第288話◆お茶と薬草の里

 ルチャルトラの冒険者ギルドでワンダーラプターを引き取った後は、アベルの転移魔法でフォールカルテの町へ。

 次の目的地はフォールカルテの北、低い山々が連なり南向きのその斜面と、南から吹き上げる暖かい海風の為、温暖な気候で農業が盛んな地域。

 フォールカルテからなだらかな勾配の道を、ワンダーラプターに乗って一時間程北へと走ると、遠目に山の斜面に段々畑が並ぶ景色が見え始める。

 その山の麓には小規模な町が、山を登って行くと耕作を生業とする者達の集落が点在している。

 温暖な気候と日当たりの良い山の斜面を利用して、お茶と薬草の栽培が盛んな地域で、ユーラティアきっての紅茶の名産地である。


 山の麓にあるツァイの町。この町に、山間の集落から収穫物が集まって来る。

 ツァイに来たのはお茶好きのアベルの希望で、薬草の栽培も盛んだと聞いて俺も全力で釣られた。

「小さな町だけど、一度来てみたかったんだよねー」

 紅茶好きのアベルは超ご機嫌である。

 大きな街道から外れた郊外の小規模な町だが、紅茶と薬草の産地という事もあって、買い付けに来る商人も多いようで、お茶と薬関係の問屋が目に付いた。


「冒険者ギルドの方はランクの低い依頼ばっかりだったし、この町では買い物するだけになりそうかなぁ。あぁ、段々畑の方を見物出来る時間があったらそっちも見てみたいな」

 この辺りは魔物も少ないのか、冒険者ギルドはフォールカルテ所属の出張所で、依頼の受注と素材の買い取りしか行っていないようだった。

 依頼も小型の魔物の討伐や、調薬の手伝い、畑仕事の手伝いなど、ランクの低い依頼ばかりだった。

 冒険者ギルドの依頼を見れば、この町がどれだけ平和でのどかな町なのかわかる。

 買い物以外に特に用はなさそうな町だが、せっかく農業が盛んな地域に来たのだから、専業の農家の畑を見てみたくなった。

 うちは幼女の加護とフローラちゃん頼りで、俺自身の耕作スキルは子供の頃に、実家を手伝っていて覚えた程度の技術と知識だけだ。

「じゃあ、暗くなる前にそっちに行った方がいいね。俺もお茶畑には興味あるし、それに今日買えなくてもここで一泊して、明日の午前中に買い物してから次の町でもいいしね」

「お、じゃあ先に畑を見に行くか」



 ツァイの町は山間部の耕作地帯の入り口にあたる町で、町の北側に低い山々が広がっている。

 その山の中腹辺りまでが耕作地帯として切り開かれ、所々に小さな集落が点在している。

 山を全て切り開くのではなく、木々を残しつつ自然の地形を生かした畑と集落の配置になっている。それでいて、農業用水路は綺麗に整備されており、畑と畑の間をサラサラと綺麗な水が流れている。

 茶の木が植えられている段々畑の間を通る道をワンダーラプターで走っていると、土砂崩れの起こりやすそうな場所には、砂防ダムのような壁が設置されており、人口のあまり多くない地域だが、住民と農業の安全の為に領主がかなり手を入れているのが垣間見える。

「さすが一級品の紅茶の産地だね。農民の生活圏にここまで手をかけている領主は珍しいな。プルミリエ侯爵領はユーラティア東部では、領地の広さのわりに農産物の生産量が多い地域なんだよね。海と山が近い地域で自然災害の多い地域のはずなのに、ここ十年くらいは災害が起こっても被害は小さくて、近隣の似たような環境の領よりも圧倒的に災害時の被害が少ないんだ」

「へー、確かに無理に山を切り開きすぎないで、切り開いた場所は斜面が崩れないように対策もしてあるし、あの辺とか土砂崩れが起こりそうなのを予測して、崩れた土砂をせき止めるダムが設置されてる。畑も段々にする事でダム代わりになってるってとこか? 用水路を張り巡らせる事によって、山の地下に溜まる水を抜いてるのか? なるほどよく考えられてるな」

