第302話◆嵐の中のティータイム

「鍵が開いてるかな?」

 鍵がかかっていたら申し訳ないが、ドアノブを分解してしまおう。後で事情を話して、弁償すれば許してくれるはずだ。

 従業員用の出入り口にしては、妙に入りにくい場所だし、倉庫か何かだろうか?

 ぱっと見、錆びだらけの取っ手に古い木製の扉だが、扉の周囲は草が倒れており、出入りしている者がいる痕跡が残っている。

 扉に手を掛けると鍵はかかっておらず、それを引くと金具の錆びた音と共に開き、暗い部屋の中からなんとも言えないにおいが漂ってきた。

 鍵がかかっていなかったのはラッキーだったが、不用心だな!?

 中に入りすぐにドアを閉めて鍵をかけ、被っていたマントを収納の中にしまい、照明用の魔道具で周囲を照らした。

 部屋には天井付近に小さな窓があるだけなので、天気の悪い今日は窓から入ってくる光がなく、明かりがなければ真っ暗と言っていい。


 照明用の魔道具で室内を照らして見ると、どうやらここは物置のようでたくさんの箱が積み上げられ、壁際には本棚も置かれていて本がぎっしりと並んでおり、部屋の真ん中には大きめの机とそれを囲むように椅子が並べてある。

 倉庫の中にある物はほとんど埃を被っておらず、日ごろから人の出入りがある事を示している。それどころか小ぎれいに整理され、よく見ると棚にはこの場に似つかわしくない可愛い柄のティーセットまである。

 そして、部屋の中を満たす独特のにおい、おそらくインクや紙のにおいだろう。

 何の変哲もない、倉庫兼作業場のようだ。


 照明用の魔道具を机の上に置き、女の子を腕から下ろして椅子に座らせる。

 女の子はマントがすっぽりと被せてあったので、雨に濡れていなかったようだが、俺は走り回ったので腰から下がびしょびしょだ。

 書物が置いてある場所なので、濡れたままでいるのはまずいと思い、乾燥用の魔道具を取り出して濡れた服を簡単に乾かした。

 服を乾かしながら、ドアの外に意識を向けていたが、今のところ追加で何か来るような気配はない。

 何故ゾンビが図書館の敷地内にいたのか?


「寒くないか? 何か飲むかい?」

 ゾンビの事は気になるが、それより先にこの女の子だ。

 濡れないようにマントを掛けていたが、雨の中を移動したのだから体は冷えているだろうし、昼も近い時間なのでお腹も減っているだろう。

 ティーセットが置いてあるという事は、ここなら飲食をしても大丈夫だろう。

 女の子が不思議そうに首を傾げたので、収納からカップと温かい紅茶の入った水筒を取り出した。

 冒険者たる者、いつどこで体温を奪われる状況になるかわからないので、温かい飲み物は持ち歩いているのだ。


 カップに紅茶を注ぎ、ハチミツとミルクを取り出して追加して、スプーンでくるくるとかき混ぜて女の子の前に置いた。

 ミルクを加えたので、子供が飲むにはちょうどいい温度になっているはずだ。

 それから、手を汚さず食べられるクッキー。甘いもの好きのアベルや三姉妹の為に作り置きしてある、チョコチップが入ったクッキーだ。

 それを小皿に載せて、女の子の前に置いた。

 少しテーブルの高さが高いか? 収納の中にクッションを入れていたな? よし、クッションを敷いて座ればちょうどいいな!!


 女の子の椅子の高さを調整した後は、自分も椅子に腰を掛け、紅茶とクッキーを出して一息吐いた。

 俺がお茶を啜りながらクッキーをポリポリしている様子を見て、女の子も自分の前に置かれたカップからゆっくりとお茶を飲んで、不思議そうな表情でクッキーを口の中に入れた。

 服装からしていいとこのお嬢ちゃんっぽいし、不格好な手作りクッキーは珍しかったのかもしれない。

 お? クッキーを食べた女の子の表情が、にぱーっと明るくなったぞ。

 クッキーは口に合ったようで、一枚目を食べ終わった後、二枚目を手に取って口に運んでいる。

 その光景が微笑ましくて、うっかり外の状況を忘れてしまいそうになった。


 クッキーを一生懸命食べている幼女は可愛いくて微笑ましいのだが、今の状況の整理と打開方法を考えなければいけない。

 昨日も臭い目に遭って、今日もまた臭いとかホント勘弁して欲しい。

 あーもう浄化効果のあるポーションでも作って、消臭スプレーでも作ろうかな!?



 幼女と一緒にのんびりとお茶をしながら小休憩。

 クッキーをほくほくとした顔で食べている幼女は微笑ましくて可愛いが、現在の状況はあまりよろしくない。

 今のうちに少し状況を整理しよう。


 雑木林の中には人為的に生み出されたと思われるゾンビがいた。

 俺が見た犬っぽい耳も犬ゾンビの耳だった可能性が高い。実際にめちゃくちゃ臭かったしな。

 何故、図書館にゾンビが?

