第290話◆初見がぐだぐだになるのは仕方ない
「あの木がドドリンの木で、あの実が香りは少しアレですが、味はとても美味しいのです。人の頭くらいのサイズになっているものが熟したものです。その実を落として逃げられる前に捕まえて、魔石部分を切り落とすのです」
そう言ってリリーさんが、弓を左手に、右手に矢を持ち、木の上の実に向かって構えた。
ピヨン。
「あ……」
「……」
「……」
全然違うところに飛んで行った。
「おほほほほほほほほ……ちょっと手元が狂ってしまいましたわ!! 次はちゃんと当てますわよ」
二本目の矢を取り出して、再びドドリンの実に向かって放った。
ピヨン。
また、外れた。
「……」
「……」
「……ほほほほほ、弓はまだ練習中ですの」
魔法が使えるなら素直に魔法を使った方が楽なんじゃないかな!?
もしかして、さっきドドリンを追いかけていたのは、矢を外したからかな!?
「あのトゲトゲの実を、付け根辺りを残して切り落とせば、落ちても動き回らないよね? 俺に任せて」
弓を持っているものの、実は弓は苦手そうなリリーさんに代わりに、アベルが前に出てドドリンの実を狙う。
「おい、アベル、ちょっと待て!!」
あ、何かまずい気がする。
俺が止める前にアベルがドドリンの実に向かって風の刃を複数放ち、ドドリンの実の付け根を木の方に残して次々と切り落として、それをふわりと風のクッションで受け止めた。
……のだが。
プーーーーーーーン。
「うっわ! くっさあああああああああ!!」
そりゃ、あんだけ纏めて切り落とせばこうなるよなぁ。
風のクッションで受け止めたドドリンをすぐ空間魔法で回収した後、ハンカチで鼻を押さえて悶絶しているが、すでに匂いは広がっておりものすごく臭い。どう見てもアベルの自爆である。
「これは……、アベルさん、意外と脳筋……」
「お前ホント頭ゴリラ。纏めて切ったら臭いに決まってるだろ。それにあんな切り方をすると魔石が木の方に残って、回収の手間がかかるだろぉ……」
「く……、グランに言われると、なんかだ妙に悔しいね。じゃあどうするのさ」
ハンカチで鼻を押さえながら悔しそうにこちらを見るが、この惨事はアベルが原因なのは変わりない。
「とりあえず、この臭い匂いを散らしてしまおう」
収納から風魔法を付与した扇子を取り出して、それを広げて扇ぎそよ風を発生させて、ドドリンの匂いを散らす。
扇子で扇げば少し強めの風が吹いて、周囲の木々の葉が揺れる。
「グランさん、お待ちになってっ!」
「ん?」
ボトッ!
「あ……」
ボトボトボトボトッ!!
「熟したドドリンは強く揺らすと木から落ちてしまいますの」
リリーさんが困り顔で頬に手を当てて首をコテンと倒す。
その仕草、すごくお上品な貴族のお嬢様っぽくてそそるけれど、それは先に言って欲しかったなああああああああああっ!!!
地面に落ちたドドリンから四本の短い足がニョキッと生え、落ちる原因を作った俺の方に向く。
そして、そのドドリン達は後ろ足にグググッと力を貯めるような姿勢になった。
あーーーー、嫌な予感するうううううううう!!!
ポーンッ!
まずは最初の一匹がこちらに飛んで来た。
そんなトゲトゲは手袋ごしでも受け止めたくない。
よし、避けよう。
ポーンッ! ポーンッ! ポーンッ!
「うおおおおおおおおおおっ!!」
最初の一匹に続いて、ドドリン達が次々と俺の方に向かって一直線に飛んで来た。
やめろおおおおおおお!!! 前世でドッジボールは大好きだったけれど、トゲトゲドッジボールはお断りだっ!!
それとも、何だ? 新手の根性系スポーツの特訓かっ!?
こんなんレシーブもできねーし、ヘディングなんて絶対しねーし、受け止める気もしねえええ!!
