第297話◆本好き妖精ビブリオ君に会いたい!!

「あー、降ってきたかー」

 フォールカルテの市場で無事セファラポッドを買う事ができ、図書館まで来てワンダーラプターを獣舎に預けたところで、ポツポツと大粒の雨が落ちてきた。

 空はすっかり黒い雲に覆われ、ゴロゴロという雷の低い音が遠くから聞こえている。

 その雰囲気は春の嵐の前触れのようにも思えた。

 海の近くに山がある地形の為、気温の高い季節は突然強い雨が降る事が多そうだ。


 フォールカルテの図書館は、町の商店街から少し逸れ、冒険者ギルドや商業ギルドの建物が並ぶ、お役所街にあった。

 元々あった本館の隣にある、新しい建物がリリーさんの言っていた庶民向けに開放されている場所のようだ。

 庶民向けの区画は、日当たりの良い場所に読書専用のスペースが設けられ、そこから窓越しに図書館の中庭の景色を見る事ができ、開放的な雰囲気で晴れていれば気持ち良く読書ができそうな場所だ。

 また、小さな子供向けのスペースには絵本の他に、数字や文字を使ったおもちゃも置かれており、子供の教育に力を入れた施設である事がわかる。

 本棚の近くには静かに読書に集中したい人の為に、仕切り板で区切られたスペースが並んでおり、需要に応じて好きな場所で本が読めるようになっている。


 雨で少し濡れてしまったので、アベルに魔法で乾かしてもらい、図書館の中へと入る。

 その頃には雨脚が強まり、ザーザーという音が静かな図書館の中まで聞こえて来ていた。

 天気が悪いせいか人はまばらで、数名の女性が静かに本を読んでいるのが目に入った。

 この時間だと男性は仕事をしている者が多いからだろうか、利用客は男性よりも女性の方が多いようだ。


「雨、強くなったね。しばらく図書館にいるからいいかー。次の町に飛んだら止んでるかもしれないしね」

「そうだなぁー、じゃあ昼すぎくらいまで読書の時間だな」

 最近、難しそうな本の翻訳ばかりしていたアベルは、気軽に読める本が読みたかったのか物語系の棚の方へ、俺は料理や装飾品の本がありそうな棚へ。

 俺が探しているような本は男より女性の方が興味を持ちそうな本の為、俺が向かった本棚の近くには女性の姿がちらほらと見える。

 すみません、怪しい者ではありません。ちょっと料理と装飾細工が好きなだけの、ただの生産者です。けっして変な人ではありません。

 昨夜、体も装備も綺麗に洗ったし、ワンダーラプター達による匂いチェックにも合格したので、もうドドリン臭くもないはずだし、怪しい者には見えないはず。



 とりあえず、この周辺の料理のレシピから探そうかな。

 料理本は比較的新しいものが多いな。おお、挿絵が入っていてすごくわかりやすくてありがたい。

 海が近いから海産物系の料理が多いな。山間部はウサギや羊の肉を使った料理が多いのか。

 ふむふむ、薬草の産地が近いから、薬草をハーブ感覚で使う傾向があるのか。

 やべぇ、見ていると腹が減ってくる。

 これは、この辺りのグルメマップか、よしこれも少し見てみよう。そして美味しそうなものがあれば寄り道しよう。食い物の為の寄り道ならアベルも納得するはずだ。


 お? 奥様向けの雑誌みたいなものもあるのか。

 おお、料理や流行りのファッション情報も載っている。とりあえず借りてゆっくり読もう。

 幸運を呼ぶ宝石全集? ああ、アクセサリーに宝石を使うなら、こういうのを参考にするといいかもしれないな。 

 ん? これはゴシップ系の雑誌の類いか? なるほど奥様向け、噂話の情報誌。そんなものまで置いてあるのか。

 確かに、世間の情勢や噂話は娯楽の一部みたいなもんだしな。お、後ろに今月の運勢とか載っているのか、占いは男でも気になるな。何々? 恋愛運×。うるせぇ、ほっとけ!!

 何だこれ? 月刊ヌン? 世界の不思議紀行? 砂漠に秘められた陰謀? 禁断の魔法を解明せよ! 何コレ面白そう。これもちょっと借りて読んでみよう。

 おすすめ! フォールカルテのゴーストスポット!! いや、それはおすすめするものなのか!?

 フォールカルテ図書館の七不思議。え? この図書館に七不思議なんかあるのか!? こわ、変なところには近寄らんとこ。

 本当は怖い昔話。古代竜の謎に迫る。プルミリエ領の謎の遺跡に迫る。あなたの知らない不思議のダンジョン。

 なんか、並んでいる本の雰囲気が変わったな。ここの棚で一区切りだったのかな?

