第306話◆ヒーロー登場

 女の子に誘導されるがまま狭い通路の中をずりずりと這い回る事小一時間。怪しい魔道具を十個近く回収した。

 その度にゾンビネズミを駆除する事になり、俺の収納の中に順調にゾンビの残骸がたまっていった。すごく要らない。

 魔道具の傍にゾンビネズミが必ずいたという事は、魔道具を設置した者とゾンビを放った者が同じ者だと思っていいだろう。

 ばっちぃ思いをしながら俺がすごく頑張って回収したおかげで、沌属性の魔力をまき散らす魔道具がなくなり、魔力が薄まれば目覚める人も出てくるだろう。

 探索スキルを使って周囲の様子を探ってみるが、俺が察知できる範囲にはもうあのやばそうな魔道具らしき気配はない。

 もしかするとまだどっかに残っているかもしれないが、目が覚めた職員がいれば事情を話して任せよう。

 というか、やばそうな魔道具はだいたい回収したし、そろそろこの通路から出たい。

 臭いし、狭いし、ずっと四つん這いで這いずり回って腰やら膝が痛い。


「あのさ……まだ、回収する魔道具は残ってる? お兄ちゃんちょっと腰が痛くなったから、一度広い所に出て体を伸ばしたいな?」

 ごめんね、お兄さん背も高ければ足も長いから、狭い所はちょっと辛いんだ。

 さすがに狭い所をずっと這い回るのが辛くなって、前を進む女の子に声をかけた。

 女の子は俺の声に反応して振り返り、通路の正面を指差した。


 明かりのない暗い通路の中、女の子の指差した先から薄らと光が漏れているのが見える。

 あそこが出口か?

 やっとこの狭くて臭い所から出られるぞ!


 と思ったのだが、少女の指差した方向から、人の気配を感じた。

 魔道具を取り除いて目が覚めた職員がいるのか? それとも魔道具を設置した犯人か?

「誰かいるみたいだな。悪い奴らだったら危ないから前後を入れ替わろう」

 狭い場所だが、何とか女の子と前後を代わり、俺が前になって通路を進んで行く。

 人の気配が近いので念の為、相手に気付かれないように隠密スキルを使っての移動だ。

 出口の方へ進めば、ボソボソと人の声も聞こえてくる。

 前進しながら身体強化を発動して、その会話に耳を澄ませた。



「ですから、禁書などこの図書館には置いてありません。何度言えばわかって頂けるのですか? そもそも、禁書の類は一般のお方が出入りする図書館には置けないという法律があるのはご存じでしょう?」

 あれ? この声はリリーさん? 何で図書館に? 図書館関係だったのかー、そうだよなー、貴族様だもんなぁ。

 って、えぇ? 禁書?

「とぼけても無駄だ。この図書館に魔女の禁書があるという、情報は掴んでいるのだ」

 魔女の禁書? なんかすごそうだな!?

 聞こえてくるのは男の声。

 複数の男とリリーさんが言い争っているようだ。


 一口に禁書と言っても色々ある。

 この世に出せないような情報が書かれたもの、本そのものに強力な魔法や呪いがかかっているもの、また本そのものが魔道具のような効果を持っているものなど、人の目に触れさせるには危険な本の事を総じて禁書と呼んでいる。

 ユーラティアでは、禁書に指定された書物は高位の貴族や国が管理する事になっており、一般人の所持、閲覧は認められていない。

 しかし、外国からこっそり持ち込まれたり、古い遺跡やダンジョンからごく稀にそういう類の書物が出土したりする為、管理されず表に出ない場所で取り引きされている禁書も存在する。

 また禁書に相当する書物を手に入れた場合、然るべき場所に報告しないといけない。それを知っていて怠ると罪に問われる可能性がある。

 ちなみにダンジョンや遺跡等でそういった書物を手に入れた場合、冒険者ギルドに持っていくとかなり良い値段で引き取ってもらえるので、さっさと金に換えた方が後々面倒くさい思いもしなくて済むし金にもなる。

 ごく稀に、コイツ絶対ヤバイっていうような魔法や呪いのかかった書物が、ダンジョンの宝箱から出てくる事もある。そんなの、こっそり隠し持っていても碌な事にならない予感しかないので、俺はやばい系の書物はさっさと売るのがいいと思っている。まぁ、売る前にちょっと開いてみるけど。


「へ? 魔女の禁書? そのようなものあるわけ……ございません!! 禁書なんてありません!! 出せと言われてもないものはないです!!」

 リリーさん、今、一瞬詰まらなかった?

 って、これは図書館強盗か? よし、そんな悪い奴は俺がかっこよくやっつけてやろう。

 バレないように気配を消して、出口まで。

 もう少し、もう少しだ。狭い上に気配を消しながら移動しているので、もう少しが遠い。

「お嬢さんが魔女だという事は、知っているんだ。ここ数年のこの周辺の発展ぶりは、魔女の魔法と禁書の力だろう?」

 え? 魔女? リリーさんって魔女なのか?