つまり、避ける。
そして、避けるとどうなるかって?
避けた先で着地してまた飛んで来る。
「っちょ、グラン!? 何やってんのおおおおおおお!?」
「ヒッ!? 飼育員様!?」
ピュンピュンと何匹ものドドリンが飛び交い始め、それを避けるのに必死になる。
「くっそ! Eランクの魔物のくせに生意気な!!」
腰に下げているショートソードを抜いて、飛んで来るドドリンを躱しながら、尻尾のようなヘタを魔石がある付け根部分と一緒に切り落とす。
それで、ドドリンは動かなくなるが、ヘタを切り落とす度にプーンとタマネギの腐ったような匂いが発生する。
人の頭サイズのトゲトゲにぶつかられるより、臭い方がマシだからな!?
めちゃくちゃ臭いけれど、だんだん慣れてきたぞ!?
あまりの臭さに俺がヘタを切り落としたドドリンを、アベルが片っ端から空間魔法で回収してくれた。
これぞ、無言の連携プレイ!! まさに長年培われたコンビネーションというやつだ!!
「くっさあああああああああああ……グラン最低ー。ホント、ゴリラ」
「ふう……Eランクのくせに強敵だったぜ」
主に匂いが。
全て片付いた後、アベルの浄化魔法によってシュッシュッと消毒されている。
「ええ、返り血ならぬ返り果汁で、芳しいとはほど遠い香りになっておられますわね」
アベルに加えリリーさんにまで浄化魔法をかけられている。
「はい、すみませんでした。ところで、コイツどうやったら安全に臭くなく倒せるんだい?」
うむ、すまんかった。俺は素直ないい子なので、ちゃんと謝れるのだ。
「多少臭いのは諦めるしかないですねぇ。とりあえず遠距離攻撃で一つずつ果梗と一緒に切り落として、足が生えてる最中に魔石部分を切ってすぐにマジックバッグに回収するのが、魔石の回収も楽で匂いも最小限ですみますね。あまり強くない魔物ですが纏めて落とすと、主に香りが先ほどのように大変な事になりますし、一匹ずつやるのが確実ですね」
なるほど、弱い相手だからといってむやみに纏め狩りをしてはいけない。
次からは一つずつ丁寧にやろうと心に誓うが、でっかい実はほぼ落ちてしまって、残っているのは、まだ熟していなさそうな小振りな実ばかりだ。
「アベルが落としたのと、俺が落としてしまったのと合わせて結構な数になったけど、小さいのも回収するかい?」
「熟す前の実はまだ魔石が中に入っていないので、そのまま落としてしまっても大丈夫ですね。放っておくと熟して走り回るようになるので、本当はそうなる前に切り落とすのがよいのですが、ドドリンはとても美味しいので全てそうするには勿体なくて……。でも、お陰様でたくさん採れたので、このドドリンの木の実はもう全部捥いでしまいましょう」
「了解! じゃあ俺が木に登って実を捥いで下に落とすから回収してくれ」
身体強化を発動して、ひょいっとドドリンの木の上の方に飛びつき、枝に足をかけて、生っている小さな実に手を伸ばした。
「グランってやっぱりサルみたい」
「うるせぇ、身軽だと言えって、うお!?」
足をかけた枝が思ったより強度が低く折れてしまった。
「お気を付けて下さいましー、ドドリンの木はあまり動きませんが魔物ですので、大きな枝を折ると敵と見なして攻撃してきますわよー」
ちょっと、リリーさん!? そういう事は先に言って欲しいな!? もう、枝折っちゃったよ!!
「ぐおっ!?」
足場にしようとしていた枝が折れて、バランスを崩した俺のところに、小さなトゲトゲの実が付いた別の枝が、鞭のようにヒュンヒュンと打ち付けられた。
「痛っ!! 痛たたたたたたたたっ!!」
たまらずショートソードを抜いて、俺に向かって来た枝を切る。
「グランさん、一度お逃げになった方がよろしいかと」
下からリリーさんの声が聞こえたがもう遅い。
ドドリンの木には目などないはずなのだが、無数の視線がこちらに向いているような感覚がして、ものすごく嫌な予感で背中がぞくぞくする。
ポッ!!
