第291話◆酷い目にあった

「酷い目にあった……」

 最後の最後でドドリンがぶつかって来た側頭部をさすりながらぼやく。

「九割くらいグランの自爆だよね」

 うるせぇ! ていうか、いつまで浄化魔法をシュッシュッしてんだ!! もう臭くねーだろ!!

「推しは遠くから見ているだけの方が、夢が壊れなくていいですわね……」

 俺にシュッシュッと浄化魔法をかけている陰から、リリーさんが何かボソボソと呟くのが聞こえた。

「え? 何? よく聞こえなかったけど何か言ったかい?」

「いえ! いえいえいえいえ! わたくし遠くから見ているだけで、ほとんど何もしてなくて助かりましたわって!! ええ、ええ、本当に助かりましたわ!」

「ああ、こっちこそ、よくわからず突いて混乱させて悪かった」

 うむ、初見だから仕方ない。次はもっとスマートに狩れる自信があるぞ。

「ホント、グランはいつも無計画に突っ込みすぎ」

 お前だって初手で無計画に纏めて切り落としたじゃないか!?


「まぁまぁ、少々混乱いたしましたが、お二人に手伝って頂いたおかげで、ドドリンの駆除も夕方になる前に終わりましたし、この後お礼も兼ねて夕食をご馳走させて下さいまし。その時に、この辺りの特産物についてもご案内させて頂きますわ」

 夕飯かー、少し手伝っただけで、どちらかというと混乱させただけの気もするので、なんだか申し訳ないな。しかし特産物の話は気になる。

「今夜の宿も決めてないから、町に戻って宿も探さないといけないし、グランはどうしたい?」

「そういえば、宿も決めてなかったな。ツァイに戻って先に宿を決めておきたいな」

 ツァイはあまり大きな町ではないので、遅くなると宿がなくなるかもしれない。

 いざとなったらアベルの転移魔法でフォールカルテに行けばいいのだが、ツァイで買い物もしたいしできればツァイで宿を取りたい。


「それでしたら、ツァイに知り合いの宿屋がございますので、そちらをご紹介いたしましょうか? ツァイに仕入れに来る商人方々も利用される安全で綺麗な宿屋ですので、安心してお泊まり頂けるかと」

「お、紹介してもらえるなら探す手間が省けて楽だからそこにするか」

「うん、いいよ。ところでその宿屋って、リリーさんの実家関係の宿だったりする?」

 あー、そういえばリリーさんって貴族のお嬢様だったよな。

 リリーさんの実家のお貴族様が経営する宿屋だったら、俺みたいな一般的な庶民が宿泊すると嫌がられたりしないかな?

 アベルに浄化されまくったけれど、ドドリンの匂いまだ残っているかもしれないし不安だな。


「いいえー、わたくしが個人的に出資している宿屋ですから、実家とは関係ありませんので、わたくしの家族がそちらに来る事は滅多にありませんわ」

 個人的に出資って資産家みたいでかっこいいな!?

 アルジネに綺麗なお店も持っているし、めちゃくちゃお金持ちそう。

 そういえば、実家から随分はなれたアルジネでお店を構えているのは、何か事情でもあるのかな?

 アルジネは綺麗な町だけれど、コレと言って特産物があるわけでも、商売向きの町とかいうわけでもない。

 何か事情があるのかもしれない。女性には秘密があるもんだって言うしな。気にしないでおこう。


「そう、じゃあ今日はそこに泊まろうか。リリーさんはここまでどうやって来たの? 馬とか騎獣?」

「えっ!? えぇと、来る時は知り合いに送ってもらって、帰りは走って帰ろうかなって? ほら下り坂ですし、身体強化で走れば……えぇと、体力作りにもダイエットにもなりますし?」

 ツァイからここまで、ワンダーラプターでも三十分以上かかった気がするけれど、それを走って帰ろうとしていたのか?

 随分気合いの入ったダイエットだな!?

 まさか、リリーさんもドリーと同じ筋トレ族なのか?

 山道をヒールで平然と動き回っているし、エレガントな服装の下は、実はムキムキ系女子なのだろうか。

 ムキムキ系女王様こわ、逆らわんとこ。


「じゃあ、俺の転移魔法でツァイまで一緒に戻ればいいね? グラン、ワンダーラプター達を呼び戻して」

「はいよー」

 指笛を吹けば、グェグェと鳴きながらワンダーラプター達が、山の木々の間を縫って戻って来るのが見えた。

 相変わらず、飼い主の指示がよくわかる賢くて可愛い奴らめ。

「グェ……」

「ギョ……」

 ワンダーラプター達は戻って来るなり、俺から顔を背けた。

 何故!? どうして!? 臭いとでも言いたいのか!?

