第317話◆赤毛一家
然程高くはない山々が連なり、徐々に標高が上がっていく地形。まるで小さな山が集まって、大きな山を形成しているような場所。
そんな連なった山と山の隙間の谷に俺の故郷の村はある。
谷には川が流れ、その川を挟むように畑が広がっている村が俺の故郷だ。
「強そうな魔物がたくさんいる山の中なのに、村には高い防壁も強い結界もないんだ」
「ああ、防壁はでかいのが突っ込んで来たら崩れて被害が増えるだけだし? 畑の周りには草食の魔物避けは張ってあるな。人間の村なんか襲ってもリスクの方が多いし、俺が村にいた頃は、たまに突っ込んで来る魔物や獣がいたくらいだったかな?」
すでに薄暗くなって視界が悪い中、アベルが興味深そうに村の様子をキョロキョロと見ている。
「たまに突っ込んで来るんだ」
「村の周りでヤバイ奴は俺達が大体駆除してるけど、こんな場所だからな、たまには突っ込んで来る奴がいるな。一応何か入ってきたら、近所の家が気付くくらいの仕掛けはしてあるな」
ガロが背中に背負っている大型の弓を指差した。
山道から出て木々が途切れ、山と村のハッキリとした境界がないまま、俺達は村へと入った。
村と山の木々の境には特に大がかりな柵や防壁はなく、近くに住む者が取り付けた低い石積みの塀や簡素な木の柵、それすらない場所には木製の札が大量にぶら下げられたロープが張られている。
村の面積のほとんどは耕作地で、広い畑の所々に家が点在しており、夕方から夜になり始め薄暗くなった空の下、山の木々の黒い影の中に、民家から漏れる薄い明かりが点々と見えている。
村の中の道はほとんど農道で、夜道を照らす明かりなどない。足元はすでに暗く油断をすれば、道の脇を流れる農業用水路にハマってしまいそうだ。
そこは夜目の利くワンダーラプターを信じているぞおおおお!!
頼むからわざと飛び込んだりするなよ!? 明日はいっぱい遊んでやるから、今は激しいお遊びは勘弁してくれよ!?
「グエェ?」
「いや、振りじゃないから、今日はこのまま進んでくれ」
俺の心の内を察したのかわからないが、一号がチラリとこちらを見てすぐ前を向いた。
よしよし、良い子だ。
「ギョヘ?」
「ん? どうしたの? グラン達について行けば大丈夫だよ」
「ギョギョッ」
「っちょ!? うわっ! こら、何やってるの!?」
二号がアベルを乗せたまま、道の脇の用水路に飛び込んだ。
ははは、二号は我慢が苦手な子だな~、飼い主に似たのかな?
「ここら辺では見ない魔物だが、なかなか賢そうで感情も豊かな良い騎獣じゃないか」
ガロが猪の上からアベルと二号の様子を見て愉快そうに笑っている。
「賢いけど、悪ふざけが過ぎるよ! こら、戻れ! 戻れって言ってるでしょ!! もう!!」
最近は、三姉妹達がワンダーラプターの面倒を見てくれていたので、アベルは世話をサボっていたから反抗期なのかもしれない。
これは、すっかり舐められているな。
騎獣との信頼関係は日頃からコツコツと築かなければならない。
「あー、もうローブが濡れたじゃないか。しかも水はすごく冷たいし、ホント悪い子だね!!」
「ゲッゲッゲッ!!」
アベルが濡れたローブの水分を魔法で飛ばしながらプリプリと怒っているが、二号には効いていないどころかしてやったりのドヤ顔である。
「お、見えてきた、あそこが俺の実家だよ、その向こうに見えるでっかい家がガロの家。ガロ、わざわざ迎えに来てくれてありがとう。もし、部屋なかったら寝床だけ借りに行くかも」
「おう、しばらく起きてるから、いつでも来てくれ」
アベルが二号を水路から道に戻した頃には、もう俺の実家は目の前だった。
迎えに来てくれたガロに礼を言って別れ、実家の方へと向かう。
ぱっと見大きく見えるが、大家族が住むには広さが足りない家。
七年前、家を出た時の俺はまだ子供で、低い視点からこの家を見ていた。
子供の頃は大きな家に見えていたが、今見るとそうでもない。
家の前には、この辺りの主食の穀物を栽培している畑が広がり、すでに今年の分の植え付けが終わっているのが見えた。
家の前でワンダーラプターから降りて、手綱を引きながら小さな門を開けて庭へと入り、中に入った所でワンダーラプター達に肉と水を与えていると、玄関が開く音がしてパタパタと足音が聞こえてきた。
「グラ兄!! よかった、生きてた!!」
家の中から俺と同じ赤毛を三つ編みにした少女が飛び出して来て、俺に抱きついた。
えぇと、こんな年頃の女の子がうちの兄弟にいたっけ?
