第309話◆そこで見ていた者

「冒険者ができる事は大体終わったかな」

「そうだね後は犯人から絞り出した証言と照合させたら終わりかな?」

 自分達にできそうな仕事をほぼ終えて、本館一階の入り口ロビーに戻り、アベルとお互いの知っている情報を交換しつつ、少し勢いが弱まった雨を窓越しに見た。

 昼すぎには図書館を出るつもりが、すでに夕方の気配を感じる時間である。

 思わぬ事件に巻き込まれぐったりとした気分で壁に寄りかかった。

 しとしとと雨の音が聞こえる入り口ロビーに、ボーンボーンと柱時計の低い音が鳴り響く。


 冒険者ギルドからの応援や、町の衛兵達が来た為、館内にいた人達の避難は思ったよりスムーズに終わった。

 大変だったのはその後。強盗団のリーダーらしき男が言っていた魔道具の回収。

 館内にいた人の避難を終えた後、たたき起こして自白剤を使ったが、薬物に対しても抵抗力が高く時間を食ってしまった。

 それでも何とか吐かせてみると、俺が通気口の奥で回収したので全てだった。


「まさかグランが爆発効果のある魔道具を全部回収しているとは思わなかったよ」

「ごめん、初回に鑑定を弾かれて魔石を割ったせいで、びびってすぐに収納にいれてしまった。それに、全部で何個あるかわからなくて、絶対に残ってないって言い切れなかったからな」

 アベルに少し呆れた顔をされたが、爆発物である以上、確認が取れるまで絶対とは言えなかった。

 どのみち大きい方も俺は鑑定できなかったのだが、せめて観察くらいしておけばもっと冷静な対処ができていた。

「総数がわからない以上、安全を優先するのは当たり前だしね」


 俺が通気口の奥で回収した魔道具の方は、沌の魔力と睡眠効果を周囲にばら撒く魔道具で、高濃度の沌の魔力に一定の時間以上晒されると爆発系の付与が起動する仕組みだったようだ。また、遠隔でも操作できるようになっており、なかなか高度で手の込んだ魔道具だった。

 その魔道具は俺が回収した分で全てだったようだ。

 つい癖で、収納で回収してしまったけれど、時間停止効果のある収納でよかったよね。

 時間停止機能のないマジックバッグだったら、爆発していたかもしれない。こわいこわい。

 収納の中で時間経過して、爆発したらどうなるのだろう? 試したいとも思わないので、考えない事にしよう。

 なんというか、あの女の子が知っていて俺を誘導してくれたとしか思えない。


 それから小型の方。

 こちらは、大型の魔道具の効果が届き難い建物の隅に複数配置されており、大型の魔道具の補佐的役割と、本館を外部と隔離する結界の役割を担っていた事がアベルの鑑定で発覚した。

 この小型の魔道具には爆発機能はなかったが、館内のいたるところに置かれていて、全て回収するのにかなり時間がかかった。

 俺がこの小型の魔道具を二つ回収し、さらに大型の魔道具を回収した事により館内の魔力が薄れ、外部と遮断する為に張られていた結界にほころびが生じ、扉からの出入りができるようになったようだ。


 ゾンビは小動物のゾンビを中心に、敷地内のいたるところにばら撒かれていた。

 中には大型の犬のゾンビもいたようだが、これはすでにアベルが全て倒していた。

 残っているのは小型のゾンビなのだが、これが敷地内の植え込みの中や、館内の通気口や排水口の中に潜んでおり、近付く者に攻撃するように命令されていた。

 動きまわらないようにしていたのは数が多い為、無駄に動かしてしまうと魔力切れでいざ使う時に動かせなくなるからだろう。

 おそらく何かあれば、一斉に館内をゾンビで襲撃するつもりだったものだと思われる。

 そのあちこちに潜ませていたと思われるゾンビだが、術者を捕らえて魔力を封じてしまったので、残っていたものもただの死体に戻っているはずだ。

 死体に戻ったけれど、放置すると臭いし伝染病の原因にもなるので、結局はその処理をしなければならず、非常に手間がかかる。

 これは、雨が上がった後、図書館の敷地全体に大がかりな浄化魔法をかけるそうだ。まぁそれが一番確実だよな。


 そして、この騒動を起こした強盗団は全部で六人。 リリーさんの所にいた三人の他に外に三人、全員がネクロマンサーだった。

 どうりで、ゾンビだらけなわけだよ!!

 外にいた奴らはうろうろしているところをアベルがしばき倒して、拘束して雨の中に放置して来たそうだ。

 この大雨の中に放置はエグい。放置された場所によっては雨水が流れ込んで溺死していたのではなかろうか。

 そのアベルも本館から脱出したという職員に遭遇して案内されて、外付けの階段から屋上に上がりそこから館内に入ったらしい。


 アベルとは全くの別行動をする事になってしまったが、そのおかげでいい感じにやばそうな魔道具を回収しつつ、ゾンビを駆除して、犯人を拘束できた。

 犯人達がゾンビをばら撒いた上に爆発物を仕掛けていた為、事後処理が大がかりになったが、魔道具によって眠らされた人が出た程度で他に大きな被害はなかった。

 その部分は結果よしなのかなぁ?