 自然発生のゾンビではないようなので、何者かが図書館にゾンビを放ったと考えるのが自然だ。

 ネクロマンサーなら、死体をマジックバッグや収納スキルで持ち込んで、それを使いたい場所で出してゾンビとして動かせばいい。

 他の場所にもゾンビがいる可能性は高い。

 

 何の為に?

 図書館には稀少な本や、高価な本が所蔵されている為、それを狙った犯罪は少なくない。

 図書館には高価な専門書や稀少な魔導書の他、この世に出せない禁書と呼ばれる書物が保管されている事もある。

 そういった本を狙って、図書館に盗みに入る者は存在する。

 もちろん高価な本や稀少な本の保存場所は厳重な警備が敷かれているのが当たり前で、そういった場所への立ち入りは厳しく制限されているものだ。

 防犯対策もされている為、そういった書物を目当てに図書館に盗みに入るのは簡単な事ではない。

 しかし、そこまでしてまで盗みに入る価値のある書物がある事も否定できない。

 禁書の類いに至っては、そうまでして欲しがる者は後を絶たない。

 物流の貴族と言われるプルミリエ侯爵の管理下の図書館なら、そういった本があっても不思議ではない。


 目的はわからないが、何者かが悪意を持って図書館の敷地内にゾンビを放ったのなら、図書館にいる人達が危険だ。

 天気が悪く人が少ないが、全くいないわけではない。新館の方は人の気配がしなかったが、本館の方には人がいるかもしれない。

 中庭の周辺をゾンビが徘徊しているとしたら、渡り廊下も危険だ。


 俺が見た犬耳――中庭にいたと思われる犬系のゾンビはおそらくアベルが倒したのだろう。

 その後、どうなってアベル達がどこへ行ったのかはわからない。

 ……考えてもわからないな。

 アベルは俺より強いし、便利な魔法をたくさん使えるし、きっと大丈夫だ!! 大丈夫だよな?

 アベルなら転移魔法でどっかに移動した可能性もあるしな。うむ、大丈夫のはずだ。

 転移魔法で新館にいた人と避難していると信じよう。

 むしろ、何も言わずにはぐれたから俺の方が心配されていそうだな。

 とりあえず腹ごしらえをしたら、女の子のお父さんを探すか。

 

 お茶とクッキーで一息つきながら、現在の状況とこの先どうするかを考えていると、クッキーを食べ終わった女の子が椅子から降りて、本棚の方へトコトコと歩いていった。

「ん? この本棚?」

 女の子が向かったのは本棚の中でも、整理されておらず古い本が乱雑に詰め込まれている本棚。

 背表紙に俺には読めない文字が書かれた本が、無造作に本棚に詰め込まれている。

 その本棚に近づくと女の子が背伸びをして本に手を伸ばして、分厚い本を手に取ろうとしたので代わりに取ってやる。

「この本かい?」

 随分と分厚くて難しそうな本である。俺にはわからない文字の本だ。

 その本を手に取った後、女の子が今度は別の本を指差した。

「これ?」

 指差された本を手に取ると、また別の本を指差す。

 そうやって五冊ほど分厚い本を手に取ったところで、女の子が俺のズボンを引っ張って、別の本棚を指差した。


 女の子の指差した先は、本棚の何も入っていない場所。

 先ほど本棚から抜いて、俺が抱えている分厚い本とその空いた場所を交互に指差す。

 ん? この本をそこに置けって?

 全部置こうとしたら首を横に振られたので、とりあえず一冊置いたら、納得したように女の子が頷いた。

 そして、再びズボンを引っ張って今度は部屋の隅に置いてある壺の前に立ち、壺の中と本を交互に指差す。

 んんん? 壺の中に本を入れろって???

 壺の中に本を入れると女の子がウンウンと頷く。

 そうやって、女の子に指示された場所に本を置いて回り、五冊全て置き終わった後、どこか棚の中でガコンという、何かが倒れるような音が聞こえた。


「なんだ?」

 テーブルの上に出しっぱなしだった、カップとクッキーを置いていた小皿を回収して周囲を見回した。

 室内に特に大きな変化はない気がするが、先ほどの音は気になる。

 キョロキョロと室内を見回していると、再びクイクイとズボンを引っ張られ、花柄のティーカップの入っている棚の前に連れて行かれた。

 先ほど音がした辺りの棚だ。そして女の子は、その棚の一番下の扉を開けた。

 棚の扉が開かれると、奥からカビ臭い風がフワリと吹き出してきた。


 ん? 風? 棚の中から?


 棚の中にはごちゃごちゃと、よくわからない箱やノートなどが入っている。

 その向こうからピューピューと隙間風のような風が、棚の外に吹き出している。

 この向こうに何か空間がある?

 しばらく開けていなかった棚なのか、棚の中はカビ臭い。

 棚の中に入っている物を壊さないように注意しながら取り出して、とりあえず床に積み上げておく。

 中身を全て出し終えて、棚の奥を照明で照らすとぽっかりと四角い穴が空いており、その先に階段のようなものがチラリと見えた。


 え? 隠し通路? こんな通路を知っているってこの子何者!?


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