 魔女とは、高い魔力と魔法の適性を持ち、尚且つユニークスキルと呼ばれる、固有のスキルを持っている女性の事を言う。

 そしてそのほとんどは、何らかのギフトを持っていると聞いた事がある。

 その魔女の力を利用しようと考える輩もおり、世の魔女の多くは魔女という事を隠して暮らしている。

 人よりも魔法関係に適性があって、特殊なスキルやギフトを持っているだけで、人間である事には変わりないし、本人が能力を使ったり、自分で言ったりしなければ気付く事は滅多にない。

 魔法を得意とする者が多いが、必ずしも戦闘が得意というわけでもなく、そういう魔女を狙った犯罪は冒険者をしていると時々耳にする。


「確かにわたくしは魔女ですが、この領が発展したのは政に関わっている方々と領民の力ですし、禁書などもございませんわ」

「いつまでもしらばっくれるというのなら、こちらにも考えがあるぞ。おっと、無駄な抵抗はするなよ? 抵抗したら図書館の敷地内に放っているゾンビが、図書館の来館者や、町の住人に襲いかかるぜ?」

 悪党みたいなセリフが聞こえてくるな。ゾンビを放ったのはこいつらか? 悪党みたいじゃなくて悪党だな!!

 よし、やってもいいな!!!

 出口までもう少しだ、リリーさん、今助けるぞ!!


 賊の数は三人か?

 ネクロマンサーを先に倒さないと、ゾンビを人に向けられたらまずいな。

 まずは出口まで行って、どいつがネクロマンサーか確かめないと。

 複数いた場合はどうするか? あちこちにゾンビがいる事を考えると、ネクロマンサーが複数いてもおかしくないな。


 む? そこら中に沌属性の魔力を吐き出している魔道具が置かれていたのは、ゾンビを大量に行使しする為か?

 その場の多い魔力の属性に合った魔法は、行使する際の魔力が軽減される。

 昼間なら光魔法、夜なら闇魔法、海や川の近くなら水、火山なら火や土、風が強い場所なら風。

 図書館内が沌の魔力に満たされているなら、多くのゾンビを行使し易くなる。

 怪しい魔道具をいくつか回収したが、まだ沌の魔力が図書館内を漂っている。

 今のところ小型のゾンビしか見ていないが、どこかに大型のゾンビを潜ませているかもしれないな。だとしたらまずいぞ?


「観念して禁書の在り処を白状するんだ。図書館にいる奴らはみんな眠っているし、建物は外と隔離されているから助けは来ないぞ」

 何だって!? 隔離されているってどういう事だ? 進入禁止系の結界でも張られているのか? 思った以上に大がかりだな?

 それだけ大がかりな結界が張れる力を持った奴がいるという事か?

 これは下手に出て行くと、俺まで身動きができなくなる可能性がある。上手く奇襲を決めて、全員纏めて無力化しないとまずそうだ。


 よし、出口まで来たぞ。

 出口は天井付近の壁に穴が空いている形になっており、その穴に嵌められている格子越しに室内を見ると、そこは執務室のような部屋で立派な机が置かれており、その机の前にリリーさんが立っている。

 そのリリーさんを囲むように、黒い外套をスッポリと被っている人物が三人。俺のいる位置からは、フード付きの外套の姿しか見えないが、体格からして全員男だろう。

 先ほどから話しているのは、リーダーっぽい真ん中の男か?

 うーむ、どいつがネクロマンサーかわかんねーな。

 リリーさんも巻き込みそうだけれど、ホホエミノダケでも投げ込んでしまうか?

 ホホエミノダケの効果が決まれば、集中力が落ちて魔法どころではないしな。いや、ネクロマンサーなら魔力抵抗が高くて効かないかもしれないな。

 困った。下手に飛び出して失敗したら、更にリリーさんが追い詰められそうだ。


「ですから、禁書なんてないと何度言ったら……。ない物を出せと言われましても出せるわけないでしょう」

「そうか、あくまで白を切るつもりか。ならば、仕方あるまい。禁書の在り処を言いたくなるよう、ゾンビを動かしてやろう、やれ」

 リーダーの男が指示を出すと、他の二人の男が黒い魔石の付いた短杖を取り出しそれをかざした。沌属性の魔石付きの短杖か?

「おやめ下さいませ! そのような事をなさっても禁書などここにはありませんから」

 リリーさんの切羽詰まった声が響く。


 ネクロマンサーは二人か?

 二人ならいける。


 通風口の格子に手をかけ部屋の中に飛び出そうとしたその時――。


 パチン。

 突然入り口のドアが開いて、聞き慣れた指を鳴らす音がした。

 それと同時にネクロマンサーらしき男達が手にしていた短杖が凍り、男達が慌てて杖から手を放して床に投げた。



「ゾンビって外とか屋上にいたやつー? それなら全部倒したし、お役所にも連絡済みだから、そろそろ治安部隊が到着するんじゃないかな?」

 部屋の入り口の方を見ると、開いた扉からカツカツとブーツの踵を鳴らして、キラッキラッのイケメンが超ナイスなタイミングで部屋に入ってきた。



 アベル、おまっ!?

 俺の活躍の場を持っていくのやめてくれないかな!?


 って、屋上にもゾンビがいたんだ。で、役所にも連絡済み。

 さすが、デキるAランク冒険者。仕事が早いな!!!

 俺もAランクだけど何もしてないな!?


 なんだか、出るタイミングを逃してしまったな。

 いいや、見物してよ。

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