第289話◆トゲトゲブタの正体

「し?」

「ああああ、いえいえいえいえいえ、し……し……信じられない……そうそう、信じられない!! こんなところで、グランさんとアベルさんに会うなんて!!」

 確かにこんなとこでリリーさんと会うなんて思ってもみなかった。

「やぁ、リリーさん。確か実家はフォールカルテだったよね。お店を休んで帰省中かな?」

 なんか、アベルの笑顔がものすごく胡散臭いぞ!!

「そ、そうですわね。ちょっと、実家の方に里帰りついでに、食材の調達に来ておりましたの。おっほほほほほほほほほほ」

 食材。

 なるほど、そのヒールの高いブーツに踏みつけられて、ブヒブヒ言っているトゲトゲのミニブタ君の事か。

「へぇー、ここからアルジネだと結構距離あるでしょ? 往復で十日はかかるのにその間お店はずっと休み?」

「え、ええ。こちらに戻っている間はお休みさせていただいてますね。それにフォールカルテから転移魔法陣でオルタ・クルイローまで行けば、少し時間は短縮出来ますからね、おほほほほほほほ」

「なるほどー、それで足の速い騎獣で移動したら往復で五日くらい? へー、それでも結構かかるね」

「ええ、ええ、そうですね。足の速い騎獣でしたらそのくらいですね。お店は趣味でやっておりますので、たまに纏まったお休みを頂いておりますわ。おほほほほ」

 アベルの転移魔法で来たから楽だったけれど、陸路だとアルジネからフォールカルテまで結構あるもんなぁ。

 女性が一人旅するには不安のある距離だな。いや、リリーさんは攻撃魔法が使えるみたいだし、光の鞭は強そうだし大丈夫なのか!?

 あんなんで叩かれたら変な信者ができそうで、そちらの方も心配だな。


「えー? ここだけの話、リリーさんもしかして転移魔法が使えたりする? 実は魔法得意でしょ?」

 ええ? 転移魔法を使える人間なんて、一つの国に数える程しかいないものだろう?

「いえいえ、魔法には少し覚えがありますが、転移魔法は使えませんわ。おほほほほほほほほほっ!」

 だよねー、アベルが規格外だから感覚が狂うけれど、転移魔法の使い手はアベルしか見た事ないし。

「ふーん、そっかー、転移魔法は使えないんだ。まぁいいや、せっかくこの土地に詳しそうな人に会ったし、お茶の話とか薬草の話とか聞きたいな? その代わり、俺達も食材集めを手伝うよ。いいよね、グラン?」

「ああ、うん。食材ってそのトゲトゲのミニブタ?」

 リリーさんはドドリンって言ってたっけ? 見た事ない魔物だからこの辺りにしか棲息していない魔物なのかな?

 ツァイの町の冒険者ギルドに立ち寄った時に依頼だけ見て、周辺の魔物のランクは低そうだったから、この地域の魔物の詳細は確認しないで来たんだよね。

「え、ええ。ドドリンと言いまして、春先になると増えて村周辺を荒らす植物系の魔物でして、匂いがちょっとアレなのですが、非常に美味しいんですよ」

「え? これブタじゃなくて植物系の魔物なんだ」

 見た目はブタっぽいのに不思議だな。いや、よく見ると頭だと思っていたのは果実の下の部分で、尻尾に見えていたのはヘタの部分か? 言われてみるとトゲトゲの果物に短い足が四本生えているだけだな?

 果物だけれどブヒブヒ鳴くのかー、世界にはやはり俺の知らない事はまだまだたくさんあるようだ。


「植物? じゃあ野菜?」

 アベルはそこかよ!?

「ブタに似ている魔物だから実質肉だな」

「そういう理論でしたら、確かに肉ですけど、ドドリンの実は野菜というか果物に近いですね。匂いに慣れてしまえば癖になる濃厚な甘さでして、うちのお客様にもお好きな方がいらっしゃって、それで駆除ついでに調達に来ていたのですよ」

「へー、癖になる濃厚な甘さかー、それは気になるね」

 なんかその、匂いが少しアレで、癖になる甘さの果物って思い当たる物があるな。

 もし俺が想像している果物と近い物なら、間違いなく臭いな。癖になる甘さだけれど、匂いは強烈だな!!