ああ、三つ下の妹か!?
「ホントだ、グランだ。うげ、めっちゃ背が伸びてる」
おい、弟のくせに呼び捨てにすんな。お兄ちゃんと言え。
妹に続き、弟も玄関から顔を出した。これも赤毛。
「おう、戻って来たのか、ずいぶん久しぶりだな」
続いてでかい赤毛、これは一番上の兄。
「親父ー、お袋ー、グランが戻って来たぞー」
でかい赤毛の後ろにチラリと見えるヒョロい赤毛、これはすぐ上の兄貴だな。
「このおじちゃんだれー?」
うわ、見知らぬ小さい赤毛だ。これ知らないうちに増えた兄弟か?
って、おじちゃんじゃない! お兄ちゃんだ!!
次々と出てくる赤毛。しばらく会っていなかった為、皆ずいぶん変わっているが面影はちゃんと残っている。見知らぬミニ赤毛以外。
「すごっ! グランがいっぱいいる」
どういう感想だよ!? 髪の毛の色が似ているだけだろ!?
「うわ、めちゃくちゃべっぴんさんだ! グランの友達か?」
弟が妙に顔をキラキラさせているが、残念ながらコレは男だ。というか俺より背が高いしどう見ても男だろ!?
「ひゃ~、グラ兄って王都にいたんだよね? これが王都のいけめんってやつ? やっば、都会のいけめんに比べたら、うちの彼ぴなんかただの猪じゃん~」
妹よ、しゃべり方が微妙におかしいが、どこでそんな言葉を覚えた!? って、彼氏がいんのか!? どこのどいつだ!! よし、決闘だ!! お兄ちゃんより弱い奴は認めないぞ!!
それとアベルは、顔はいいし俺より強いが、残念ながら性格は不良物件だ。
「グランの友達か? 遠い所までよく来てくれたな。グランが迷惑をかけてないか? コイツやることなすこと無茶苦茶だろ?」
ゴリマッチョの年長赤毛め、歓迎するふりして、さりげなく俺を貶めるな。
「うん、でももう慣れたかな?」
おい、アベル、そこ納得するな。
「そっかー、グランにまともに付き合える友達ができたのかー、グランに付き合いきれる友達ってガロ以来だよなぁ?」
うるせぇぞ、ヒョロモヤシ兄貴。
王都に行って、ちょっと友達が増えたんだからな!! ちょっとだけだけど!!
「このきらきらおじちゃんだれー?」
「おじっ!?」
アベルの表情が一瞬で凍り付いた。子供は無邪気で素直で残酷だなぁ。
名前は知らないけれど新赤毛、よく言った! 俺がおじちゃんなら、俺より年上のアベルもおじちゃんだからな!!
「いつまで玄関に集まってるんだ!! そんな所で騒ぐと近所まで聞こえるだろ!! 全員中に入れ!!」
奥から懐かしくて野太い声が聞こえて来た。
親父も元気そうで安心した。
隣の家までは歩いてしばらくかかる距離だけど。
「みんな、元気にしてるのか?」
「うん、村に残っている兄弟は一応皆元気だよ。オル兄だけは、グラ兄が村を出た後に商人になるって村を出てから、戻って来てない。後は何人かは上の山の方に出てる」
「そっか、オル兄は勉強が好きだったからなぁ」
オル兄はヒョロ兄のすぐ上の兄で、脳筋気質の家族の中で数少ないインテリ系だった。
前世の記憶が戻るまでは、このオル兄が俺の文字や算術の面倒を見てくれていた。
遠くの町や国も見てみたいと言っていた兄なので、いつかは村を出ると思っていた。
こんな辺鄙な場所にある村だから、なかなか帰って来られないし手紙も届かない。どこかで元気にしている事を祈る。
他にも兄弟はいるのだが、家の中かな? それとも別に所帯を構えたり嫁に行ったりしたのかな? まぁ、明日になれば会えるかもしれない。
「ちょっと、中に入るから良い子で休んでてくれな。何か変なもの来たら教えてくれ。明日、色々連れていってやるから今夜はうちの庭で大人しくしててくれな」
「グエッ!」
「ギョギョッ!」
ワンダーラプター達のよい返事を聞いて、家の中へと入る。
この玄関をくぐるのも七年ぶりだ。
「ただいまー」
「よく戻って来た」
「あらグラン、おかえり」
俺と同じ赤毛の親父は相変わらず無愛想で、お袋も淡泊だが、俺の事は忘れられていなかったようだ。
七年ぶりに見る両親の顔は、最後に見た時よりずいぶんと皺が深くなっており、七年という時の長さを改めて感じた。
旅立ったあの日、ものすごくあっさりと送り出されたように思っていたが、長い間家を離れていた俺を忘れずにいてくれた事が嬉しい。
ただいま、俺の実家。
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