第315話◆魔の食物連鎖

「う~さ~ぎ~、美味しい~、ナイスショッ!!」

 俺の前方を走る角の生えたウサギに、ワンダーラプターの上から矢を放つ。

 俺の手を離れた矢は、角の生えたウサギの魔物に命中し、その急所を貫いた。

 懐かしいなぁ、子供の頃はよくこの角の生えたウサギを狩っていたよなぁ。

 肉は美味いし、角は砕けばポーションの材料になるし、削れば矢尻にもなるし、毛皮も防寒具になるし、ウサギ優秀!!

 実家への手土産には丁度いいので、ウサギ系の魔物を見つけると、ちょいちょいこうやって狩っている。


「グラン!? 何なのその変な歌!? って、変な歌を歌いながらウサギなんか狩ってないで、後ろのムカデ何とかしよ!?」

「そうだなー、ムカデが来ててウサギ回収してる暇なさそうだから、アベルの空間魔法で拾っといてくれたら嬉しいな。ムカデは、そろそろゲジゲジ様が出てきて何とかしてくれるよ」

 前方にはウサギの魔物が走っていたが、後ろからは大型のムカデの魔物がこちらに向かって来ている。

 多分、俺達かウサギを追っているのだと思う。

 だが、ウサギは俺が倒してしまって、実家への手土産にする為、ムカデ君の獲物は俺達だけになる。

 山の中だから、デカイ魔物とは戦いたくないし、ムカデは食えないしなぁ。


 ここは山の中。

 今朝早くにコテの町を出発し、俺の故郷へと向かう途中。

 山の中だから、獣とか虫系の魔物が多いのだよね。


「うん、ウサギは回収しておくよーって、違う! ムカデ! さっきからずっと追っかけて来てる!! それにゲジゲジ様って何!? なんか変な妖精とかじゃないよね!?」

「ゲジゲジ様はムカデより大きくて、足がいっぱいあってムカデを食べてくれる虫? ゲジゲジ様は肉食だけど、自分より小さい虫系の魔物しか食べないんだ。ムカデの魔物も自分より大きいゲジゲジ様には敵わないんだ」

 ゲジゲジは良い奴。子供の頃から山に入る時は、ゲジゲジの縄張りにいるようにしていた。そこなら虫系の魔物に襲われてもゲジゲジが飛んで来てやっつけてくれるから。


「え? 足がいっぱいある虫? それムカデじゃないの!? ムカデより大きいムカデ……うわっ!?」

 ガサアアアアアアアアッ!!

「アベル! そいつは敵じゃない!! 攻撃しなくていいぞ!!」

 ムカデを引き連れながら走っていると、前方に見える木がガサガサと揺れ、そこから無数の足を持つ平べったい虫が飛び出して来て、俺達の頭上を飛び越えムカデ君の方へピョーンとした。

 ムカデのよりもずっと短い胴体を持ち、ムカデと同様に無数の足がある。しかし、その足はムカデよりもずっと長い。そしてムカデよりもずっと足が速い。

 ムカデの仲間だが、自分より小さければムカデも捕食する、それが山の昆虫ハンターゲジゲジ様だ。

 俺達の頭上を飛び越えていったゲジゲジはその長い足でムカデを捕らえ、麻痺性の毒のある鋭い牙でムカデに噛みついた。

 その光景をワンダーラプターの上から、振り返りつつ見ていた。

 ゲジゲジ様がムカデをバリバリと食べ始めたのを確認して前へと向く。

 コテの町を出て、まだ俺の故郷まで三分の一も来ていない。

 整えられていない山の中の移動。いくら過酷な場所での活動に慣れている冒険者とはいえ、無駄な体力の消耗は避けたい。

 よって、戦わなくていいものは戦わない。めぼしい素材や食材があれば、ちょこちょこ回収するだけでよし!!


「うわぁ……魔の弱肉強食、食物連鎖。やっぱグランの実家って魔境でしょ!?」

「山の中だから王都や大きな町に比べたら、虫が多いんだよな。獣も多いしな。でもそいつらはそいつらで勝手に食物連鎖を形成してるから、上手く利用すれば、襲われる事はあっても回避もできるみたいな? 人間なんか小さくて食う場所が少ないしな?」

 肉食の魔物達もバカじゃない。人間みたいなちっこくて、骨と皮と筋肉がほとんどの生き物を捕食するより、もっと大きくてふっくらしているものを狙う。

 自分から無防備に近付いたり、攻撃したりしなければ、子持ちや空腹時ではない限り積極的に襲いかかってくる事は稀だ。

 まぁ、たまには人間美味い! 人間絶対殺すにゅ!! なんていう魔物もいるけれど、そういう奴の方が珍しい。

「やっぱ、人間も襲うじゃないか!! 魔境だよ魔境!! よくこんな場所を子供の頃に山の麓まで行けたね!?」

 魔境だなんて失敬だなぁ、自然の正しい姿!! その自然を利用して立ち回るのは、山の中で生活する知恵なのだよ!!


