第305話◆聖なる自作武器

 室内にあった椅子を足場に、通気口の入り口の蓋を外して中を覗くと、小さな女の子なら少し腰を屈めれば、俺の体格でも四つん這いで難なく中を進む事ができるくらいの広さがあった。

 これは中で作業をする為にこの広さなのだろうか? この大きさなら換気用の道ではなくて、隠し通路の可能性もあるな。

 換気用の通路にしろ、隠し通路にしろ、成人男性が余裕で入れる広さの通路が女子更衣室の上にあるとは、けしからん事を考える奴がいそうだな!?

 気付いてしまっただけで、俺はそんな事やらないけど。


 先に女の子を通気口に上げて、自分もすぐに通気口の中に入った。

 中に灯りなどないので、紐の付いた小型の照明用魔道具を点け、それを首からぶら下げた。

 灯りを手に持つと片手が塞がる為、こうして首に掛けたり、装備に付けたりできるタイプの照明用の魔道具もある。

 カビ臭いし、ネズミが棲み着いていそうな臭いがする。この獣臭さは、ネズミのゾンビがいてもおかしくないな、注意を怠らないようにしなければならないな。

「ネズミのゾンビがいるかもしれないから、気を付けて案内してくれ。何かいたらすぐこっちに来るんだ」

 狭い通路なのでできる事は限られるが、いざとなれば俺の体の下に子供一人くらいは入れる隙間はある。

 頑張れば、女の子を庇いながらネズミのゾンビくらいは捌けるはずだ。

 ネズミのゾンビくらいならなんとかなるけれど、この状況ではできれば遭遇したくない。


 この細い通路は各部屋に繋がっている為か、あちこちで枝分かれをしており、まるで迷路のようである。

 その中を、女の子は迷わずに進んで行く。

 ホント、何者なんだこの子は。

 図書館の偉い人の身内なのだろうか? 綺麗な服を着ているし貴族か?

 貴族の女の子に無闇に触れて、抱っこまでしたのはまずかった気がする。

 やばい。娘を溺愛する系のパパだと、めちゃくちゃ怒られそうな気がするぞ!?

 相手が貴族だと、平民の俺にはどうしようもない。アベルがいたらなんとか言いくるめてくれそうだが、今はそのアベルも行方不明だ。

 もしかして、俺ピンチ!?


 いやいや、今はそんな事より、周囲に気を付けなければ。

 やはり、小さな気配がちょろちょろしているな。そして、沌属性の魔力はこの狭い通路にも満ちている。

 いや、これはこの通路の中にあの魔道具が置かれているかもしれない。

 換気の為、各部屋に繋がっているのなら、この中にあの魔道具を設置すれば、効率的に沌の魔力をばら撒く事ができる。

 女の子の後ろについて、ズリズリと四つん這いで進んでいると、沌の魔力が濃くなって来た。近くにあの魔道具がありそうだ。

 そして、獣の臭いが強くなり、ネズミのような気配が複数ある。


 分かれ道の手前で女の子が立ち止まり、俺の方を振り返って、分かれ道を曲がった先を指差した。

 沌の魔力とネズミのような気配を感じる辺りだ。

「この先にネズミがいるのか、俺が先に行こう」

 分かれ道を利用して、女の子と前後を入れ替わり、俺が前になってその気配の方へと進む。


 ネズミの気配に近付く前に収納から、小さなポンプのような形をした木製の水鉄砲を取り出した。

 魔法が使えない俺の、対アンデッド専用武器。前世の記憶を頼りに作った水鉄砲である。

 その中に聖水を注げば交戦準備完了。それを複数用意し、一丁は手元に残して他は収納へ収めておいた。

 聖水は自作の聖水だ。


 聖水は教会に行くと、すごくありがたい物みたいに売られているけれど、ぶっちゃけ聖属性の浄化用のポーションである。

 そして聖水もポーションの一種なので用途によって効果にも幅がある。

 臭いや汚れを取る程度の弱い浄化効果のものから、アンデッドを浄化してしまう強力な浄化効果のものまで、強さによって値段が違う。

 もちろん冒険者ギルドや冒険者向けのポーション屋でも買う事ができる。ぶっちゃけ教会で売っている聖水と、他で売っている聖水の効果に違いはほとんどない。

 なんなら、綺麗な水の中に聖属性の魔石を一晩浸けておくだけでも、効果は低いが簡易的な聖水になる。

 ポーションなので腕のいい薬師の作る聖水の方が、下手な聖職者の作る聖水よりも効果が高いし、教会はそういう薬師から聖水を仕入れている事もある。

 聖職者になる為に通う学校では、聖水や回復系のポーションを作る為の、調薬の授業もあると聞いている。

 それでも、やはり神様のお膝元で売っているというありがたさに加え、教会で売っている聖水は聖属性のみの純粋なもので効果も保証されている為、少々高くても神殿で聖水を買う者は多い。