 アベルの反応が楽しそうなので、これは手伝うしかない。

「よっし、じゃあ俺達も手伝おう。それは止めを刺すのはどうすればいいんだ?」

 おそらく実を切ったら臭い。

「ドドリンは止めを刺すと強烈な匂いが出ますので、マジックバッグの類いがないと厳しいですね。マジックバッグには匂いは付かないと思いますが、中々強烈な香りですでのお気を付けください。ヘタの付け根の部分に小さな魔石がございますので、そこを切り落としてください」

 鞭で締め上げて踏みつけているドドリンに、リリーさんが空いている方の手から風魔法を放ち、ドドリンの尻尾のようなヘタを根元からざっくりと切り落とした。


 直後、腐敗臭のような、なんとも言いがたい匂いが、モワッとドドリンから発せられた。

「ぐええええええっ!? 臭っ!!」

 どこからともなくハンカチを出してきて、眉間に皺を寄せまくったアベルが鼻を押さえている。

 確かにこれは臭い。タマネギの腐ったような臭い。

「ギョエェ……」

「ギュヘェ……」

 ワンダーラプター達も臭かったのか、口を半開きにして完全に表情が抜け落ちた顔になっている。

 人間より嗅覚が優れている生き物にはさらにキツそうだ。


「といった感じでとても独特の香りが致しますので、止めを刺される時にはご注意ください」

 そう言ってリリーさんがマジックバッグの中にドドリンをしまった。

 回収された後も、その臭いはまだ俺達の周囲を漂っている。とても臭い。

 マジックバッグの内部は空間魔法がかかっているから匂いは付かないはずだが、それでもこの強烈な臭さはマジックバッグの中が臭くなりそうな気がしてしまう。


「く……、これは想像以上にすごい匂いだね。でも、一度やると言ったからやるけど、これホントに甘いの?」

 自分からやると言ったからなのか、甘い物に対する執着心なのか、意外と根性のあるアベル。

「ええ、匂いさえ慣れてしまえば、非常にクリーミーで濃厚な果肉でございます」

 しかしその匂いが非常に強敵である。

「ドドリンって奴は山の中にいるのかい?」

「ええ、山の中にドドリンの木がありまして、先ほどのはその木になっている実ですね。詳しい事はドドリンの木のある場所に向かいながら、説明いたしますわ」


 ドドリン。

 それは木の形をした魔物で、春から初夏にかけ、表面がトゲだらけで人の頭程の大きさの実を付ける。ランクはEランクと高くない。

 ドドリンの木そのものは無害だが、この木に生る実は熟すと自ら地面に落ち、小さな四本の足を生やして走り回るようになる。

 自分の足で走り、成長し易い環境を自分で探し出し、そこに埋まって成長し、いずれドドリンの木となる。

 この走り回る際、トゲトゲの体で周囲の生き物や植物を傷つけてしまう事もあり、相手を敵とみなせば自分から突撃して攻撃をする。

 その為、春先に山菜採りに山に入ってドドリンの実にぶつかられて負傷したり、人里近くを徘徊するドドリンの実が魔物避けをすり抜けて畑に入れば農作物が傷つけられたりする為、ドドリンが走り回る時期になると冒険者ギルドに駆除を依頼しているらしい。

 しかしこの時期はお茶の季節で、魔物が少なく兼業冒険者の多いツァイの町では、冒険者が圧倒的に足りていないそうだ。

 そんな事情と食材としてのドドリン目的で、リリーさんはドドリン狩りに実家に戻って来ていたそうだ。



「リリーさんって、冒険者の資格を持ってたんだね」

「えぇ、こうしてドドリンを狩る事もありますので一応。しかし、お二方に比べれば、素人のお遊びみたいなものですわ」

 アベルの質問に謙遜するリリーさんだが、Eランクとはいえちょこまかと素早く動き回る小さな魔物を、魔法の鞭で的確に狙える腕は決して素人とは言いがたい。

 そして、アベルと同様に予備動作なしで、まるで呼吸をするみたいに魔法を使っていたように見えた。

 あまり大きな魔法ではないが、ドドリンを捉えた光の鞭の魔法も、茎を切り落とした風魔法も、流れるような動作で放たれた。どう見ても魔法を使い慣れた者の動きで、とても素人には見えない。

 そして山の斜面をヒールの高いブーツで平然とした顔で歩いている。おそらくあのブーツには、何か付与がしてある。

 山でソロ狩りをしているという事は、間違いなくDランク以上の資格は持っていそうだなぁ。

 おっとりしたお嬢様かと思ったら、人は見かけによらないなぁ。あ、貴族のお嬢様だったっけ?


 人里に近い山だが、細かい魔物はうろちょろしているようなので、ワンダーラプター達を放して、周囲の魔物は彼らに任せる事にした。

 俺達はドドリン狩りに集中だ。

 倒すと強烈な匂いが出るので、人間より嗅覚が敏感なワンダーラプターは、ドドリン狩りに参加させない方がいいだろう。


「到着しましたわ。実から木の幹に伸びている枝の部分――果梗の付け根には魔石がございます。魔石を実の方に残したまま木から切り離されると、先ほどの様に走り回ってしまいますので、お気を付けくださいまし。地面に落ちて走り回る前に倒さなければいけません。それでは始めましょうか」

 リリーさんに案内されて来た場所で上を見上げれば、人の頭ほどのトゲトゲした実がブラブラと木からぶら下がっているのが目に入った。


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