こちらに向けられた視線のような感覚の元――小さなドドリンの実が枝から外れこちらに飛んで来た。
小さいと言っても俺の拳くらいはある。
やだ、当たりたくない。
飛んで来た小さなトゲトゲを木に掴まったまま、ひょいっと躱す。
ボボポポポポボッ!!
「げええええええええええ!!」
最初の一つに続き、枝に生っている小さなドドリンの実が次々と、こちらに向けて発射された。
さっきと同じパターンじゃねーか!!
「グラン、学習能力ないんじゃなーい?」
下から呆れたようなアベルの声が聞こえて来た。
「あぁん? うるせぇ! 初見の魔物だから仕方ねーだろ!!」
そうだ! 初見だから仕方がないのだ!! 何でも体験して体で覚えるのが大事だよなぁ!!
木に張り付いたままだと、トゲトゲ弾の的になるので、木から手を離し地面へと飛び降りる。
その場所はアベルのすぐ横。
「ちょっと!? なんでこっちに来るんだよおおおおおお!!」
「アベルの横に行けばバリア張ってくれるだろおおおおお!!」
アベルを盾にするように、サッとその後ろに隠れ、転移魔法で逃げられないようにローブのフードを掴んだ。
「おいいいい!?」
俺にフードを掴まれて逃げそびれたアベルが、飛んで来る小型ドドリンの実を防ぐ為、瞬時に光の壁を展開し、それに次々とドドリンの実がぶつかり、そのうちのいくつかは自らの勢いでぐしゃりと潰れる。
もしかして、これはダメなやつでは……。アベルが盾を出してくれているうちに逃げるか!?
「壁よりこちらの方がよろしいかと」
リリーさんが空いている方の手を振るって、何やら魔法を使った。
ふわりと風が吹いて、俺達の前に風のカーテンが現れ、飛んで来たドドリンの実がそのカーテンに受け止められるように、ポスポスとぶつかって地面に転がる。
おお、これなら潰れない。さすがリリーさん、地元民!!
「グラン、最悪」
リリーさんの作り出した風のカーテンに、ドドリンの実が受け止められているのを確認して、アベルが光の壁を解除する。
「すまんかった!」
とりあえず素直に謝っておこう。
アベルを盾にするのが一番安全だと思ったのだ。途中で自分だけ逃げようとしたのは、バレていないはず。
ものすごく睨まれた。
「ふう、危なかったですわね。もう打ち止めかしら? おかげ様でほとんど実は落ちてしまったようですわ」
なるほど結果良し。
飛んで来るドドリンの実がなくなったのを確認して、リリーさんが風のカーテンを解除した。
これでひとまず安心かな?
「いやー、びっくりした。やっぱ知らない魔物は怖いな。ところで、この小さなドドリンの実も回収すればいいのかい?」
「ええ、そうですわね。完熟のものより味は落ちますが、小さいドドリンも収穫後時間をおけば熟しますので、回収してくださいな。熟す前のドドリンは、臭くないのでご安心ください」
ホントだ。潰れているドドリンが転々と地面に転がっているのに臭くないな。
「おっし、じゃあ落ちてるやつを拾うかっ!」
地面に転がった小振りなドドリンを拾おうと、風のカーテンが出ていた辺りまで行ってしゃがんだ時。
ゴンッ!!
「ぐあっ!!」
突然飛んで来たドドリンの実が、油断していた俺の側頭部に当たった。
あまり大きくなくて、トゲも小さくて大事には至らなかったが、くっそ痛かった。
「実がまだ残ってたみたいだね。このドドリンの木、なかなかいい仕事をするね」
「どうやら最後の一個だったようですわ」
おのれ、最後に一つだけこっそり弾を残しておくとは、Eランクの魔物のくせに生意気な。
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