第314話◆肌寒い夜は温かいカクテルで
「送ってくれてありがとなー! 元気でなー!」
結局、町の手前まで俺達に付いて来たサイスナ君。
俺達の後ろをついて来ながら、サソリ系の魔物が出てくるとせっせと食べてくれて、おかげで非常に快適に移動する事ができた。
何だかんだで昼飯まで一緒にしたというか、小さなサソリをお裾分けしてくれたので、久しぶりにパリパリのサソリの姿焼きを食べた。砂糖醤油の香ばしい味付けで。
アベルにはドン引きされたが、案外美味いんだぞおお!?
お礼にサソリになんとなく似ている、ロブスターっぽい魔物と、砂糖醤油味のサソリの姿焼きをあげると、鋭い刃物の様な尻尾をブォンブォンと振って喜んでくれた。
そして、お持ち帰り用のサソリまで貰ってしまった。
さすがに町の近くまでは行かないようで、町の少し手前で俺達から距離を取ったので、それがお別れの合図らしい。
手を振ると、ギラギラと陽の光を反射する刃物の様な尻尾を振って応え、くるりと背を向けてペトレ・レオン・ハマダの方へと帰って行った。
「敵意はないけど、懐いているわけでもなく、何なのあれ? ペトレ・レオン・ハマダには何度か来た事はあるけど、あんな生き物は初めてみたよ」
「この辺りだけに棲息してる奴なのかなぁ? 子供の時も街道沿いの町の近くまで付いて来たんだよな。人間の近くはサソリが寄って来やすいとか?」
何なのと聞かれても、俺にもわからん。何なの?
まぁ害はないし、サソリをやっつけてくれるし、こちらが腹を空かしているとサソリを分けてくれるし、良い奴じゃん?
きっと、寂れた街道の守護神様なんだよ。俺の中ではそういう事にしておこう。
「それはちょっと違う気がするんだよなぁ、絶対グランが何かやったんだと思うんだ。いや、絶対に何かやってる、バハムートの肉をかけてもいい」
どういう断定のしかただよ。特に何もやっていないし、子供の頃にサソリを分けてもらっただけだよ!!
俺は何もやっていない! つまりバハムートの肉をくれ!!
バハムートとは海に棲む、頭が牛で体が魚の巨大魚というか海洋性の亜竜だ。Sランク越えの魔物だが、それを捕獲して食材にしている地域もあり、ユーラティアでは超高級食材の一つである。いつか食べてみたい食材の一つだ。
西には荒野、東には高い山々、その間を通る街道を、サイスナ君に見守られながら一日かけて北へと向かい、空の色は東の方から少しずつ紫色に変わり、うっすらと星が見え始めていた。
ペトレ・レオン・ハマダは岩がゴロゴロする、雨の少ない荒野だが、俺達がいる辺りは荒野と東の山間部の境目で、やや乾燥した地域ではあるが雨も降る為、荒野方面に比べれば成長した植物も目に入る。
ここから、東の山間部へ行けば植物は増え、木々の生い茂る山がいくつも連なっている。
この山の奥に俺の故郷がある。
「あの町から山の方に行くとグランの故郷だっけ?」
サイスナ君が尻尾をピロピロとさせて去って行った後、道なりにしばらく進むと、前方に町の光が見えてきた。
「あぁ、この町から山を何個か越えた先の山の上の方。ここで一泊して、ワンダーラプターなら一日くらいで行けると思う」
俺が指差した方向には、暗くなり始めた空の下、然程高くない山々の影がいくつも連なっていた。
「うへー、思ったより山奥だね」
「うん、山しかない山の中だよ」
話しているうちに町の光がどんどん近付いて来て、はっきりとその姿が見え始めた。
山間部の小さな村の住人が買い出しに訪れ、また村の産物を売りに来る町――コテ。
小さな町だが、東の山間部に近い唯一の町であり、そこに住む者達が取り引きの為訪れる町で、小さな宿屋や商店がある。
この町には商業ギルドがあり、以前はそこが冒険者ギルドや他のギルドの出張所を兼ねていた。
人口の少ない小さな町にはよくある体制だ。
町に入る頃にはすっかり暗くなっており、酒場を兼ねた小さな食堂と宿屋くらいしか営業をしていなかった。
こういう小さな町の宿屋は、大きな部屋で他人と相部屋になる事もあるのだが、運良く家族向けの部屋が空いていたので、そこにアベルと泊まる事にした。
部屋を借りて、近くの酒場で軽く夕食を済ませ、宿に戻ってきてのんびり。
特にやる事もないし、田舎の小さな町なので遊びに行くような店もないし、今日は早寝かな。
