第296話◆好きな物は広めたい
「そういえばさー、プルミリエ侯爵領ってここ十年で、急に製紙産業と印刷産業が有名になったよね」
「ゴフッ!!」
「大丈夫かい?」
リリーさんが突然咽せた。大丈夫か!?
美味しかった食事タイムも終わり、デザートのドドリンも何だかんだで楽しめたし、美味しいに着地できた。
最後に出てきたほうじ茶……違う、法茶を飲み終えればお開きという頃に、アベルがリリーさんに尋ねた。
そして、そのタイミングでリリーさんが咽せた。
紙や本は前世に比べて高級品だが、それでも少し頑張れば庶民でも買える値段だ。
質の高い紙や豪華な本や稀少な本は、びっくりするほど高いが、それでも庶民に合わせた品質で手の届く値段の物も出回っている。
更には多少裕福な庶民なら定期的に購読ができるくらいには、新聞も普及している。つまり新聞が庶民の手に入るくらいの値段で紙が製造され、印刷もされているという事だ。
俺の実家は山奥で、外部との交流が少なかった為、俺が村にいた頃は、教会においてあった聖書や絵本くらいしか紙を見た事がなかった。
物を包んだり拭いたりするのは植物の葉、文字は地面や黒板に書いて憶えた。
紙を使っていたのは、他の町と取り引きをする商人や、教会の人達だけだった。
むしろ、教会ができる前までは文字を習う機会がない者も多く、年齢の高い世代は文字の書けない者も多かった。
そんな環境で育ったので、王都に出てきた時は少しびっくりした。
冒険者に登録する時には、必要事項を紙に記入したし、登録が終われば初心者向けの冊子も貰った。ギルドの図書室にたくさん本が並んでいたし、売店では教本も売っていた。
最初は本も紙も高く感じたが、冒険者として稼げるようになると、少し高いが頑張れば買える値段という感覚になった。
それに、王都のトイレはちゃんと紙だったのはめちゃくちゃ感動した。
その時すでに前世の記憶があり、自分の出身地の環境から勝手に、この世界の文化レベルは中世以前かもなんて思っていたので、王都の紙事情を知った時は、都会では思っていたより紙が身近な物なのだなぁ、と感じたのを憶えている。
そして、年々その製紙技術や製本技術は進歩しているように思える。
俺は手紙なんか書かないのだが、冒険者ギルドの売店には、冒険者達が故郷の家族や友人に手紙を送る為のレターセットが売られている。
売店に行くと目に入るのだが、だんだんオシャレでカラフルなデザインの物が増えている。
本も以前は学術書ばかりが目に付いていたが、気付けば娯楽色の強い本をよく見るようになっていた。
産業の進歩って結構目に見えるもんだなー、なんて思っていたが、プルミリエ侯爵領は製紙と印刷産業が盛んだったのか。
海洋系の産業や交易が盛んな事しか知らなかった。
「ゴホッ! だ、大丈夫です。ちょっとお茶が気管に……。ええ、近年では製紙と印刷、製本関係にも力を入れておりますね。識字率はそのまま教育の水準に直結しますし、教育は産業の水準にも関わりますからね。紙や本の普及は国を豊かにするという考えでございます。それに本というのはとても楽しゅうございます」
リリーさん才女感すごい。これが、貴族の女性ってやつか。思わず拝みたくなる。
「文字が読めなくとも、絵柄で楽しめる絵本に始まり。絵本から文字を学び、芸術を知る。図鑑で興味を持ち知識を広げ、学術書でそれを更に深めていく。更に物語で文学に触れ、空想の世界の娯楽を楽しむ。ええ、文字から広がる空想の物語の世界は無限なのです。そして、その中で自分の"好き"をみつけ追求し、同じ"好き"を持つ同志と出会えればそれについて共に語る事ができます。共に語れば更に"好き"を追求でき、新しい"好き"も増える。それを文字に残し広めれば、同志も増え新しいジャンルも次々と開拓される事でしょう。文字があれば本としてそれらを後世に残せるのです。文字を知る人が増え、本が身近になればたくさんの記録を残し広める事ができるのです。このように文字によって人は繋がり、そして発展していくのです。子供のうちから文字に触れ、本をもっと身近なものとして感じて、本が好きな人が増えて欲しいのです」
めちゃくちゃ早口に一息で語ってくれたので、超圧倒されてしまったが、リリーさんが本が好きで、本をもっと身近なものにして後に残したいと思っているのはよくわかった。
コーヒーもそうだったけれど、好きな物に対する熱意と行動力が溢れている女性って、すがすがしくて格好いいな。
「そうだねぇ。俺も識字率を上げる事や、本をもっと身近なものにするのは良い事だと思うよ。フォールカルテの図書館って、娯楽系の本もたくさん入ってるってホント?」
