第308話◆紙とインクのゴーレム

「グラン、今までどこに行ってたの? いなくなったと思ったら天井から出てきたの!? ていうか臭っ!」

「アベルこそどこにいたんだ? 気付いたらいなくなってるし、ってそれより先に館内の人も避難させて、爆発物も処理しないと」

 部屋にいた男達はアダマンタイト製の手錠を付け、遠隔で魔道具を爆発させる為の道具も取り上げたうえで、アベルが強烈なスリープ魔法をかけた。

 次にやる事は館内にいる人の保護と避難、それから男達が仕掛けた魔道具の撤去だ。

 遠隔での爆発はしなかったが、それは不具合で、時限爆弾みたいな機能はまだ作動中の可能性がある。

 俺が回収した魔道具の中に、それらしき物があるかもしれないが、全て回収を終えているかは不明だ。

 それに、ゾンビや男の仲間も残っている可能性もある。


 館内の人の救助や魔道具の始末に向かう通気口にいる女の子を出してあげないと。

 もしかすると残りの魔道具の場所も彼女が知っているかもしれない。

 ピョンと跳んで自分が飛び出して来た通気口の穴に手を掛け、中を覗いて声をかけた。


「おーい、怖いおじさん達は、かっこいいお兄ちゃんがやっつけちゃったから出てきても大丈夫だぞー、あれ?」

 いない。

 この部屋に繋がっている通気口の中はしばらく直線だ。

 照明用の魔道具を取り出して中を照らしてみるも女の子の姿は見えなかった。

 周囲の気配を探ってみたが、それらしき気配はない。

 どこへ行った? 通路の中にまだゾンビが残っていて連れて行った?

 いや、ゾンビの気配も周囲にはない。どこだ? どこに行った?


「グラン、急がないと魔道具が残ってたらまずいよ。俺は館内の人を転移魔法で外に運ぶから、グランは魔道具を探して……いや、人の避難が最先だな。女の子はリリーさんに任せよう」

 確かにアベルの言う通り、爆発物がいつ爆発するかわからない以上、館内の人を安全な場所に避難をさせるのが最優先であり、残されている時間もわからないので急がなければならない。

「お、おう。でも通気口の中だし、この中にはゾンビネズミもいたし……」

 近くにいないだけで通気口の奥にはまだゾンビネズミがいるかもしれないし、なによりワンピース姿の女性にあの細い通路に入らせるのは申し訳ないし危ない。

「それならわたくしに任せてくださいまし、通気口の中を探す方法がありますわ。グランさんと一緒にいらっしゃったという女の子と合わせて、通気口の中はわたくしが確認いたしましょう」

 そう言ってリリーさんは机に向かい、引き出しから一枚の紙を取り出して、それにペンで何かをサラサラと書き始めた。


「ネズミ? こんな時に絵?」

 その作業をアベルが怪訝そうに覗き込んだ。

 リリーさんが紙に描いているいるのは、小さくて丸っこいネズミのような生き物。リアルなものではなく、少ない線でさらりと描いた可愛らしいネズミ。

「紙とインクで作った即席のゴーレムみたいなものですわ。さぁ、できましたわ、お行きなさい」

 リリーさんがネズミの絵を描いた紙を持ち上げて、その裏側に手を当てて紙に魔力を送り込んだ。

 すると紙がくしゃりと変形して、リリーさんの描いたネズミの姿になり、天井近くの通気口にピョンと飛び込んでその奥に消えていった。

 え? 何それすごい!

「何それ? 今、何をやったの? 紙とインクのゴーレム? すごくない? これたくさん出せるの? 強さや魔力の消費は?」

 その様子はアベルにとっても予想外だったようで、素の表情を丸出しで、リリーさんの手とネズミが消えて行った通気口を交互に見ながら、リリーさんに次々質問を浴びせかけている。

 お前、爆発物の事を忘れかけているだろ!?


「ほほほほ。まだまだ使い勝手も燃費も悪くて、戦闘能力はほぼ皆無の研究中のゴーレムでございますのでご内密に。ですが、小さいものなら複数操作できますので、女の子と爆発物の捜索はわたくしに任せて、アベルさんとグランさんは館内の人の保護と避難をお願いします」

 俺達に指示を出しながら、リリーさんはすでに二匹目のネズミを描き始めている。

 俺はゴーレムの事はよくわからないが、常識を超越した魔法を見た気がする。

 研究中と言っているが、もしかしてリリーさんのユニークスキルかギフトだろうか?