「相部屋しかなかったら、一旦グランの家まで戻ろうかと思ってたけど、部屋空いててよかったね」
「日も暮れた後だったしな、空いててよかった。でも風呂がないのが残念だな」
小さな宿屋なので風呂はなく、あるのは屋外に設置された共同の水浴び場。
昼間は汗ばむくらいの気温だが、日が暮れてからはまだ肌寒い季節。しかも荒野が近い為、夜はぐっと冷え込む。
そんな中、外で水浴びはちょっと勘弁かな。
「風呂は仕方ないね。今日は浄化魔法で我慢、っていうかグランは風呂好きすぎ?」
「まぁなぁ、だって温かい風呂は疲れが取れるし?」
風呂が好きなのは前世の習慣のせいだな。
平民、しかも田舎の一般家庭になると家に風呂なんかないし、宿屋ですら風呂のある宿屋はお高めだ。
シュッシュッとアベルに浄化魔法をかけてもらって、寝る準備に取りかかる。
でも、まだ少し時間が早くて眠くないんだよなぁ。
「ねぇ、グランもう寝る?」
「んー、やる事ないし寝ようかと思ったけど、何か目が冴えてるんだよなぁ」
昨日の夜めっちゃ爆睡したし、今日は今日でサイスナが片っ端からサソリを倒してムシャムシャしてくれたおかげで、あまり戦っていないから、そこまで疲れていないのだよなぁ。
「ね、ちょっとだけお酒飲みながら何か摘まもうよ」
「んー、そうだなぁ……じゃあ紅茶を淹れてくれ。高級紅茶じゃなくていいから、できれば柑橘系の香りがついてるやつかな?」
寝る前だし、やや肌寒い日は温かい飲み物がいいな。
「紅茶? お酒じゃなくて?」
「ああ、紅茶と酒のカクテル」
紅茶は俺が淹れるよりアベルが淹れた方が圧倒的に美味いので、紅茶を飲む時はいつもアベル任せだ。
アベルに紅茶を任せて、俺は簡単なつまみを作る。
すごく簡単なつまみ。
小型コンロを取り出して、フォールカルテで買って来た白身の魚の身を干物にしたものを、適当な大きさに手で裂いて炙る。
熱々に炙った白身魚の身の上にチーズを載せて、その上にワサビっぽい薬草アオドキを少しだけ摺り下ろして添える。
アオドキが多すぎると、更に目が冴えてしまいそうなのでほんの少しだけ。
そしてアベルに頼んでいた紅茶。
それに、ミルクを少し、それからハチミツとウー酒を足してクルクルと混ぜて、最後にシナモンの粉を少しだけ振り掛けて完成。
肌寒い夜にポカポカして、眠気を誘うカクテルだ。
つまみが辛めなので、ウー酒は多め、ハチミツはやや控えめで、あまり甘くなりすぎない程度だ。
ウー酒の香りと、紅茶から仄かに香る柑橘類の香り、その隙間にシナモンの香りが混ざって、ホッとする香りが紅茶のカクテルからあがる。
「あー、紅茶にミルクとハチミツとシナモン入れたやつ、グランと出会った頃によく作ってたよね」
「そうそう。俺が紅茶を淹れると何故か渋くなるから、ミルクとハチミツで誤魔化してたんだよな」
アベルと一緒に行動するようになってからは、紅茶はアベルに丸投げをしている。
会ったばっかりの頃、俺のクソまず紅茶にアベルがキレて、紅茶の淹れ方を教えてくれたんだよなー。
会ったばかりの頃はツンツンしていて、ものすごく感じ悪い奴だったけれど、紅茶の話や飯の話をしているうちに仲良くなったんだよなー。懐かしい。
アベルに紅茶の淹れ方を何度も指南をされたが、やはりアベルの淹れる紅茶の方が、圧倒的に美味いけど。
「このミルクとハチミツ入りの紅茶を飲むと、体も温まるしよく寝られるんだよね」
「シナモンの代わりにおろしショウガでもいいな。今日のはウー酒が入ってるから更にホカホカするな」
田舎の安宿で室内の保温性はあまりよくないので、窓の近くは少し肌寒い。
毛布もあまり質の良いものではないので、油断をすると風邪をひきそうだな。
ハチミツ入りの紅茶カクテルで甘くなった口の中に、アオドキの利いたおつまみを放り込む。
ほんのり甘味のある塩味の白身魚の干物とチーズの風味、アオドキのツンとした辛さが甘味を上書きして、再び飲み物が欲しくなる。
窓の外に見える星空と、その下に月明かりで浮かび上がる黒い山の影。
明日はその山の奥――かれこれ七年近く帰っていない実家へと向かう。
果たして何人が俺の事を憶えているだろう。
ハチミツとミルクでやや甘いカクテルを啜ると、その中のウー酒の味が妙に苦く感じた。
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