第298話 ◆雨の日の図書館で文学美少女と出会って始まるラブでコメ?

「ふふ~ん、旅行ガイドがいいかな~。シランドルや西諸国は行こうと思えば行ける範囲だし、言葉も通じるはずだから、どうせなら言葉の通じない別の大陸がいいな~。チリパーハは頑張って言葉を勉強しているし、楽しみは残しておこう」

 おっと、つい独り言が漏れてしまった。図書館では静かにしなければいけない。

 待っていてくれビブリオ君!!

 厳選した旅行記を探し出して行くので、ぜひその中に引き込んでくれ!!

 って、ユーラティア周辺以外はだいたいの世界地図しか知らないから、他の大陸の事はなんとなくしか知らないんだよな。


 ユーラティアの南に浮かぶ孤立した大陸、ここは魔族の国。

 シランドルから山脈を隔てて南にある大陸、その山脈を越えた先は砂漠が広がっていると聞いている。その先はー……知らない。

 西にも大きな大陸があるらしいけれど、よく知らない。

 世界は俺の知らない事だらけだな!!


 図書館の中には魔道具の照明が設置されており、天気が悪くても明かりはあるのだが、強い光ではない為、本棚と本棚の間はやや薄暗い。

 先ほどより雨の勢いが増したのか、ザーザーという雨の音と、窓に打ち付ける風と雨の音、そして雷の音が静かな図書館の中に聞こえてくる。

 それもまた、図書館の雰囲気を出していて悪くない気がする。

 雨の日の図書館って、文学少女とラブでコメな運命の出会いとかありそうじゃん? いや、そういうラブでコメな話がありそうじゃん?

 恋愛運×なんていう占いは信じないぞ。

 艶々の黒髪ストレートで眼鏡をかけた巨乳な文学美少女とかいないかな?

 嵐の図書館でドーーーンって大きな雷が鳴って、近くにいた隠れ巨乳な眼鏡の似合う美少女がキャッとかって……。


 ドーーーーーーンッ!!


「うおっ!?」

 窓の外が明るく光った直後、雷がすぐ近くに落ちたような大きな音がした。

 思ったより、雷雲が近くに来ているようだ。しかも、今の音はかなり近くに落ちた感じだ。

 俺のいる場所からでも、窓がビリビリと震えているのがわかる

 読書スペースの方から、雷に驚いたと思われる女性の悲鳴がしてにわかに騒がしくなったのが聞こえてきた。

 あっちはアベルがいる方だな。近くにいたおねーさんが頬を染めながら、キャッとかやっているのだろうか? くっそ、こんなとこでもイケメン補正か?

 残念ながら俺の周りには、大きな雷が落ちてキャッと言いながら抱きついてくるような、文学美少女も綺麗なおねーさんもいなかった。

 現実とは非情である。


 コツン。


 巨乳眼鏡な美少女は抱きついて来なかったけれど、何かが俺の太ももに当たった。

 何かと思ってそちらを見れば、可愛いピンクのワンピースを着た金髪の女の子が俺の足に張り付いていた。

 本を探すのに夢中になっていたし、雨音や雷に気を取られていたから、近くに小さな女の子がいる事にまったく気付かなかった。

 文学美少女や綺麗なおねーさんはいなかったが、可愛い幼女はいたようだ。

 小さな子供って、大人しくしていると気配に気付き難いんだよね。

 かくれんぼとかでソワソワしているとか、物陰からこちらを窺っているとかだとわかりやすいけれど、ただ静かにそこにいるだけだと意外と気付かない。

 本に夢中になっている子供なんて、静かで大人しいもんだからな。

 それにしても、張り付かれるまで気付かないとは、屋内とはいえ気が緩みすぎていたな。


「どうした? 雷が怖かったか?」

 女の子を怖がらせないように、できるだけ優しいお兄さん風に声をかけた。

 頭くらい撫でてやればいいのだろうが、初手で下手に触って変質者と勘違いされても困る。

 女の子は俺の足にしがみついたままこちらを見上げ、コクコクと頷いた。青い瞳が潤んでいるところを見ると、雷が相当怖かったのだろう。

 小さな子供一人で図書館に来ているとは思えないので、どこかに一緒に来た保護者がいるはずだ。


「お母さんと一緒に来たのかな?」

 尋ねると女の子はブンブンと首を横に振った。

「じゃあ、お父さん?」

 女の子が縦に首を振る。

 俺達が図書館に来てから、子供がいそうな年齢の男性の姿は見ていないが、本棚が多くて見えない場所もあるしどこかにいるのだろう。

「お父さんのとこには戻れそうかい?」

 女の子がブンブンと首を横に振る。

 困ったな、迷子かな?


 バリバリバリバリバリバリッ!!


