第307話◆主人公は遅れて登場する

 アベルが来たから、指パッチンでボコって終わりそうだなぁ。

 俺の出番ナッシング!!


「な、なんだお前は!? 何で動ける!?」

「何だって言われたら、通りすがりの冒険者? 何で動けるって言われても、この程度の催眠効果は俺には効かないし、リリーさんだって普通に起きてるじゃん? ね、リリーさん?」

 突然現れたアベルに、図書館強盗のリーダーが声を荒げるが、アベルはそれを心底どうでもよさそうに流して、意味ありげにリリーさんに声をかけた。

「え? えぇ、そうですわね。わたくしもこの程度の催眠効果は平気ですわ、おっほほほほほ」

 リリーさん強いな。あ、魔女だったっけ?

 魔力への抵抗力は、本人の持つ魔力に比例する為、リリーさんが魔女というのなら不思議な事ではない。


「っち、冒険者が紛れ込んでいたのか。だが、仲間はここ以外にもいる、俺達に何かあれば、図書館の敷地内に待機させているゾンビを町に放つ事になっている。町にゾンビが溢れだしてもいいのか?」

 む? 他にもネクロマンサーの仲間がいるのか? となると、どんだけゾンビが控えているんだ?

 まずいな、他にも仲間がいるならアベルがここにいる奴らを潰しても、他の奴らがゾンビを放ったら被害が出るぞ。

「んー? 仲間って入り口付近とか屋上にいた黒いローブの奴ら? そいつらなら、さっきやっつけちゃったよ? 中庭や屋上にいたでっかい犬のゾンビも全部やっつけちゃったし、後はなんか細かいのがちょこちょこいるみたいだけど、冒険者ギルドから人が来たらすぐに全部浄化されちゃうよ?」

 本館裏とこの通気口の中にいたゾンビは俺が倒したぞ!!

 って、アベルがほとんど解決している。

 俺、何もしていない。


「図書館の敷地に入れても、この建物の警備用の魔道具は乗っ取り済みで、出入り口も窓も封鎖してある。外部から侵入だけではなく、中から出る事もできない。無理矢理ドアや窓を開けると、他の封印と連鎖して爆発する仕組みになっているぞ」

 窓や出入り口が爆発したら、建物が崩れそうだ。そうすると中で眠っている人も危険だな。

「あー、なんか目に付く場所のドアや窓に厄介そうな結界が施してあったけど、突然それが弱まって普通に屋上のドアから入れたよ?」

 あれ? それも解決済み? 

「馬鹿な!? だが、それだけだと思うなよ? 建物の中に仕掛けた魔道具は時間がくれば、沌の魔力をばら撒いて爆発する仕組みになっている、お前らみたいに耐性のある者はともかく、耐性のない者は魔力に当てられて昏睡状態になるかもなぁ? 爆発すれば建物や人にも被害が出るよなぁ? 魔道具はいくつも仕掛けているから、図書館の周辺の住人も巻き込んだ大規模な爆発になるだろうなぁ?」

 うおおおおおおおい、町の中でそんな物騒な魔道具を仕掛けるなよ!!

 それに高濃度の沌の魔力なんかばら撒いたら、アンデッド系魔物が集まって来る危険もあるし、近くに死体があればゾンビが自然発生してしまうかもしれない。

 強盗じゃなくてもはやテロだよテロ!!


「なんて面倒くさいものを仕掛けたんだ」

 アベルも爆発系の魔道具の存在は予想外だったようで、その表情からは先ほどまでの余裕が消えている。

 その気になればアベルは相手をしばき倒す事も、リリーさんを連れて転移魔法で逃げられるだろうが、館内の人や周囲の住人が人質状態なので、それもできない。


「さぁ、大人しく禁書を渡せば、魔道具は解除してやろう。それと魔女さんと兄ちゃんには魔力封じの腕輪を付けようか。さぁ、魔女さん、このお兄ちゃんと無事に帰りたかったら、素直に禁書を出してもらおうか」

 リーダーの男が顎でしゃくると、控えていた二人が腕輪を取り出してアベルとリリーさんの方へと向いた。

 まずい、魔力を封じられたらアベルはただのモヤシ男になってしまう。

 魔力を封じられると、魔法どころか魔力に関連するスキルも使えなくなる。アベルはもとより、リリーさんも肉弾戦は苦手そうだし、これはまずい。

 それにリリーさんは禁書を手に入れるまでは安全は確保されると思うが、リリーさんを脅す為の人質役のアベルはそうとは限らない。


 どうする?

