第312話◆閑話:その事件の裏側で

「はーーーーーーーー、皆様本当にお疲れ様でした。色々と予想外の事が多かった今回の会合でしたが、なんとか無事に終える事ができそうです」

 全てが終わって思わず特大のため息が漏れた。

 同志達と囲むテーブルで、ひとまず労いの言葉を伝える。

 フォールカルテのとあるレストランの個室。そこでテーブルを囲む同志達の表情は様々だ。

 いや、飼育員様に頂いたパイを前に全員晴れやかな表情である。

 公式配布のパイは非常に非常に嬉しいけれど、今回は予想外の公式イベントが怒濤のように発生してしまい、喜びと疲労感のブレンド状態である。



 わたくしの実家が治める領地のお茶の名所で、共通の趣味を持つ同志と楽しく泊まりがけで推しについて語らい、ついでに推し活の為の聖地でひたすら本を読み語らう予定だったのに、どうしてこうなった。

 いえ、正確には公式様からの超特大サービスイベントではあった。しかしものすごく疲れた。

 爽やかな達成感ではなく、ガチ疲れ。もうぐったり。これはもうネコか推し枕を吸引して、心の体力を回復するしかない。




 事の発端は、ツァイの町で同志と会合の場を予定していた事だ。

 わたくしの所有する宿屋で、夕方から開催する予定だった会合で振る舞う為に、ドドリンの収穫に来たまではよかった。

 そこで弓の練習をしようかと思ったら、うっかりエイムがおクソって、ドドリンに逃げられてしまい、それを追いかけた先でまさかの公式様との遭遇!!

 ちょっと!? なんで!? どうして!? 公式様がこんなドドドドドッド田舎で息して動いているの!?!?

 ドドリン臭を嗅ぎすぎた事による幻覚かとも思ったが、無事本物。楽しくドドリンを踏みつけていたわたくし、推し様にその姿を見られてしまう事に。


 その後、一悶着ありまして推し様を、本日会合予定して貸し切っていたツァイの宿屋にご招待する事に。

 会合を予定していた為、夜中に騒げるようにその日は宿を貸し切り、食事会用に各地の珍味を仕入れていた事が幸いし、会合の予定を急遽推し様歓迎会に変更。

 会合に参加する予定だった同志は、職員に扮し推し様のお食事の給仕をする事に。

 同志で盛り上がる予定だったので、宿の従業員は最低限の人数だけ残し、お休みして頂いていた事をこれ幸いに、同志達が給仕役となったわけだ。


 お食事をされる推し様達を間近で見るという、最高の非公式ファンサイベントだったのですが、その場の話の流れで推し様達がフォールカルテの図書館を訪れるという事に。

 専門書ばかりの本館ならともかく、庶民向けの広報誌や娯楽本が多く置かれている新館の方?

 え!? どうして!?

 魔道士様ならやはり魔導書をお読みになるのでは?

 ガチガチの冒険者なら魔物やダンジョンの資料を見られるのでは!?

 そういったものは本館の方なのですが……え? 料理? 確かに餌付けエキスパートの凄腕飼育員様でしたね。

 え? 気軽に読める物語!?!?!? 庶民向けの???

 まずい!! 非常にまずい!!!


 給仕に扮してその場で話を聞いていた同志も、これには真っ青。

 推し様方がお食事を終えられ休まれた後、わたくし達は大慌てでフォールカルテの図書館に。

 この時ばかりは自分が魔女でよかったと心底思った。


 ターゲット様には転移魔法使いを疑われたが、わたくしが使えるのは転移魔法とは少し違うユニークスキル。

 自分で作り出した箱庭のような仮想空間を経由し、今まで行った事のある場所に出る事ができるスキル。

 何もない空中を、魔力を乗せ指で四角くなぞると、何もない場所に扉が現れる。

 その扉からわたくしの箱庭の中へ、その箱庭を経由し再び扉を開けて目的地へ。

 その仮想の箱庭は、他人と一緒に入って移動する事はできますが、中の物に触れられるのはわたくしだけ。


 そのスキルを使い、同志と共に夜のフォールカルテ図書館へ。

 閉館後の誰もいない図書館、そこは領主関係者特権をフルに使わせて頂きますわ!

 その目的は、同志と共に徹夜で公式様に見せる事ができない本の撤去。

 同志に本を探し出して頂き、わたくしが扉を使って本を本館裏の作業場へ、殿方に見られたくない本は、絶対に殿方の来ない本館の女子更衣室のクローゼットの中へ。

 そんな事をしていると、本棚がスカスカになってしまい、あわてて差し障りのない本を本館から持って来て代わりに詰め込んで、という作業を繰り返していたら、気付けば夜が明け、天候は荒れ始めていた。


 ここは同志の間では聖地と呼ばれ、あらゆる趣向の本が同志達の寄贈により集まる場所。その数は、布教の甲斐あって年々増えている。

 特に法に触れているわけでもなく、別に見られて困るわけではないし、表には出しにくい内容の本は、会員制の部屋でしか閲覧できないようにしているけれど、それ以外の本であっても、勝手にモデルにしてしまったご本人様方に、それらを見られるのは作者として非常に恥ずかしい。

 夜明け後もあれやこれやと必死で本を選り分けているうちに、開館時間となってしまい推し様達襲来。

 隠密スキルに長けた同志達が推し様方の動向を確認しながら、こそこそとひたすら本を回収して、それをわたくしが本館に運んで保管するという作業をしていた。


 少し危ない場面もあったが、ほぼその作業も終わろうと言う頃、わたくしが本館に戻ったタイミングで大きな落雷があり、その影響で照明用や警備用の魔道具の作動に影響が出てしまった。