 一見、普通の農村に見えるが、非常によく考えられて整備されている。

「段になってる畑ってそんな効果があるんだ。土砂をせき止めるダムってあそこの木の間から見えるやつ? さすが農家出身だね、よく知ってる」

「お、おう」

 しまった、前世の田舎で似たような光景を目にする事があったせいで、つい懐かしい感じがして前世の知識で喋ってしまった。


「この辺りは茶の木の畑ばかりだね、上の方に行くと薬草農家が多いんだっけ?」

「ギルドで買って来た地図だとそうなってるな。もっと上の方に行ってみるか。上り坂ばっかりでしんどいかもしれないが頼むぞ」

「グエッ!」

「グエエッ!!」

 比較的綺麗な道だが、ツァイの町を出てから上り坂である。その前もフォールカルテからツァイまで、ワンダーラプターで走っているので、声をかけサラマンダー干し肉を口の中に放り込んだ。

 ワンダーラプター達は干し肉をペロッと飲み込んだ後、元気良く坂道を走るスピードを上げる。

 ちょうど収穫時期の茶畑には、籠を持ち茶葉を摘み取る人々の姿が見える。

 暖かい春……いやこの辺りはもう初夏だな、広がる段々畑の上を吹き抜ける風が気持ちいい。

 このまま一気に薬草畑がある地域まで駆け抜けてしまおう。


 傾斜のある道をしばらく走っているうちに、周囲の畑が茶畑から薬草畑に切り替わり始めた。

 来た道を振り返ると、斜面に張り付くように続く畑と、その遙か先にツァイの町が見える。もっと高い場所まで登れば、フォールカルテの町やその向こうの海も見る事ができるかもしれない。

 気付けば段々畑の一番上、畑と山林の境界が見える辺りまで登って来ていた。

 この辺りまで上がってくると、低い山とはいえ麓よりやや気温が低く感じる。

 この辺りは山から湧き出る水を利用して、水棲の薬草を栽培しているようで、水の張られた田んぼのような畑が広がっている。

 空気が少し冷たく感じるのは、湧き出たばかりの水が流れているせいか、その冷たさと山の澄んだ空気が気持ちいい。

 吹き抜ける風の心地よさに浸っていると上の方から甲高い声が聞こえて来た。


「ちょっと、お待ちになってえええええ!! 待ってくださいましいいい!! それ以上進んではいけませんわ! ストップ!! ステイ!! 止まれ!!」

 何か聞き覚えのある声のような気がする。

 声が聞こえた方を見ると、体中にトゲトゲが生えた白っぽい小型のブタのような魔物が、山道を下ってこちらに走って来ているのが見えた。

 その後ろを、長い金髪を高い位置で一つに纏めて、狩人のような恰好をして弓を背負った女性が、トゲトゲミニブタを追いかけて走っている。

「止まれって言ってるでしょうがあああああああ!!!」

 山と集落の境目辺りに魔除けの結界が張ってあるようで、トゲトゲブタが山の木々が途切れる辺りで、走る速度を緩めた。

 直後、女性の手から光の鞭が飛び出し、トゲブタ君の足を払ってその体に巻き付いた。

 背負っている弓は飾りかな!? そして狩人じゃなくて魔法使いかな!? いや、鞭がお似合い女王様かな!?

 ていうか、俺、この鞭を持っている女王様、すごく知ってる。


「ドドリンのくせに私から逃げようなんて、十万年はやいですわ。さぁ、覚悟してデザートになりなさい!! って、人がいらしたのですね、お騒がせしま……え? ちょ!? なんでええええええ!?!?!?」

 光の鞭で縛り上げられてブヒブヒと鳴く、ドドリンという名前らしきトゲトゲブタを、光の鞭で縛り上げヒールの高いブーツで踏みつけている金髪女王様……じゃなくて金髪美女が俺達に気付いた。

 そして、ものすごく取り乱した。

 いやぁ、俺もびっくりした。

 だって、こんなところで会うとは思わないもん。

 そして、まさか女王様キャラだったなんて思ってもみなかったもん。

 そりゃ普段は営業スマイルの接客モードかもしれないけれど、うん、スタイルのいい美人だから鞭とハイヒールすごく似合うね。

 俺はそんな趣味は全くないけれど、そのブタと場所を変わりたいって思う人もいそうだよね。

 というかそのヒールのブーツで山の中走っていたのかな!? 女王様すげーな!!

 思わずものすごく生温かい目で見てしまった。

 まぁ、向こうも俺達に気付いたみたいだし、とりあえず挨拶しておくか。


「やぁ、リリーさん。こんなところで会うなんて、すごく奇遇だね」


「し、ししししいいいいいい!?!?!?」


 し?


 し、って何だ?


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