第316話◆懐かしい顔
「ふい、熊はダメだな、熊は」
倒したばかりの大型の熊を収納に回収しながら汗を拭い、木の隙間から空を見上げた。
まだ明るいが、空は赤味を帯びてきている。
俺の実家の村までもう少し。
所々、村の者が仕掛けたと思われる罠があり、村の営みは相変わらず続いているという事が知れた。
この調子なら、ぎりぎり日暮れ前に村まで到着しそうだ。
足の速いワンダーラプター達のおかげである。後で美味しい肉をたくさん食べさせてやろう。
「さすがにグランの地元でも熊はダメなんだ」
「熊は雑食だから畑を荒らすし、人間を食い物認定した熊は人間も襲うからな」
熊は雑食で農作物を荒らし、家畜を襲うので非常に質が悪い。
魔物や獣に勝てる程の強さがなく、弱い人間を襲った方が効率がいいと覚えた熊は、人間にとっては非常に危険な存在だ。
魔物や獣を容易く倒せる程の力がない小型から中型の熊は、人間や家畜、畑を狙い村の周囲をうろうろしている時がある。
俺が村にいた頃も、魔物より熊による被害の方が多かった。
ガサガサと茂みから現れ、こちらに襲いかかって来た三メートル程の熊だったが、相手が悪かったな。
残念ながら、俺達がAランクの冒険者だ。
うむ、このサイズの熊が村の近くにいるのは危ないな。通りすがりに駆除ができて良かった。
「ホントにこの山の中に村なんてあるの? どっちを見ても山しかないんだけど?」
「あるよ、さっきも獣用の罠が仕掛けてあっただろ?」
山道を進みながら、アベルが不安そうに周囲を見回すが、この辺りまで来ると、山の中に人の手が入っている痕跡が随分と感じられる。
人の歩く道に沿って刈り込まれている木々、獣道の中に見える不自然に積み重なる落ち葉、木から垂れている枯れた蔓に見えるロープ、木々や土の香りに混ざって感じる金属のにおい。
安全の為、狩りの為、近くの住人が設置した仕掛けが、所々にあるのがわかる。
「え? 全然気付かなかったよ」
「ほらあそこにも……ん?」
進行方向の木の陰に不自然な場所を見つけて、指差そうとして気付いた。
「どうしたの?」
「見張りのお猿さん」
「は?」
「山の中は人間よりサルの方が優秀だからな」
分厚く茂る高い木の葉の中に隠すように設置されている小さな箱の様な小屋。
その中から、小型のサルの魔物が気配を殺してじっとこちらを見ている。
ここまで近付かなければ、気付かなかったとはさすがだ。
独特のリズムを取りながら指笛を吹くと、箱の中の気配が揺れた。
「おーい、俺達は敵じゃないぞー。暇だったら村にコレを届けてくれないかー、俺達もすぐに村に着くから」
収納から取り出したバナナに、同じく収納から取り出した赤い布を巻き付け、サルの気配のする方へと投げた。
「ウキッ!」
小屋の中から赤いベストを着たサルが出てきてそれを受け取り、クンクンとにおいを嗅いだ後、バナナから赤い布を外しバナナだけを食べて、俺達が進む予定の方へと木の上をピョンピョンと跳んで消えて行った。
「何アレ? サル? 見張り?」
「うん、村の収穫物を分ける代わりに、何か異常があったら村に連絡する役割をしてる。交流のある動物や魔物は何かしら目印があって、間違って攻撃しないようにしてあるんだ。渡した布は俺が村を出た時に持って出てきたスカーフだな。多分、これで俺が帰って来た事が村に伝わると思う」
「へ、へぇ……なんかグランが日頃から魔物に話しかけてる、理由がわかった気がするよ」
「ん? あー、まぁ、それは癖かな?」
今のサルもそうだが、言葉が完全に通じているかは不明だが、知能が高かったり、人間慣れしていたりする魔物は、話しかければなんとなくこちらの意思を理解してくれる事が多い。
人の町から遠く離れた山の中にポツンとある村。
人よりも魔物や野生動物の方が多い場所。
ここでは人間は強者ではなく、人間もまた自然の一部である。
知能が高い者同士なら、対立をするより共存をする方が生きるのは楽なのだ。
近くに住む者同士、互いに利があれば与え合い協力をする。
それが、この何もない山の中で生活している者の生き方なのだ。
しばらく道なりに進んでいると、先ほどのサルが進行方向の木の上をピョンピョンと渡りながらこちらに来ているのがわかった。
その手には何も持っておらず、俺が渡したスカーフは無事村に届けられたようだ。
「もう休む時間だったのに悪いな! お礼だ、受け取ってくれ!」
ポイポイと干し芋をいくつか投げると、お猿さんはそれを受け取って、先ほどの小屋の方へと戻って行った。