 ここで飛び出せば、アベル達を助ける事はできるが、仕掛けられている魔道具の場所がわからない。

 魔道具なら俺の探索スキルで見つける事はできそうだが、時間はかかる。爆発するまでに確実に回収できるとは限らない。

 アベルの転移魔法を使えば館内で眠っている人をスムーズに避難させる事ができるか? しかし、爆発までにどれだけの時間があるかわからない為、確実とは言えない。


 そもそも奴らが魔道具の在り処を教えるとは限らない。

 おそらく時限爆弾系の魔道具を仕掛けたのは、爆発の混乱に乗じて逃げるつもりだったからだろう。そうなると、禁書を手に入れた後、爆弾を解除しないと思った方がいい。

 そして逃げる際、リリーさんかアベルのどちらかを人質にして行くはずだ。リリーさんが魔女である事を考えると、リリーさんが人質を兼ねてそのまま連れて行くかもしれない。

 そうなってくると、役目の終了した後のアベルの身は危険だ。

 魔法が使える状態なら放っておいても勝手に脱出しそうだが、魔力を封じられるとアベルは何もできなくなる。


 リリーさんが禁書の場所に賊を案内している間に、俺が爆弾を探して解除をするか?

 しかし、リリーさんのあの様子、本当に禁書はあるのだろうか?

 リリーさんの性格を考えると、禁書よりも図書館にいる人や周囲の住人の安全を優先しそうなのだが。

 それとも、それを悩むくらいに危険な本なのだろうか?

 やばい、迷っている間にアベル達に魔力封じの腕輪が嵌められそうだ。

 どのみち奴らが魔道具を爆発させる可能性が高い。ならば、アベルの協力なしに人々を避難させるのは無理だ。

 やはり、アベル達を助けて、館内と周囲の人達を急いで避難させ……


 ドンッ!!


「んな!?」

 突然ものすごい力で、太ももの辺りを後ろから押された。

 太ももにあったのは、小さな手の感触。

 押された勢いで通気口の格子と一緒に、部屋の中に放り出された。


「は? グラン!?」

「なん……ぐあっ!?」

 男達が突然天井から降って来た俺の方を振り返り動きが止まった。

 反射的に体勢を立て直して着地した後、リーダーの男をタックルで吹き飛ばし、残った二人のうちの一人に跳び蹴りを入れつつ、収納からこぶし大の石を取り出して、残った一人の顔面に向けて身体強化を乗せてぶん投げた。

「えぇと? ヒーロー参上!?」

 自分で決心する前に背中を押され、結果的にナイス奇襲になってしまった。

 いきなり後ろから押されてびっくりしたけれど、結果良し。

 心の中はアベル達を助ける方に傾いていたしな!? 物理的に後押ししてくれた幼女ちゃんありがとう!!

 男達が通気口に背中を向ける位置だったので、いい感じに奇襲になり三人纏めて床に倒れた。


「アベル! 捕縛!!」

 俺が縄で縛るより、アベルの魔法で拘束する方が早い。

「う、うん」

「くそがっ! 吹き飛んでしまえ!」

 アベルが光魔法の鎖で男達を拘束するより早く、リーダーの男が何か小さな四角い魔道具を取り出して、そのボタンを押すのが見えた。

 な!? 遠隔から魔道具を爆発する事もできるのか?


 カチッ!!


 魔道具のボタンを押す乾いた音が妙にハッキリと聞こえた。

 直後アベルとリリーさんがほぼ同時に防御魔法を展開した。

 しまった、通気口の中にまだ女の子がいる。

 それを思い出して展開された防御魔法から飛び出して、通気口に向かおうとした俺の手首をアベルが掴んだ。

「グラン、どこに行くつもり!?」

「通気口の中に女の子がいるんだ! 安全なとこに連れてこないと! ……あれ?」


 男が魔道具のボタンを押す音はハッキリと聞こえた。

 しかし、その後まだ何も起こっていない。

 時間差で来るのか? いや、魔力による爆発ならその前に、魔力の膨張を感じるはずだ。しかし、今のところそれはない。

 広範囲に魔力を探ってみるが、それらしい魔道具の魔力は感じない。


「な? どういう事だ!? 何故、作動しない!?」

 男が床に伏したまま、魔道具のボタンをひたすらカチカチと押す音が聞こえる。

 どんなに周辺の魔力に集中してみても、それに反応する魔力は全く感じない。

 どういうわけかわからないが、男達の仕掛けた爆弾は不発に終わったようだ。


「どうやら、故障中みたいだなぁ? まぁ、ちょっと寝とけ」

 未だカチカチと魔道具のボタンを押している男の前にしゃがみ、カチカチとボタンを押す手を捕まえ、電撃グローブの電撃をめいっぱい流してやった。

 その間に残りの二人はアベルが光魔法で作った鎖で縛り上げ、この場にはもう動ける敵はいなくなった。


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