第313話◆荒野の送り猫

「ね、グラン。君、冒険者になる前に子供の足で、この道を歩いて来たの?」

「うん、あの時は村の教会のシスターさんが、魔物避けのお守りくれたからだと思うけど、あんまり強い魔物には会わなかったんだよな。まぁ、サソリ系は砂漠猫系の魔物になすれば食べてくれるから、まだなんとかなるほう?」

 目の前で通せんぼをしていた巨大サソリの魔物に、ワンダーラプターの上から矢を何本も撃ち込みながら、アベルの問いに答えた。

「その砂漠猫系って絶対高ランクの肉食系魔獣だよね!? サソリだけじゃなくて人間も食べる奴だよね!? なんなの、グランの実家は魔境なの!?」

 失敬だな、魔境なのはここペトレ・レオン・ハマダであって、俺の実家はただの山の中だ。


 図書館で少しおっかない事件に巻き込まれた翌日は、フォールカルテから荒野ペトレ・レオン・ハマダの近くにある街道沿いの町までアベルの転移魔法で移動。

 そこから、俺の実家の方面へワンダーラプターに乗って移動。

 今はまさにその道中、町を出てペトレ・レオン・ハマダの東の端を北上している。

 予定が一日ずれてしまったので、寄り道は諦めて消耗品を軽く買い足した後、すぐに移動を開始した。

 アベルの転移魔法で来た町から、俺の故郷の村がある山の麓の町まで、移動に時間がかかる為、のんびりしていると荒野で野宿するはめになるからだ。

 昼間は暑いが夜は冷え込む荒野で野宿なんて御免被りだ。


 ペトレ・レオン・ハマダはフォールカルテから北西方向にある、内陸型の岩砂漠である。

 東西に平べったく広がり、その北側には険しい山脈が横たわっており、その山脈を越え更に北に行った辺りがピエモンだ。

 直線距離だと俺の家と実家の距離はわりと近いんだよね。間にある山脈を突破するのは人の足では厳しいから、迂回するけど。

 予定では昨日の昼にはこちらに移動後、少しペトレ・レオン・ハマダを散策して、近くの町で一泊予定だった。

 行き当たりばったりで行動しているので、多少予定が狂うのは仕方ないな。

 そんなわけで、ペトレ・レオン・ハマダの散策はまた今度。


 街道沿いの町からペトレ・レオン・ハマダの東端に通る道に沿って北上すれば、山間部の入り口の町に到着する。ここから更に山を登っていけば俺の故郷だ。

 荒野の中を走る道は、ほとんど整備がされておらず、石ころどころか岩まで転がっていて、非常に進みづらい道である。

 ワンダーラプターなら、多少魔物に足止めをされても日が暮れる頃には到着するはずだが、悪路過ぎて可哀想になってくる。

 ちなみに冒険者になる為に村を出てこの道を歩いた時は、麓の町から街道沿いの町まで五日くらいかかったのを憶えている。

 夜の荒野は寒いわ、サソリがうようよいるわ、変な肉食獣はいるわで、今思えば子供一人でよく抜けられたなと思う。

 旅に出る前に、お世話になったシスターに貰ったお守りの効果のおかげだったのだろう。

 綺麗なお姉さんだったんだよなー、元気にしているかな。あんな田舎の村には似合わない綺麗なお姉さんだったけれど、まだいるのかなぁ。


 まぁ、出てくる魔物は少し強めだが、俺もAランクの冒険者だし、アベルもいるしで苦戦をする事なく進んでいる。

「それっ!」

「これで終わり」

 俺の放った毒矢を何本も受け、弱ったところにアベルが大きめの氷の杭を刺して終わり。

 サソリの素材は尻尾の毒針や、巨大鋏や鋭い牙かなぁ。まぁ、後は全体的にすり潰してポーションの材料だな。

 小さい奴は焼いたらわりと美味いのだけれど、デカイのはちょっとな。

 子供の頃ここを通った時は、小さいサソリを焼いて食い繋いだんだよな。

 うむ、サソリは荒野の重要な蛋白源である。回収回収。

 放った矢も回収しないと勿体ないしな。


 サソリとそれに刺さっている矢を回収しようとワンダーラプターを降りた、直後こちらに近付いて来る魔物の気配に気付いた。

 かなり素早い。四足歩行の獣系かな?

 気配に注意を払いながら、腰の剣を抜こうとした時、目の前を白い影が通り過ぎ、小さなつむじ風と共に、俺の前にあった巨大サソリの死骸がなくなった。

 アッ! やられた!!


「うわ!? なにあの魔物!? 速っ!! 全然見えなかった!!」

「あー、アベル、あいつは放っておいていいぞ。人間には攻撃してこない。それに、まともに戦ったらこっちが負けると思うから、手を出さないほうがいい」

 目の前を通り過ぎていった白い影の主に、アベルが魔法を放とうとしたので、手を伸ばしてそれを遮った。

「この辺にはよくいる魔物なの? サイスナ? 猫みたいな可愛い顔をしてるけど、胴体すっごい長いし、あの尻尾はやばくない? でっかい刃物?」

 へー、あいつサイスナって言うんだ。尻尾が長細い三日月方の刃物のようになっている、巨大なロングロングキャットのような白い魔物。

「よくいるっていうか、子供の頃ここを通った時もいたけど、他では見た事ないな。コイツはサソリが好きみたいで、サソリを倒してくれるからコイツのおかげで、大サソリがいてもなんとかここを抜けられたんだよな。おーい、サソリはやるから刺さってる矢だけ返してくれないかー? それ毒が塗ってあるからさー、一緒に食ったら腹をこわすぞー!」

 俺達から離れたところでサソリの死骸を咥えている、サイスナがチラリとこちらを見て、サソリに刺さっている矢を前足で器用に引き抜いて、こちらに向けてポイポイと投げてきた。

「おう、ありがとうー! それじゃ、俺達は急いでるから行くなー!」

 サイスナが投げた矢を回収してワンダーラプターに戻り、道を進み始める。


「あれ、絶対高ランクの魔物だよね!? 普通に言葉が通じてるみたいだけど、なんなの!? 長い猫なのに賢いの!?」

「まぁ、賢そうだな。サソリが主食なんだと思うけど、サソリがいるとどこからともなくやって来るし、サソリを焼いて食べてるとクレクレするし? 自分の獲ったサソリ分けてくれた事もあったし? 前は徒歩だったし子供だったから移動にも時間かかって、アイツには随分世話になったんだよなぁ」

 あの時、子供の俺がサソリに刺される事なくここを抜けられたのは、アイツのおかげなんだよな。

 顔も可愛いし、きっと良い奴。


「あの長い猫がサソリが好きなのはわかったけど、グランもサソリを食べてたんだ。もう色々とどこからつっこんでいいかわからないよ。あ、あいつ、付いて来てるよ!?」

「へ?」


 アベルの声に振り返るとサイスナ君が、ムシャムシャ大サソリをかじりならがら、トコトコと俺達の後ろを付いて来ていた。

 ワンダーラプターで走っているからトコトコって速度じゃねーな!?


「ねぇ、グラン? もしかして子供の頃に餌付けしたんじゃない?」

「してないしてない。むしろこっちが助けてもらったくらいだから。まぁ一緒にサソリ食った仲ってだけだよ。そいつと同じ奴かはわかんないけど」

 同じ奴かわからないけれど、なんとなく子供の時に一緒にサソリを食った仲のサイスナ君な気がした。

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