「最近忘れ気味だったけど、グランの常識は世間の非常識だった……。まだ村にすら着いてない、こんなところで驚いてたらこの先どうなるんだ。本番はきっとこれからのはず、これはまだ序の口だ序の口。今から驚いていたら、この先持たないぞ」

 アベルがブツブツと何か言っている。

 ワンダーラプターの上なのでよく聞き取れないが、俺に失礼な事を言っているのは何となく察した。

 相変わらず失礼な奴だな!!








「ふいー、ここらで半分くらいかなぁ?」

「町から随分進んだのに、これでまだ半分なのかー。想像以上に山奥なんだね」

「ああ、ホント山しかないところだよ。よっし、川沿いに出たし、昼休憩かなぁ」

「そうだねぇ、お腹がすいてきちゃった」

 朝早くにコテの町を出てひたすら山道を走り、陽が頭の真上に来る頃、川沿いに出たのでワンダーラプターを降りて昼休憩にする事にした。

 然程高くない山をいくつか越え、山の木々の隙間を流れる細い川の河原で、野営用の道具を広げて昼飯の時間だ。

 川に沿って山から吹き下ろしてくる冷たい風が非常に気持ち良い。

 できれば今日中に村に到着したいし、アベルと二人だけなので、昼飯は手間を掛けずにパパッと済ますつもりだ。


 野営用のコンロの上に金網を置いて、その上に食べ易いサイズに切ったブラックバッファローのバラ肉を並べ、塩と胡椒を振る。

 焼き目が付いてきたらハケで醤油を塗って、その上にすりおろしたアオドキを少しだけ載せる。

 焼きすぎて固くなる前に食べるのが美味い。

「あっ! もう、グランはいつも焼ける前に肉を取るんだからー。それ、俺が目を付けてたやつなのに!」

「あ、ごめんごめん、そっちのがそろそろ焼けるぞ?」

「まだだよ! まだ表面しか焼けてないでしょ!? あっちのは俺のだからね!」

 俺好みの焼き加減になった肉を摘まんだら、アベルもそれを狙っていたようだ。

 俺は焼きすぎない方が好き、アベルはしっかり焼くタイプなので、肉を焼きながら食べると、だいたい俺が先に肉を取ってしまい、アベルがヘソを曲げる。

 ちなみにドリーはカリカリになるまで焼くタイプ、リヴィダスは俺よりさらにレアな焼き加減が好き、カリュオンは……何でも食っていたな。

 肉の焼き加減の好みは人それぞれだからな、こういうスタイルでの食事になると、焼きすぎないでさっさと肉を取る人がどんどん肉を食って、ひんしゅくを買う。

 俺の事だ。


「強そうな魔物が多い場所だけど、冒険者なる時はこれを歩いてあの町まで行ったの?」

「村から町までは、町に買い出しに行く人に連れて行ってもらった。馬の代わりにでっかい牛や猪なんかの魔物で台車を引いて、町まで買い出しに行くんだ」

「へー、まぁこの道のりだと、馬は無理そうだねぇ」

「道もよくないし、馬は肉食の魔物に狙われ易いから、まともに進めなさそうだな」

 馬は美味いから仕方ない。

 強い魔物もいる山の中だが、歩き方を間違えなければ無駄に魔物に襲われなくて済む。

 逆に言えば、歩き方を間違えれば魔物に襲われ、命の危険に晒されてしまう。

 自分達より強い生き物が多い地域故、それを知り、己の力量を把握し自然の法則に従って立ち回らなければならないのだ。

 それができなければ、この自然の中に飲み込まれる事となる。


「っちょ!? グラン何焼いてるの!?」

「え? サソリ? せっかく昨日サイスナ君がお裾分けしてくれたし? アベルも食べる?」

「まだ残ってたの!? いいいいいいいいいらないよ!!! あと、サソリを焼いた辺りで俺の肉を焼かないでよね!!」

 昨日サイスナ君がお裾分けしてくれたサソリを網の端っこで焼き始めたら、アベルの表情がめちゃくちゃ険しくなった。

 パリパリしていて美味しいし、肉が手に入りづらい時の貴重な蛋白源なのに。



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