「グランの村の人って魔物使いなの?」
「魔物使いとはちょっと違うかなぁ? 使役じゃなくて共存、上下関係じゃなくて隣人みたいな関係だな」
強い生き物や知能の高い生き物が存在する山の中、他者と交流を持つ事のできる生き物は人間以外にもいる。争えばどちらも衰退する事になる。
ならば、争うより共存する方がお互いの為なのだ。
「お、誰か来てる。お迎えかも?」
お猿さんが去ったすぐ後、前方からドスドスという足音が木々のざわめきの隙間から聞こえ、その足音はどんどんこちらに近付いて来ている。
重厚な生き物に乗った人の気配だ。
そしてその音の主の姿をすぐに目視する事ができた。
俺達の進行方向――村のある方から、大きな牙のあるずんぐりとした猪に跨がり、フード付きの毛皮のマントを被った男性の姿が見えた。
知り合いの可能性が高いが、顔はよく見えないし、七年ぶりなので俺も相手も姿が大きく変わっていそうだ。
「おーい!!」
とりあえず、不審者ではない事を知らせる為にも手を振っておこう。
手を振るとこちらに向かって来ていた毛皮男が、猪をこちらに進めつつ速度を落として被っているフードを外した。
焦げ茶色でボサボサした髪を後ろで一つに縛った、精悍な顔立ちの青年。顔には小さな傷がいくつも見える。
なんとなく顔は覚えているけれど、えーっと名前は何だっけ? ガキの頃よく遊んでいた奴な気がする。
「その赤毛……ゼアのおっさんの家のか?」
ゼアとは俺の親父の名前である。
うちの親戚は赤毛だらけなので、赤毛一家みたいな扱いというか、赤といえばだいたいうちの親戚みたいな扱いだった。
「そうそう、ゼアのとこのグランだよ!」
「あー、マジだ! マジでグランだ! グラン、生きてたのか!? 全然戻って来ねーから、くたばったのかと思ってたぜ」
ドカドカと猪に乗って俺の前まで来た毛皮男と握手を交わす。
えっと……名前……名前……、人の名前すぐ忘れちゃうんだよなぁ。
あ、思い出した!
「ガロ! 豆のガロ!」
「豆って何だ豆って! 確かにうちは豆を植えてるけどさ」
畑が豆だらけの家の奴なんだよな。うちと家が近いから、ガキの頃よく一緒に遊んでいて、イタズラばっかして怒られていたな。懐かしいな。
この姿からすると、村で狩人をやっているのかなぁ。
「ところでそっちの連れは? 遠目にデカイ女かと思ったけど、男だよな?」
ああ、アベルの事か。
「ああ、村を出て冒険者になってから知り合ったアベルだ。俺の里帰りに付き合ってくれたんだ。アベル、こっちはガロ、俺の幼馴染みだ」
村にいる間は顔を合わせる事も多いだろうし、ちゃんと紹介しておこう。
「へー、グランの幼馴染み? 俺は、グランの親友のアベルだよ、よろしく」
「ふむ、グランの親友か。俺はガロ、物心付く前からのグランの幼馴染みだ」
二人が笑顔で、挨拶代わりの握手を交わしている。
相変わらずアベルの笑顔は胡散臭いが、村にいるのは数日だしこの様子なら仲良くやってくれるだろう。
「みんな元気にしてる? 一緒に遊んでた奴らとか俺の家族とか」
ガロの乗っている猪の速度に合わせて走りながら尋ねた。
猪の魔物は頑丈で、生い茂る木々の中を突き抜けて走るのには適しているが、障害物の少ない場所での速度はワンダーラプターの方が圧倒的に速い。
「ああ、何人か減ったけど概ね元気だな。減ったけどその分増えてるぜ」
やはり、厳しい環境の中、ここから出て行ったり、命を落としたりする者がいるのは仕方のない事だ。
反面、新しく生まれて来る数も多い。
実家に帰ったら、知らない兄弟が増えていそうだな。
「いきなり帰って来て、泊めてくれるかなぁー。場所がなかったらその辺でテント張って寝るか」
兄弟が増えていたら、寝る場所がない可能性が高い。
「丁度狩りから戻って来た時にサルが知らせを持って来て、赤いスカーフだったからゼアのおっさんのとこの誰かだろうと思って、知らせは出しておいた。まぁ、空いてなかったらうちに来るといいさ。去年姉貴が結婚して別で所帯を持ったから、部屋に空きはある」
ガロんちは、うちよりも広くて綺麗だった記憶があるなー。
いざとなったらガロのとこに泊めてもらおう。
山道を抜け、俺の故郷の村が見えて来る頃には、空は紫色に変わり、東の山の上には小さな星が瞬き始めていた。
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