「ええ、文字が読める人が増えても、気楽に娯楽として楽しむには、本はまだまだ値が張りますから、娯楽や生活情報関係の本と子供向けの本を取り扱っている区画を設けておりますね。そちらは簡単な身元の確認だけで入れるようになっております」
大きな都市には図書館がある場所もあるが、そういった場所には専門書や魔法関係の高価な本が多く、図書館に入るには入場料がかかり身元のチェックもある為、庶民には少々入りづらい場所となっている。
「へぇ、明日、ツァイで買い物した後ちょっと行ってみる?」
「そうだなぁ。料理の本とか、流行りの装飾品の本があったら見てみたいな」
料理は前世の知識に頼りっぱなしだし、装飾品は流行りなんて考えずに適当に作っているし、俺の知らない事はたくさんあるので本を読んで参考にしたい。
ついでに、セファラポッドを売っていないか探してみたい。
「へっ!? フォールカルテの図書館に行かれるのですか!? え、ええ、専門書も多数揃っておりますので、きっと冒険者の方にもご満足いただけるかと」
「あーいや、最近難しい本ばっかり見てたから、たまには気楽に読める本も見たいなって? グランはやっぱ料理の本?」
「だなー、それからこの地域の風土記とかも興味あるな」
難しい本は、いざとなれば王都の図書館でも読めるし、図鑑関連はギルドでいいし、やっぱ地域限定系とか、流行り物とかの本が見てみたい。
「おっほほほほ、そ、そうですわね。その辺りの本も、取り扱っておりますわね。ええ、ええ、明日はぜひ図書館をお楽しみになってください」
その後、他愛のない会話をしながら、リリーさんにおすすめのお茶と薬草のお店を聞いて解散になった。
解散の直前にドドリンを貰って、再びあの匂いに包まれる事になった。
熟したドドリンに、まだ小さいドドリン、それから去年のものを乾燥させたドライドドリンを貰った。
常識のある俺にはわかるぞ。絶対に宿の部屋でドドリンを収納から出してはいけない。宿の人にも、次の客にも迷惑になってしまう。
少しドドリン狩りを手伝っただけなのに、宿を紹介してもらって、夕食までご馳走になってお土産も貰ってしまったので、次にお店に行く時はお礼を持って行かないといけないな。
一晩ゆっくりと休んで、朝からツァイの町で買い物。
昨日までの気持ちの良い天気とは打って変わって、今日はどんよりとした雲が空を覆っている。
空気も少し湿っぽく、そのうち雨が降り出しそうな雰囲気だ。
まぁ、雨が降ったら降ったで、絶好の読書日和というやつだ。
「お茶ばっかり随分買ったな?」
「グランだって薬草? 野菜? いっぱい買ってたじゃないか」
昨日、リリーさんに教えてもらった店を朝から回り、俺もアベルもたくさんの戦利品を手に入れてホクホク気分である。
昨日の料理に出てきていた、アオドキと白ネギみたいな薬草はもちろん買った。
それから、法茶と龍茶も売っていたので買っておいた。法茶は食事中に飲んでも、料理の味を邪魔しなさそうだし、苦みも渋みも少ないので三姉妹達も好きそうだと思い、多めに買っておいた。
アベルは昨日飲んだ桃の香りの付いた龍茶が気に入ったようで、桃以外にも香り付きの龍茶を色々と買っていた。
ホント、お茶好きだな!?
リリーさんに教えてもらったお茶屋は、紅茶以外のお茶も取り扱っていたが、やはりまだまだ紅茶の方が需要は多いようで、龍茶や法茶の取り扱いの規模は少なかった。
龍茶や法茶の他に緑茶や薬草茶もあったのでそちらも購入。それから紅茶も……。
紅茶以外の珍しいお茶についつい目が行ってしまうが、ツァイは紅茶の名産地である。ここで紅茶を買わないで帰るのは勿体ない。
まぁ、紅茶に限っては買って帰っても、淹れるのは俺ではなくてアベルだけど。
何が違うのかわからないが、器用貧乏の恩恵があっても、俺の淹れる紅茶よりアベルの淹れる紅茶の方が美味しい気がするので仕方がない。
「雨降りそうだね。ま、移動は転移魔法だし、図書館は屋内だしいいか」
「だなー、移動先は雨降ってないかもしれないしな。そうだ、フォールカルテの市場でセファラポッド売ってないか見てみたいから、雨が降り出す前に移動しようぜ」
セファラポッドを忘れてはいけない。
セファラポッドを買って帰って、帰ったらタコパしようタコパ!!
あっ! たこ焼き機がない!! タルバを巻き込んで作ろう。困った時のタルバ大先生だ!!
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