 その為、今度はその対応に追われる事に。本を移動し終わった後で本当によかった。

 照明はすぐに復旧したものの警備用の魔道具は復旧の目処が立たず、安全上の問題で来館者の方々にはお帰り頂こうと館長室を訪ねた時に、急に館内で沌の魔力が濃くなり始め、魔力抵抗のない館長はすぐに眠ってしまい、部屋の外を確認すると館内の人々はほぼ眠ってしまっていた。

 沌の魔力を逃がそうと窓を開けようとしたが、窓は何故か強く封がされ開かず、何か異常な事が起こっていると感じ、すぐにその原因を探して館内をうろうろしていたところ、この異常事態の犯人だと思われる輩に囲まれてしまった。


 推し様方に偶然助けて貰ったとは言え、強盗犯はこの図書館に禁書があると言っていた。

 それは禁書は禁書でも禁書ではないのですよ……。

 少しばかり世に出しにくい本の事を仲間内で禁書と呼んでいたら、それがどこかで漏れてしまったようだ。

 わたくしが魔女だと言う事もバレていたし……いえ、これは特に隠していないので同世代の貴族の間ではわりと知られており、少し調べればわかる事だし仕方がない。


「ところで、今回の騒動の発端は、襲撃犯達が"禁書"を禁書と勘違いした事にあります。おそらくどこかで誰かの話が聞かれたのでしょう。以後このような事が起こらない為にも、禁書という言葉を使うのはやめ、人の耳のある場所で会員限定の話題に触れる事は控えるように致しましょう」

 楽しんでいるつもりの身内のノリのつもりが、予想外の大事件に発展してしまい、図書館の関係者、来館者の皆様に加え、推し様方まで巻き込んでしまった。

 推し活は決して他人に迷惑を掛けてはいけない。


 今回の事は禁書というワードに対する認識の甘さが原因だった。

 まさか、とんでもない誤解でこんな大事になるとは……原因がお父様にバレてしまうと禁書が見つかってしまう。そして、移動させた本をお父様や図書館の関係者に見つからないように戻すのも大変そうだ。

 あ、まずい、前日の夜に図書館に入り込んで作業をしていた事も、お父様にバレてしまう……いいえ、もうバレていそうだわ。

 禁書だけはどうにか隠し通さないと。


 しっかも今回の事件で、ターゲット様に大きな借りを作る事になってしまった。

 侯爵家が管理する図書館だった為に、家単位で。

 うちにお泊まりになった日、飼育員様が先に休まれ、ターゲット様と二人になった瞬間、国宝級の腹黒笑顔を見せつけられた。

 非公式の旅路なので事は大きくしないとおっしゃっていましたが、その笑顔の圧が怖い。

 やはり推しは推しとして眺めているだけに限る。ダイレクトに関わるものではない。

 はーーー、それに比べて、天然でやらかしてまわる飼育員様マジ癒やし。


「その事は会全体で共有しましょう。他の人を巻き込んでしまうのは我々の活動理念に反しますしね」

「ええ、そうですね。それはそうと強盗犯はプゥストゥイーニアの国の者だったと聞きましたが」

「ああ、あそこの国は聖女が現れたとかで、ここのとこ活動が活発ですね」

「ああ、聞きました聞きました。魔道具や魔法の研究にも力を入れているとか、それがまた一般的なものとは違ったものとかなんとか」

「また周囲の国と戦争でもするつもりなんでしょうかねぇ。禁書を狙ったのも国ぐるみだったりして」

 ターゲット様の腹黒い笑顔を思い出して胃を押さえている間に、同志達が他国の噂話に花を咲かせ始める。


 プゥストゥイーニア、シランドルの南にある砂漠の国。

 あまり良い噂のない国だが、ユーラティアやシランドルとは表面上は友好国である。

 とても小規模の盗賊団のやる事とは思えない手の込んだ襲撃。

 かなり広範囲に設置されていた魔道具の事を考えると、今回捕らえた以外にも仲間及び協力者が存在していた可能性が高い。

 もしかすると内通者の可能性もありそうだ。


「どなたかプゥストゥイーニアの方に観光に行かれる方はいらっしゃいますか?」

「はいはーい」

 わたくしの質問に冒険者の同志が手を上げた。

「その旅路、わたくしが支援いたしますので、お土産をお待ちしておりますわ」

「はーい、任せてくださーい。聖地を荒らした奴の正体突き止めてきまーす」


 ターゲット様の圧力笑顔からのお願い。

 プゥストゥイーニアの情報と、シランドル東部の物品の輸入ルートと輸入品の確保。

 ちょっとお待ちになって!? 確かにかなり危ないところを、ほぼ被害なしで助けて頂きましたけれど、それはぼりすぎではありませんか!?

 しかし、これはおそらくご自分の為だけではなく飼育員様の為でもあるご様子。く……尊い。

 お二人には大きな借りを作ってしまいましたし、ターゲット様は相変わらず尊いのですが、輸入ルートの確保まで行くとお父様にも相談しないといけないので、今回の事件の事に加え追加で大説教を頂いてしまいそう。

 プゥストゥイーニアの件はもちろん調べるつもりだったし、シランドルとの交易はこちらにも利があるのだけれど、やはり禁書の件でターゲット様を巻き込んでしまったのは、お父様にバレると超絶に怒られてしまいますううううううう!!!!!!!


 しかも、推し様にわたくしのスキルについて色々詰められた上に、秘密の記憶にも気付かれるのではないかで、生きた心地がしなかったわ。

 推しの国宝級超絶笑顔を間近で見られたのは、事件後の最高のご褒美でしたが、その笑顔で圧力交渉は勘弁してくださいましいいいいいい!!!


 推しに触る事なかれ!!


 推しは遠くから見ているだけがいい!!


 推しに近付くより、推しの背景になりたい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る