 すごく気になるけれど今はそれより館内の人の避難が優先だ。


「わかった、じゃあ女の子の事は任せた。この階にいる人を保護しながら、下の階へ行こう。その前にアベル、これの鑑定を頼む。鑑定阻害が掛かってて俺には鑑定ができなかった。おそらく奴らが設置した魔道具だと思う」

 ここに来るまでの間に回収した二種類の魔道具を取り出して、アベルの前に出した。

「うわ!? 何これ気持ち悪いくらい沌属性。く……、これかなり強力な鑑定阻害が掛かってるね。なんとか見れるけど、詳細は無理かも。これだから沌属性は」

 大きい方の魔道具を見てアベルの眉間にものすごく深い皺ができた。

「これは、ひどいですわね。大きい方はわたくしの鑑定では少し厳しいですわね。あまり強引に鑑定すると魔力が反発してしまいそうですわ」

 サラサラとネズミを描いて、通気口に放っていたリリーさんもその手を止め、眉をひそめた。

「あ、こっちの大きい方が奴らが言ってた爆発する方っぽいね。見た感じ残り時間は一時間半くらい? 後でゆっくり鑑定するから、一旦これはしまっといて」

 アベルに魔道具を返されたので収納に戻す。時間経過がない収納の中なら爆発の心配はない。

「小さい方は、大きい方の補助ですかねぇ。あと、何か結界機能のようなものが付いてますが、こちらは爆発はしないみたいですね。強盗犯が言っていた、出入り口の封鎖はこの魔道具ですかね」

 小さい方の魔道具を見て呟いたのはリリーさん。リリーさんの鑑定は俺の鑑定より性能がいいようだ。

 確か小さい方の魔道具が置かれていたのは、どちらも建物の隅に近い部屋だったな。


「回収したのは少し前だから猶予は一時間くらいだと思った方がいいな。館内の人を避難させる時間はありそうだが、まだ残っている可能性もあるし、それがいつ爆発するかわからないから、リリーさんも早めに避難してくれ」

 回収したのはしばらく前で俺の収納の中で時間が止まっていた事を考えると、魔道具がまだ残っているなら猶予時間はもう少し短いはずだ。

 図書館の関係者なら責任感もあるだろうし、図書館の被害も気になるだろうが、リリーさんにも早めに避難をしてもらいたい。

「ええ、わかりました。女の子を保護したら避難いたしますわ」


「じゃあ俺達も行こう。ここまで案内してくれた職員がいるから、その人にも手伝ってもらって館内の人の避難を……あれ? いない? 部屋に入るまでは一緒だったのにな? もう救助に行ったのかな?」

 廊下に出たアベルがキョロキョロと周囲を見ている。

「ん? この辺りに起きている気配は俺達だけみたいだぞ? 人の気配はあるけどまだ寝ている人ばかりだ」

「あるぇ? 下の階に行っちゃったのかな? ま、いいか。すごく仕事できそうな人だったし、先に下に行ったのかもしれないな」

 どうやらアベルは起きていた職員の人にここまで案内してもらったようだ。

「とりあえず、起こせる人は起こして避難してもらおう。俺は下の階から行くから、アベルは上の階で起きない人を転移魔法で下に運んでくれ」

「了解。ついでに賊も入り口に投げておくよ。図書館の敷地にゾンビがいた事は冒険者ギルドに連絡済みで、そろそろ応援が来ると思う」


 館内の沌の魔力は俺が来た時より随分薄くなって、睡眠系の効果もほとんどなくなっている。

 これなら応援に来た者が眠る心配もないだろう。それに、眠っている人も徐々に目覚め始めそうだ。

 廊下に倒れて寝ている職員が目に付くが、このフロアはアベルに任せて俺は下の階へ急ごう。

 階段を下りるのが面倒くさくなって、図書館中央の吹き抜けを、ローパー製ワイヤーを使って一階まで降りようとしたら、正面玄関から館内に数名の冒険者らしき者達が入って来るのが見えた。

 爆発物の可能性のある魔道具の全回収を確認するまで安心できないが、応援が来た事でこの状況の終わりが見えた事と、他の人間の存在を感じた事でなんだか妙にホッとした。


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