 それに、力の強い聖職者の作る聖水は値段も高いが効果もアホみたいに高い。俺も、もしもの時の為に、教会で買ったガチめの聖水は持ち歩いている。


 しかし今回は小さめのゾンビなので、自作の聖水で十分だ。

 ゾンビ用の聖水は純粋な聖属性ではなくても、聖と同じくゾンビの弱点である光属性でもいいので、俺の作った自作聖水は聖属性の素材より安い光属性の素材も使っている。

 聖属性と光属性の素材から作った自作の特製聖水が、今回使う聖水だ。

 コスパ優先で聖属性の素材以外にも色々詰め込んでいるブレンド聖水だが、原材料費のわりに効果は高い。


 聖水入りの水鉄砲、単純な武器だけれど弱いゾンビにはよく効くんだよね。直接触らずに済むから武器も汚れないし、お手軽武器のわりに優秀な水鉄砲君である。

 特製聖水入りの水鉄砲を手に持ち、肘をついた状態の四つん這いで前へと進んで行く。


「いた」

 魔道具の灯りしかない暗い通路の先に、複数のネズミの影が見えた。

 それらも俺達の存在に気付いてこちらを振り返る。

 暗闇の中に光るたくさんの赤い目。

「くらえっ!!」

 そいつらが動き出す前に、赤い目が密集している場所をめがけて、水鉄砲で聖水をぶちまけた。


 ジュウウウウウウ……ッ!!

 まるで焼けた金属に水を掛けた時のように、聖水をぶっかけられたゾンビネズミから白い煙が上がる。

 そして、聖水を掛けられた部分から溶けていく。

 最初の一丁の聖水が空になると、二丁目を取り出して聖水を噴射。

 お? これで大体溶けたか? ん? 少しデカイのがいるな、もう一発食らえ!!

 三丁目の聖なる水鉄砲を少し大きなネズミにぶち込んだ。

 く、案外しぶといな。四丁目。五丁目……やっと死んだか。いや、ゾンビだから元から死んでいるか。

 これで掃討完了かな?

 一匹混ざっていた大きな奴はしぶとかったが、目視範囲のゾンビネズミは全て片付いたようだ。

 お手軽! 強い! 聖なる水鉄砲君優秀!!


 周囲のゾンビネズミの気配がなくなったので、通路の前方を照明で照らすと、ゾンビネズミが固まっていた辺りに魔道具らしき物が見えた。

 先ほど見つけたものと違い大型で、沌の魔力を大量に吹き出しており、周囲には魔力の靄ができている。

 嵌められている沌属性の魔石も大きく、あの大きさになると大型のドラゴンゾンビや、リッチなどの上位のアンデッドからでないと手に入らないサイズだ。

 めちゃくちゃ高そうだなぁ。これがこの不可解な状況の犯人の物だったら、パクったらダメかなぁ? やっぱ、ダメだよねぇ。証拠品だよねぇ。

 高そうな魔石だが、図書館から高価な本を奪うつもりでの犯行なら、十分に魔石代のおつりはくる。それくらい、貴重な専門書や魔導書の価値は高いのだ。

 図書館関係者を全て眠らせての犯行か?

 これだけ大規模なら、犯人は複数の可能性が高いな。職員や来館者を眠らせて、どこかで貴重な本を探しているのか? だとしたら、やはり起きて動いている気配が怪しい。

 


「これは酷いな」

 濃い魔力になれていない者が近付くと、魔力に触れただけで卒倒してしまいそうな濃さだ。

 ここから、換気用の通路を利用して図書館内に沌の魔力をばら撒いていたのか。

 そして、この場所からは離れていて魔力の濃度が薄くなりそうな場所には、個別で魔道具を設置していたわけか。

 とりあえず、あの魔道具を撤去するか。

 う……、俺と魔道具の間には聖水によって溶けたゾンビネズミの残骸があるな。ヘドロのようになっていて気持ち悪い。

 小型のゾンビは魔石も体内に生成されていないので、何の旨味もない。ただただ臭いだけである。

 くっ、あの上を這って行くのは嫌だな……。アレを撤去する為に収納にも入れたくないし、収納に入れる為にアレに触るのも嫌だ。

 しかし、あの上を這って通過して色々汚れるくらいなら、手袋が汚れる方がマシだ。

 ゾンビネズミの残骸に触れてそれを回収する。


 うええええええ……臭い。そして手袋越しでも感触気持ち悪いいいいい。

 ゾンビの残骸を手に入れた!

 いつか使えるとか、たくさん集めるのが好きだとか、収集癖があるのは認めるけれど、これはさすがに要らないし、いつか使える気もしない。


 ゾンビの残骸を回収した後の通路を、ズリズリと四つん這いで進んで、魔道具を回収。

 あまりに濃い魔力だが女の子は平気なのだろうか?

「魔力が濃いけど大丈夫かい?」

 振り返って女の子に問うと、無表情で頷いて俺のズボンをチョイチョイと後ろへ引っ張り、元来た通路を指差した。

 あ、はい、平気そうね。幼女強い。そして、次はあっちね。その前に水鉄砲に聖水を補充するね。


 ホント、この幼女は何者なのだろう。

 疑問に思いながらも、水鉄砲に聖水を注ぎ、幼女の示す方向へとズリズリと進む事にした。


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