 それにしても、確かに専門誌より、町から出る機会がない人の興味をそそりそうなタイトルの本が多いな。

 あれ? 冒険者大全集? なんで冒険者向けの本がこんなとこに紛れ込んでいるんだ? タイトルからして冒険者向けの参考書だよな? 少し中を見てみるか。


「きゃっ」

「あ、すみません」

 女性向けの本棚に見合わない、冒険者向けの参考書のような本を見つけ、気になって手に取ろうとしたら、すぐ近くにいた女性と手がぶつかった。

 彼女もその本を手に取ろうとしていたようだ。もしかして冒険者志望だったのかな? ああ、いや図書館職員さんのようだ。

「もしかして、この本でした?」

「ええ、よろしいですか? 申し訳ありません、どうやら棚を間違って入ってたようで、元の場所に戻しますね」

 やっぱ、間違って入っていたのか。

「ですよねー、お仕事ご苦労様」

「あ、ありがとうございます!!」

 今日は冒険者関係の本を読みに来たわけではないからな。

 冒険者大全集を本棚から抜いて女性職員に手渡し、俺は本棚を物色する作業に戻る。

 こんなたくさん本のある場所で、本の整理は大変そうだなぁ。借りた本を、違う場所に本を戻す人もいそうだし、図書館の職員さん、ご苦労様です。


 何だかんだで、興味を惹かれるタイトルが多くて迷ってしまったが、長居する予定ではないので、特に読みたい本を数冊取って読書スペースへ。

 料理のレシピをメモしておきたくて、机付きの読書スペースに行く事にした。

 その途中、大きな掃き出し窓から中庭が見える場所に、ソファーが置かれた広い読書スペースをチラリ見ると、アベルが寄りかかるようにソファーに腰を掛けて、本を広げているのが見えた。

 近くで本を読んでいる若いお嬢様方が、頬を染めながらチラチラとアベルの方を盗み見ている。

 おのれ、図書館の平和を乱す顔面テロリストめ。

 はー、読書に集中しよ。


 人が少ないせいで、好きな席を選び放題なので、俺は外が見える窓に近い席を選んで腰を掛ける。

 天気が良かったら気持ち良さそうだが、窓に打ち付ける雨がガラスを伝って流れる様子も悪くない。時々ピカリと稲光がして、かなり遅れてゴロゴロという音が聞こえるのも、図書館の雰囲気の一つだと思えば悪くない。

 そして隣の席とは仕切り板で区切られているので、集中して読む事ができる。



 気になる料理や馴染みのない調理法はメモを取りながら、料理のレシピ本をパラパラとめくっていく。

 海沿いの地域だけに、魚介類を使った料理が多い。

 プルミリエ侯爵領の海沿いは、温暖で湿度は低めの地域の為、エリヤの栽培が盛んで、ユーラティアきってのエリヤ油の産地でもある。その為、この地域の料理には、エリヤ油が使われるレシピが多いようだ。

 しまった、エリヤ油も買っておけばよかったな。

 エリヤ油とは非常に香りの良い植物性の油で、他の植物性の油に比べ少し高めだが、炒め物以外にもドレッシングの材料としても使える。

 羊の肉やチーズが多いのも特徴だ。

 羊……羊……、ラムステーキが食べたくなったな。ああ、野菜と一緒に炒めるのもいいな。

 くそ、腹が減ってきた。


 ん? 窓の外に何か生き物の気配?

 窓の外に犬っぽい耳が見えるぞ。いや、犬にしてはデカいな。大型の狼くらいのサイズだろうか?

 あまり強そうな感じではないが、魔物か? 町の中だぞ? いや、もしかして番犬が放してあるのか? 大雨なのに?

 ま、まさか、図書館の大きな犬と言えば、噂に聞く本好き妖精のビブリオ君か!?


 別名、本の虫とも言われるビブリオは本がたくさんあるとこに住んでいる、大きな犬の姿をした妖精である。

 虫と言われているのに犬。これ如何に。

 まぁ、細かい事なんていちいち気にしていたら冒険者なんてやっていられない。


 ビブリオという妖精、本が好きで好きでたまらない妖精で、本が好きすぎて本を読む者を本の中に引きずり込んでしまう。

 それだけ聞くと非常に恐ろしい妖精に聞こえるのだが、引きずり込むと言っても、本の中の出来事をリアルに体感させてくれて、ビブリオが納得した時点で元の場所に戻してくれる。

 ビブリオに本の中に招待された者は、だいたい楽しかったと言うので、俺もいつか招待されてみたい。


 ビブリオが好んで住むのは本がたくさんある場所。つまり図書館のような場所には必ずと言っていいほどビブリオが住んでいる。

 そして、窓の向こうに見える大きな犬のような耳。

 これはビブリオだよなぁ!?

 本の中に招待はされたいが、その前に大きな犬をモフってみたい。いや、モフらせろなんて図々しい事は言わない、でっかい肉球をちょっとプニプニしてみるだけでもいい。

 俺としてはビブリオ君大歓迎なのだが、残念ながら今までの人生でビブリオ君が俺を迎えに来た事はない。


 もしかして、今日こそはビブリオ君をモフれる……いや、本の中に招待してもらえるのか?

 あ、料理本は見ているだけだと腹が減るので、できれば観光ガイドみたいな本で世界各地を見せてもらいたいな。

 今から観光ガイド取って来ていいかな? 取ってくるからそこで待っていてね?


 読んでいた本を閉じ、席を立って、観光ガイド系の本を探しに本棚へと向かった。

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