルが床に座り何やら盛り上がっている。それを親父とお袋も少し離れたところで聞いている。
なんか、嫌な予感がするぞ?
絶対俺の悪口で盛り上がっているだろ!?
「グランはまだ水を収納に入れる癖があるのか」
「えー、あれ子供の頃からやってたんだー。水だけじゃなくて、岩や砂まで入れてるんだよねぇ」
「たくさん詰め込めば収納スキルの性能が上がる? そんな事言いながら、貯水池の水を吸い上げて親父にめちゃくちゃ怒られたし?」
兄貴二人がアベルに俺の子供時代の話をしている。
うるせぇ! 昔は収納スキルの容量も魔力も少なくて、毎日池の水を出し入れしてトレーニングしていたんだよ!!
池に住んでいた魚やカエルには悪い事をしたけれど、ちゃんと元に戻したろー!?
子供の頃は収納スキルが珍しいスキルって知らなくて、人前で普通に使いまくっていたから家族や面識のある村人は、俺が収納スキル持ちである事は知っている。
「あー、あったあった。だがそのおかげで、崖崩れで川が堰き止められた時は、グランの収納スキルで岩を撤去してすぐ復旧できたから、畑まで浸からずに済んだな」
へへーん、そーだろそーだろ。子供の頃から俺の収納スキルは優秀だったんだよ。
さっすが長男、俺の活躍をちゃんと憶えていてくれている。
「でも収納いっぱいになって邪魔だからってその岩を庭に出して、また父ちゃんにめちゃくちゃ怒られてたじゃん」
弟よ、余計な事まで言わなくていいぞ。
「しかも、その岩を掘って何か作るって言って失敗して、庭が岩を砕いた砂だらけになってお袋激怒」
あー、あったあった。あれは、分解スキルのスキル上げついでに、岩を分解スキルで削って岩彫りの熊でも作ろうと思ったんだよ。失敗して全部砂になって庭が砂で埋め尽くされて、お袋にめちゃくちゃ怒られたな。
正直すまんかった。スキル上げの為だし、子供の考える事だから許せ。
「おい、話すなら俺の武勇伝にしろ」
人の昔話で盛り上がっているところに割り込んで、机の上に料理を並べる。
「あー、グランずるい! 自分だけ美味そうな晩飯だ」
「俺達は夕飯がまだなんだよ! 鶏肉は俺とアベルの晩飯だからな、取るんじゃねーぞ。他の皿は勝手に食っていいから」
今にも俺の鶏肉を手で摘まみそうな弟の前に、ソーセージや生ハムを盛った皿を差し出す。
大人しくつまみでも食ってろ!!
「そういえば、グランお土産は?」
弟に言われて思い出した。
道中に手土産がてらに出てきた魔物や獣を狩ったが、他にはこれと言って何も買って来ていなかった。
だって、俺の住んでいるピエモンは特に観光地でもないから名産品とかないし?
「ウサギと熊をやるからそれで我慢しろ」
「それは、その辺でも捕れるやつじゃんー。でっかい町のお土産は-?」
「うるせぇ、俺が住んでるのは田舎なんだよ!!」
ここよりはマシだけど。
「グラン、お土産買い忘れたんでしょ? はい、これ、王都で人気のあるクッキーね、子供達で分けて食べるといいよ」
アベルがスッと高そうなクッキーの入った箱を出して、弟に手渡した。
「やった、ありがとうアベル!」
おい、すでに呼び捨てか!? すっかり馴染んでいるな!?
「ううん、また明日にでもグランの昔話を聞かせてねー」
「任せろ、グランのやらかした話ならいっぱいあるぞ!!」
クソ弟は後で絞めておこう。決定。
うるさい弟がアベルに貰ったクッキーを持って、子供達が集まっている部屋に行ったので、俺達のいる居間は少し静かになった。
子供部屋の方からはクッキーを取り合って争うような声が聞こえる。
「俺も兄弟多い方だと思っていたけど、グランのとこのが全然多いな。ところで、子供部屋大丈夫なの? なんだかケンカしてそうだけど?」
「まぁ、大丈夫じゃね? 兄弟も親戚も多いから、上の奴が下の面倒見る事になるからな、下も上の兄弟の事は信頼してるし、ケンカしてるようで上手くやるよ」
俺も両親よりすぐ上の兄や姉に面倒を見てもらっていたし、すぐ下の弟や妹の面倒は俺が見ていたしな。
「ふーん、兄弟の仲がいいんだね」
「まぁな、それより冷める前に飯を食おうぜ」
すっかり陽が落ちて外は暗くなっているが、まだ夜になったばかりだ。
子供達はもうすぐ静かになるだろうが、大人はまだしばらく起きている。
晩飯を食ったらのんびり酒を飲みながら、積もる話をしようと思う。
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