 窓の外が明るく光り、耳が痛くなるような雷の音が響いて、窓ガラスだけではなく本棚もカタカタと揺れた。

 自然界の魔力を含んだ強い雷だったのか、それに反応して周囲に漂う魔力が揺らいでいる。

 落雷の影響か図書館内の照明用の魔道具が一瞬消えてすぐに元に戻り、女性の驚く声がチラチラと聞こえてきた。

 女の子も雷の音に驚いたようで、ギュッと俺の足にしがみつき、ズボンを強く握った。

 俺の太ももくらいまでの背丈しかないが、腰回りには細かい武器をぶら下げているので、うっかりそれに触れてしまうと怪我をしてしまうかもしれない。

「とりあえず、職員さんの所に行って、お父さんを探してもらおうか」

 女の子の頭を優しく撫でると、女の子がコクコクと頷いたが俺の足に張り付いて離れようとしない。

 親とはぐれた上に、雷の音もするし怖いのだろう。

「足にくっついてると歩けないからな、怖いなら手を繋ごうか」

 女の子に尋ねると、女の子は俺の足から離れ、俺を見上げながら両手を広げた。

 え? 抱っこ? しょうがないぁ……けっしてロリコンではないけれど、小さな女の子に可愛くおねだりをされたのなら仕方ない。

 両手を広げる幼女の脇に手を掛け、ひょいっと抱き上げて左腕に座らせるような形で抱えた。

 見知らぬ女の子を抱っこするとか、なんか親御さんにみつかると、誘拐犯と誤解されそうで少し不安だ。

 もちろん俺は幼女を連れ去ろうとしている不審者ではない。これは保護したのだ。俺はロリコンではないし、不審者ではない。ただの通りすがりの優しいお兄さんだ。


 女の子を抱え本棚や読書スペースの区画を出て、図書館の入り口ロビーにある受付まで来てみたのだが、職員さんの姿は見えず周りに人の気配がない。

 人の気配のない静かなロビーに、ボーンと柱時計の音が響いた。

 ロビーに置かれた柱時計を見ると、昼まではまだ時間があり、まだしばらく図書館でのんびりできそうだ。

 職員さんは本棚の整理か、落雷の影響の確認に行っているのかなぁ。

 受付を空けていて大丈夫なのだろうか? こんな天気だと来る人もいないのかなぁ?

 しょうがない、職員さんが戻ってくるまで待っているか。

 ロビーにある長椅子に女の子と並んで腰を掛け、職員さんが戻ってくるのを待つ事にした。

 これは少し時間がかかるかもしれないな、アベルに一言、言ってから来ればよかったな。

 まぁ、何かあればストーカー機能付きマジックバッグを頼りに呼びに来るだろう。


 入り口ロビーには人の姿は見えず、ザーザーと降る雨の音とゴロゴロと雷の音だけが響いている。

 女の子は人見知りなのか、俺と会ってから一言も喋っていない。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

 沈黙が気まずくて聞いてみたのだが、ブンブンと横に首を振られた。

 もしかして、教えたくないの!? そうだったら、おにーさんちょっとショックだよ!?

 名前が言えないくらいまだ小さい子なのかな? いや見た感じ四、五歳くらいだよな? やっぱ人見知りちゃんの恥ずかしがり屋さんなのかな?

 俺の心を守る為にそういう事にしておこう。


 子供の機嫌を取るならやっぱりお菓子か? いや、図書館内は指定の場所以外、飲食は禁止だしな。

 職員さんは戻って来ないし、会話もないし困っていると、女の子が俺の服の袖を引っ張った。

「ん? どうした?」

 女の子が指差したので何かと思えば、うっかり持って来てしまった外国の旅行記だ。

 やっべ、後でちゃんと返しておかないと。

「この本が気になるのかい?」

 尋ねると女の子がコクコクと頷いた。

「じゃあ、職員さんかお父さんが来るまで本を読んでようか」

 女の子がニコーッと嬉しそうに笑ったので、なんとか間が持たせそうで一安心である。


 本を開けば、大人向けの本で小さな文字がびっしり詰まっているが、挿絵が多く、色が付いているページもある。

 遠くの国の景色を描いた挿絵は、知らない世界を覗いている感覚になってワクワクとする。

「これは、東隣のシランドルの王都だな。シランドルの王都は俺も行った事があるな。シランドルは織物が有名で、鮮やかな色の布がたくさんあって、この辺りとは違う色合いや模様の服がたくさんあるんだ」

 本をめくりながら、俺の知っている話をすると、女の子は挿絵の入っているページを見ながら、俺の話を黙って聞いてくれている。

「町の外は魔物がいて危ないけど、世界はすごく広くて、知らないものがたくさんあるんだ。おっと、でも町の外には勝手に出たらダメだぞー? 家族が心配するし、何より魔物や悪い人がいて危険だからなー」

 こんな可愛い子なら、治安の悪い場所だと悪い奴らに誘拐されてしまいそうだ。

 こんな天気の悪い日にはぐれてしまって、親御さんも心配していそうだし、早く返してあげたいな。


 雨と雷の音を聞きながら、遠い国の風景が描かれた本をペラペラとめくっているうちに、時間が過ぎていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る