 いや、よくない。

「やっぱり、保護した人のリストの中に、あの女の子っぽい名前はないな。そもそも子供がいない」

 ロビーで状況の確認をしながら、保護した人のリストを借りて、その中にあの女の子のらしき名前がないか探していたのだが、それっぽい名前はない。

「そういえば、俺を屋上に案内してくれた職員にもあれから会ってないや。他の職員と一緒に避難したのかな? 制服が一般職員と違ったから幹部の人だったのかもしれないな。だったらどこかで仕事してるかもしれないけど。ていうか、グラン、すごく臭い。合流するまでどこにいたの? マジックバッグの位置が全然わからなかったんだよね」

 臭い事は認める。異論は全くない。

 いつものようにシュッシュッと吹きかけられる浄化魔法が、非常にありがたい。


「新館の方で本を探してたら、迷子の女の子に会ってさ、受付に預けようと思ってロビーに行ったけど職員さんいなくて、しばらく待ってたけど戻って来ないから、女の子のお父さんを探して本館に行こうと思って、アベルに一言言ってからにしようと読書スペースに戻ったら誰もいなかったんだよな」

 そうそう、ちゃんと報連相をしようと思って、アベルが本を読んでいた場所に戻ったんだよな。

 どうせ、あのストーカーバッグがあるからと思っていたら、どうやら使えなかったらしい。以前の温泉の時といい、肝心な時に役に立たないな!?


「え? グラン、入り口ロビーにいたの? それいつ頃?」

「ええーと、俺がロビーに行ったのは大きな雷が二回有った後かな。一回はおそらくすごく近くに落ちてる」

 その雷の直後にロビーに出た事を憶えている。その時は読書スペースの方から女性の悲鳴が聞こえて来ていた。

「そう、それ。その時に異常に気付いたんだ。でも一回目は雷じゃなくて俺の光魔法。中庭に大型犬が見えたから番犬かと思ったらゾンビで、近くの窓から外に出て魔法を撃ったんだけど、その直後ゾンビ犬が付けてた首輪から雷魔法が発動して本館に雷が落ちたんだよね。雷魔法が発生する首輪付けてるゾンビとか異常だし、雷の影響で警備用の魔道具に異常があったら危ないから、近くの職員さん捕まえてすぐに館内の人を避難させるように言ったんだ。館内にいる人を入り口に誘導しながらグランを探したけど見つからなかったんだよね」

 んん? という事は俺がロビーに出た直後くらいに、図書館内にいた人は入り口から避難していたって事だよな?

 大きな雷の直後にロビーに出たけれど誰もいなかったし、誰も通らなかった。

 雷が落ちてすぐに移動しても俺がロビーに行く前に、館内にいた者が全員避難を終えているとは思えない。


「俺、その時間はロビーいたはずだ。誰も来なくて女の子と一緒に本をよんでたんだよね。たしか正午前まで、そこで本を読んでた」

「え? 俺が冒険者ギルドから戻って来てグランを探したけどいないから、グランもゾンビに気付いて本館か中庭に行ったのかなって、ロビーを通って連絡通路に向かったんだ。その時に近くにあった柱時計を見たけど、正午まで後十五分くらいだったの憶えてるよ。昼前でお腹空いたのにグランいないしーって思ってたんだよね」

「え? あの時計、壊れてなかった? 俺が正午前に見た時は、俺達がロビーに来た時間で時計が止まってて、自分の懐中時計で時間を確認したんだ。それが正午直前」

 もしかして俺の時計がおかしいのか? 懐中時計を出してパカリと蓋を開く。

 近くの柱時計を見れば、針は柱時計とほぼ同じ位置を指している。

「時間、合ってるよね?」

 アベルも自分の懐中時計を出して、俺の時計と並べるがほぼ同じ時間を指している。


 どういう事だ?


 ふと、視線を感じてロビーの端にある二階へと続く階段の方を見た。


 下に降りて来る時は階段まで行くのが面倒くさくて、吹き抜け部分を上からワイヤーを使って飛び降りて来た。

 一階から二階に上がる時も階段まで行く時間が惜しくて、身体強化とワイヤーで二階に上った。

 だって魔道具がいつ爆発するかわからなくて急いでいたから。

 思えば、一階から二階へ上がる階段は一度も使っていない。


 胸騒ぎ。いや違う。妙に階段が気になってそちらへと走った。

「え?」

 一階から二階に上がる階段の踊り場に、貴族らしき家族の絵画が飾られている。

 その中に本を抱えてニコニコと笑う、金髪で青い目の女の子の姿があった。

 その横には今と違う図書館の制服を着た金髪の男性と奥さんだと思われるドレス姿の金髪の女性と数人の子供達。

「グラン急に走り出してどうし……え?」

 俺の後を追って階段まで来たアベルも俺と同じように小さく声を発した。


「アベルさんにグランさん、こちらにいらしたのですね」

 絵画の前で言葉を失っていると、リリーさんが階段から下りて来た。

「ねぇ、リリーさん。そこの絵画の男性職員が着ている制服って、今も着ている人はいる?」

「え? この絵画の男性の制服ですか? これはこの図書館の初代館長のご家族、当時のプルミリエ侯爵の弟君の家族でして、今から百年以上前の制服ですので、今は使われておりませんね。この制服がどうかされましたか?」

 絵画の前に立ってコテンと首を傾げるリリーさんの言葉に、背中に冷たい汗が伝ったような感覚がした。

「そ、そう……」

「ところでグランさん。大変申し訳ないのですが……」

 やめろ、その先は聞きたくない。

「グランさんのおっしゃっていた女の子は、見つける事ができませんでした。それで、本館、新館両方の来館者名簿を確認してみたのですが、本日は女の子の来館者の名前はございませんでして……」

 リリーさんの言葉の最後の方はもう俺の耳には入っていなかった。


 なぜならリリーさんの後ろで、本を抱えた女の子の目がこちらに向いて、抱えた本の陰で小さく手を振ったからだ。


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