 さっきアベルにめちゃくちゃ浄化されたから、もう匂わないはずだぞ!?

「プッ、グランはご飯の前に、お風呂に入った方がいいかもね」

 くそ、あれだけ浄化されたのに、まだ匂いが残るドドリン恐るべし。






 リリーさんに紹介された宿屋は、ツァイの町を訪れる商人や冒険者向けで、小綺麗で値段もお手頃、部屋もそこそこ広く、その中でもシャワー付きの部屋に案内してもらえた。

 部屋にシャワーが付いているのは、俺は浄化魔法を自分では使えないし、今日は特に匂いが染みついていそうだし、とてもありがたい。

 もちろん、宿屋で騎獣も預かってもらえた。

 空調機能が完備されて、広さにも余裕がある獣舎も完備されており、ワンダーラプター達も大満足である。

 そしてこの宿屋、一階が料理屋になっており、宿泊客は割引価格で食事をする事ができるし、泊まっている部屋に食事を運んでもらう事もでき、また食事の為の個室を借りる事もできる。

 今日はその個室で、リリーさんと一緒に食事をする事になった。


 しかし、その前に、シャワーだシャワー!!

 もう匂わないと思っていたけれど、可愛がっているワンダーラプター達に顔を背けられて、俺のガラスのハートが砕け散りそうだよ。

 それに予約なしでいきなり来た為、個室の準備でしばらく時間がかかるそうで、その時間でシャワーを浴びて匂いと汚れをしっかり落として来る事にした。

 綺麗で人気ありそうな宿にいきなり来て、シャワー付きの部屋を借りられて、しかも個室で食事とか、リリーさんの出資者パワーに違いない。


 シャワーを浴びてー、おっ、いい匂いのする液体石鹸が置いてある。

 庶民の使う石鹸ってコスパ重視のものが多いから、一般的な宿屋に置いてある石鹸は、香りが付いていないものが多いんだよな。


 よっし、シャワーを浴びてすっきりした。これでもう匂いは気にならないな。

 今日付けていた装備品は匂いが残っていたら嫌だから、適当な服を着て行こう。武器は収納の中にもあるし、宿の中の個室だし、適当なシャツとズボンでも問題ないな。

 室内は程よく暖かいし半袖でちょうどいいな。何かあった時の為に、短剣だけぶら下げておけばいいかな。

 あー、チャラチャラ装備が付いていないラフな服は軽くていいな。


 庶民にはおなじみの麻素材の半袖シャツに、少しゆとりある七分丈のズボンに、魔物の革素材のハイカットブーツ。

 かなり、ラフな恰好だが庶民向けの宿だしいいよな? 俺は平民なのでフォーマルな服は、商談用の一張羅だけだし。




 シャワーを浴びて、服を着替え、リリーさんに教えてもらっていた個室のあるフロアへ向かうと、宿屋の従業員さんが部屋まで案内してくれた。

 ドアをノックして部屋に入ると、すでにアベルとリリーさんは席に着いており、机の上にはカトラリーが準備されていた。

 どうやら、俺が最後だったようだ。

 アベルもリリーさんも、やはり昼間のドドリン狩りの匂いが気になるのか、服を着替えており、二人とも比較的ラフな恰好なので安心した。

 安心したが、そのラフの恰好ですら、妙にキラキラしているので、お貴族組ずるい。

 リリーさんの、ジャンパースカート風のワンピース可愛いな。やはり、スタイルのいい美人は何を着ても似合うな。


「ごめんごめん、遅くなった」

 椅子に座りながらポリポリと頭を掻く。

 こういう時、最後だと少し恥ずかしい気分になる。

「こ、公式上腕二頭筋テロ……ッ」

「え?」

 何かよく聞き取れなかった。

「いえ、いえいえいえいえいえ、わたくしもアベルさんも、来たばかりですわ。こ、こちらが、メニューになっておりますので、お好きなものをご注文下さいませ。それから、最後にデザートでドドリンを使ったデザートをお出しする予定になっております」


 お、そうだ、夕飯だ!

 デザートのドドリンも楽しみだが、お茶と薬草の町の料理も楽しみだな。


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